屋根や街灯を足場に跳躍しながら、お母様を象ったタタリがあの住宅街に発生した理由について考える。
噂が現実のものとなる因子──悪性情報の分布は、総耶という一都市の中においても偏りが存在する。たまたま色濃い区画があの場所だったという説明もつけられるだろう。住人が生活を営む場であれば、それだけ噂も集まるからだ。
だが、タタリはただの自然現象とは異なり意思を持つ。あえて公園から距離のある地点で出現することで、私を引き剝がした可能性も否めない。
そう予想した瞬間、まるで答え合わせのように行く手から肌の泡立つような気配を察知する。
吸血鬼特有の生体波長だ。隠せないのか、もはや開き直って隠す気すらないのか。いずれにせよ、開戦の号砲と捉えて間違いない。
「仕方ありませんね」
人通りの少ない時間帯とはいえ、悪目立ちしないよう最低限の気遣いはしていたのだが、それももう止めだ。手頃な貯水槽を蹴り抜いて、崩壊と引き換えに一層の推進力を確保。地上に引き留めんとする重力の向きを操作する。
月の民である真祖にとって、満月を越えたばかりの今宵は戦闘にあたって悪くない。無論、その後押しはタタリにも与えられるわけだが、より多くの恩恵を得られるのは私の方だ。
公園までそれなりに要する時間も、躯体の調整に充てれば無意味にはならない。気持ち多めに盛っておくことにする。この裁量の幅は権限ではなく、あくまで発想の問題である。
本来、地球の分身である真祖は人間のように資源を浪費することはない。その
自分を縛らず思いのままに力を振るう真祖は魔王と変わりないというが、与えられた力を存分に行使して何が悪い。どうせ資源は無尽蔵なのだ。星も星で、恨むのならこのようなバグを創り出した己自身を恨むがいい。
「二十七祖が相手なら、多少の放蕩は許容範囲内でしょう」
タタリを1とするなら、こちらはおおよそ1.7ほど。プロトコールに従うなら1.1か、せいぜい1.2程度に留めるべきなのかもしれないが、今回はこんなものでいいだろう。初戦ということもあり、だいぶ高値をつけてやった。失望だけはさせないで欲しい。
あとは敵の特性に合わせて順次適応していくだけだ。時間をかけるだけ私の有利は広がっていく。論理的に考えて、後出しで確実に相手を上回るのだから負ける道理はない。あまりに単純な理屈故に、これまでの狩りで崩されることはついぞ無かった。
もっとも、今からの戦いがその例から外れないとは限らない。反則という意味ではタタリも大概である。気負わず、されど慢心せずに死地へと赴く。
道中、ひと際背の高いテナントビルの壁面を駆け上がった時、遥か遠くから飛来する姿を捉えた。私と同じく、立体物を足掛かりに総耶上空を駆け抜けている。夜に溶け込むようなミッドナイトブルーの長衣は見間違えようもない。
「おや⋯⋯良い夜ですね、シエル」
向こうはこちらに気付いていない。当然だろう。夜闇に紛れる服装なのはこちらも同じだし、なにより吸血鬼の視力だからこそ捕捉出来たのだから。さしもの彼女でも、この距離と速度では私のことなど高速で飛び回る点にしか見えまい。
迷いは一瞬だった。タタリと殺し合っている最中にシエルに横槍を入れられるのは流石に厄介だ。代行者が真祖に協力するとは考え難いし、現状では滅ぼすまでに至らないタタリと私ならシエルは恐らく私に照準を向ける。つまり最善手は撃たれる前に撃つことだ。
最終調整後の慣らしも兼ねて、空想具現化で形成した空気弾を射出する。大気を呑み込みながら成長し続ける不可視の大渦は、状況を理解していない代行者をいとも呆気なく撃墜した。
高度を失う間際、咄嗟に黒鍵を構えたところは称賛に値するが、固定翼機すら地に叩き落とす乱気流をかくもまともに食らえば平衡感覚は掴めまい。
落下地点などさらさら考慮していないが、シエルに限って墜落死などという無様は晒さないだろう。むしろすぐさま復帰される懸念の方が大きいので、置き土産としておおよその落下地点における星の生命力を引き上げておく。
邪魔者を排除したところで、いよいよ目的地である公園を視界に入れた。
遊歩道が一点に集まる中央の噴水広場。濃密な魔力がとぐろを巻く中心で、月明りを背に対峙する二つの人影があった。まるで舞踏会から切り出したように優雅にステップを刻む白い女と、その爪をナイフで凌ぐ男。
