父をたずねて三千里   作:くまも

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メルブラ新発表!レンお帰りなさい!




星の内海、ソラを覆う天蓋は謳う

 

 

 かつて、眠りの中で見るものは、瞼の裏だと思っていたものの。

 近頃は、夢というものを見ることが増えた。

 

 総耶で得た記憶の繰り返しではない。

 夢の正体とは、睡眠中に脳内で行われる情報の取捨選択の産物なのだと、かつて誰かから聞いたことがある。

 その時は、わたしには関係のない話だと流していたのだが。

 

「……またあなた? その辛気臭い顔、見たくもないんですけど」

 

 千の鎖が張り巡らされた、廃城の玉座。

 それを見下ろす吹き抜けに佇む、わたしの姿をした吸血鬼と相対する。

 

 わたしの中に埋め込まれた、月の最強種(アルテミット・ワン)の残滓。

 

『人類を罰する真祖としてのわたし』は、これを父と呼んでいたか。

 あちらの『わたし』は、人間を裁くはずの我が身が人間との混ざりを産み落とし、あまつさえそこに至った星の意思すら汲み取れないことに不貞腐れたのか、ここのところ全く顔を覗かせない。

 

「そう邪険にするでない。所詮、泡沫(うたかた)の夢なれば」

 

 牙を覗かせ、三日月に裂けた笑みを作る吸血鬼。

 入れ違うように、夢の中で出てくるようになったのがこれだ。

 原型たる『わたし』の、さらにその原型たる存在。

 唯一の例外であるアルトリウスを除いた真祖は総て、このような赤い月を受け入れるための領域と本能──吸血衝動を持つ。

 己が血に狂い果て魔王に堕ちた「もしも」をこうしてまざまざと見せつけられるのは不愉快極まりない。

 それと同時に、ここまで鮮明に形を成すほど破綻が目前まで迫っていることに焦燥を抱く。

 

 いま目の前にいる‘‘それ‘‘は、まさしくアルクェイド・ブリュンスタッドの内に潜む‘‘情報‘‘に他ならない。

 かつて万華鏡の魔法使いに討たれた、朱い月のブリュンスタッドが遺した「保険」。

 取捨選択するなら真っ先に捨ててしまいたいものでありながら、わたしが真祖である限り、手放すことは叶わない業。

 最期は同族に討たれる真祖の宿命も、処刑人としての意味しか与えられなかったわたしの在り方も、蛇に謀られこの城にいたあらゆる真祖を殺めた罪も、八百年に航る漂流も、彼との別れも、なにもかもの元凶がこれだ。

 

 ああ、こんなものが無ければ、今すぐにでも城を飛び出して運命に会いに行けるというのに。

 

「兵器である貴様が、こうも人間に執着するとは。あんなものを儲けるまでに」

 

 (わたし)にもそのような時代があった、と嘯く朱い月。

 

 思わず歯を食いしばる。

 よりにもよってわたし達を引き合いに出すとは。ふざけるのも大概にしろ。

 こいつが人間に向ける執着は、興味の湧いた者を力尽くで支配し、愛玩することだろう。そこに尊厳などあろうはずもない。

 わたしが志貴に抱く気持ちとは断じて同じではない。相手を縛るしか能のないこいつには、その違いすら理解できないのだ。

 

 そしてなにより、そんな獣が、なにかにつけてアルトリウスを引き合いに出すことに腸が煮えくり返る。

 こいつが常々わたしに子殺し(……)を迫ることを踏まえれば、あの子が千年城で暮らし続けること、それ自体が命取りになりかねない。

 よもや、あの異常な成長速度はいち早く身を守れるようになるためか。

 

「いいや、人間の血であろうよ。星の尺度では瞬きすら間に合わない時間を生きる連中には、悠長に完成を待つだけの忍耐がないのであろうな」

「は、なにそれ。人間だって、こんなに早く大きくなるわけないじゃない」

「成長とは老いだ。完全な存在たる真祖には縁のないものだ。貴様らは成長などせず、ただ完成に至るのみである。個体ごとに定められた金型に従ってな」

 

 まるで要領を得ない。

 のらりくらりと、煙に巻かれるような。

 

「なら、あの子にも固有の金型があるはずじゃない。それとこれと、どう関係があるの」

「真祖の構築は、極めて精緻なプログラムだ。ましてや、貴様に匹敵する性能となれば、些かの間違いも許されない。だというのに、あろうことか真祖の対極にあたる人間の、それも魔を退ける者どもの血が混ざったとなれば、当然に不具合が生じる──ただのバグであるな」

 

 なんとも呆気なくそう結論付けられた。

 

「あっそう。随分と粗悪な御高説だこと」

 

 仕様書を書いた張本人とはいえ、その言はまるで信用に値しない。

 嘘を吐いていても、あえて断片的に述べていても、わたしにその裏を取る手段はないのだから。

 

 不具合(バグ)という使い勝手がよく、いかにもそれらしい答えで誤魔化されている嫌いがある。

 人間の血が異物だというのは分かるが、であれば不具合云々ではなく、そもそも子を成し得ないのではないだろうか。人間と交わった真祖を、わたし以外に知らないのでなんとも言い難い。

 

「最初から答える気がないなら出しゃばらないでいただけるかしら。目立ちたがりに用はないの」

 

 二週間の思い出。あの幸福な夢に割り込んでおきながら、やることは冷やかし同然ときた。ただでさえ閾値に達していた殺意が、一段と膨らむ。

 加えて、わたしに根を張る存在でありながら、わたしの知り得ないことを囀ることにも虫酸が走る。

 

