それでも俺は、戦車道が好きだ   作:トマトマトン

6 / 12


閲覧ありがとうございます。
まだまだ投稿を頑張っていきますので、
お気に入り登録や感想、評価などお待ちしております。


第4話 踏み出した一歩

 

 

――数日後 

 

 

西住家

 

 

「……なんか、今日は静かだな」

 

庭を見渡しながら、勇気はぽつりと呟いた。

 

普段なら、みほの明るい声が先に聞こえてくる。

だが今日は――妙に空気が張り詰めていた。

 

風が庭木を揺らす音だけが、やけに耳に残る。

 

(……違うな)

 

いつもと同じ景色のはずなのに、 どこか“重さ”がある。

 

その静けさの奥から――

 

「……違う。そこはもっと正確に」

 

凛とした声が響く。

 

「……!」

 

その声に、足が止まる。

 

(この声……)

 

少し前にも聞いた。

――まほが、しほの稽古を受けていたとき。

 

あのときも、同じように張り詰めた空気だった。

 

(やっぱり、あれ……遊びじゃないんだな)

 

ゆっくりと視線を向ける。

胸の奥に、わずかな緊張が生まれる。

 

そこには――   

庭の一角。 

 

地面には白線で簡易的な区画が描かれ、小石や木片がいくつも置かれている。

旗が立てられ、地形と敵味方の配置を模していた。

 

まるで――小さな戦場。

その中で、みほとまほが向かい合っていた。

 

ただの遊びではない。

――これは訓練だ。

 

空気が違う。

さっきまで感じていた“日常”とは、明らかに別のものだった。

 

「状況を確認しろ。敵は正面一両、右にもう一両いる想定だ」

 

「……はい! お姉ちゃん」

 

みほが周囲を見渡す。

 

視線は動いている。

 

だが――

わずかに遅い。

 

(……迷ってる)

 

ほんのわずかな遅れ。

だが、それが致命的になる世界だと、直感で分かる。

 

「次。どう動く」

 

「えっと……正面を――」

 

「違う」

 

即座に遮る。

 

その一言だけで、空気が引き締まる。

逃げ場のない、断定。

 

「正面に出れば、右の敵に側面を取られる」

 

まほが一歩動く。

 

その瞬間、みほの死角へと滑り込む。

動きに迷いがない。 まるで最初からそこにいたかのように。

 

「えっ!?……今、どこにいるの?」

 

みほは周りを見渡す

 

「……っ!」

 

気配を察し、振り向く。

 

だが、その一瞬――

 

「遅い。もう撃たれている」

 

ピタリと止まる。

 

「っ……!」

 

悔しそうに唇を噛むみほ。

 

その肩が、わずかに震える。

その表情を見て――

 

(……厳しいな)

 

勇気は小さく息を吐く。

 

だが同時に思う。

 

(でも……ちゃんと理由がある)

 

ただ怒っているわけじゃない。

一つ一つに意味がある。

 

だからこそ――逃げられない。

 

「もう一度。同じ状況からやるぞ」

 

「……はい!」

 

今度は、みほの動きが変わる。

 

正面だけでなく、右にも意識を向ける。

足の運びも、さっきより慎重だ。

 

先ほどより確実に良くなっている。

 

だが――

 

「甘い。視線が固定されている」

 

再び止められる。

 

「周囲を“見る”のではない。“把握する”んだ」

 

「……!」

 

みほが小さく息を飲む。

 

理解しようとしているのが分かる。

焦りと、必死さと――それでも前を向こうとする意志。

 

「……」

 

 

それを見ていたのは――

西住しほだった。

 

その存在だけで、場の空気がさらに引き締まる。

 

言葉を発さなくても分かる。

ここでは、甘さは許されない。

 

(やっぱり、これが……)

 

勇気は無意識に拳を握る。

胸の奥が、わずかに熱を帯びる。

 

「……戦車道、か」

 

小さく呟く。

 

以前、母から聞いたことがある。

――昔、戦車道をやっていた、と。

 

そのときは、ただの話だった。

 

だが今は違う。

 

(まほのときも、こんな感じだったな)

 

思い出す。

厳しく、容赦のない指導。

 

(でも……)

 

視線は、みほへ。

 

(なんか、楽しそうでもあるんだよな)

 

悔しそうにしながらも、目は死んでいない。

ちゃんと前を見ている。

逃げていない。

 

その姿が――妙に引っかかる。

 

「気になるのかしら?」

 

「……!」

 

後ろから声。

 

振り向く。

 

「しほさん……こんにちは」

 

すぐに姿勢を正し、頭を下げる。

さっきまでとは違う緊張が、背筋を通る。

 

「ええ、こんにちは。見ていたのね」

 

しほは静かに頷く。

 

その視線は鋭いが、どこか確かめるようでもあった。

 

「……はい。前にも、まほの稽古を少し……」

 

ほんの僅かに言葉を選ぶ。

 

「……そう。なら分かるでしょう、これは――甘くない」

 

その一言に、重みがあった。

 

ただの言葉じゃない。

積み重ねてきたものが、そのまま乗っている。

 

「……はい」

 

自然と頷く。

 

軽い気持ちでは踏み込めない世界。

それは、見ているだけでも分かる。

 

胸の奥に、わずかな躊躇が生まれる。

 

だが同時に――

 

(……面白そうだな)

 

そんな感覚も、確かにあった。

 

沈黙。

 

風が一瞬だけ強く吹く。

 

「……やってみる?」

 

「……え?」

 

思わず顔を上げる。

 

「興味があるのでしょう?」

 

見透かされたような言葉。

 

(……バレてるな)

 

苦笑しつつ――

 

「……やってみたいです」

 

