2113年、オンタリオ州サンダーベイにて自殺したある少年がニュースで話題になった。
「命を落とした神の子、K!」
「男と女を併せ持つ悲劇の両性具有者!」
K少年は男でありながら少女のように高い声と丸みを帯びた体を持ち、そして鳥類や爬虫類しかない総排出膣を有する両性具有者であった。彼の存在は世間の好奇心を強く刺激した。しかし彼の死をきっかけに、カナダ全州で同じ体質の子供が次々と確認されるようになった。
「トフィーノの美少年、第2のKか!?」
「妖美!バンフのアンドロギュノス!」
「有名俳優ウィリー・ジュリエット、両性具有を告白!」
確認された人数はついに10万人にまでに達した。この事態を受け、「種として淘汰されてしまうのではないか」と危機感と恐怖を煽る排斥派が台頭した。アルバータ州カルガリーでは、両性具有の子供に対し去勢して女に育てるか、総排出膣を摘出して男に育てる事を義務づける「バロック・アウト法」が制定・施行された。この法律以降、彼らはバロックと呼ばれるようになった。
バロックの社会的立場は不安定で、特にアルバータ州やケベック州のような保守・キリスト色が強い地域からは「社会を混乱させる存在」として差別・迫害を受けていた。バロックであることを理由に雇用を拒否されたり、インフラの提供を断られたり、犯罪被害にあってもまともに取り合ってくれないことすらあった。
2114年8月20日、ケベック州ケベックシティ、グランダレ通り。
ある団体がデモ行進を行っていた。
「両性具有でも我々と同じだ!」
「両性具有者に対する差別法案を撤回しろ!」
「彼らに自由と平等を!」
団体名は「性差なき世界」。デモ参加者は男女とバロック合わせてもわずか200人。彼らは両性具有を象徴する⚥の記号が描かれた虹色の旗を掲げていた。行進の目的は、2115年7月10日に施行予定の「ホルモン疾患予防法案」の即時廃止を求めるためである。この法案は、胎児がバロックであると判明した場合、中絶を義務づけるという内容だった。しかし、そもそもエコー検査ではバロックかどうかは判断できないことが多く、非人道性に加え実効性の面からも融和派や中道派からは反対意見が出ていた。
道行く人々はスマホで写真や動画を撮ったりする者もいれば、興味を持たず、そのまま仕事場や学校に行く者もいる。そんなデモを牽引するのは人権活動家のジェフ・ベティスだ。
彼はレズビアンの両親に育てられた過去があり、それが原因で学校でいじめを受けていた。そんな中、担任の先生が相談に乗ってくれたおかげで救われた。これをきっかけに自分と同じマイノリティを支援する活動家を志すようになった。このデモ行進もその活動の一環である。
「ノーマルでもゲイでもレズでも、バイでも両性具有者でも関係ない。皆違って皆いいんだ。そんな未来を作るために我々は行進を続けるぞ!」
ジェフの宣言と共に皆一致団結して、雄たけびをあげた。彼らはデモ行進だけでなく、SNSによる広報やロビー活動、学校での講座など様々な活動を行った。その努力の甲斐があり、2115年6月6日のケベック州国会議事堂前のデモ参加者は2万人まで成長した。さらに政府からの信用と援助を獲得した事で影響力が拡大した。そして6月25日、「ホルモン疾患予防法案」は廃止された。ジェフ達は目標達成の知らせに歓喜し、同時に彼はバロックの更なる社会的立場確立のため活動を続けることを宣言した。彼らの躍進は続くかに思われた。しかし、現実はそう上手くは行かなかった。
2116年5月3日、ケベック州の小さな町でリアン・マードックという名のバロックが起こした「カナディアン・キルドーザー事件」。6m級人型作業機を用いて家屋や建造物を数十棟を破壊、死傷者25名に及ぶこの大事件はカナダ全土を震撼させた。
それまで下火になりつつあった反バロック感情が再燃、世論は融和と排斥の比率は4:6に別れた。自治主義を掲げる議員ダグラス・ロードは、「バロックを取り除かなければ、同じ事が繰り返されるだろう」と反バロック感情を煽り、かつ全ての原因は「性差無き世界」を支援したカナダ政府と非難し、ケベック州の自治権獲得を促した。ジェフ達は「この事件は個人が起こした事件で両性具有者全体が危険である証明にはならない」と声明をだし、バロックの名誉回復に努めた。
「バロックをケベックから追い出せ!」
「爬虫類は人間じゃない!」
「エイリアンに味方する政府に死を!」
だが世間は耳を貸さず、潮流は次第にバロック排斥へ傾いていった。そして2117年10月18日、ダグラスがケベック州知事として就任すると、廃止された「ホルモン疾患予防法案」を施行した。さらに2118年6月6日には、反バロック思想を持つ民兵組織「愛国騎士団」としてバロックと融和派に対して治安維持を名目に取り締まりを行うようになった。仲間は検挙や射殺された他、事件でバロックに幻滅して去る者もいた。
2120年4月8日、ジェフは仲間と共にグランダレ通りでデモ行進を行った。
「両性具有者に自由と平等を!」
「処刑人はいらない!」
数は全盛期の3分の1程度、心細かったが彼は信念を貫き通すため行進を続けた。前方には黒く塗装された愛国騎士団のHAV(人型装甲車両)「ウェンディゴ」4機が右手で20㎜機関銃を構えていた。肩部のスピーカーから民兵の威圧的な声が響く。
「デモ隊に告ぐ。ただちにデモ行進を中止せよ。命令に従わない場合、臨時治安維持法に基づいて射殺する。」
しかし、ジェフは歩みを止めない。
「彼らは怪物じゃない、人間だ!」
再度、警告を告げる民兵。
「繰り返す、ただちにデモ行進を中止せよ。これは最終警告だ!」
「彼らに自由と権利を・・・。」
バラララッ!と鳴り響く銃撃音。HAVの機関銃カラカラとから薬きょうが地面に落ちる。デモ参加者がザクロのようにばらばらになり、糸が切れた人形のように地面に倒れていく。阿鼻叫喚、死屍累々、地獄絵図。その中には体半分を吹き飛ばされたジェフの亡骸があった。彼の生気の失った瞳に映ったのは、血まみれになった⚥の記号と虹色の旗だった。
用語解説
バロック・アウト法:バロックの由来ともなった法律。これを機に各地でホルモン疾患予防法案など非人道的な法案が作られることとなる。
性差なき世界:人権団体。創設者はジェフ・ベティス。バロックを含めたマイノリティの権利を主張したが非業の死を迎える。後に元メンバーにより、バロック人権団体「BaFA(“バロックは友達”協会)」が設立された。
愛国騎士団:反バロック思想を掲げる民兵組織。元警官や兵士で構成されており、かつ潤沢な資金を有している。その為政界にも大きな影響を与えている。主力機はウェンディゴ。