父をたずねて三千里   作:くまも

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巣食う者

 

 

目的地であるアルトリウスちゃんの自宅に到着したのは、ちょうど日付が変わる頃だった。

 総耶駅から二駅ほどの距離。行政区分は同じだけど、雰囲気は総耶の中心部と比べてだいぶ厳かだった。飲食店はおろか、コンビニやスーパーマーケットすら見当たらない。そういった庶民的なものを好まない層が集まったような住宅街。

 閉鎖的とまでは言わないが、良くも悪くもここの住人は互いに関心がないように見える。きっと、それぞれ独自にデザインされた戸建と広い敷地に、それらを囲う堅牢な外壁が城や砦を連想させるからだろう。目指すお家もまた例外ではなかった。

 この一帯においては標準的な規模だけど、世間一般には十分に豪邸とみなされるだろう。都心へのアクセスを考慮すると、どれだけの価値になるのか。わたしのかつての生活基準からはちょっと予測がつかない。

 道中、アルトリウスちゃんとは色々なお話をした。その中で、この高い買い物についても、基本的に総耶中心部──具体的には遠野くんのお家からの距離ぐらいしか考慮していないのだと聞いている。やっぱり価値観の隔たりは大きいようだ。

 

「吸血鬼って、お屋敷みたいなところに住んでいるイメージだったんだけどなぁ」

 

 いや、目前の家も屋敷と言えば屋敷なのだが。ただ、全体的に無機質というか、一切の無駄を削ぎ落したようなデザインだった。

 まるで大理石を加工したような、四角い二階建て。横長の窓が切れ目のように走っているぐらいで、中の様子を窺うことは出来ない造りになっている。邸宅というよりむしろ砦じみた威圧感。拠点、という表現がたびたび用いられていたあたり、実は本当に襲撃を想定しているのかもしれない。

 見栄えよりも合理性に重きを置いていて、機能美すら醸し出している。

 

「それは、遠野邸のような?」

「うん。アルトリウスちゃんの見た目なら、もっと絢爛な方がそれらしいかなって」

 

 金髪にゴシック調の服装が合わさって、まさしく西洋の吸血鬼というビジュアルだから、ああいう格調高い欧風の建物が似合いそうだ。もっとも、遠野の舘については正面から撮られた一枚しか知らないのだけれども。

 現実にいま潜ったばかりの門は、これまた滑らかな大理石造りの重厚なもので、月光のもと鈍く光るシャッターの威圧感が凄い。もしひとりで訪れたらインターホンを押す勇気も出せずに回れ右してしまいそう。

 ちなみに実際の出入りはその脇の通用口で行われる。カードキーのタッチとパネルによる暗証番号入力の選択式だ。これならふらりと吸血鬼の住む館に迷い込んでしまうこともあるまい。

 それだけでは不足なのか、アルトリウスちゃんはさらに何かを増設したらしく、通用口の施錠の直後に立ち止まり、取り出した端末で何やら操作を始める。ピ、ピという機械音と同時に、微かに施錠音のようなものが聞こえるあたり、邸宅全てのセキュリティを一元的に管理しているのだろうか。

 無論わたしに手伝えることなどなにもないので、その淀みない指使いを傍らで見守っている。

 

「私の城より絢爛豪華なものなどこの星のどこにもございませんよ。そのようなものに拘るなど労力の無駄遣いですね」

「し、城……そっか、王族だもん。自分のお城ぐらいあるよね」

 

 称号、という単語から推察したとおり、やはり彼女は王族とよばれる身分だった。

 それを顕わす呼び名については、迂闊に口に出すなと釘を刺されていたので、あまりこちらから深入りはしていない。海外の王族がわざわざこんなところまでお忍びでやってくるぐらいだから、きっと相応の事情があるのだろう。

 

「ちょっと憧れちゃうなぁ。このお家どころか、遠野くんのお屋敷よりもずっと大きいんだよね」

「比較にもなりませんよ。そして巨大であればあるほど優れているというものでもございません。個人が必要とする空間には必ず上限がありますでしょう。あなたとて、この街一つを与えられたところで持て余すのでは」

「ぜ、贅沢な悩みだね。でも、お城だから住む人はいっぱいいるんじゃないの。召使とか」

「昔は真祖と、それに仕える死徒が大勢いたようですね。お母様に皆殺しにされてしまったので、いまは一人もおりませんが」

「ひぇ……お城に住むぐらいだから、やっぱり凄い吸血鬼だったのかな?」

「あの頃の真祖は押し並べて強力でしたし、それに招かれた死徒もまた相応の実力者だったのでしょう。実物を目の当たりにしたことは無いので、断言は出来ませんが」

「そ、そっか」

 

 わたしみたいな元が人間の吸血鬼が死徒で、最初から吸血鬼として生まれたのが真祖。

 教えられるまでは人間から転じたものとばかり思っていたけど、言われてみれば、増殖の始点として最初から吸血鬼だったものがいなければおかしい。つまりアルトリウスちゃんのような存在だ。

