気がつくと日が暮れようとしていた。
あなたはグラウンドで降りるための階段に腰掛けていた。
すぐ隣でプルルートは同じく階段に腰掛け、あなたに肩を預けてすうすうと寝息を立てている。自分も一緒になって眠っていたようだ。
慌ててピーシェを探すと、ピーシェは目の前のグラウンドで他の生徒が投げたボールを追いかけて走り回っている。
(そうだ。教会だと満足にピーシェが暴れられないから、他の子と遊ぶのに付き合ってたんだった)
プルルートを起こさないよう注意しつつ、背伸びをして、現状を思い出す。
「おーい、ピーシェ。そろそろ帰ろうよー」
「やだー、ぴいもっと遊ぶ! みんなまだあそぶっていってるもん!」
「その子たちは寮に寝泊まりしてるんだよ。ボクらは帰らなきゃ」
「やだ! もっとあそぶ!」
そういって、ピーシェはボールを追いかけて、どこかへ走り去ってしまう。
「もー」
あなたは立ち上がってピーシェを追いかけようとして。
「プルルート?」
腕を掴まれて立ち上がれなかった。
「ぴーしぇちゃんも遊びたいみたいだし〜、あたし達も〜、もうちょっと寝てようよ〜」
「う……」
そう言われると、プルルートと一緒にもう少し寝たい、という欲求が浮かび上がって来る。
『あなたはプルルートさんを肯定しすぎです。もう少しブレーキ役になってあげてください』
同時に、イストワール学長からの言葉も思い出される。
(ここで、プルルートを肯定してしまっていいのかな?)
携帯端末「Nギア」を取り出して時間を確認すると、もう最後のスクールバスまでの時間はかなり差し迫っている。
「ごめん、プルルート。やっぱり起きないと。ピーシェを連れて戻ってくる」
「あーくん〜」
プルルートが縋るような目であなたを見てくる。
「うぅ……」
あなたの心が割れそうになる。別にこの程度のことでブレーキ役になる必要はないのではなかろうか、そんな思いが頭をもたげる。
「あーくん〜?」
眠そうに目をしばしばさせながら、プルルートがあなたを見ている。
「ごめん!」
あなたはプルルートが倒れないように支えながら立ち上がり、階段を駆け降りていく。
「ん〜、あーくん……」
そんなあなたの様子を少し不機嫌そうにプルルートは見ていた。
「ごめんねみんな、ボクらは帰らないといけないから」
「やだ! かえらない! あそぶ!」
と暴れるピーシェを抱き上げて、プルルートの元に戻る。
「急ごう、プルルート」
プルルートはなんとも言わずにただついてきた。
ちょっと危険信号を感じたが、とはいえ、今更ケアすることもできない。
ピーシェを担いで階段を登り、校門を抜けてロータリーに向かう。
ロータリーにはもうスクールバスが止まっている。あれが最後のスクールバスだ。
「まって!」
だが、朝の焼き直しのようにスクールバスは扉を閉めて、発進の準備を始める。
そして、一同がロータリーに着いた頃にはスクールバスはもう道の遠くに行ってしまっていた。
「……」
「おろして!」
「がはっ!」
プルルートとあなたがそれをみて固まっていると、ピーシェがあなたの顎を殴ってノックダウンし、華麗に着地する。
「どうする〜?」
地面に倒れ伏しそうになったあなたをプルルートが支えて、尋ねる。
「……歩いて帰るしかない、かな」
「だる〜ん」
三人でプラネテューヌに向けて歩き出す。
途中でバスを拾うなどしつつ、三人は一時間ほど歩いて、プラネテューヌ領内のとある街中を歩いていた。
「この通りをまっすぐ行ったら、次のバス停みたいだ。そこからプラネテューヌの首都まで一直線みたいだね」
「だるるるるる〜ん」
もうすっかり疲れたようで、プルルートは完全にダルダルモードだ。
「ねぇ、あーくん〜、おんぶ〜」
「えぇ!?」
唐突な言葉にあなたはびっくりする。
「おんぶしてよ〜、疲れたぁ」
「ぼ、ボクも結構疲れてるんだけど……」
「してくれないの〜?」
「分かった、分かったよ、するよ」
そもそもプルルートがごねなければスクールバスに遅れることもなかったかもしれないのだが、あなたにプルルートを責める発想はない。
「ぴいも!」
「えっ!?」
「ぴいもおんぶ!」
「え、えぇ〜。む、無理だよ、二人もおんぶなんて、ボクには荷が重すぎるよ」
「む〜」