共に致命的な一撃はないが、拮抗しているわけではない。ただ甚振っている。男はあちこちから流血している一方で、女には傷どころか汚れ一つ見当たらない点からも、両者の残酷なまでの実力差が窺える。
その上で、随分と“お行儀がいいな”というのが感想だった。存在そのものが災害同然だったヴローヴよりもさらに凶悪な死徒である。潜伏中ならともかく、一度牙を剥いた以上は公園一帯が更地になっていても全く不思議ではないのだが。
虐殺ではなく、あくまでお父様と打ち合うことを最優先しているのだろうか。そうだとしても、本当に一対一ならともかく、後に私(とシエル)が控えていることを踏まえると、無駄に戦いを長引かせるのは悪手でしかない。直死の魔眼という最大の脅威は、最短最速で確実に葬っておくべきだろうに。
恐らくこれがタタリの欠点だ。なまじ再現性が並外れている分、モデルとなった存在の不必要・非合理な部分まで模倣してしまう。
特定範囲の住人を皆殺しにするという行動様式に沿うよう人格は捻じ曲げられるものの、逆に言えば、最終的にそのような結末に辿り着くのであれば一定の無駄が許容され得るのだろう。
アルクェイド・ブリュンスタッドのように振舞ったところで、タタリは本質的に彼女ではない。その実力を再現しきれないにもかかわらず、分不相応な遊びに手を出せば足を掬われるのが道理だが、現象と化したアレにはそれを改める柔軟さなど既に喪われている。
参戦を躊躇う理由は無かった。
噴水広場付近に高度を取れる足場はないが、かといってのこのこと正面から顔を見せれば貴重な先制の機会を逃してしまう。
確実に有効打を撃ち込むべきだ。その方が合理的だし、なにより私はお世辞にも”お行儀のいい”性質ではない。
公園までおおよそ500メートル離れたオフィスビルの屋上。摩天楼の頂上から背面飛びで宙に身を投げ出す。挨拶代わりはこの手に限る。たまたまお父様が回避に転じた結果、幸先よく二人の間には距離が開いていた
やることは単純。
星から汲み上げた魔力を戦闘用の器に装填。あとは圧縮した重力に引かれるまま、地上180メートルから激突するのみ。すなわち、真祖の肉体そのものをエネルギー弾とした
遥か上空から迫る地面。異常に操作された重力場の影響で、広場の中心部が歪にたわんで見える。抜け目なくそれに勘づき、空を仰いだお母様の朱い瞳と目が合った。それ以上の反応を許さない速度で──私は大地に着弾する。
「ッ──!!」
唖然とするその顔を掴み、落下の勢いのまま叩きつける。世界が爆ぜた。膨大なエネルギーを撃ち込まれた地面は部分的に蒸発し、霧散した煉瓦の砂は爆風さながらに木々を薙ぎ払う。
衝撃波の直撃した噴水は跡形もなく消滅し、蒸発した水が私の霊子と混ざり合って白く視界を濁す。それが晴れた時、数秒前まで噴水広場だった区画は無残なクレーターと化していた。
攻撃というより、殆ど自爆に巻き込んだ形に近い。なにしろ一番ダメージを負っているのは私である。流石に多少節々が痛むが、闘争向けに思考のスイッチを切り替えるための景気づけとしてはこのぐらいでちょうどいい。
砂塵にまみれたクレーターの底からひらりと舞い上がりつつ帽子を直し、コートを払う。乱れた金髪を手櫛で梳きながら覗き込んでみれば、先ほどまで私がいた場所から十歩ほど離れた場所に、倒れ伏した白い姿があった。
その両腕が少しずつ持ち上がる。流石に祖なだけあって殺し切るには至らなかったが、奇襲としては及第点か。
植木鉢の下の虫を観察する気分で眺めていると、突然後頭部に走る衝撃。
「いたっ」
振り返る。目の据わったお父様が、二の句も継げないといった顔で拳を固めていた。至近距離にいながらも、空想具現化により空間ごと保護したおかげで無傷で済んだわけだが、一体なにが不満なのか。
「ぶった! ぶちましたね? お母様にだってぶたれたことないのに⋯⋯」
大気の刃で切り刻まれたり、溶岩で煮られたり、気圧差で内蔵をぶち撒けたりしたことはあったけども。しかし殴られた覚えだけはない。
そもそも殴った程度でこの私が止まるわけがない事を、お母様はしっかり理解していたのだろう。
「⋯⋯ああ、その顔を見れば一発であいつの子だって分かるよアルトリウス。なにしろ全く同じ馬鹿をしでかす顔だもんな。お前、この惨状を見て何か言うことはないのか」
