ー2130年9月3日、カナダ・アルバータ州ー
広大な自然と地下に眠る地下資源を有するアルバータ州。州都から遠く離れた僻地、ウッドバッファロー国立公園近く。満月が照らす地上、そこには放棄された巨大な石油精製工場が佇んでいた。そんな僻地に重装備の兵士と軍用トラックが入っていく。
その様子を遠方の高台から監視する者がいた。一人は32歳の男。巻き毛の茶髪に黒い目をしている。長い髪の隙間から覗く右耳は、少し欠けている。古い迷彩柄の軍用コートの下には、モスグリーンの耐Gスーツを着ていた。ニック・ローマンは双眼鏡を覗き込み、工場の状況を静かに観察していた。もう一人は黒髪碧目の男。年齢は26歳で、ニックと同じ灰色の耐Gスーツを身に纏っている。ジーク・ファーンはコンテナケースの上に座り、貧乏ゆすりを続けていた。
「ねぇニックさん。まだなんですか。」
「落ち着け、依頼はテロリスト集団「アルバータ解放戦線」のリーダー、イザード・プレザンスと敵勢力の排除だ。後者はまだしも、リーダーがいなかったら大問題だろ?」
「軍隊ごっこのリーダーなんていなくても大差ないですよ。」
ジークの舐めた態度にニックは呆れて息を吐く。
「いいか、確かに奴らは戦闘経験が浅い。だが信条は厄介だ。イザード自身は各地の革命勢力とのコネクションを有している。だから雑魚を潰してもすぐに武器や物資、情報や統率された人員を調達できる。決して侮れないやつだ。」
再び視線を双眼鏡に戻すと、一台の車が工場に近づいた。門が開き工場内に入る。車が止まると、兵士が後部ドアを開ける。降りてきたのはミリタリージャケットを身に着け、タバコをくわえた40代の男だ。
「来たぞ、ルーキー。イザードだ。」
ジークは「やっと出番か」という感じで立ち上がり、背伸びをした。
「ようやく来ましたか。さっさと仕事を終わらせましょ。」
「そんなに焦るなよ。先の事見すぎると早死にするぞ。」
ニックが釘を刺すと、双眼鏡を首にかけて高台から降りた。
トレーラーに仰向けに置かれた自身のHAV「オッド・アロー」のハッチを開ける。着てる服と同じ色、全体的に角張った形状をしている。頭部はバイザー、胴体は装甲車のような傾斜装甲になっており、外側にケージ装甲も取り付けられている。両肩にはワイヤーカッター、左腕部には小型のシールドが取り付けられている。腰には長さが異なるスカートアーマー、 脚には対地雷用のメクサス装甲が施されている。
ニックはコックピットに滑り込む。中は戦闘機のように狭いが、長時間の任務も想定された設計で窮屈さは感じない。
HMDを取り付け、電源を入れる。超電導バッテリーが静かに駆動し始める。目の前には鬱蒼とした森とその隙間から見える夜空。操縦桿を動かし、機体の保護カバーを剥がしてトレーラーから立ち上がる。首や腕、指を動かし、不備が無いかチェックする。彼は右背面の武器ハンガーから銃を取り出す。スウィフト20㎜アサルトライフル、HAV用の中・遠距離武器で取り回しの良いカービンを選んでいる。左背面にはミサイルポッド、背面スカートアーマーにはタクティカルアックスが備えられている。
「いいか、作戦中は俺とAWACS(早期警戒管制機)の指示に従えよ。」
「分かってますよ、これでも5回は山場を乗り越えてるもんで。」
ニックは視線をジークのHAV「ピース・ライダー」に向けた。彼の機体はニックとは対照的に赤と青、白のトリコロールとジャパニメーションのロボットを彷彿させる派手な色だ。ベース機体も競技向けの軽量機で、頭部に兎のような長いブレードアンテナ。空力重視の平たい胴体にはケージ装甲の代わりにプレートアーマーのような派手な装飾が施されている。脚部にはリアクティブアーマーが取り付けられているが、見栄え重視なのかあまり多くない。彼もチェックをした後、武器を取り出した。ニックの銃よりも銃身が長いヴェルダン20㎜アサルトライフル。背面には105㎜カノン砲、近接武装として日本刀型の超音波ブレードを備えている。奇襲向きでない一連の装備を舐めるように見たニックは悟った。
『ハズレを引いたか。』
金もないのに無理して雇うんじゃなかったと後悔した。
2
