父をたずねて三千里   作:くまも

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天体受胎

 トクントクン、と。

 思い出したかのように生命が鼓動する。

 胎内で盛んに己を主張する星の卵をそっと撫でながら、わたしは玉座に背を預ける。

 地上の時間に換算しておよそ三ヶ月足らず。既に、立ち上がることすら苦労するほど腹は大きく膨らんでいた。

 

 ほぅ、とひとつ溜め息をつく。無論、愛する者との子供を産むことが苦なはずもないが、事が事だけに戸惑う部分も大きい。

 人間の生殖については、知識として識っている。

 たしか、十月十日とかいったか。季節が一巡するだけの時間をかけて、ゆっくりと腹で子を育てるというから、どう考えてもあり得ない成長速度だ。

 真祖として起動するにあたって必要なだけの器官については既に出来上がっている。活動するための機能が仕上がっているから、いまこの瞬間に生まれ落ちてもおかしくない。

 

 真祖だから、というわけではない。むしろ、人間の場合と比べて遥かに常軌を逸している。

 通常、真祖が星から魂を送られ、この段階まで仕上がるにあたっては、人間の一生ほどの時間が必要だ。

 いま地上に残る数少ない、もはや夜属にすら劣る零落しきった真祖の場合でも、十数年は求められる。星の触覚ともなれば、カタチを成すだけでも一苦労なのだから。

 ましてやわたしの場合では、生成から知識のインストール、起動に至るまで数世紀を要したという。

 いまわたしから生まれ落ちんとする新たな真祖は、そんな母親と同規模の最高性能というのだから、呆れを通り越して笑ってしまう。どれだけせっかちなのだろう。行き過ぎて生き急ぎにならないことを願う。

 

 それにしても。

 

「一体何者なのかしらね、この子は」

 

 どうせ他にやることもないので、近頃はほとんど常に、その答えを探している。

 何者か。この疑問は、奇しくもわたしがわたしに成ったとき、真っ先に浮かんだものと同じである。あの時の答えは、触れたもの全てを殺す魔眼などという、ほとんどおとぎ話のような異能だった。なら今回も似たり寄ったりの珍奇な真相が出てくるのだろう。

 星から望むだけ知識を吸い上げられるわたしにとって、理解できない事象というのはまず存在しないのだから。ましてやそれが、神秘に属するものなら猶更。

 

 いくら真祖の姫とはいえ、流石に身動きも苦しくなってきたいま、唯一自由に動かせる頭で考える。

 

 あくまで仮説の一つとして。

 人間として身籠った、と考えられなくもない。

 

 わたしはこの星の頭脳体として、この星の霊長たる人類のカタチを象った。

 もちろん、人間そのものとは存在規模からして比べるべくもない。与えられた機能も、許された権能もなにもかもがヒトを超越した上位存在、さらにその中でも最上位(ブリュンスタッド)の個体。もはや星の触覚という表現すら追いつかない。

 とはいえ、躯体の性能についてはかなり自由が利く。意味がないのでやらないが、その気になれば見た目相応まで落とすこともできる。

 総耶で行動していた二週間は、一度殺されたことにより、ただでさえ活動限界を迎えていた。そんなありさまで戦闘を重ねた結果、何らかの誤作動が生じた可能性も否定できない。

 雌型を象ったなら、人類の胤を受けるのも、再現された機能の延長線上における限りなく僅かな可能性として想像はできる。精霊と人間が交雑した例はあるのだから。

 真祖と人間に当てはまるかは不明だが、そもそも真祖としては極めて珍しい性別で発生したのがこのわたしだ。星は無駄を許さず、真祖は必ず意味を持って生まれてくる。女性体であること自体に特別な役割が持たされている可能性も、排除はできない。

 

 ただし、この仮説に則った場合、この異常な成長速度と、桁外れな存在規模のどちらについても説明がつかない。

 人間の機能として人間と子をなしたのであれば、当然にその子もまた人間でなければならない。そも、人間の子は僅か一ヶ月で生まれ落ちることはない。

 

 そしてなにより、この胎に宿る子は、わたしに匹敵する器だ。全盛期の真祖──かつてこの城に君臨していた、わたしが葬った真祖たちとは一線を画す。

 この子に伍する規模の地球生命体は、わたしを除けば、彼の忌まわしき血と契約の支配者ぐらいだろう。真祖の社会における、王族に値する。

 原初の一にして、天体を成すもの。ここまでくると、人間とは到底呼べず、真祖と人間の雑ざりというにも憚られる。人間の血を汲む真祖の王族という、限りなく矛盾した存在となろう。

 真祖はその根底で人類を嫌う。個人の趣向ではなく、人類に対抗するために星が生み出した免疫機構という存在意義からくる本能である。

 原点からして真祖と人類は相容れない。その両者を受け継いだこの命は、やはり自然と人類の調停者という本来の真祖の役割から外れた、特別な意味を持っているに違いない。

 

 それを突き止めることは、母親としてのわたしの役目。独りで背負うには酷だろう。産み落とす以上、導いてやらなければ。

 加えて、真祖の王族としての立ち振る舞い、地球の分身としての力の使い方についても、先達として教育が必要だ。

 

