バロックエンジン   作:福ノ権兵衛

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序章:バロックの誕生

 21世紀末期、当時のカナダ首相は同性愛者向けのある政策を立てた。それは遺伝子技術を用いて男性の体細胞から卵子を、女性の体細胞から精子を作り出すもの。簡単に言えば同性でも子を成せる手術を推進する政策であった。

 これは同性愛者に生殖能力を与えることで、より性の多様性を広めるという狙いがあった。効果は予想以上だった。男女だけでなく、男男や女女でも子ができるようになってから人口は急激に増加した。目標であった更なる性の多様化は達成されたかにみえた。しかし、手術は思いもよらぬ副産物を産んだ。

 

 初めて確認されたのは政策が施行されて40年後の2110年3月上旬、オンタリオ州サンダーベイ。ある家庭の少年(仮名:K)は男でありながら女性的な体つきであった。生まれつきアルビノであった病弱な彼は喉仏は発達せず、脛や腕の体毛もない。顔つきも少女そのものであった。性ホルモンを調べたところ、男性ホルモンが1/10しかなく、代わりに女性ホルモンが高かった。Kはこの特異な体質であるが故に、同性のクラスメイトから性的ないじめを受けていた。父親もまたKを忌避していた。このことから彼は不登校になり、夜遊びに耽ることとなった。

 しかし2113年6月18日、Kが突然激しい腹痛を訴え病院に搬送された。処置にあたった医師は診断結果に衝撃を受けた。

「馬鹿な、なぜ男の体に胎児がいるんだ?」

 レントゲン写真には妊娠9ヶ月の赤ちゃんがいた。彼は妊娠していたのだ。後の精密検査で、彼は鳥類や爬虫類などが持つクロアカ(総排出膣)を有していたことが判明した。その後Kは子供を出産して1ヶ月後、飛び降り自殺した。DNA検査の結果、子供の親はKを忌み嫌っていた父親だった。この衝撃的な事件は街を、カナダを震撼させた。メディアやSNSはこぞってこの事を大々的に取り上げた。Kを悲劇の少年と憐れむ者もいれば、背徳に耽った悪魔の子と蔑む者、天から舞い降りた神の子として崇める者さえいた。

 

 これを機に全州でKと同じ体質の人間が現れ始めた。その中には乳房が発達したり、退化した前立腺小室が子宮へと変化するなど個人差はあれど、共通してアルビノやオッドアイ、ネオテニーなどの症状を抱えている。

 多くの者は自殺したKと同じくいじめに悩まされたり、自らの体を嫌い自傷行為に走った。社会もまた彼らを檻の中の動物を舐め回すように注目した。当然だ、男でありながら女性の様に背徳的で美しく子を成せる存在、それまでは紀元前の創世神話でしか現れなかった両性具有の存在、見て驚かない者はいない。

 やがて彼らをどう扱うのかという世論が生まれた。普通の人間として接するのか、社会的価値観を狂わす禍源として封印するか、それとも人類の目指すべき偶像、「神」として崇め奉るか。世論は3つにわかれた。

 

 最初は討論や議会など平行線上で議論されていた。しかし2116年5月3日、ケベック州の小さな街で両性具有者が人型作業機を用いた建築物破壊及び大量虐殺事件が勃発した。後に「カナディアン・キルドーザー事件」と呼ばれる事件により民間人、警官を含め計59名の死傷者が出た。犯人はその後、リボルバーで自殺した。

 この事件の犯人であるリアン・マードック(享年21歳)が住んでいた街はキリスト教の価値観が強く、両性具有という異質さが災いを齎すと噂され、彼とその家族は村八分になっていた。事件発生の1年前に姉が職場のいじめに耐えきれず自殺、先々月には適切な治療を受けられず母が衰弱死するなど悲劇が重なり、町人に対する不満と怒りが爆発した。こうして彼は凶行に至った。

 このように、事件の全貌は自分たちを村八分にした町民に対する復讐劇だった。しかし事件後、各地で両性具有者に対する私刑や迫害が頻発するようになった。

 

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