それでも俺は、戦車道が好きだ   作:トマトマトン

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第1話 再会

 

 

——「隊長が勝ってください」

 

 

ガシャンッ——

 

金属がぶつかるような鈍い音が、耳の奥で反響する。

それは一瞬のはずなのに、やけに長く感じられた。

 

「っ……!」

 

勇気は勢いよく目を開けた。

 

荒くなりかけた呼吸を、ゆっくり整える。

胸の奥がわずかに締め付けられるような感覚が残っていた。

 

見上げた先には、見慣れた天井。

大洗学園の寮の部屋だった。

 

静かな朝の空気。

さっきまでの音が嘘のように、何も聞こえない。

 

「……久しぶりに、この夢見たな」

 

額の汗を拭いながら、小さく息を吐く。

指先に伝わるわずかな湿り気が、現実を引き戻す。

 

——もうすぐ、二年経つのか。

 

あの試合。

あの判断。

忘れたことなんて、一度もない。

 

ふと、あのときの光景が脳裏をよぎる。

だが、それ以上は踏み込まない。

 

「……ま、忘れる気もないけどな」

 

軽く呟き、体を起こす。

ベッドのきしむ音が、やけに大きく響いた気がした。

 

「……朝か」

 

カーテンの隙間から差し込む光に目を細める。

柔らかな光が、部屋の中を静かに照らしている。

 

「……今日だったな」

 

ぽつりと呟く。

その一言に、ほんのわずかな緊張が混じる。

 

 

 

 

 

 

——三日前の夜

 

 

寮の自室。

 

机に向かいながら、適当に課題を広げていた。

 

ノートは開かれているが、文字はほとんど増えていない。

だが、ペンはほとんど動いていない。

 

(……出ねぇな)

 

スマホの画面。

そこには、何度もかけた履歴が残っていた。

 

——あいつの名前。

 

指先で軽くスクロールするたび、同じ名前が並ぶ。

それが少しだけ、胸に引っかかる。

 

何度かけても、繋がらなかった。

あの試合の後から、ずっと。

 

「……一回くらい出ろっての」

 

小さく呟く。

半分は冗談のつもりだったが、声にはわずかに苛立ちが混じる。

 

 

 

 

 

 

その少し前——

 

 

別の相手に電話をかけていた。

 

——まほ。

 

『……勇気か』

 

落ち着いた声。

 

「……おう。ちょっといいか?」

 

『ああ』

 

勇気は少し間を置いてから言う。

言葉を選ぶように、ゆっくりと。

 

「……みほ、どうしてる」

 

短い沈黙。

その沈黙が、やけに重く感じられる。

 

『……あまり、良い状態ではない』

 

それだけで、十分だった。

 

勇気は小さく息を吐く。

予想していなかったわけではない。だが——

 

「……そっか」

 

それ以上、踏み込まない。

 

少しして——

 

『……転校する予定だ』

 

「……は?」

 

予想外だった。

思わず声が漏れる。

 

「転校って……どこに?」

 

『……まだ決まっていない』

 

「……そうか」

 

それ以上は聞かなかった。

 

だが——

胸の奥に、引っかかりが残る。

 

言葉にできない何かが、静かに沈んでいく。

 

 

 

 

 

 

そして——

 

 

プルルル……

静かな部屋に、着信音が響く。

 

「……ん?」

 

勇気は手を止め、スマホを見る。

 

表示された名前を見て——

一瞬、固まる。

 

「……え」

 

目を見開く。

 

もう一度見る。

間違いない。

 

——あいつだった。

 

指がわずかに震える。

そのまま一瞬だけ躊躇して——すぐに通話ボタンを押す。

 

「……もしもし!」

 

思わず強くなる声。

 

『……あ、出た』

 

その声を聞いた瞬間——

勇気の息が詰まる。

 

(……やっと、繋がった)

 

胸の奥に溜まっていたものが、少しだけほどける。

 

「お、おい……!みほ……今どこだよ、何してたんだよ……!」

 

言葉が少し早くなる。

 

「ずっと電話してたんだぞ!?なんで出ねぇんだよ……!」

 

自分でも抑えきれていないのが分かる。

 

 

『……ごめん』

 

小さな声。

 

その一言で——

勇気は一瞬、言葉を止める。

 

「……いや……」

 

息を吐く。

 

「……無事なら、それでいい」

 

少しだけ、声が落ち着く。

 

『えっと……その……』

 

みほが少し言いよどむ。

 

そして——

 

『大洗に引っ越してきたの。それで……大洗の学校に転校することになって』

 

「……は?」

 

(……大洗?)