はっきりと言う。

 

言葉にした瞬間、 胸の中の迷いが、少しだけ消えた気がした。

 

しほはわずかに間を置いて――

 

「……いいわ。ただし中途半端は許さない」

 

「……はい」

 

自然と背筋が伸びる。

逃げ場はない。

 

だが――それが逆に、心地よかった。

 

 

 

 

 

 

――それから

基本の動きを教えられる。

 

「まずは“見る”こと。敵の位置、味方の位置、地形――すべて把握しなさい」

 

「はい」

 

最初はぎこちない。

どこを見ればいいのか分からない。

情報が多すぎる。

考えすぎて、動きが止まる。

 

(……むずいな、これ)

 

だが――

 

(でも……)

 

二度、三度と繰り返すうちに――

 

「……こうか?」

 

動きが変わる。

 

視線が自然に流れ、配置が頭に入ってくる。

点だったものが、線になる感覚。

さらに――それが繋がっていく。

 

「……」

 

しほが無言で見つめる。

 

「……勇気?」

 

まほが気づく。

 

「その動き……」

 

少し驚いた表情。

 

「え、変か?」

 

「いや……違う。自然すぎる」

 

「すごい!さっきより全然いいよ、春兄!」

 

みほが目を輝かせる。

 

「マジで?」

 

頭をかく勇気。

 

(……なんだこれ)

 

妙な感覚。

 

(分かる)

 

頭で考える前に――体が動く。

迷いがない。

 

(まほのとき見た動きと……似てる)

 

無意識に再現している。

 

それだけじゃない。

 

(……ちょっと違うな)

 

自分なりに“動かしている”感覚。

それが、じんわりと楽しかった。

 

 

それの様子を見ていた、しほは

 

(……っ!? ……この子――)

 

わずかに目を見開く。

 

ほんの一瞬。

だが——見逃さない。

 

動きに、無駄がない。

判断が速い。

それでいて——迷いがない。

 

(今の動き……初めてとは思えない)

 

視線が鋭くなる。

 

(教えられて出来るものではない……)

 

ほんのわずかに、呼吸を整える。

 

(これは——“理解している”動き)

 

 

「……もういい」

 

しほが口を開く。

 

「え?」

 

動きを止める。

 

「……のどか」

 

わずかな間。

 

その呼び方に—— 何かを告げようとしている気配が滲む。

 

「――どうかした? しほ」

 

少し離れた場所で見ていたのどかが問いかける。

 

しほの視線には、どこか確信めいたものがあった。

 

「この子――西住流の門下生として迎えたい」

 

空気が止まる。

風も、音も、一瞬だけ遠くなる。

 

「……え?」

 

勇気は思わず声が漏れる。

 

「待って。この子は……無理にやらせるつもりはないの」

 

のどかが前に出る。

 

その声は穏やかだが、はっきりしていた。

 

「……分かっている。だからこそ、本人に決めさせる」

 

しほは静かに返す。

 

「……勇気」

 

のどかが呼ぶ。

 

「あなたはどうしたい?」

 

少しだけ考える。

 

(……さっきの感じ)

 

体が自然に動いた感覚。

視界が広がった感覚。

 

(まほみたいに、なれるのか)

 

(……みほと一緒に、やれるのか)

 

胸の奥が、熱くなる。

 

(……面白い)

 

その感情が、一番しっくりきた。

 

「……やってみたい。ちゃんと、やりたい」

 

はっきりと言う。

 

その言葉には、さっきまでとは違う重みがあった。

 

その目を見て――

 

「……はぁ。その顔、ずるいわね」

 

のどかが小さく笑う。

 

どこか諦めたような、でも嬉しそうな笑み。

 

「……いいわ」

 

頷く。

 

「自分で選んだ道よ」

 

「……うん」

 

その一言が、妙に重く感じる。

 

だが――嫌ではなかった。

 

「では――」

 

しほが一歩前に出る。

 

空気が、さらに引き締まる。

 

「今日からあなたは、西住流門下生よ」

 

勇気は深く頭を下げる。

 

「……よろしくお願いします」

 

その直後——

 

「これからあなたには、私が直接教える」

 

静かに、しかしはっきりと告げる。

 

その一言で——

空気が変わる。

 

まほの目がわずかに細まり、

みほも驚いたように息を呑む。

 

それがどれだけ特別なことか、

言葉にしなくても伝わる。

 

「だから——」

 

しほは続ける。

 

「これからは、“師範”と呼びなさい」

 

「……はい、師範」

 

迷いなく答える。

 

その瞬間――

ただの興味だったものが、確かな“道”に変わった。

 

後戻りはできない。

 

だが――

 

(……悪くねぇ)

 

そんな感覚だった。

 

「春兄!」

 

みほが駆け寄る。

さっきまでの緊張が嘘みたいに、明るい。

 

「一緒に頑張ろうね! ……でも、負けないからね」

 

「おう」

 

自然と笑う。

その笑みは、今までとは少し違っていた。

 

「……これからは仲間だな、勇気。頼りにしてる」

 

まほが柔らかく微笑む。

その言葉には、ほんの少しだけ“期待”が混じっていた。

 

「任せとけ」

 

軽く答える。

 

だがその声は―― どこか、さっきよりも真剣だった。

 

 

その様子を見て――

のどかは静かに目を細めた。

 

(……あのときと同じ顔、本気で何かを掴もうとしてる)

 

それなら――

 

(私は止めない)

 

小さな一歩。

 

だがそれは――

確実に、未来へと繋がっていく。

 

静かな風が、庭を通り抜ける。

その流れは、これまでとは少し違っていた。

 

まるで―― 新しい何かが、動き出したかのように。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。