それでも俺は、戦車道が好きだ   作:トマトマトン

4 / 12

閲覧ありがとうございます。
次話からは1、2週間に一度投稿したいと考えております。
何卒よろしくお願いいたします。


幼少期編
第2話 はじまりの出会い


 

 

――数年前

 

 

まだ、春野勇気が幼かった頃。

 

その日——

勇気は母に連れられて、とある屋敷の前に立っていた。

 

朝の空気は澄んでいて、やけに静かだった。

周囲の住宅とは明らかに違う、異質な気配がそこにはあった。

 

「……でっか」

 

思わず、ぽつりと漏れる。

 

視線の先には、大きな門。

重厚で、どこか威圧感すらある造り。

 

ただ大きいだけじゃない。

“拒むような空気”すら感じる。

 

(これ、普通の家じゃねぇだろ)

 

「ここが西住家?」

 

「ええ」

 

母——春野のどかは、落ち着いた様子で頷く。

 

(やっぱりか)

 

以前から名前だけは聞いていた。

戦車道の名門。

西住流。

 

(でも……)

 

門の前に立つと、その重みが違う。

 

ただの“有名な家”じゃない。

 

ここには——積み重ねてきたものがある。

 

「勇気、今日はちゃんと挨拶するのよ」

 

「分かってるって。任せとけって」

 

軽く肩をすくめる。

 

(まぁ、普通にすればいいだろ)

 

そう思った。

 

その時——

門が、静かに開いた。

 

「来たわね、のどか」

 

空気が変わる。

それまでの静けさが、張り詰めたものへと変わる。

 

そこに立っていたのは——

 

西住しほ。

 

「ええ。今日は仕事半分、私用半分ってところね」

 

のどかは軽く肩の力を抜くように続ける。

 

「少しね、戦車道の資料の件で確認があって。それと——」

 

ほんのわずかに視線を勇気へ向ける。

 

「前から話していた通り、この子にも一度見せておきたくてね」

 

「……そう」

 

しほは短く答える。

 

だがその視線には、すでに理解が含まれていた。

 

「西住流を、ね」

 

「ええ。関わるかどうかは別として——」

 

のどかは静かに言う。

 

「“知る”ことは、無駄にはならないでしょう?」

 

わずかな沈黙。

 

「……確かに、その通りね」

 

しほが頷く。

 

その言葉は、形式的な同意ではない。

確かな意志の共有だった。

 

「……相変わらずね」

 

ほんのわずかに、しほの表情が緩む。

 

その視線が——

勇気に向いた。

 

「この子があなたの息子?」

 

「ええ。前に話したでしょ?」

 

「……ええ、話は聞いているわ」

 

(……なんか、すげぇ見られてる)

 

ただ見られているだけなのに——

視線の重さが違う。

自然と背筋が伸びる。 

 

「春野勇気です!よろしくお願いします!」

 

勢いよく頭を下げる。

 

「元気な子ね」

 

しほの声は静かだが、芯がある。

 

「元気だけが取り柄だからね」

 

のどかが軽く笑う。

 

「いや、それだけじゃないだろ」

 

思わず返す。

 

そのやり取りに——

しほは、ほんのわずかに目を細めた。

 

(……なんだろ)

 

試されているような感覚。

 

言葉じゃない。

態度でもない。

“見られている”というより——

“測られている”ような感覚だった。

 

そのとき——

 

「お姉ちゃーん!それ取ってー!」

 

庭の奥から、元気な声が響く。

張り詰めていた空気が、一瞬で緩む。

 

「……自分で取れるだろう、みほ」

 

少し困ったような声。

 

「無理ー!」

 

バタバタと走ってくる足音。

 

現れたのは——

 

「……?」

 

元気いっぱいの少女。

 

その後ろから、落ち着いた様子で歩いてくる少女。

 

対照的な二人。

 

「……お客様だ。少しは落ち着け、みほ」

 

「えー?いいじゃん!」

 

そのまま勇気の前まで来る。

 

距離が近い。

躊躇がない。

 

「誰?」

 

「近い近い」

 

苦笑しながら一歩引く。

 

「西住みほ!よろしく!」

 

満面の笑み。

 

(……すげぇな、この子)

 

一切の遠慮がない。

壁がない。

 

「……西住まほだ」

 

もう一人が軽く頭を下げる。

 

落ち着いた所作。

無駄のない動き。

 

「妹が騒がしくて、すまない」

 

少し困ったように笑う。

 

「いや、全然大丈夫」

 

すぐに返す。

 

「それに——元気なのはいいことだろ?」

 

「……ふふ、そうかもしれないな」

 

まほが、ほんの少しだけ笑う。

 

そして——

 

「春野勇気」

 

そう返す。

 

「勇気!」

 

名前を覚えた瞬間——

 

「遊ぼ!」

 

即決。

間髪入れず。

 

「おいおい、いきなりかよ」

 

笑いながら返す。

 

「いいからいいから!」

 

腕を引っ張られる。

小さいのに、妙に力がある。

 

「こら、みほ。お客様を引っ張るな」

 

「大丈夫だって!」

 

「……まったく」

 

ため息をつきつつも、止めないまほ。

 

「行くなら、転ばないように気をつけろよ」

 

少し優しい声。

 

「あい!」

 

元気な返事。 

 

「……急に引っ張ってしまって、驚かせたな」

 

「別にいいって。気にするほどのことじゃねぇよ」

 

勇気は軽く肩をすくめて答える

 

「……もしよかったら、少しだけ相手をしてやってくれないか」

 

まほが静かに言う。

 

「任せとけ。ちゃんと見とく」

 