 そういった特別な吸血鬼や、その直属の配下ともなればそれはもうべらぼうに強いのだろう。そんな奴らをひとりで殲滅するなんて、流石はアルトリウスちゃんのお母さん。さっきとはまた別の意味で勝ち目が見当たらない。

 

「アルトリウスちゃんのお母さんってことは、やっぱり王族なんだよね?」

「いえ。真祖の王族は血筋ではなく性能で決まるものです。そのうえで、お母様もまたそのような存在ではあります。とにかく純度が高いので」

「アルトリウスちゃんよりも?」

「そうですね」

 

 世の中、想像以上の化物で溢れているらしい。そもそも王族というからには、お城に住んでいた吸血鬼は配下なのではないだろうか。それを自らの手で皆殺しなんて、おっかないにも程がある。

 よく遠野くんはお付き合いにまで持ち込めたなぁと感心してしまう。今のところの印象は、ヒロインというよりむしろラストダンジョンに君臨する魔王である。

 お姫様相手ってことは逆玉の輿になるのだろうか。遠野くんだってとんでもない名家の御曹司だけど、この場合でも当てはまるのかは分からない。

 

「やけに私の城に興味がおありのようで。この物件は不服ですか?」

「え? ……あ、いや全然! そんなわけないよ。むしろ想像以上」

「そうですか。であれば結構。行きましょうか」

 

 作業を終えたアルトリウスちゃんは、わたしの緊張などどこ吹く風といった様子で邸宅に向かって歩いていく。慌ててその背中についていった。

 門から建物までの歩道は、等間隔で並ぶ誘導灯に照らされている。隣の車道は幅広く続いているが、これは家主にとっては無用の長物だろう。その先にあるガレージには近づかぬよう忠告されており、明らかになにか秘密がありそうだったが、シャッターが完全に閉まっているので真相については分からない。

 見渡せば、移動の邪魔にならない程度に白い花が一面に咲き乱れている。秋の夜風にさざめく様は、燦々と降り積もる月光を両手を広げて讃えているかのようでもある。そこだけ別世界のように穢れなき純白の花園だった。思わず感嘆を漏らす。

 

「綺麗……」

「ああ、あれですか。どうも私が定住したためか、油断すると節操なく増えてしまうので困りものですね」

「あなたが育てているの?」

「種を蒔いているのではなく、勝手に芽吹いてしまうのですよ。あれらの発芽と成長の進度は、主に私の情緒に左右されるようですね。この地上に出て初めて把握した特性となります」

 

 なんとも不思議な生態だった。あの白い花も、そしてアルトリウスちゃんも。今の話がなにかの比喩でないなら、彼女は自分の気分次第で自然を作り変えられるということになる。吸血鬼というより、御伽噺に出てくる妖精みたい。

 我関せずと伸び伸びそよぐ花弁。自由気ままさは主に似ている気もする。薄暗く湿っぽい路地裏に慣れた身としては、その生命力溢れる光景は楽園にも等しい。

 地獄から天国へ一気に駆け上がる展開はさながらシンデレラストーリー。なんなら家の中に置いてもらえず、庭に放し飼いでも満足出来る。そのぐらい、この一年間に身を置いていた環境は劣悪極まりなかった。悲しいかな、吸血鬼に健康で文化的な最低限度の生活など存在しないのだ。

 

「お、お邪魔します……」

 

 解錠済の玄関の敷居を跨ぐ。わたし一人ぐらい余裕で寝転べそうなたたきには、靴が一足も見当たらない。同居人が二人いると聞いているけど、出かけているのだろうか。こんな時間に。

 そして、それ以上に気になるのは、黒塗りの扉の上に取り付けられた監視カメラである。少なくともここに来られる時点で、門扉のセキュリティチェックを通過しているわけだから、更に来訪者の身元を改めるのは些か神経質ではなかろうか。それ以前に、最初からこんなものが必要なのかという疑問もある。

 

「凄い防犯意識だね。お金持ちだからセキュリティが必要なのは分かるけど、そもそもアルトリウスちゃんにはいらないんじゃ……むしろ侵入者の心配をした方がよさそうなぐらいだけど」

「油断している時に限って、通り魔がナイフを手にやってくるものなのですよ。うっかり扉を開けようものなら十七分割です」

「じゅ、十七分割」

 

 やけに具体的な数字だ。まさか実際に起きた出来事なのか。そんな恐ろしい殺人鬼なんて生まれてこのかた見たことも聞いたこともない。総耶はわたしの認識より遥かに治安が悪いようだ。

 

「私は残務の処理をします。その間、色々と見て回ってみては如何でしょう。あなたにとってはこれからの拠点となる家ですから。いいですか、くれぐれも……」

「ガレージには近付いてはダメ、ってことでしょ。うん、分かってる」

「そうですか。なら良いのですが」

 