プルルートとピーシェが二人で唸る。
「うぅ、困ったな」
「あなた! プルルート! ピーシェ!」
そこに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「アイエフ!」
「お〜、あいえふちゃん〜」
「あいえふ!」
三人が同時に声の主を呼ぶ。声の主、アイエフは右から駆け寄ってきた。
「良かった、連絡がないから心配したのよ」
「あ、ごめん。二人を宥めながら移動するのに必死で連絡するの忘れてたよ」
「しっかりしてよね」
そう言いながら、アイエフはやけにたくさん持っているスマホのうち一つを取り出して連絡を取っている。
「連絡がないからみんなで分担して、あなた達を探してたの。この辺りは最近治安が悪いわ。さっさと離れましょ」
そういって、スマホをしまって、アイエフが三人を見る。
「うん、向こうのバス停に向かうところだったんだ。アイエフはどうやってきたの?」
「私はバイクよ。あなた達がバスに乗るところを確認したら、駐輪場に戻るわ」
こうして四人はバス停に向かうことにした。
「わーい」
幸いプルルートもピーシェもアイエフの登場でおんぶのことは忘れてくれたようで、ピーシェは嬉しそうに駆け出し……。
どん、と裏路地から出てきた見慣れない制服の緑髪の少女にぶつかった。
「いってぇ」
大袈裟に少女が倒れる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねぇよ。イッテェ、骨折れたかも」
あなたが慌てて駆け寄ると、少女は大袈裟に痛がってみせる。
普通なら何を馬鹿なことを、と思うところだが、ピーシェの突進は時々洒落にならないので、否定しきれないのが悲しいところだ。
「ピーシェ、謝りな」
「ぴいそんなつよくぶつかってないもん」
あなたがピーシェを諭すが、ピーシェは聞く耳を持たない。
「ダメだよぉ〜。悪いことをしたなら〜、まずは謝らないと〜。ぶつかったのは〜、事実でしょう〜?」
「プルルートの言う通りよ、ピーシェ」
プルルートがピーシェをさらに諭し、アイエフも同意する。
「うぅ、ごめんなさい」
流石に自分が悪いと思ったのか、ピーシェも大人しく謝罪する。
だが。
「謝ったくらいじゃおさまらねぇよ。医療費と慰謝料を払いやがれ」
「そんな……」
あなたは思わず眉を顰める。流石にこれは尋常な態度ではない。
「応える必要はないわ」
アイエフが厳しく制する。
「なんだと!? こっちはお前らの連れのせいで負傷してるんだぞ」
「この子は教会で預かってる子よ。文句があるなら教会に請求しなさい。この場はこれまでよ」
少女は食い下がるが、アイエフは聞く耳を持たない。
「調子に乗りやがって!」
少女が手元に鉄パイプを出現させ、最も近くにいたあなたを激しく殴打する。
「いたっ!」
そのまま少女はあなたを手元に引き寄せる
「慰謝料払う気が無いってんなら、お前ら全員、同じ目に合わせてやるよ。まずはこいつからだ」
鉄パイプがあなたの喉に食い込み、息が苦しい。
「馬脚を表したわね。何が骨折したかも、よ。元気に動いてんじゃない」
そういって、カタールを両の手元に出現させるアイエフ。
「ねぇ〜」
だがそれより早く、プルルートが剣呑な声を発する。
「あたしぃ〜、学校出る時からずぅぅぅぅぅっとイライラしてたんだけどぉ〜」
「プルルート?」
あなたが痛みに耐えながら、プルルートの方を見ると、眉が上がって目が据わっているのが分かった。
「ちょ、まずいよ、そこの少女さん」
「妙な呼び方をすんな、リンダって名前があるんだ」
「じゃあリンダさん、まずいよ。これ以上はやめときなよ」
「なんだ、女の子の前でダサい姿を晒したのが恥ずかしいのか? 慰謝料を貰わない限り退く気はねぇよ」
プルルートがこれ以上怒る前に、と言う意味だったのだが、リンダには伝わらなかったようだ。
「いや、本当に、ちょっとやめといたほうがいいんじゃない? 危ないわよ?」
「へっ、お前も威勢良く武器を抜いておきながらビビってんのか?」
「そうじゃ無いって、本当に、安全のためにも、ね?」