促されて、かつて噴水広場と呼ばれたものをぐるりと一望する。
千年城のそれと比べればあまりに見窄らしい噴水は綺麗に無くなり、無粋な檻から解き放たれた水が開放的に大地を潤す。鬱蒼と生い茂っていた木々も大胆に刈り取られ、以前よりも格段に視野が広く取られていた。
利権の絡んだ都市開発計画ではまずお目にかかれない引き算の極意。これぞまさしく匠の技だと、心の中で自画自賛する。
「だいぶさっぱりしましたね?」
「次は足が出るぞ?」
「斯様な広場と引き換えに祖の出鼻を挫いて私のコンディションが上がるなら安いものでございましょうに」
「この後始末も教会の仕事なんだからな。もうすぐ到着する先輩にも一回殴られてこい」
「その先輩とやらが代行者シエルのことなら、つい先ほど撃ち落として参りましたよ?」
眉間を抑え、出来上がったばかりのクレーターよりも深く地面にめり込みそうな重たいため息を吐くお父様。
その様に僅かな引っ掛かりを覚えた。先程の記憶と照らし合わせて、その正体に辿り着く。
「なるほど。あのお母様は、思っていたよりお父様の想念に依るところが大きいのですね」
「今のがどうしてそうなる」
「
「つまり、あのアルクェイドの思考は俺の想像を超えられないわけか」
「左様でございます。もっとも、お父様とて一度は同じものをご覧になっているのですから、少々想像力が欠けておられるのでは。後学の為に、先の攻撃のどこが予想外なのか伺っても?」
「ああ。全焼しているならまだしも、無傷の建造物まで跡形もなく消し飛ばす見境の無さだな!」
早速咎められて首を傾げる。水の腐り様からして、この土地は無垢から程遠い有り様だったのだが。更地にする程度ではまだ足りず、ここら一帯の土ごと引き剝がして裏返した方がまだしも健全である。
なまじ自然から独立してしまったばかりに、人間ではこの澱みを知覚できないのかもしれない。先ほど「コンディションが上がる」と言ったのは、精霊として星との接続が僅かにでも良好になったという意味だ。
流石にあの噴水が祭壇の類というわけではないにしても、市民の憩いの場以上の意味を持たされていたと見ていいだろう。そのような青写真を描けるのは当然この街の管理者しかいないわけだが──今はそのことについて気にしている場合ではない。
諸々について付箋をつけて頭の片隅にしまい、ゆらりと立ち上がる白い化身に集中する。
「ここまで厄介とは」
手応えに反して傷が浅い。それもタタリの特性か、単純に高位の死徒であるが故の生き汚さか。同じ祖であるヴローヴの場合、正気を取り戻す程度には痛手となっていたものを。
所詮、大地を破壊する程度の一撃では、通常より凶悪となったタタリ相手に届かない。通用するとすれば、さらに高火力の攻撃か、あるいはやはり──。
「お父様。あれの死は視えますか」
「……いや。薄っすらとも読み取れない。霧のお前を相手にした時と同じだ」
「であれば、いっそう手を焼きますね。お父様を葬る為の姿である以上は妥当ではございますが」
理由なら凡そ見当がつく。お父様が想起したのが“死の視えないアルクェイド・ブリュンスタッド”であり、その想念を元にタタリが具現したとするなら、直死の魔眼すら通用しない。より正確には、魔眼自体は死を視られたとしても、その情報をお父様が認識出来ない。
タタリの由来となるのは怨嗟や恐れといった負の感情に留まらない。場合によっては祈りや願いすらカタチを成す。
死に染まった世界を生きるお父様の脳裏には、ホテルの最上階で目の当たりにした「完全」なる生命の在り方が焼き付いている。奇跡に囚われ、お母様の死を視たくないと無意識のうちに望んだのだとしたら、その願いこそがお父様を殺す。
「とはいえ、本物のお母様そのものを構築するなど二十七祖でも不可能です。どこまで極まっても、あれは精巧な紛い物の域を出ません。損耗が閾値を超えれば、必ず地金を晒しましょう」
「あまり時間はないぞ。さっきの爆発音はいくらなんでも空耳じゃ済まされない」
お父様の言う通り、散乱した木立の向こうから喧しいサイレンの音が入り乱れて響いていた。異常事態が発生したのは誰の目にも明らかなので当然だろう。
聞くところによると一年前もテロだなんだと騒がれたという。秩序維持の担い手として気が気でないのだろうが、残念ながらその奮闘は実らない。