 わたしを置いて、トコトコとアルトリウスちゃんはマイペースに奥へと引っ込んでいった。

 あとはご勝手にということだろう。それこそ不用心な気がしなくもないが、放っておいてもわたしに大それたことなんて出来ないと思われているのかもしれない。まだ信頼関係を築けるほどの時間は過ごしていないわけだから、十中八九そんなところだ。

 玄関からは二手に分かれている。家主が消えていった方向とは別の廊下を進むと、扉一つを経てリビングに出た。

 台所と一つになった間取りはわたしの実家と同じではあるけど、その広さに圧倒される。二階まで吹き抜けになっているおかげで、高さにもゆとりがある。天井のシーリングファンは、空調の利きを助けるためのものだろう。

 居間の区画には、壁掛けの大きな液晶と、それに向かい合う形に据えられた革張りのソファ。その間にある座卓には、大量の漫画や小説、雑誌にゲームのパッケージが積み上がっている。

 ある意味では年相応と言えるかもしれない。ただ、それにしては妙に引っ掛かる部分がある。しばし観察していると、その理由に行き着いた。

 ラインナップにこれといった傾向がない。強いて言うなら、いずれも近年の話題作だということか。漫画にしてもゲームにしても、人によってアクションとかホラーとか好みの軸は分かれるものだが、そういったモノがまるで読み取れない。売れ筋の一番上から網羅的に買い漁ったようにしか見えなかった。

 シリーズものであれば、過去まで遡って全て揃えられている。その隙の無さがかえって非人間的だった。趣味の度合いを越えて、どこか分析じみている。まるで創作物を通して、人間という生物の感性を探ろうとしているかのような。

 意外と几帳面なようで、きっちりと種類ごとに区別されて整頓されているものの、量が量なだけに座卓は完全に物置と化している。食事なんかは、ソファの背後に置かれたテーブルで行われているようだった。

 

 ふと気になって、調理場へ足を向ける。

 途中、バーのようなカウンターには多種多様な洋酒が並んでいた。未成年のわたしに酒の良し悪しなど分かる筈もないが、そんな素人目にも高級なものばかりに映る。同居人のものだろうか。

 厨房を覗けば、綺麗に整理整頓されたシンクがあった。それにしても、調理器具の種類が半端ではない。炊飯器とかオーブンとかの見慣れたものから、一体どんな機能が備わっているかも予想がつかないメカメカしい鍋まで。いずれもハイエンド規格のようだ。

 

「ははぁ……」

 

 なるほど。アルトリウスちゃんはどうやら、お店にある中で一番高いものを買えば間違いはないという価値観の持ち主らしい。包丁ひとつとっても用途別に十数本、なにやら洒落たシリーズもので統一されているあたり徹底している。

 そして調理そのものが好きなのかはさておいて、かなり食にこだわりがあるようだ。明らかに特定の料理にしか使われないだろう形状の器具まで揃えてある。片手の人数ぐらいならゆとりを持って動き回れそうな広さも相まって、どこかホテルのキッチンと言われても納得出来る。

 私邸の台所としてはあまりにも設備が充実し過ぎていた。大きさひとつとっても、アルトリウスちゃんの体格ではむしろ不便なのではないだろうか。

 その象徴とも言えるのが、どう考えても業務用な両開きの冷蔵庫。わたしぐらいならすっぽり収まってしまえそうだ。それも一台だけではない。

 

「三つもある。なんでだろ」

 

 横に並んで、壁一面を占めている。威圧感が凄い。海外の料理人さんの一日を紹介するドキュメンタリーで、確かこんな光景を見た覚えがある。

 いくら許されたとはいえ流石に人様の家の冷蔵庫を勝手に覗くのはモラルがないと頭では理解していながら、好奇心を抑えきれずに開いてしまった。

 向かって一番右側の一台目には、特に変わったものはない。飲料や一部の野菜に調味料、あとは卵のような生鮮食品。その量が膨大なことと、わたしが行きつけのスーパーで買うようなものではない──たぶん会員制のサイトか何かで買い求める質のものであることを覗けば、至って普通の冷蔵庫といったところ。真ん中の二台目も同じだった。

 流石、こんな高級住宅街に住むような人達は買い物なんてしない。全て家まで届けさせるんだなぁと、未知の世界に感嘆しながら最後の一番左の扉を開く。

 

「──ッツ!」

 

 開いて即、反射的に、本能で閉めた。危ない。あと少しでジャンルがドキュメンタリーからサイコホラーに激変するところだった。警察に見つかったら現行犯で手錠をかけられるであろう、殺人の後処理が如き光景が広がっていた気がする。

 ジップロックやタッパーに小分けしているのが如何にもそれらしいが、なによりど真ん中に裸で収まっていたなにかと「目が合って」しまったのは忘れることにしよう。下手に騒げば次は我が身になりかねない。

