──ああ、満たされたい。
私の行動指針は、突き詰めればこの一つに辿り着く。
予め与えられた器があった。
しかし、真祖の揺りかごたるこの城は、私を完成させるには余りにも不足している。
私を胸に抱いたまま、眠りにつく
最高傑作の真祖。この星で並ぶもののない、最も遠大な命。
だがしかし、その生命を切り崩してもなお、私には足りないのだ。
天体受胎を成し遂げるだけの燃料。その全てを賄うには、いまのお母様は衰退が過ぎる。
もっとも、手立てがないわけではない。
流石に城というだけあって、資産は有り余っているのだ。腐らせるぐらいなら、私の糧になればいい。
お母様の腕から滑り降り、玉座を絡め取る千鎖をすり抜けて、私は玉座の間を後にする。
束の間の眠りについたお母様の代わりに、黒猫が後をついてきた。せめてもの、お目付け役というわけだ。
廊下に出る。
きっと、地上ではまずお目にかかれないであろう、選りすぐりの調度品の数々が私を迎える。
その価値がどうであれ、今の私には用のないものだ。絢爛で腹が満たされるなら、とうにぞこらの柱にでも齧りついているだろう。
あるいは、この千年城そのものを平らげげれば、この真祖アルトリウスは完成するのだろうか。
みぃ、と追ってきた子猫の鳴き声を背中に聞く。
明らかな静止に、拒絶がてらコートの裾を翻す。レンに似た、お母様に創ってもらった黒いコートと、お揃いの帽子。
このぐらいの空想具現化なら、私も
この調子なら、千年城ブリュンスタッドを顕現できるのもそう遠くはないだろう。
もっとも、そのためには、成長に費やすリソースがいる。レンの讒言を聞き入れている余裕はない。
天守に近い玉座の間から、城の階段を下へ降る。
目を惹くだけの、綺羅びやかな調度品や、芸術品を無視して、下へ下へ。
たとえ人間一人の生涯でも釣り合わない逸品だろうと、私の腹を満たすことはできないのだから。
ああ、まともに階段を使うことすら億劫だ。
王族としての権限で以て、目的地たる地下の宝物庫へ入口を繋げる。
たかが1000km少々のショートカット。普段ならともかく、城主が眠りについた以上、阻む者はどこにもいない。申し訳程度に、抗議の鳴き声を上げるレンを除いて。
ちらりと、肩越しに目線をやる。それだけで、レンは紅い瞳を揺らめかしながらも口を閉じた。
二足歩行するワニでも見るような目。いくら飢えているとはいえども、身内を捕食するわけないだろうに。失礼なものだ。
意趣返しを兼ねて、レンを置き去りに宝物庫へと転移する。
レンは強力な夢魔ではあるが、この千年城を好き放題に闊歩する権限はない。
さらに言えば、既に私を制止する術もない。彼女の夢を打ち破るだけの力は獲得している。
すなわち、お母様が眠っている間に限って、私は自由というわけだ。
立入禁止が言い渡されている宝物庫でどうしようと、このアルトリウスを防ぐものはいない。
重厚な扉を押し、中に踏み入る。
出迎えるのは、途方もない金銀財宝。そして、それらが霞むほどの、真祖の秘宝の数々。
魔術師の名門であれば、千年級の礼装を家宝として受け継ぐのだという。その中でも特に抜きん出た家系であれは、神代の遺物すら秘蔵するらしい。
とある最古参たる祖の一角は、そうした財物を餌に人間を賭場に誘うというが。
「生憎、私は魔術師でもなければ人間ですらなく、ましてやギャンブラーでもございませんから」
整然と並べられた秘宝のうち、めぼしいものから手当たり次第に口へ運ぶ。
その一つ一つが、どんな魔術師でも生涯を投げ売ってまで欲する極めつけの逸品だろうと気にすることではない。
最低でも、そのぐらいの値打ちがなければ、星の映し身たるこの私を満たすことは叶わないのだから。
請求書なら丸めて顔面に投げつけてやればいい。どうせ腹に収まったものは取り出しようがないので、ただひたすらに時間との戦いである。
目覚めたお母様が折檻しにくる前に、なるたけ余さず平らげるのだ。
宝剣、弦盾、秘酒、聖杯。剥製。
とにかく目に映るもののうち、食い出のありそうなものから順番に捕食する。
どれだけ希少だろうが知ったことではない。そもそも、新たな星を育む糧になれる以上の意義があるのだろうか。