アイエフも同じくリンダを止めようとするが、やはり止まらない。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃ、うるさいんだけど〜」
プルルートが光に包まれる。
「うわー」
「あ゛ー!」
あなたとアイエフが同時に声を上げる。
「誰に断ってあたしのあーくんに手を出してるのかしらねぇ?」
プルルート、否、アイリスハートの手元に鞭が出現する。
「はっ、やってみろよ。フリーの女神に何ができるってんだ!」
直後、アイリスハートが鞭をふるうと、鞭がリンダの鉄パイプに絡みつく。
「なっ!」
「ダメじゃなぁい、得物はちゃんとしっかりと握っておかなくちゃぁ」
アイリスハートが鞭を手元に引き寄せると、鉄パイプもリンダの元を離れて、アイリスハートの手元に戻ってくる。
それであなたの拘束が解ける。あなたは咳き込みながら地面に倒れる。
「大丈夫?」
アイエフが駆け寄る。
「ぼ、ボクは大丈夫。それより、プルルートが、というか、リンダさんが」
「確か右腕を骨折したとか言ってたかしら? 今から本当にしてあげましょうかしらね!」
鉄パイプが一気にリンダの右肩に向けて振り下ろされる。
激しい殴打音が辺りに響きわたる。
「い、いだい……ゆ、ゆるし……」
「許すぅ? 謝ったピーシェちゃんをリンダちゃんは許したんだったかしらねぇ? それどころか、あたしのあーくんに手を出したんじゃなかったかしらねぇ!」
鉄パイプが遠くに放り投げられ、鞭が振るわれる。
「お……おぉ……。ママかっこいいー!」
ピーシェの教育も心配だったが、ピーシェはむしろ喜んでいる様子だ。別の意味で教育には悪そうだが。
「止めなきゃ」
「え? ちょ、ちょっと無茶はよしなさいよ」
あなたが立ち上がるのを、アイエフは慌てて止める。
「僕が、ブレーキ役にならなくっちゃ」
あなたは手元に細剣と拳銃を組み合わせたような形状のピストルレイピアを出現させる。
「ほらほらー、なんとか言いなさいよ!!」
「プルルート、もういいよ!」
「よくないわ! こいつはあーくんを人質にとって、あーくんを傷つけようとしたのよ! 一回謝罪するくらいじゃ許されないことよ。なのにこいつは、ただの一度も謝らない!」
「はっ、キセイ
「そう、だったら、たっぷりいたぶってあげるわぁ!」
アイリスハートが再び鞭を振り上げる。
「っ!」
だが、その鞭がリンダに届くことはなかった。
「もういいんだ、プルルート」
あなたはピストルレイピアを構えて間に割り込み、その刃で 鞭を受け止めたのだ。
「あーくん!? なんで、どうして邪魔をするの?」
「ボクが、ブレーキ役だから。プルルートが人を傷つけるなら、それを止めなくっちゃ」
「こいつは、あーくんを傷つけたのよ! あたしはあーくんのために……」
「その気持ちは嬉しいよ。でも、これ以上やったらまた問題になる。今度は他校の生徒なんだよ?」
「ヒィィィィ」
リンダがその隙に走り出す。
「どいて、あーくん。あいつが逃げる!」
「どかない!」
「だったら、強引にでもどいてもらうわ!」
一歩、アイリスハートが踏み込む。
「!」
あなたがピストルレイピアを構え直す。
さらにアイリスハートが踏み込む。この距離でレイピアを振れば、アイリスハートに当たってしまう。あなたは思わず一歩下がってしまう。
「ふっ、甘いわ、あーくん」
そして、その僅かな隙をついて、アイリスハートは脇をすり抜けていった。
リンダを追うために。
「待って! プルルート!」
あなたは慌てて追いかける。
アイエフとピーシェもそれに続く。
その後もしばらく、アイリスハートの蹂躙とあなたの静止が続くのだが。
その前に、四人が去った路地裏にて。
「ちゅっちゅっちゅ。計画通りの絵が撮れたっちゅね」
一匹の灰色のネズミが、カメラを構えてその様子をじっと見ていた。
「終わったか。なら帰るぞ」
妖艶な服装に身を包んだとんがり帽子の魔女のような姿をした女性が、ネズミに声をかける。
「下っ端を助けないっちゅか?」
「実力があるなら自力で抜け出し、戻ってくるだろう。戻ってこないなら、その程度のやつ、ということだ」
そういって、魔女がネズミに背を向ける。
「了解っちゅ」
そうして、ネズミもそれに続く。
少しずつ変わりつつある世界で、何かが、起ころうとしていた。