 というより、見知らぬ資産家の誘いに乗って屋敷に上がったら、実はそこでは食人が行われていて、自分も餌食に──なんて、実にありふれた設定じゃないか。ここが海外のリゾートで、わたしがバカンスに訪れていた旅行者なら完璧だ。

 知ってしまうと、壁に掛けられた腕ほどの長さもある牛刀だとか、人骨ぐらいなら容易く真っ二つに出来そうな肉切りばさみだとか、あと無駄に種類の豊富な香辛料とかから悪い想像が無限に飛び出してくる。

 咄嗟に視線を逸らして目を落とした先には、床の籠に積まれた果物に段ボールにぎっしり詰まった青菜と根菜類。御伽噺に出てくる悪い魔女みたいに、ああいうのとまとめて鍋で煮込むのかな。そういえばコンロにかかったあの鍋も、わたしの頭を収めるには丁度いい大きさだなぁ。家主の言葉を思い出す。

 

『あなたにとっては吉報ですよ。他により見所のある協力者が残っていたなら、胃袋に収まっていたのはあなたなのですからね』

 

 あぁ、やっぱりあれは純度100%の事実だったわけだ。そもそもお互いの力関係を考えれば、わざわざ作り話で脅す必要もない。そしてこうも言っていたな。

 

『──もっとも、これからそうならないとも限りませんが』

 

「家族とまでは言わないから、せめてペットぐらいには扱ってほしいなぁ……」

 

 我ながらあまりに情けない泣き言を零す。食料として俎板に上がるぐらいなら、飼われる方がまだマシだ。

 あんな小さな子……それも本人の話からして実年齢は一年にも満たないらしき子に養ってもらうというのは、なんかもう落ちるところまで落ちた感が半端ないが、この際プライドは捨てて服従に徹しよう。いざ敵対したらアルトリウスちゃん、命乞いとか一切通用しそうにないし。

 

 全てを見なかったことにして、そそくさと処刑場──もとい調理場を後にする。

 さて、どこに向かおう。いまアルトリウスちゃんに会ってしまえば、何もかもが読まれてしまう気がしてならない。取り敢えずその方向とは別に進むことにした。

 当たり前だが、案内のようなものはない。別にリビングで大人しくしていればいいのだが、見て回れという言葉に頭が持っていかれてしまっていた。ふらふらと廊下を彷徨っていると、とある突き当りの扉に目が留まる。

 木の板にノブがついただけの、至って簡素な造り。この豪邸ではそれがむしろ浮いて見えて、何も考えずに手を伸ばす。それが間違いだった。

 迷い出た先は、真っ白い蛍光灯に照らされた、これまた白い部屋。数十メートル先にある、横長の一面だけが黒く反射している。それがシャッターで、この洒落っ気のない空間が近付くなと言われたガレージだと気付いた時には、既にわたしの背後で扉が閉まっていた。

 

「あ……」

 

 不味い。こういう邸宅の間取りに疎いせいで、廊下とガレージが直結しているという発想がなかった。いや、ここが本来の用途で使用されていれば、きっとサンダルや備品なんかで察せられたかもしれないけれど、今は全く違う目的で用いられていた。

 視界いっぱいに張り巡らされた鎖。それらが束になって、部屋の中心部分のナニかを拘束している。よく見ると、路地裏でわたしが退治した化物の特徴がある。頭はまるまる無くなっていて、手足も不揃い。肉体も至る所が欠損している。鋭利なもので削ぎ落されたような傷だった。

 出来たばかりのものではない。あちこちで再生が進んでいる。コンクリートが打ちっ放しの床に染み付いた汚れは、時間をかけて何層にも重なっていて、この作業が幾度も反復されてきたことを表している。

 映画か何かに出てくる、マフィアの拷問みたい。ただ、それとも微妙に毛色が異なる。あれは相手に何かを問うものではない、ただの一方的な簒奪。直感する──ここは飼育場で、あれは肥育中の家畜だ。道理で固くシャッターが下ろされているわけだ。

 吸血鬼にとって、「見込みがある」とみなされた獲物は連れ去られ、このような末路を遂げるのか。そして、連れ込まれたのはわたしも同じで、彼女はこれをわたしに隠そうとしていた。

 あまりに異常な現実に思考が霞む。世界が歪に俯瞰して見える中、ふと哀れな家畜の傍らで斜めに突き立てられた長剣の存在に気が付いた。まるで伝説に語られる剣のようなそれは、酸鼻な景色など素知らぬ顔で、神秘的な輝きを纏っている。

 夜の灯に惹かれる蛾のように、ゆらゆらとそちらに惹きつけられる。状況からして、あの長剣こそ化物の肉を剥いだ肉切り包丁であることが明らかであっても、その無垢な美しさは色褪せない。