即答だった。

 

「ほら、行くならちゃんとついてこいよ」

 

勇気が前に出る。

 

「うん!」

 

みほは笑顔で返す。

 

自然と三人で歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

普通の庭というより——

ちょっとした運動場に近い。

 

芝は綺麗に整えられていて、踏みしめると柔らかい。

それでも、どこか訓練場のような整然さがあった。

 

(……やっぱ普通じゃねぇな)

 

「これ見て!」

 

みほが木に登る。

 

迷いがない。

勢いだけで動いている。

 

「おい、ちょっと待てって——」

 

案の定——

 

「あっ」

 

バランスを崩す。

 

(ほらな)

 

すっと前に出る。

 

「っと」

 

受け止める。

軽く着地。

 

「……大丈夫か?」

 

目線を合わせる。

 

「うん!」

 

元気な返事。

 

「ならいいけどな。無茶すんなよ」

 

軽く頭を叩く。

 

「えへへ」

 

嬉しそうに笑う。

 

(……ほんと、危なっかしいな)

 

でも——

 

(目、いいな)

 

まっすぐで、濁りがない。

 

「……みほ」

 

まほが声をかける。

 

「もう少し落ち着いて行動しなさい」

 

怒るというより、諭すような口調。

 

「はーい」

 

全く反省していない。

 

「……すまない」

 

まほが勇気に向き直る。

 

「助かった。ありがとう」

 

「いいって」

 

軽く手を振る。

 

「こういうの、慣れてるし」

 

「……そうなのか?」

 

少し意外そうな表情。

 

「まあな」

 

軽く笑う。

 

「こういうやつ、放っとけないだろ?」

 

みほの頭をぽんと叩く。

 

「むー!」

 

「……ふふ」

 

まほが小さく笑う。

 

 

その様子を——

少し離れた場所で、二人の大人が見ていた。

 

「……相変わらずね」

 

のどかが小さく笑う。

 

「ええ」

 

しほも静かに頷く。

 

「でも——」

 

視線は勇気へ。

 

「いい子ね」

 

「ええ」

 

しほの目が、わずかに柔らかくなる。

 

その視線には——

“評価”ではなく、“認識”が混じっていた。

 

 

 

 

 

 

軽く息をつく。

 

ひとしきり走り回ったあとだった。 

 

「……そろそろ戻るか」

 

勇気が言う。

 

「えー、もう?」

 

みほが不満そうに声を上げる。

 

「また来るって」

 

「……ほんと?」

 

少しだけ不安そうな目。

 

その視線に——

勇気は軽く笑う。

 

「おう、また来る」

 

その言葉を聞いて——

 

「……勇気」

 

「ん?」

 

「……次も一緒に遊べると嬉しい」

 

少しだけ照れたように視線を逸らす。

 

「任せとけ」

 

軽く手を振る。

 

「次来たときも遊ぶぞ」

 

「うん!」

 

みほが嬉しそうに笑う。

 

 

そのやり取りを——

少し離れた場所で、まほが静かに見ていた。

 

(……なるほどな)

 

わずかに、納得したように目を細める。

 

 

――それから

 

のどかが西住家を訪れるたびに、

勇気も一緒に来るようになった。

 

いつの間にか——

みほは勇気のことを「春兄」と呼ぶようになり、

まほもまた、自然と「勇気」と名前で呼ぶようになっていた。

 

 

 

 

 

 

ある日

 

 

「……っ」

 

みほが一人で座っていた。

 

少し俯いている。

いつもの明るさがない。

 

「どした?」

 

隣に座る。

 

「……負けた」

 

小さな声。

 

「お姉ちゃんに?」

 

「うん……」

 

悔しそうに俯く。

 

拳が小さく握られている。

 

少しの沈黙。

 

(……あー、なるほどな)

 

「まあ、そりゃそうだろ」

 

あっさり言う。

 

「お姉ちゃん強そうだし」

 

「むー……」

 

頬を膨らませる。

 

「でもさ」

 

勇気が続ける。

 

「楽しかったなら、それでいいじゃん」

 

「……え?」

 

顔を上げる。

 

涙はまだ出ていない。

でも、その一歩手前だった。

 

「勝ち負けだけじゃなくてさ」

 

軽く笑う。

 

「楽しいって思えるの、結構大事だぞ」

 

みほは少し考える。

 

(……楽しい?)

 

戦車道。

勝てなかった。

悔しい。

 

でも——

 

(……でも)

 

「……うん!」

 

顔を上げる。

 

明るく笑う。

その笑顔は、さっきまでより少し強かった。

 

 

その様子を——

少し離れた場所で、まほが見ていた。

 

「……」

 

静かな視線。

 

だが——

 

「……ありがとう」 

 

小さく、柔らかく呟く。

 

 

そして。

 

「春兄」

 

「ん?」

 

「……また一緒に遊ぼうね」

 

少しだけ照れたように視線を逸らす。

 

「おう」

 

勇気は軽く笑う。

 

「任せとけ。いつでも面倒見に来てやるよ」

 

「ほんと!?」

 

「ほんとほんと」

 

みほが嬉しそうに笑う。

 

まほもまた——

少しだけ安心したように微笑んだ。

 

 

少し離れた場所で。

のどかは、その光景を見ていた。

 

(……それでいい)

 

静かに思う。

 

(この子は、この子のままでいい)

 

戦車道を知らなくてもいい。

関係なくてもいい。

 

ただ——

 

(自分で選びなさい)

 

それが、母の願い。

 

この出会いが。

この関係が。

 

やがて——

大きな運命へと繋がっていくことを。

まだ、誰も知らなかった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。