中部から東側一帯まで広がる大草原と西にそびえるロッキー山脈。石油などの化石資源の発掘によって発展を遂げた土地、それがアルバータ州である。
カナダでも特に石油埋蔵量が多く、関連事業で潤うこの州であるが、比較的若く裕福な人口構成であるが故、連邦政府から受け取る資金よりも支払う税金の方が多いという不満を持つ人々がいた。実際、過去の世論調査では連邦政府の過剰な干渉に疲弊していると答えた住民は30%であった。
それから21年後の2047年7月14日に勃発した「アメリカ大陸戦争」において、穀倉地帯であるマニトバ州、サスカチュワン州、そして地下資源を有するアルバータ州も米軍の侵攻を受け、2058年まで占領下に置かれる事となった。
終戦後、カナダ全土で戦後復興が進められたものの、優先されたのは首都オタワを擁するオンタリオ州、空の玄関口を多く抱えるブリティッシュコロンビア州、そして穀倉地帯であるマニトバ州とサスカチュワン州であった。それ以降、ケベック州と並び過激な独立運動が絶えない州として名を連ねる事となった。
(柴村紳太郎『血と独立ーアメリカ大陸戦争とアルバータの独立運動についてー』甘山出版社(2125年))
ニックの機体が脚裏のクローラーを回転させて森の中を駆け巡る。ジーク機もそれに追随する。すると、AWACSから通信が入る。
『こちら空中管制機ストーク、ゴースト隊全機へ。攻撃目標を工場周辺に数機確認した、建物内部の状況は不明、目標到達の直前までレーダー照射は禁止、目視で状況確認の後に攻撃を開始せよ。』
工場に近づくにつれて木々が少なくなり、視界が開ける。目標地点の100m手前で止まり、オッドアローの頭部カメラで一帯をスキャンする。廃工場の正面口にはオレンジ色の4m級HAV「コボルト」4機が見張っている。HAVとはいえ、フォークリフトに手と脚、装甲を付けただけの即席兵器だ。ニック達の機体とは異なり安価で軽量な為、近年テロ集団や自警団が買い込んでいる。7㎜機関銃を握っている機体や84㎜無反動砲を持っている奴がいる。ニックはHUDに表示された情報を読み上げる。「敵機確認。機数は4。」
不意に無線が入る。
「ストークからゴースト隊へ、1km東の台地に不明機。擬装されているがテロリストの機体にしてはデカ過ぎる、他所の同業者の可能性あり。急げ、イザードを撃ち漏らすなよ。」
「ゴースト1了解」
レーダーを起動し、オッドアローのライフルを敵に向けて引き金を引いた。ガンっと敵機の装甲に穴が開き、やがて熱を帯びて爆発する。続けざまにジークもライフルで敵を仕留める。威力が高いこともあって、敵を一瞬で火だるまに変えた。正門を抜けると同型機が5機いたが、苦戦を強いられることなく蹴散らした。
ジークがまた余裕の笑みを浮かべた。
「ふん、所詮は安物か。これなら早く終わりそうだ。」
「こいつらは見張りだ。本命は中にいる。最後まで気を抜くなよ。」
ニックは再度釘を刺した後、バイザーのカメラやセンサーで周りの状況を確認しながら工場に進入した。工場内は2機がギリギリ横並びできる程度の幅しかなく、高さも10m弱と狭い。
「いいか、ここからは銃火器は使えないぞ。」
「なぜです?」
「ここはかつて石油の精製が行われていた。放棄されたとはいえまだ可燃物が残っているはずだ。」
「イザードを始末出来たらいいんじゃないですか。」
「ここは国立公園に近い。施設ごと爆破して仕留めても環境の修復に掛かる金は報酬から引かれるぞ。」
先に進もうとした時だった。右から急にコボルト2機が飛び出してきた。
「うわっ!」
2機はニックたちに襲い掛かって来た。どちらも超音波マチェットを持っている。ニックはアックスを取り出して応戦する。振動する刃が交わると共に火花が飛び散る。彼は善戦しているがジークは苦戦していた。
「くそっ!すばしっこいやつだ!」
長物のブレードでは取り回しが悪いせいで反撃できず、その隙を突かれ、敵に無防備な膝の関節部を狙われていた。さらに背中の砲身が天井や壁に干渉するせいで動きが制限されていた。敵の執拗な攻撃にジークは激しい揺れと共に悲鳴をあげる。買ったばかりの新車のようだった機体は使い古されたジャンクようにぼろぼろに傷つけられた。ひじやひざからヒューズが飛び、塗装は所々剥がれ落ちた。お気に入りだった機体を傷つけられたことに対してなのか、見下していた相手に翻弄されたことに屈辱を受けたのか、徐々に憤りを見せた。