 

「待ちなさい。死徒の分際で私の剣に触れようとはどういう了見ですか」

 

 そんなわたし背中を、凛とした声が静止した。はっと振り返る。

 入ってきた扉でちょうど死角となるあたりに、一人の女性がちょこんと鎖に腰かけながら、丸くて小さな端末を両手で操作していた。よほど必死なのかこちらに目すらくれないものの、動きは完全に読まれている。

 青いリボンで華やかに彩られたドレス。あの剣と同じように光を放つ流れるような金髪が、染み一つない白磁の肌の上を流れて艶めかしいコントラストを醸している。

 まるで絵本から飛び出してきたようなお姫様。現実的ではないが、しかし決して紛い物ではない気品を纏っている。その在り方は彼女と酷似したもの。肉親、という単語が頭によぎる。

 

「ご、ごめんなさい。えぇと、あなたは? もしかして、アルトリウスちゃんのお母さんとか……?」

「母体となった器は同じですから、そのように言って良いのではないでしょうか」

「そっか……なら、遠野くんのことも知っているの」

「遠野……遠野志貴、ですか。アルクェイドから聞いている範疇でしか存じ上げていません。とはいえ、この街にいる以上、顔を合わせる日も近いと思いますが」

 

 いまいち要領を得ないものの、とりあえずアルトリウスちゃんのお母さんではあるらしい。

 凄いなぁ遠野くん。こんな綺麗な海外の女の人を捕まえるなんて。そりゃあわたしなんかに勝ち目があるわけない。そこまで考えて、大事なことに思い至る。

 アルトリウスちゃんのお母さんって、話に聞くあの滅茶苦茶おっかない吸血鬼の王族じゃん。しかもアルトリウスちゃんより強いとかいう。

 あれ……じゃあそんな怪物と一対一で向かい合ってる今この状況って、物凄いピンチなのではないだろうか。

 ひょっとして、アルトリウスちゃんがガレージに近付くなって言っていたのは、屠殺を隠蔽するためじゃなくて、この人と鉢合わせにならないためだったり……? 

 先ほどの警告を思い出して、おっかなびっくり剣から距離を取る。吸血鬼の本能が告げていた。この人の不興を買えば間違いなく殺される。

 

「貴女が今度の非常食ですか……まぁ、そこの穢らわしい肉団子よりは幾分かマシでしょう」

「あ、やっぱりわたし食べられちゃうんだ」

 

 最悪捕食されるのは諦めるとして、せめて一口で終わらせてほしい。あの達磨になった蜘蛛みたいに嬲られ続けるのだけは御免だ。

 

「と、ところであの綺麗な剣は、貴女のものなの」

「所有権こそアルトリウスにありますが、あれは私にとっての触媒であり、同時に私自身でもあります。それをよりにもよって、あのような用途に」

「あぁ……」

 

 決しておべっかのつもりではない、本心からの剣への賛辞に美女は少しだけ気を良くした様子。その表情から本気であの剣を大事にしているのが伝わり、だからこそその苦渋も分かってしまう。

 誰だって、化物に触れさせられて良い気分はしない。ただ、同じような奴を狩った経験から言わせてもらえば、あの装甲じみた表皮をただの刃物で断つのは不可能だ。

 かの長剣は見栄えが良いのみならず、本来の用途である刃としての斬れ味も凄まじいのだろう。あんな硬い素材をまるでバターのようにスライスしてしまうのだから。

 なまじ性能に優れる故にこのような役割をこなすしかないのだと知ると、少し同情してしまう。

 

「はぁ。物干し竿として扱われるよりはマシとでも考えておきましょう」

 

 美女は何やら一人で納得すると、再び一心不乱に両手に握った白い端末……見覚えのあるゲーム機に打ち込み始める。

 逃げるチャンス。けど、いったん落ち着いて観察してみれば、彼女にわたしへの敵意のようなものは既に見当たらなかった。

 いまこの会話が成立しているのが何よりの証拠だ。これまでの経験からして、彼女のようなタイプはその価値がないと判断したら絶対に言葉を交わそうとしない。

 これから一つ屋根の下で暮らすのだから、もう少しコミュニケーションを取っておくべきだろう。なにせわたしはまだ彼女の名前すら聞いていないのだから。

 目すら合わせてもらえないのは流石に少し傷付くけど、そもそも王族たる彼女にとって、吸血鬼に成り立てのわたしなんて田舎の文字も読めない水飲み百姓同然という可能性だってある。

 

「好きなの? ゲーム」

「特に好みというわけではありませんが、学びはあります。真祖である私にとって、霊長たる人類を理解することは義務です。彼らの嗜好、価値観を知るには彼らの創造物に触れることが一番でしょう。もう二度と、誰にも世間知らず呼ばわりなどさせないように」

