カナダ最大の街にしてオンタリオ州の州都、トロント。ナイアガラの滝といった自然遺産やオペラ、ミュージカルのエンターテインメントが盛んなこの街は、黒煙と業火に包まれていた。
家電量販店でスマホやパソコンを盗む者と拳銃で逃げ惑う人々に引き金を引く者、車に火を放つ者と街は地獄と化していた。
その瞬間、暴徒に向かって金属の筒が転がり落ちる。筒から黄色い煙がシューと音とともに吹きだす。煙を吸ってせき込み、涙を流す目を抑える暴徒たち。
金属の筒、催涙弾を放ったのは軽HAV「コボルト」に乗ったニック率いるカナダ陸軍第四師団第一分隊であった。次弾を装填し、もう一発放つ。家電量販店前が黄色い煙に包まれる。中から顔を覆い隠す者、地面に倒れる者が出てくる。それでも暴動は一向に治まらない。
「クソ、キリがない。」
「こちらトム3、前方よりトレーラーが接近!」
向こうから猛スピードで走るトレーラー。鋼の猛牛はパトカーのバリケードを吹き飛ばした。車は横転し、残骸は炎に包まれた。
「こちらトム2、バリケードが破壊された。繰り返す、バリケードは破壊。」
破られたバリケードから暴徒たちが入ってくる。その多くが鉄パイプや金属バット、銃を構えている。
「全機後退だ。負傷した者をカバーしながら後退する。」
ライオットシールドを構えながら後退するニック達。彼らの背後には、負傷した州兵や警官を運ぶ衛生兵の姿があった。
アサルトライフルを構えた暴徒たちはニック達に向けて乱射する。その凶弾をコボルトは盾で防ぐ。
「ひとまずあの建物へ退避する。トム2、トム3、外をカバー!」
「了解!」
ニック達は古びた倉庫に入った。シャッターで扉を塞いだ後、機体を駐機させた。錆びた鉄柱に木の板が張り付けられた窓。衛生兵たちは負傷者の傷の手当てを始めた。彼らはひたすらモルヒネを懇願し、うめき声をあげていた。彼らは冷静な判断と体力を削がれていた。
ハッチから地面に降りたニック達は埃被った机に地図を広げて作戦会議を開いた。
「ひとまずは安心したが、ここも長くは持たない。どうにかして中継ポイントへ向かわなければ。」
「しかし、暴徒がここを包囲しているんですよ。どう合流すればいいか。」
「ここの壁を壊して隣に移るのは?」
「それはできない。倒壊のリスクがある。」
「地下はどうだ?」
部下が地面を指さす。
「それもダメだ、負傷者の傷が悪化する。」
仲間が打開策を模索している中、一人の男が名乗り出た。州兵のリーダーだ。
「強行突破すればいいじゃないのか?」
「何?」
「だから、ここをバギーもどき(コボルト)とブラッドレーで退路を作ればいいだけじゃないか。」
ニックはその男を睨んだ。暴徒とは言え、中には普通の市民がいるはずだ。それに鎮圧行為としては過剰すぎる。第一に道徳に反している。ニックは彼の提案を拒絶し、策を考える。
「俺たちはキルチームじゃない。軍隊だ。」
「まだそんなことを言ってられるのか!今の状況を見てみろ!」
周りを見るニック。刻一刻と傷が悪化していく負傷兵達、ある者は両脚がズタズタに、ある者は顔に血まみれの包帯を巻き、ある者は千切れ飛んだ左手を握っていた。確かにこのまま考えているだけでは彼らの命が危うい。その光景に焦燥感が徐々に募る。
外を監視していた部下が叫ぶ。
「暴徒の数が増えてきてます。数は60。」
「・・・どうする?隊長。」
ニックは数秒沈黙した後、コボルトの無線機を取り出した。
「CP、こちらトム1。」
「トム1、こちらCP。」
「我が隊は現在、暴徒に包囲されている。これより突破を実施し、中継ポイントへ向かう。ブラッドレー2両の手配を要請する。オーバー。」
「了解。至急手配する。オーバー。」
無線機をしまうニック。
「これよりここを突破する。全員、乗車準備に備えろ。トム4、外の奴らに警告出しておけ。」
「了解。」
部下がコボルトに搭載された胸のスピーカーのスイッチを入れる。
「武装している市民に告ぐ。直ちにこの場から退去せよ。待機しない場合は武力行使に出る。繰り返す、直ちにこの場から退去せよ。」