「何を言う。器が同じであれば、あとは視座の問題であろう。貴様は、見たくないものから目を背けている」

 

 不快げに、眇められる虹の魔眼。

 不機嫌に下がる口角と併せて、余程アルトリウスを警戒しているらしい。

 あの子に吸血衝動はなく、朱い月を受け入れる領域もない。後継に足る器であっても、肝心の乗っ取りが不可能となれば、もはや無用を超えて資源の無駄ということか。

 そうでなくとも、この侵略者にとって、本命たるわたしの堕落の妨げになりかねないというだけで、抹殺する動機としては十分だろう。

 

 ソラを覆う天蓋(きゅうけつしょうどう)は不遜に命じる。

 同族殺しなど慣れたものだろうと嗤いながら。

 

「疾く彼の忌み子を始末せよ。さもなくば、貴様が先に喰い尽くされる。娘よ、残された時間は少ないぞ?」

 

 

「ッ黙れっ……!」

 

 

 ◆

 

 

 そこで、目を覚ました。

 

「っ……はぁっ……は……」

 

 興奮から、ドレスから覗く肌にはほんのりと赤がさし、冷や汗ともなんともつかないものがしっとりと表皮を覆う。

 身を沈めた玉座の無機質な冷たさと、仄暗く口を開ける廊下から吹き込む風が火照った体を冷ます。

 

 普段は静謐そのものである玉座の間には、城そのものが悲鳴を上げるかのような、軋む音が反響して重なり合う。

 音の出所は、わたしを縛る鉄の鎖だった。輪の一つ一つが破断しかけているが、この調子では千切れる前に繋がった壁から崩落しかねない。また修繕が必要だろう。

 一つでも祖を拘束できる鎖を千も束ねてこれなのだ。

 寝ている間、自分がどれほど危うい状態にあったかを思い知る。この体の制御を失うまでには至らないものの、それも時間の問題だ。

 狡猾で利己的、かつてこの星すら誑かした朱い月の残滓の言葉に、耳を貸すだけの価値はない。それでも、あれが最後に言い残した、時間は少ないという宣告だけは確かだ。

 既にわたしの吸血衝動は限界で、朱い月の出獄は近い。わたしを呑み込んだ月の王は、いの一番に星の嬰児たるアルトリウスを殺しにかかるだろう。

 そうなる前に、あの子を城から出さなければならない。敵だらけの、外の世界で生き抜けるだけの力をつけさせなければ。

 わたしが永眠するのはその後だ。

 

 込み上げてくる唾を飲み込む。

 

 このわたしが、真祖の姫ともあろう者が怯えているのか。初めてのようで、この感情には確かに心当たりがある。

 あれは、ロアとの決戦に赴く時だったか。

 そうだ。わたしは敗れることでも、死ぬことでもなく、その結果として志貴に会えなくなることが恐ろしかった。

 わたしが消えれば、奴が志貴を手に掛けることに怯えていた。

 そして今は、朱い月により、アルトリウスの命が奪われることに怯えている。

 

 どうやらわたしにとっての恐怖とは、大切な誰かを喪うことだったらしい。

 それもそうか。

 この身には最初から、命を惜しむなどという無駄な機能は備わっていない。そして、命より大事に思うものもなかった。

 かつてのわたしは大切なものを持たず、故に何をも喪わなかった。

 どこまでも無垢で虚ろで真っ白だったからこそ、アルクェイド・ブリュンスタッドは完全で在れたのだろう。

 

「……ふふっ」

 

 今のわたしには、自分の命より大切なものが二つも出来てしまった。

 これはきっと、本来あってはならない無駄で、けれど決して喪いたくない。

 無謬性を捨てて、不完全に墜ちてでも、わたしには守りたいものが出来た。だから。

 

 肘掛けに手を置く。

 食い込む爪。亀裂が走り、玉座の欠片が弾け飛ぶ。限界は近い。

 飛び散る欠片には目もくれず、わたしは立ち上がり、ひとつ伸びをする。

 

「……さて、今日はどこまで逃げたのかしら、アルトリウス」

 

 眠りにつく間際、腕の中にいた我が子の姿はない。大人しくしていろと言ったはずだが、やはり逃げたか。

 わたしが眠っている間、使い魔たるレンには監督を頼んでいる。しかし、アルトリウスがその気になれば、首を外のは容易い。

 レンは優れた夢魔であると同時に、冠位に値する魔術師(作り手)の知識を受け継いでいるが、星の化身が相手ではいくらなんでも分が悪かろう。

 

 こういう時こそ、わたしの出番だ。実力行使あるのみ。力業で連れ戻す。

 これは折檻を兼ねた戦闘訓練でもある。

 殺意なきわたしの暴力に容易く屈するようでは、教会と協会に死徒社会が喰らい合う地上では通用しないのだから。

 生態波長を遮断する程度の隠蔽は、流石に身に着けたらしい。もっとも、この千年城において、アルクェイド・ブリュンスタッドの目を逃れることは不可能だ。

 城主としての権能で、アルトリウスの居場所が、城の最深部にある宝物庫であると割り出す。

 この瞬間にも、真祖の秘宝があえなく飢えた黒い化身に貪られていることを察しながら、わたしは玉座の間を後にする。

 

「──ふ」

 

 ああ、わたしが到着するまで、宝物庫は耐え切れるだろうか。

 なにしろあそこには、アルトリウスに勝るとも及ばない存在規模の、とある魔剣が眠っているのだから。

 

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