「そうかなぁ。それよりたくさんの人と関わる方が、ずっと理解が深まるような気もするけど」

「……あまり下々の者とは会話をしたくないのです。作法をよく知りませんから」

 

 おお、なんというお嬢様発言。これぞまさしく箱入り娘……いや、止めておこう。このワードはたぶん彼女の地雷だ。

 しかし告白されたことで、ようやくしっくりくる。あの無愛想さは人間嫌いから来るものではなく、外界への無知と恐怖の裏返しだ。それでいて興味や好奇心も備えているから、会話それ自体を忌避することはない。

 

「まぁ、一歩ずつで良いんじゃないかな。最初から満点を求めても良いことなんてないんだから」

「完璧である必要はない、と?」

「というより、完璧な会話が出来る人なんていないと思う。そもそも、完璧な時点で趣旨を履き違えているよ」

 

 対話とはつまるところ歩み寄りだ。万人に対して常に正解を提出示来るようでは、かえって意味を成していない。コミュニケーションとして破綻しているとすら言ってもいい。

 物怖じしない、という点ではアルトリウスちゃんが際立っているが、あの方向性で突き進まれるのは大変不味い。将来的に、大陸同士でピンボールとかやらかしかねない。

 道を外さず、前進さえしているなら意識を高く持ちすぎることもないと思う。

 まぁこれはこれである種の開き直りでもあるのだけれど、彼女には存外に響いたようで、ようやくわたしと目を合わせてくれた。

 

「なるほど。死徒のわりには、存外含蓄のあることを言えるのですね」

「そ、そんな大したこと言ったかな」

「しかし真に称賛すべきは、口の上手さではなく、この私を前にして即座に平静を取り戻す切り替えの早さでしょうね。貴女の名前は?」

「あ、えっと……わたしはさつき。弓塚さつき」

「そうですか。私はアーキタイプ:アース。アースと呼んで頂ければ」

 

 アースと名乗ったお姫様は、立ち上がるとスカートの両端を摘まみ、左足を後ろに引いて優雅にお辞儀をする。しかしマイペースなのはそのままで、再び鎖に腰を下ろすとまた作業に没頭しだした。

 

「それってやり込むようなゲームだったかなぁ……」

 

 あまりの熱の入りように、思わず疑問を呈してしまう。耳聡く拾ったアースさんは顔を上げて、目を瞬かせながらまじまじとわたしを覗き込んだ。

 

「貴女は知っているのですか。このゲームの仕組みを」

「仕組みっていうほどでも……大昔に流行っていたから、周りに合わせて触ったことはあるくらいかな。なにか困ってるの?」

 

 卵の形をしたゲーム機。一時期流行した、いわゆる育成ゲームである。

 マメな管理こそ求められるものの、基本的には放置気味というか、気長に付き合っていくようなプレイだったと記憶している。少なくとも、今の彼女のように液晶と睨めっこしながら悪戦苦闘するような要素は無かった筈だ。

 しかしアースさんはしきりに首を捻り、何やら頭を悩ませている様子。俗にいう縛りプレイとか……いや、それが想定されたシステムでもなかったような。

 

「はい。この者たちが、いつまで経っても所構わず粗相をして改めないので。いったいどう躾けたら良いものかと」

「えっと……たぶん、それはずっとそのままだと思うよ。だってそういうコンセプトだもん」

「なんと」

 

 わたしの答え目をぱちくりとさせるアースさん。

 驚愕に揺れる瞳は、やがて冷ややかな軽蔑に染まっていく。

 ここまで桁外れの美貌となると、表現される怒りの迫力が凄まじい。それでいて同性ながら息を呑むような色気があった。美人って得だなぁ。

 

「呆れました。この獣たちは、自らの身の回りの世話すらままならない有様で、一人前に番を得て仔まで成していたとは……見下げ果てたものです。あまつさえこの私に文字通り尻を拭わせようなどと、全く以て救えない」

「あ、一応そのあたりまでは進んでいるんだ」

 

 ならそろそろ、お世話こそがそのゲームの醍醐味なのだと分かって欲しいというか。プレイヤーの介入を要さず自分たちで完結するなら、それはテラリウムのようなものだ。観察だけを楽しむゲームもあるのかもしれないが、少なくともそれは違う。

 あるいは純粋に、同じ子を持つ親としてだらしなさが許せないのかもしれない……尻拭い云々に怒りの大半が込められている気がしたけども。

 

「やはり人間の趣味趣向は理解が難しいですね。わざわざ欠陥を設けるとは。世界7もしもが不評だったのは、完璧を突き詰めたからでしょうか。それなりに殺傷能力は抑えていたつもりなのですが……」

「そ、そういう物騒なものは、たぶんそのゲームには縁がないんじゃないかなぁ」

「確かに。参照するものを間違えましたね。やはり王族らしく狩りをしましょう」

 