 

頭の中で言葉が引っかかる。

 

(学校は一つしかない——ってことは……)

 

鼓動が少しだけ速くなる。

 

だが——

 

『詳しいことは……また会ってから話すね』

 

「いや、それ一番大事なやつだろ」

 

少しだけいつもの調子に戻る。

 

だが——

そのまま通話は終わった。

 

静まり返る部屋。

さっきまでの声が、余韻のように残る。

 

(……結局、何も分かってねぇんだよな)

 

頭をかく。

 

「……ま、来れば分かるか」

 

自分に言い聞かせるように呟く。

 

 

 

 

 

 

——現在

 

 

朝の支度を済ませ、寮を出る。 

 

まだ人の少ない校内。 冷たい空気の中、軽く走り出す。

一定のリズムで数周。 息は乱れない。

 

そのまま、腕立てや腹筋を軽くこなす。

 

(……問題なし)

 

短く確認して、寮へ戻る。

シャワーを浴び、汗を流す。

 

そして。

パンをかじり、歯を磨き、制服を整える。

ここまできて、ようやく——

いつも通りの朝。

 

だが——

 

(……なんか、落ち着かねぇな)

 

自分でも苦笑する。

 

「……らしくねぇ」

 

そう呟き、寮を出て学校へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

登校中

 

 

前方に、ふらふらとした見慣れた姿があった。

朝の光の中で、その動きはいつも以上に危なっかしく見える。

 

「おーい、冷泉」

 

声をかける。

 

「……勇気か」

 

「今日も危なっかしいな。たまには自力でちゃんと歩けよ」

 

「……無理だ」

 

即答だった。

 

「即答すんなよ」

 

「……朝は体が動かん」

 

「それ昨日も聞いたわ」

 

ため息をつく。

 

「……学校まで送ってくれたら、課題見せてやってもいいぞ」

 

「……マジ?」

 

ピタッと止まる勇気。

 

「……昨日の、終わってないだろ」

 

「……いやぁ、その……」

 

図星だった。

 

数秒後——

 

「……任せろ、お姫様。安全・迅速・確実にお届けします」

 

態度が一変する。

 

「……最初からそう言え」

 

冷泉はそのまま背中に乗る。

 

「よっと」

 

軽々と持ち上げる。

 

「ほんと軽いな」

 

「……失礼だな」

 

「褒めてんだよ」

 

そのまま歩き出す。

 

背中に感じる重さは軽いが、不思議と安心感があった。

 

 

 

 

 

 

校門前

 

 

風紀委員の腕章をつけた園みどり子が立っていた。

 

朝の光の中、背筋を伸ばして立つその姿は、 まるで門そのものを守る番人のようだった。

 

「……お、今日もいるな」

 

「当然です。風紀は毎日守られるべきものですから」

 

即答だった。

 

その言葉に、一切の迷いはない。

 

「相変わらずだなー、そど子」

 

「その呼び方はやめてください、春野さん」

 

ぴしりとした口調。

 

だが、ほんのわずかに眉が動く。

 

「えー、いいじゃん。可愛いだろ」

 

「可愛くありません」

 

間髪入れずに返される。

 

「また冷泉さんを背負っているんですか。甘やかしすぎです」

 

じっと睨まれる。

 

「いやいや、これは需要と供給が一致してるんだよ」

 

「一致していません」

 

「……してる」

 

背中の冷泉がぼそりと言う。

 

「ほらな」

 

「ほらな、ではありません!」

 

声が少し強くなる。

周囲の何人かがちらりとこちらを見る。

 

「じゃあそど子が代わりに運ぶ?」

 

「運びません」

 

「……だろうな」

 

即答に苦笑する。

 

「……そど子には無理だ。朝は動けないだろ」

 

「……」

 

一瞬、言葉が詰まる。

 

図星だった。

 

「ほらな」

 

「ほらな、ではありません!」

 

同じやり取り。

 

だが——

その繰り返しが、どこかいつも通りで。

勇気は、少しだけ気が緩む。

 

「……今日は転校生が来る日です。騒ぎを起こさないでください」

 

「お、もう情報回ってんのか」

 

「当然です」

 

「大丈夫だって。俺そんな問題児に見える?」

 

「見えます」

 

即答。

 

「おい」

 

「……否定できない」

 

背中から追撃。

 

「味方いねぇ」

 

小さく笑う。

 

「ま、ちゃんと大人しくしてる……多分」

 

「“多分”を外してください」

 

「善処します」

 

「確約してください」

 

「それは無理」

 

「もういいです」

 