「──っ」

 

 その意思に応えるように、ドクンと、胎に宿る命が鼓動した。

 これまでの胎動とは違う、活発な、目覚めの兆し。

 熱しながらも冷却されている『天体の卵』。人類の種としての寿命をかけても観測すら叶わない、数多の星と事象の集まった概念の宇宙の爆発的な膨張。

 星(アルクェイド)の中で、何よりも未(あたら)しく、何よりも移(とお)ざかる、深紅の宙が産声を上げる。

 

 ────惑星級の熱量を秘めた、星の嬰児が起動する。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そうして、ひとつの天体が誕生して。

 

 ようやく一息ついて、わたしは玉座に背を預ける。

 あれだけ膨らんでいた腹部は、すっきりと元通りの姿に戻っていた。動くにあたって支障はなくなったものの、流石に消耗が激しい。過程こそ人間のそれとはいえ、実質的には天体受胎と大差ない。

 本来、地球が真祖を発生させるにあたっての運命力まで肩代わりしたのだ。疲労で済んでいるだけ、むしろわたし自身の性能を讃えてやりたい。

 幸い城のバックアップがあるため、一刻もすればほとんど回復するだろう。

 

 

 腕に抱くのは、この城の新たな住人となった、小さくて重いもの。

 わたし譲りの金髪を指で梳く。綺麗にしたとはいえ、つい先ほどまで羊水で汚れていたとは思えないほど、さらりとした手触りだった。

 髪とは真祖の王族にとって力の根源であり、命であるいっても過言ではない。髪は女の命である──なんて、この子には当てはまらないか。

 

「……男の子かー。やっぱり、完全にわたしのコピーというわけじゃないわね」

 

 これで、壊れた千年城(こうじょう)に変わって、わたしを介して星が真祖を生み出したという線は消えた。

 

 単純に新たな真祖を求め、わたしを介して生み出したのなら、わたしと全く同じ情報を持った個体が出力される。クローンと言ってもいい。あえて性差を加える無駄を、星は許容しない。

 もっとも、偶然にしてはあまりにもタイミングが良すぎたので、この説はもともと無い筋だった。わたしの記憶に志貴の記憶が混入した時点で、この子に流れる血が作用したのだと理解していた。

 

 わたしの腕の中。空想具現化で作り出した毛布に包まれて、丸まったまま動かない我が子。

 胎児の体勢のまま目を開かず、ただ静かに息をする姿は、電源を落とされた機械のようでもある。自立して活動するための、最終調整の最中なのだろう。

 

「赤ちゃんって、泣きながら産まれてくるものだと思っていたけど」

 

 実際に見たことはないが、知識としては持っている。人間は、そうして自力で呼吸を始めるのだったか。

 抱いた子は産声どころか身じろぎすら殆どないが、その身に擁する膨大な熱量は生命力そのもの。発生過程こそ異なるとはいえ、やはり真祖だ。人間の姿かたちをとるものの、機能はわたしと同じもの。

 かわいい、と頬をくっつける。わたしの片腕に収まってしまうほど小さいのに、ちゃんと個体として機能しているのが少しおかしくて、どうしようもなく愛おしい。

 そのままうなじに鼻先を埋めて、匂いをかぐ。ほんのりと甘い匂い。まっしろで無垢な、生まれたばかりの穢れなき生命の香り。

 大事に、慎重に抱きしめる。わたしの血を色濃く継いでいる以上、滅多なことはないだろうが、ここまで華奢だと壊れてしまわないかが少し怖い。腕なんて、わたしの指で作った輪っかよりなお細いのだから。

 

 そうして温かな体温を堪能している最中、ん、と小さい命が微かに身を縮める。

 どうやら調整は終わったらしい。起こしてしまったか、と頭を離し、その顔を覗き込む。

 鼻先が触れ合う距離。我が子がついに、目を開いた。

 

 吸血鬼特有の、縦に裂けた、真っ赤な瞳孔──ではない。

 

「わぁ……志貴と一緒なんだ」

 

 蒼い瞳。

 人智ならざるものを視る、蒼に染まった瞳。ただ一つ、縦に切れた魔眼がわたしを見上げる 

 

「おはよう。最期にして、最強の真祖」

 

 わたしの、アルクェイド・ブリュンスタッドの後継者。 

 その頬に口付ける。

 むずがるように四肢を畳む子に寄り添うように、ひらりと、黒い猫が舞い降りる。

 

「──あら」

 

 夢魔──レンが遊ばせる、その尻尾をひょいと掴んで──幼い子は、そのまま口に運んだ。

 みぃと、慌てたようにレンは鳴き声を上げて振り払い、わたしの膝の上から飛び退く。二歩三歩、警戒するように距離を取って、弟同然の、最後の最強の真祖を仰ぐ。

 そんな使い魔を宥めながら、わたしは己が産み落とした、温かな命を抱きしめた。

 ふ、と笑みが漏れる。

 

「おはよう。兎にも角にも、名前だけはつけてあげましょう。愛しの我が子」

 

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