 アースさんは手中の端末をたおやかな所作で床に置き、代わりに別の横長の携帯型ゲーム機を拾い上げる。張り巡らされた鎖の陰でよく見えていなかったが、他にも機体や冊子のようなものが幾つも手元に置かれていた。

 どうやら「学習」はそれなりに継続して行われているらしい。実りがあるのかは正直なんとも言い難いけども。

 とりあえず名前は教えてもらえたわけだし、今日のところはここまでにしよう……断じて、不穏な王族らしさとやらに慄いたわけではない。

 

 

 ◆

 

 

「生きて帰ってこられてなによりですね。多少は彼女に認められたのでしょうか」

「あ、やっぱりそう意味での警告だったんだ」

 

 気配を殺してリビングに戻ると、カウンターにはアルトリウスちゃんの姿があった。

 傍らには、琥珀色の液体がグラスに注がれている。既に半分もない。どうやら飲酒可能年齢なんて、それに関係する法律共々あの子に対してはなんの意味も持たないらしい。

 吸血鬼の嗅覚が、その鮮烈な香りを捉える。机上に並ぶ瓶のラベルに記載された度数は、いずれも40を超えていた。果たしてストレートで呷るようなものだろうか。彼女の肝臓がアルコールでどうにかなるとも思えないけど。

 

「うーん。どちらかというと、ゲームに夢中でわたしにはあまり気を割けなかっただけのような……あれって付きっ切りでやるようなものじゃないよね」

「彼女からすれば一秒たりとも汚物を部屋に置いておきたくないのでしょう。たとえそれが画面の中であっても」

「でも、出ちゃうものはしょうがないんじゃないの」

「そういうものでしょうか。私も彼女も排泄行為などいたしませんから、いま一つ実感いたしかねます」

「そうなんだ。アイドルみたいだね。あなたたちって」

 

 そんな生活環境なら多少潔癖になるのかも。生理現象に縁がないのは今のわたしも同じだけど、わたしの場合はそもそも肉体が死んでいるというつまらない理由がある。つくづく彼女たちは不思議な生き物である。

 そんなアルトリウスちゃんは、酒を片手になにやらせっせと作業している。肩越しに覗くと、それは輪ゴムでざっくばらんに束ねられた大量の札束だった。

 見た目通りの紙切れ同然の扱いで、乱雑にボックス型の金庫へと片付けられていく。

 

「どうしたのそんな大金」

「仕事で得た報酬ですよ。どうやら私が働くと嬉しくなってしまう人間が世には大勢いるらしく、繁盛しています。別に儲かろうがそうでなかろうがやることは同じなのですが」

「ええと、あなたの見た目で、外国人の子がそんなお金を稼げる仕事なんて、ちょっとまともとは思えないんだけど」

「業界最大手ですよ? なにしろ一度請け負えば必ず成功させるので」

「……捕まらないようにね?」

「問題ないかと。なにしろ最大の顧客は警察ですから」

 

 知りたくなかったそんなこと。噂の件からして、彼女に大枚はたいて依頼する「仕事」など容易に想像がつく。

 生後一年足らずで殺し屋家業とは、人間ここまでアクセルを踏めるのかといっそ感心する。いや人間じゃないけど。

 

「貰えるものは貰える時に貰っておくべきですよさつき。事実、強請ればこんなものまで差し出してきました」

 

 元々そうするつもりだったのだろう。手元に視線を落としたまま、アルトリウスちゃんは脇に置いていた一台の黒いスマホをわたしに手渡す。これまたハイエンド規格だ。相場通りなら平均的なサラリーマンの月収が殆ど吹き飛ぶもの。

 今となっては本人確認すら覚束ない身だから、二度と縁がないものだと思っていた。正直なところ、物凄く助かる。

 

「あなたに差し上げます。このご時世、アナログ一徹というのも不便でしょうから。名義は私のものとなりますが」

「あ、ありがとう」

「ああ、バックドア等の心配は不要ですよ。魔眼(くさり)で縛って解かせたので」

 

 最新機種だろうが彼女にとっては大した値打ちを持たないらしく、まるで駄菓子でも分けるかのような気安さで譲られる。実際、目の前で適当に処理する札束の山のうち一つ崩せば二台は手に入る。

 結局のところ、人間の資産はアルトリウスちゃんにとって満足をもたらすものではないのだろう。一切価値を見出していないのではなく、既に手に入っているから興味を持たない。わたしに家の感想を訊ねないのもそのためだ。本人にとっては自慢にする程のものでもない。

 彼女が求めるのはもっと別のなにか。わたしは今に至るまで、肝心の彼女の目的と、そのためにわたしになにをさせるつもりなのか、具体的なことをなにも聞いていない。

 