「心配なさらずとも、彼らは決してここに辿り着けません。誰をこの土地に通し誰を阻むか、決められるのは私だけです。マヨヒガの伝承を聞いたことはございませんか」
「つまり目撃者も巻き添えも生じないと」
「はい。あれとの果し合いにおいて誰からも水は差されない、ということです」
魔術師の基礎的技能である人除けの魔術。これはその原典にあたる、自然/精霊による自然干渉だ。神秘はより旧い神秘に敗れる。素人は勿論、多少腕の立つ魔術師程度ではどう足掻いても突破は不可能。
シエル程になれば話は別だが、それを見越して既に制圧済だ。心置きなく吸血姫の贋作とやり合える。
完全に肉体の再生を終えたお母様は踏み込みすらなく跳躍する。紫のロングスカートをふわりと膨らませ、クレーターの縁──私たちの目の前に降り立った。
踵の高い靴はこの場において不適切にも思えるが、それはあくまで見た目だけ。実態としては、より戦闘に特化した仕様の換装体である。
湛える微笑みは、無邪気な少女のそれとまるで異なる。あらゆる責任を投げ出した末に得られた、退廃的な自由を寿ぐような笑み。吊り上がった唇が開く。
「さっき、ちょっと聞こえたんだけど。『志貴を葬る為の姿』? ──あは。なぁんだ、アルトリウスも誤解なんてするのね。まるで人間みたい。正しく理解している部分と見えていない部分、そして完全にはき違えている部分が混ざっているのよ、あなた」
蘇生の具合を確かめるように首を回しつつ、お母様はどこか愉快そうに論評を始める。
この状況で随分と余裕なものだ。教えたがりな部分はオリジナルへの造詣が深い。
「この『わたし』がカタチを成すにあたって、志貴の想念を基盤に置いたということ自体は正しいわ。だけど核心は、志貴がどのような『わたし』を呼び出してしまったのか、というところにあるの」
「見ての通りでしょう。自制を捨て、爪を振るうことを厭わないあなたです。わざわざ組成を組み替えてまで、随分と熱が入っておられる」
「ほら、もう自分で答えを言ってるじゃない。そんなアルクェイド・ブリュンスタッドですら躯体の性能をかさ増ししなければならない敵とはいったい何処の誰? まさか志貴とは言わないわよね?」
「……なるほど、標的はこの私だと。誰にも縛られずに暴れるのは楽しいですか、お母様?」
道理で遠目にもお父様との剣戟に真剣さが見られなかったわけだ。あれは謂わば前菜。私というメインディッシュが卓に上がるまでの腹ごなしに過ぎない。
お母様は片手で顔を覆い、喉を鳴らす。それは直ぐに哄笑へと変わり、己を誇示するかの如く、胸を張って月の輝く天を仰いだ。
「ええ、もう……最っ高っ! 自由になれた上に、付き合ってくれる相手もいるだなんて! 玩具はいつでも歓迎するわ、アルトリウス……!」
「左様でございますか。お母様が楽しそうでなによりです。その歓喜と共に逝けばよろしいかと。無論、あなた一人で」
「ふふ……嫌ねぇ、つれないこと言わないでよ。せっかく血を分けた母子なのに寂しいわ。えぇ、だから、死んだらせいぜい、お母さんの元に化けて出てちょうだい。そしたらあなたを──何度だって、殺してあげられるでしょう?」
こちらの挑発を意にも介さず、陶然と月光に目を細めるお母様。その瞳は金色に染まり、貪欲なまでの嗜虐心を孕んで私の首筋を射抜いていた。
朱い月の処刑人へと牙を剥く、露悪的なまでの殺意。ヒーローショーに出てくる悪役さながらの台詞回しは、この私にやっつけてくれと言わんばかりだ。正義の味方など柄ではないのだが、今はその配役を受け入れるしかない。
この暴走状態は断じて侮れない。むしろ合理性を突き詰めた純然たる戦闘兵器としてのアルクェイド・ブリュンスタッドであれば、同規格の個体として、たとえオリジナル相手でも互角以上の立ち回りが出来ただろう。況んや、今の相手はその贋作。まず負けようがない。
だが、このような箍の外れた形態では、最適解から外れた不確実性が常について回る。ジャックポットで私の足を掬う可能性だって無きにしも非ずなのだ。
私やお母様と同じスケールを持つ、天体を成すモノはそれに賭けたのだろう。元より、タタリの起源となった死徒──ズェピア・エルトナム・オベローンは、奴に首輪をつけられている。