しかし、暴徒たちは聞く耳を持たず、怒りに任せて倉庫を突き破ろうとする。
「隊長、警告に応じません。」
「・・・そうか。」
そう言ってコックピットに乗り込んだニック。噛み締めた下唇から血が流れる。ARゴーグルには催涙弾を装填する部下の姿が映り込んでいる。
「ブラッドレー、まもなく到着します。」
「合図と共に此処を出る。俺たちは負傷兵を援護する。」
「了解」
怒り狂う暴徒たち、数は60人。その地平線ならぬ水平線から倉庫へ向かう2台のブラッドレー装甲車。ニックの無線機からブラッドレーの通信が入る。
「トム1、こちらフルハウス。まもなく現着する。」
「フルハウス了解した。合図と共にここを出る。」
暴徒の中を力強く走るブラッドレー。2台が到着し、後部ハッチが開かれた時、ニックが合図を出す。
「スモーク!」
部下がスモークのピンを外して投げる。白い煙が周りを包む。
「GOGOGO!」
シャッターを開き、負傷兵を外に出す。ニック達がそれを援護する。迫りくる暴徒たちを催涙弾でけん制する。兵士たちがブラッドレーに乗り込み後部ハッチが閉じる。
「こちらフルハウス。全員の乗車が完了した。」
「了解、フルハウス。」
ニック達のコボルトがブラッドレーの先頭と両翼に立つ。
「全ユニット、ここを突破するぞ。」
「了解。」
アクセルを振り締め、機体を暴徒達に向かって走らせた。ニックに続いて仲間も走り始める。バン!と鈍い衝突音が連続して鳴った。1人、また1人と跳ねていくと共に鋼の足が赤黒い血に染まっていく。跳ねられた暴徒はまるで玩具の様に飛んでいく。
「きゃー」
「ぐわっ」
「助けてくれ!」
先程まで怒り狂っていたのが嘘の様に散り散りになっていく。手に持っていた盗品を投げ捨て、振り回していた鉄パイプを落として逃げてゆく。
「すごいぜ。暴徒の大軍をかき分けて走っているぜ。」
「さすがは第一分隊だ。」
ブラッドレーの中にいる兵士たちはその光景が見えていなかった。故にニック達に尊敬と期待の念が強かったのだろう。
地獄を抜け出し、中継地点に辿り着いたニック達。機体には血肉がこびりついていた。ブラッドレーのハッチが開き、兵士たちが重たい体を動かし降りてくる。
「俺たち、助かったのか?」
「ああ、なんとかな。」
歓喜する仲間達、コボルトのパイロットも負傷した者も衛生兵も歓喜と涙に震えていた。部下が回線越しで感謝する。
「ニック隊長、あんたのおかげだ!」
「隊長は英雄だぜ!」
「ああ、ありがとう・・・うっ。」
仲間達の歓声の中、彼はコックピットで吐いた。罪悪感と恐怖心で込み上がったものが中でぶち撒かれる。
「・・・。」
これで良かったのだろうか、彼の心には自己嫌悪と後悔が渦巻いていた。
それから1週間後、彼は軍法会議にかけられた。いや、自首したのだ。彼はトロントでしてきたあのおぞましくむごい行いを淡々と裁判官に告白したのだ。彼は罰される事を望んでいた。暴徒鎮圧を越えた暴力に見合った処罰を受けるべきだと考えていた。しかし、そうはならなかった。3人の裁判官は判決を下した。
「被告、ニック・ローマン。貴官は自身の行いを恥じて、後悔しているようだ。だが貴官の行動は非常事態ゆえの最適な突破方法であった。」
「いくつかの証言や証拠がそれを裏付けている。」
「したがって貴官を不起訴とする。これからの貴官の働きに期待する。以上。」
会議室を出たニックの心は自責の念に苛まれていた。
「(仲間のため、任務のためとはいえ、市民に手をかけたのは事実だ。今後も同じ事に直面するだろう。そうなった時、俺はもう一度同じことができるのか?)」
足を止め、近くのベンチに座り込む。外では新兵たちがミリタリーケイデンスを歌いながら走っている。かつての自分も尻が青い新兵だった。その新兵から技術や経験を経て、曹長まで上がった。すべては給料と自身が信じる愛国心のため、だがそれも限界だ。
「(・・・もう、いいだろう。)」
彼は立ち上がり、その場を後にした。
後日、ニックは軍を除隊した。