ー2130年9月10日、カナダ・オンタリオ州ー
退院したニックは代わりのバディを探すために民間軍事会社「傭兵支援センター(以下、MSC)」の本社があるキングストンにやって来た。
彼は鉄道駅を降りてバスに乗った。向かっている道中、大通りでデモ行進を見かけた。プラカードには「バロックに自由を!」や「私達は友達」と書いてある。♂と♀を合わせた両性具有のマークと虹の旗を大きく振りながら進んでいた。参加者の中には多くのアルビノやオッドアイの中性的な美少年がいた。それを気味悪そうに見て、悪態をつく乗客たち。
「あれ、BaFA(バロックは友達協会)じゃないか?」
「ああ、バロックも混じってやがる。本当にアルビノとオッドアイなんだな。」
「前に愛国騎士団に集会爆破されたってのにまだやってやがる。」
「気持ち悪いぜ。爬虫類野郎どもに人権与えて何になるんだよ。」
バロック、簡単に言えば両性具有者の総称である。現在、カナダ全土でバロックに関して融和と排斥、崇拝と世論が3つに分かれている。BaFAは融和派、愛国騎士団は排斥派である。
オンタリオ通りで降りたニックは、オンタリオ湖に近いMSC本社ビルに入る。中には彼と同じ傭兵たちと職員でいっぱいだった。現在、この業界は波に乗っていて、腕が良ければたった3年で一生分の金を稼ぐ事が出来る。しかし、それを成し遂げられるのは全体の1割程度しかいない。
彼は近くにある予約機に自分の登録番号を打ち込む。
待合室で新聞を読んで暇を潰しているとアナウンスが流れる。女性の声で彼の名前が呼ばれる。
「ニック・ローマン様、ニック・ローマン様。5番カウンターにお越しください。」
受付カウンターに行くと、研修の終わりたてであろう若い受付嬢がいた。
「登録番号M-C-BC1105、ニック・ローマン様ですね。お怪我の方は大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。」
「今回はどのような要件でしょうか?」
「新しいバディを探してる。前の奴は仕事で死んじまったからな。」
「かしこまりました。何かご指定はありますか?」
「ああ、ちょっと待ってくれ。」
受付嬢に聞かれたニックは、鞄から3人の傭兵の写真と登録番号を机に出した。
「一人目はバージルさん。新米時代、俺に傭兵のイロハを教えてくれた恩人だ。二人目はキンジャール。「革命の紅狼」と言われている俺の数少ない同期だ。三人目はケイン。強襲や威力偵察、なんでもできる俺の後輩だ。この3人の中から一人選んでくれ。」
「分かりました。お待ちください。」
彼女は写真と登録番号を元に検索した。
「すみません、3人とも登録番号が失効しています。」
「失効だって?…」
「バージル様は目標金額を達成したことで引退、キンジャール様は2カ月前のユーラシア革命政権の軍事顧問に転職、最後にケイン様ですが結婚を理由に引退しております。」
「まじか・・・。」
唖然とするニック。当然だ、自分の知らないうちに知人や恩人が引退しているなんて驚きを隠せない。
「なら、今の予算で雇える傭兵はいないか?」
それを聞いてパソコンを操作する受付嬢。
「そうですね・・・。今、この金額で雇用できる傭兵は以下の通りです。」
そういってディスプレイに表示した画面をニックに向ける。
「1人目はゴーマン・ネイピア様。近接戦闘に長けていますが、短気さから暴行などの前科が15件あります。2人目はヴェロニカ・サンガー様。百発百中の狙撃手を自称していますが、公式の撃墜記録は3機です。3人目はルーサー・ジョーダン様。高い作戦成功率を有している反面、修理費と僚機の死亡率が高いです。」
その説明を聞いてニックは頭を抱える。死んだルーキーの方がマシだと思えるくらい、性格に難がある上に練度も低い。最後に至っては選んだが最後、一生借金生活だ。
「他に候補はいないか…この3人とは違う、前科のない、ある程度の腕を持った傭兵が欲しいんだ。」
「そうですか…他に候補は・・・」
受付嬢はキーボードを打ち込んである傭兵のデータを表示した。
「此の方はどうでしょうか?」
映し出された傭兵は金髪のポニーテールでヘーゼル色の目をした美少年であった。
「彼の名前はアレック・ノース。4年前の登録以来、警護から急襲まで多様な依頼をこなしております。また、HAVパイロットだけでなく、整備士としての腕も買われています。」
彼の経歴を見て驚いた。正規軍でHAVの整備士として従軍、退役後は傭兵としてそれなりの数の作戦に従事している。しかも他と比べて格段に安い…
「すごいな、元軍人なら期待できるかもしれない・・・ん?」
経歴を見ていると、彼の登録番号の頭、アルファベットに目が入った。
「なあ、アレックの番号の頭のHっていうのは・・・。」
「それは試験的に導入されたものです。」
「どういう意味なんだい?」
「ヘルマプロディトス、両性具有です。」
「両性具有・・・、バロックなのか。」
この問いに彼女はこくりと頷いた後、続ける。
「最近、バロックの方も傭兵になることが多くなったのですが、ほとんどの傭兵が避けているのでこの価格なんです。お気に召さないようでしたら、バロックではない傭兵をお探ししますが…」
「いや、彼が良い。」
ニックの答えに彼女は意外そうな反応をする。
「いいんですか?」
「ああ、今は金もないし、作戦の成功率が第一だからな。腕がよければそれでいい。」
「わ、分かりました。」
内心、見掛けに寄らないなと思いながら彼女は事務手続きを行う。
「それで、彼は今どこにいるんだ?」
ーオンタリオ州・ウインザー 9月12日ー
あれから数日後、ニックはアレックを小さな喫茶店に呼びだした。地味な内装で人は少ないが、静かで話しやすい。彼はサンドイッチ2つとコーヒーを頼み、軽食を取り彼が来るのを待っていた。
カラン、コロンとドアの鈴が鳴る。入って来た客はニックに声をかけた。
「ニック・ローマンだな。」
「そうだ。」
灰色のジャンパーを着た客、アレックは席に座り対面する。情報通りの美少年だ
「もう本部からメールが着ていると思うが、お前を雇いたいんだ。」
アレックの目つきが真剣な眼差しになる。
「お前、傭兵になる前は正規軍のHAV部隊にいたそうじゃないか。いつ入ったんだ?」
「16歳だ。いたといっても5年間だけさ。」
「だがその5年間、テロ組織の鎮圧や要人警護、旧米軍残存兵の掃討作戦に参加したらしいじゃないか。なぜ辞めた?」
「まあ、あの頃のバロックは組織内では扱いにくかったんだ。軍に入るのが早すぎたな。」
「それは気の毒に。」
「いいさ、軍人になったのは金が目的だったからな。普通のジョブじゃ誰も雇ってくれないしね。」
ニックは彼の話を聞きながらコーヒーをすすった。
「それで、俺を雇うって話だったな。」
「ああ、物資の買い出しとHAVの点検と修理を頼む。依頼の報酬金は俺とお前で5:5だ。」
「対等すぎるな」
「お前が今まで安過ぎたんだ。」
ニックはタブレットに愛機「オッド・アロー」の写真を見せる。それを見たアレックは理解した。上半身の装甲は剥がれ、バイザーは割れてモノアイが露出している。右腕と下半身が欠損している。
「なるほど、手が掛かるな。」
「ああ、整備だけでも金も時間も掛かる。覚悟しとけよ。」