「正体は『私に討たれるに相応しいアルクェイド・ブリュンスタッド』といったところでしょう。アルトルージュに良からぬことでも吹き込まれましたか」
「すまない」
端的な答え。傍らに立つお父様を横目で確かめる。不気味なほど冷ややかな蒼い瞳で、ひたすらにお母様だけを見据えていた。
アルトルージュに唆された事実を認めた上で、それに不必要な反省や後悔に囚われることなく、ただ今この瞬間、相対する敵を殺すことだけを考えている。
遠野志貴という人間の本質は虚無だ。星が星の為に生み出した兵器が"ブリュンスタッド"だとするならば、"■■志貴"とは対照的に、人が人の為に造り出した切り札に他ならない。近親交配すら厭わず、退魔の遺伝子を突き詰めた果てのサラブレッド。
思えば、その血を私も継いでる筈だが──どうやら、この身は真祖としての特性がより色濃いらしい。あるいはこの身に宿す月の王の因子に抑制されているのかもしれない。特に興味はないが。
「ちゃんと殺せますか、お父様」
「あいつはアルクェイドの姿を真似ただけの死徒なんだろ。なら、なんの問題ない」
「それはなによりですね。では、早速始めるといたしましょう」
切り替えの早さは、戦士としてのお父様にとって最大の長所だ。初戦で祖の一角たるヴローヴ・アルハンゲリと渡り合えただけはある。
お母様への想いも、息子である私との邂逅も、今のお父様の刃を鈍らせる因子にはなり得ない。後は、その刃を突き立てる為の条件を整えるだけ。
これからの立ち回りも、これまたヴローヴの時とそう大差ない。私が前衛で削り、死期を隠し切れなくなった頃合いを見てお父様が止めを刺す。
「いくらアルトリウスとはいえ、わたし以外と肩を並べるなんてね、志貴。……あーあ。なんか見てて腹立ってきちゃったなぁ」
かつん、かつんと打ち鳴らされる靴音。月光を照明に、あたかもランウェイを歩くモデルのように気取った足取りで、お母様はこちらに近付いてくる。
その瞳は王族の金色に染まっていた。浮かべた笑みはいっそ悍ましい程に華やかで、欲望に身を委ねる快楽に満ちている。
彼女が歩を進めた後には、まるでその軌跡を記すように、蔦や葉が無秩序な成長速度で地を覆っていく。真祖の感情の発露に呼応した自然生命の活性化。空想具現化に限りなく近い力だが、ここまで再現するとなるとやはり一介の死徒の範疇を超えている。
「先程、「誰にも縛られず」と申し上げましたが、あれは皮肉のつもりでした。血に狂い、暴走したアルクェイド・ブリュンスタッド。その具現があなたならば、私はまさしくその天罰に他ならない」
「ええ、その通りよ。世界に求められた理由からして、私もあなたも、互いが互いに縛られている。だけどアルトリウス。『わたし』がむざむざ大人しく粛清に応じなければならない道理があるのかしら」
「星がそう判断した以上の道理がございますか。世界の決定にあなたの同意は必要ない。そしてひとたび裁定が下ってしまえば──あなたが私という死から逃れることは叶わない」
恐らく人間の目でも十分に相手の表情が判別出来る程度の距離。そこまで来て、お母様はおもむろに腕を掲げる。何度も見た動きで、自分自身でも幾度となく行ってきた予備動作。
私とお父様の各個撃破を試みるかと予想していたが、逆に二人まとめて薙ぎ払うつもりらしい。
面の攻撃と分かっているなら、こちらは一点突破を狙うべきだろう。公園の敷地に散布している『霧』をかき集める。
「そう。なら、早速試してみましょう。幼く未熟な処刑人。あなたの無知な自信が何処まで続くか見ものだわ」
「そちらこそ、間違っても降参などなさらぬ様に。よりにもよって、私に殺されるための姿を成した愚を噛み締めながら果てなさい」
「いいわねぇその大口!十二時の鐘が鳴るまで、何回殺し合えるかしら、わたし達!」
振り下ろされる爪。暴風の壁が津波のように迫りくる。容易く人を地面の染みに変えるそれは、しかしあくまで純粋な自然現象に過ぎず、直死の一閃で霧散した。
「っ……」
「では、頂きます」
返す刀で、濁流のようにお母様へと殺到する白い霧。集約し、貫通力を与えた一撃はお母様の纏う大気の鎧すら呆気なく粉砕する。
私の粒子が群がった渦の中。外界から観測出来ないアルトリウスという檻の内部から──ごりごりと、骨を噛み砕く咀嚼音が月下の広場に響き渡った。