軽くため息をつくみどり子。

 

「じゃあな、そど子委員長」

 

「委員長ではありません!」

 

その声を背に受けながら——

勇気は校内へと歩き出した。

 

(……転校生、か)

 

ほんの一瞬だけ、意識に引っかかる。

 

だが——

その正体までは、まだ結びついていなかった。

 

 

 

 

 

 

教室

 

 

去年から共学になったばかりのこのクラスは、男女比が極端だった。

30人中、男子はわずか4人。

だがその分、男子同士の距離は妙に近い。

 

「おー、来た来た」

 

男子の一人が声をかける。

 

「今日もギリだな。また冷泉運搬か?」

 

「だから運搬って言うな」

 

「もう仕事だろそれ。日給いくら?」

 

「課題一回分」

 

「安っ」

 

笑いが起きる。

 

「……後で見せる」

 

冷泉が一言。

 

「お、救世主」

 

「助かるわ〜」

 

「……うるさい」

 

ぴたりと空気が止まる。

この一言で静かになるあたり、 もはや日常の一部だった。

 

「おはよう、勇気くん!」

 

武部沙織が明るく話しかけてくる。

 

「おはよー、武部」

 

「今日も賑やかだね〜。また麻子運んできたの?」

 

「いつも通り」

 

「……運ばれた」

 

「あはは、仲いいね〜!」

 

屈託のない笑顔。

 

その隣で——

 

「今日も平和ですね」

 

五十鈴華が穏やかに微笑む。

 

「そっちは今日も落ち着いてるな」

 

「ふふ、それも個性ですよ、麻子さん」

 

「……個性で済ませるな」

 

ぼそりと返す冷泉。

 

軽いやり取り。

笑い声。

ざわめき。

 

(……いつも通り、だな)

 

勇気は席に座りながら思う。

 

だが——

 

(……なんか、落ち着かねぇ)

 

理由は分かっている。

 

三日前の電話。

繋がらなかった声。

 

そして——

最後に繋がった、あの一瞬。

 

(……来るって言ってたよな)

 

無意識に、扉の方へ視線が向く。

 

そのとき——

 

ガラッ。

 

教室の扉が開いた。

 

ざわめきが、一瞬で止まる。

 

扉の前に立っていたのは、一人の少女だった。

 

柔らかな栗色の髪が肩口で揺れ、 光を受けてやわらかく輝いている。

大きな瞳は少し不安げで、 それでもしっかり前を見ていた。

 

 

小柄な体にどこか頼りなさを感じさせるが——

その奥には、確かな芯の強さがあった。

 

教室の空気が、わずかに変わる。

 

(……)

 

勇気の視線が、自然とその少女に向く。

 

心臓が、ほんの一拍だけ強く鳴る。

 

(……まさか)

 

一瞬の違和感。

 

そして——

確信に変わる。

 

(……やっぱり、来たのか)

 

担任が教室に入り、軽く説明をする。

 

「今日からこのクラスに転校生が来る」

 

一瞬の静寂。

 

「自己紹介を」

 

少女は一歩前に出る。

 

ほんのわずかに、息を整える仕草。

 

そして——

 

「西住みほです。よろしくお願いします」

 

教室がざわつく。

 

だが——

春野の耳には、その声だけがはっきりと届いていた。

 

(……間違いねぇ)

 

記憶と、重なる。

あの頃と同じ声。

 

だが——

どこか、少しだけ違う。

 

ホームルームが終わる。

 

ざわめきの中——

勇気は、ゆっくりと立ち上がる。

 

足取りは自然だった。

だが内側では、わずかに緊張している。

 

(……久しぶり、か)

 

距離を詰める。

 

一歩。

また一歩。

その背中が、少しだけ小さく見える。

 

(……こんなに、小さかったか?)

 

違う。

 

そう感じるのは——

きっと、あの頃とは状況が違うからだ。

 

そして——

声をかける。

 

「……久しぶりだな、みほ」

 

みほはビクッと肩を揺らし、振り向く。

 

その瞬間——

目が合う。

 

一瞬の静止。

 

驚きと——

そして、安堵。

 

「……あ」

 

言葉に詰まる。

ほんのわずかに揺れる瞳。

 

そして——

少し照れたように笑う。

 

「……久しぶりだね、春に……春野君」

 

言い直し。

 

その一瞬の迷いが——

二人の空白を物語っていた。

 

(……ああ)

 

勇気は、ほんの少しだけ息を吐く。

 

(……やっと、だ)

 

再会。

 

それは、静かに——

だが確かに、二人の時間を再び動かし始めていた。

 

 

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