「安物なんかにっ!」
怒りのあまり、ジークは先ほどの忠告を忘れライフルを乱射した。至近距離だったため、全て敵機に命中した。
「ゴースト2!撃つんじゃない。」
敵を片付けたニックが怒号をあげた。
「おいルーキー!少しは人の話を聞け!」
「す、すいません・・・。」
『こちら、ストーク。ゴースト隊、応答せよ。』
「こちら、ゴースト1。」
『恐らくイザードに気付かれた。軽装甲車が作戦領域外へ南下中。』
「了解。」
外に出た二機は未舗装の道路を走る車両を追跡した。
「逃がすものか!」
ジークが武器をカノン砲に切り替え、構えた時だった。
『後方にボギー、数3!』
「なんだ?」
ニックが後部カメラで確認する。そこには音速を越える速度で地面を滑空する3機の重HAVが見えた。頭部は単眼とフリッツヘルム、無機質で先端の尖った胴体と膝が隠れるほどの長く分厚いスカートアーマー、ワイヤーカッターが小さく見えるほどの大きな腕。MG42のような巨大なマシンガンを持っていた。
「こちらゴースト1、ストーク、あの機体の所属は分かるか?」
『擬装していた不明機だろうが、機影から照会してもデータがない。」
「単なるハイエナじゃないってことか。」
不明機(アンノウン)は重量級に見合わないほどの猛スピードでニック達に接近した。
『レーダー照射を受けた!ホスタイル!』
ジークが振り返り、トリガーを引く。しかし、放たれた弾は敵の分厚い装甲ではじき返されてしまった。
「クソッ、105mmの直撃だぞ!」
『注意!敵にロックオンされている!』
ニックは背後の敵機を確認しつつ、ロックオンを振り切ろうとジグザグに動く。しかし逃げられない。敵のマシンガンが電動ノコギリのような歪な音と共に弾丸が飛び出る。右肩が撃ち抜かれて吹き飛んだ。
「うぐっ!徹甲弾をばら撒いてくるのか…」
『ゴースト1、すぐに離脱しろ!』
残りの2機をジークは撃ち続けていた。ニックはアックスを握って、2機へ向かおうとする。
「ルーキー!逃げろ!」
しかし、敵は圧倒的に速かった。今度はスカートアーマーごと股関節を撃ち抜かれた。無数の穴が開き、中のオイルが抜け姿勢を崩す。
「おわっ!」
さらに飛んでくる敵機にぶつかり、機体が横転した。凄まじいGにもみくちゃにされるニック。4、5回転した後止まった。キーンと耳鳴りが彼の頭の中で響く。視界には敵に撃たれているジークの姿が映る。
「ああ、クソ・・・。」
不明機の内、一機はこちらを向いたが、すぐに離陸してイザードを追った機体の方へ飛んでいく。
自身の無力さを呪いながらニックは意識を失った。
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「うっ・・・。」
ニックが目覚めると、そこはコックピットではなく、白い病室だった。右横には心電図モニター、窓の外には曇り空と町が見える。今にも雨が降りそうな光景を眺めていると左側から渋い声が聞こえた。
「気が付いたか?」
視線を左に向けると、仕立ての良いスーツを着た白髪の男、ストークが病室の出入口に立っていた。
「なぁ・・・。ここは何処だ?」
「ブリティッシュコロンビア州だ。お前が撃たれた後、機体と一緒にうちの航空部隊で回収した。向こうじゃ報復の恐れがあるからな。」
「そうだったのか・・・。ルーキーはどうなった。」
ニックの質問にストークは首を横に振った。
「そうか、残念だ。」
この業界は稼げる代わりにジークのように若くして死んでしまう奴が多い。ニックにも同期が6人いたが、1、2年足らずでいなくなってしまった。ずっとルーキーを煙たがっていたが、訃報を聞くと後悔が押し寄せた。
「そうだ、イザードはどうなった?」
「奴は不明機に撃破された。」
「なんだって?奴らの味方じゃなかったのか?」
「残党の一人を尋問したが知らないと言っていた。まぁ嘘ではないだろう。」
そうか、とニックは視線を再び窓の外に向ける。雨がぽつぽつと降り始めた。
「それで、この後どうするんだ?」
「・・・とりあえず、誰か雇って機体を修理する。先はそれから考える。」