「ねぇ、アルトリウスちゃん。ここまで飴を与えてあなたは一体、わたしにどんな仕事をさせたいの? まさかとは思うけど、裏家業を手伝えなんて言わないよね」

「とっくに同業者ですよ、あなたは。とはいえ、そちらは私ひとりで間に合っております。噂の塗り替えは既に終わっている」

「…………?」

「いま申し上げることは出来ません。総耶は極めて不安定な力場の渦にございますから」

「確かに妙な霧には覆われてるけど……」

「余計なことを知ってしまうことで、なにか畏ろしいものを想起する。恐れを抱く……いずれも好ましからざる要因でしょう。やもすれば拮抗を崩されかねない。変数は幾らでも操れるぶん、敵は手札で私に勝る」

 

 最初から全てを理解させる気もないらしく、独り言に近しい答えが返ってくるのみ。いや、むしろ理解してはいけないのか。

 知ること、そして想像することにより災いを受けると彼女は言った。この二つは連環している。……きっと、人間の知的好奇心を刺激するこの街の噂とも無関係ではないのだろう。

 

「舞台を動かすのは役者が揃ってから。あと一人、配役を手に入れるまで、この街は私が封鎖する。もっとも戦力は多いに越したことはありませんが。さつき。まったく期待しておりませんが、誰か心当たりは」

「え!? あ、いやまったく」

 

 なんとか誤魔化す。急に水を向けられて、反射的に思い当たってしまう顔があった。

 あの路地裏生活で唯一交流があった、あの少女のことは悟られずに済んだことを祈ろう。吸血鬼のことに詳しかったとはいえ、戦闘能力に恵まれているとは限らない。

 そして、いくらわたしに居場所をくれたとはいえ、アルトリウスちゃんが超がつくほどの危険人物(あるいは生物)であることはもはや疑いようの無い事実。ここで名前を挙げるのは友達をヤクザに紹介するようなもの。

 既に目をつけられているらしき誰かさんには、ご愁傷と言っておこう。同じ境遇の先輩として。とにもかくにも全力で話を逸らしにかかる。

 

「そっ、そうだ。今夜からシスターさんも吸血鬼退治をしてるって聞いたよ。協力出来ないのかな」

「根無し草の貴女がその情報を誰から入手したかは後で追求するとして……あまり良い案ではございませんね。既に一部とは手を組んでおりますが、そもそもあの者たちの最たる標的は私ですから」

「……ちなみに、どうして狙われてるの」

「確証はありませんが、恐らく最高戦力のシスターの血を吸って下僕にしようとしたからではないかと」

「うん。それで間違いないし、アルトリウスちゃんが10:0で悪いよね」

「せっかく特別にⅷ階梯まで引き上げて差し上げようというのに。あれでは才能の持ち腐れです」

 

 未練たらたらといった様子でアルトリウスちゃんはコニャックを喉に流し込む。それもグラスではなく、瓶から直接一気飲みで。

 流石吸血鬼の親玉なだけあって、1000mlの液体が三十秒も経たずに消えた。人間なら普通に死ねる。

 その感傷に浸る姿は、彼女の性別に照らすと何処か違和感があった。

 

「なんか、フラれて自棄酒してるみたいだね」

 

 わたしの指摘に、一瞬アルトリウスちゃんは動きを止める。それからおもむろに口を開いた。

 

「さつき。私は大好きな相手を殺して食べたくなるタイプなんですよ」

「そっか。もう驚かないよ。ついでに聞くけど、あなたにとって最大の愛の証明ってなに?」

「心中」

「怖っ。そこは嘘でも結婚指輪か子供って言って欲しかったかなっ!」

 

 なるほど。好感度上げ過ぎても殺されるタイプの怪異だったか。ネットで見かける怖い話に出てくる神様が、確かこんな性質だった気がする。言うまでもなく敵として。

 そしてわたしは不運にも祠を壊してしまったどこにでもいる女子高生。おかしいな。数時間前まで自分のことを化物だと思ってた筈なのに。

 かくなる上は教会のお姉さんを生贄に鎮めるほかないのだろうか。悪いヴァンパイアを封印する為にその身を捧げるシスター。一応それっぽくはある。

 

「さて、何をさせたいかと聞きましたね。先ずは風呂に入りなさい。そこの扉を出て突き当たりの右側です。湯なら既に沸かしていますから」

「なんか拾われてきた野良犬みたいだね」

「ペットのように扱われたいというならそのように。あなたが望んだ通りの処置でしょう?」

「…………」

 

 なにも言ってないのになんでお見通しなんだろう。非常食よりマシだから良いか。

 家主を差し置いて一番風呂というのは気が引ける。どうせお風呂も大きいだろうから、せめて一緒に入るぐらいがちょうどいい気もしたが、生憎アルトリウスちゃんはまだ仕事が残っているらしい。

 それに温かいお風呂というのは、冷たい路上生活に慣れてしまったこの身にとっては一秒たりとも耐え難いほど魅力的な提案だ。

 好意に甘えることにして、わたしはいそいそとリビングを後にした。

 

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