そうして、どういうわけか皮だけ残されていた、恐らく相当に力を持っていたのであろう死徒の成れ果てを飲み込んだあと。
私は、資産を半分ほど貪られた宝物庫の最奥に、最も輝かしいものを見つけた。
「剣……?」
真紅の布に恭しく横たえられたそれは、私どころかお母様の背丈すら優に凌駕する長剣。
両刃の西洋剣。だが、柄と刃のバランスが明らかに常軌を逸している。どう考えても、実戦に耐えうるとは思えない。
かといって、儀式や装飾というには、余りにも長大すぎた。
「まぁ、いいでしょう」
その正体がなんであれ、秘められた神秘は格別だ。
この宝物庫を一から十まで漁ったわけではないが、それでも他の秘宝とは別格に見える装いから、この蔵における……もっと言えば、この千年城ブリュンスタッドにおける最上位の宝物だと見える。
つまり、これ以上ない獲物だ。
一歩進むたび、発動する迎撃術式。
剣そのものが意思を備えているのだろう。迫る捕食者に、冠位相当の魔術を手当たり次第乱射する様は、必死を通り越して哀れである。
悠々と弾き飛ばしながら、私は容易く剣の元へと辿り着いた。
やはり大きい。お母様の居ぬ間に、果たして平らげられるかと躊躇して──
「動かないで下さい」
──その瞬間、身動きが取れなくなった。
眩い光。
閃く千の鎖。
これまでの迎撃とは次元の異なる。私と同じ、天体を成すモノによる一撃。
早すぎる。まさか、もうお母様が?
「……っ」
魔力を放出し、千鎖のうち半数ほど破壊して、残りは力尽くで打ち破る。
ひとまず捕食を断念し、全力で後方へ飛び退いた。
稼げた距離はおよそ100mほど。そして初めて、剣を守護するように立ちはだかる、白い化身の姿を認める。
「──お母様?」
姿は同じだ。床まで届かんとする、長い金髪を泳がしている点を除いては。
その金髪は眩く光り輝いている。私と同じく、星の嬰児として自然を司る者の証だ。
だがしかし、お母様はその力を、十四年前のフランスにて奪われたのではなかったか。
息を呑んだのはほんの一瞬。
私が彼女を読み解く最中、彼女もまた私の正体を見抜いた。
「あぁ……なんて。あのアルクェイドが、こうも弱り果てるとは」
嘆かわしげに、お母様と瓜二つの女は頭を振る。
そのまま剣の刃に指をなぞらせつつ、こちらを手招いた。
そこに敵意の色はない。ひとまず矛を収めてくれたらしいが、問題は彼女が何者で、どうしてここに顕れたかだ。
「この城に、真祖は私とお母様しか残されていない筈ですが」
「その見解も間違いではありません。私はこの魔剣・真世界(リアル・オブ・ザ・ワールド)に喚ばれた、アルクェイドの可能性の一つですから。アーキタイプ:アースとお呼びください」
そう名乗ったお母様の瓜二つは、脚を交差させスカートの端を摘み頭を下げる。
実に王族らしく、優雅な振る舞いだ。そうあれかしと、私に教育するお母様となんら遜色ない。
それにしても、アーキタイプ:アースとはおかしな名乗りだ。それは個体名ではなく識別名だというのに。
「そちらは?」
名を質され、アルトリウスと答えておく。
ブリュンスタッドを名乗るには、この器はまだ幼い。
アーキタイプ:アースとやらはまず間違いなく真祖の王族だ。その一線を踏み違えれば、私の首は刎ねられる。
「……それで、どのようなご要件でしょう。私はお腹が空いていて、その剣を平らげたいのですが」
「はい。ですからこの魔剣・真世界(リアル・オブ・ザ・ワールド)は私を召喚したのです。飢えたあなたから身を守るために」
そう告げられて、ひとまずは納得する。
自力では私を撃退できないから救援を呼んだ。この私を止められるのはお母様だけなので、別時空のお母様たるこのアーキタイプ某が喚ばれたのも納得である。
勿論、普通なら真祖の王族を護衛に使役するなど不可能だが。この剣はどうやらよほど格が高いらしい。
あるいは彼女がとりわけ剣と縁が深いか、「召喚」という現象に馴染みがあると思われる。
「剣、ではなく。名前で読んであげてください。魔剣・真世界(リアル・オブ・ザ・ワールド)と」
「くどいですね。御伽の剣の妖精様。何故貴女が召喚に応じたのですか。誰かに従う真祖の王族ではないでしょうに」
「従うのではなく、守りに来たのです。わたしこそが、最もこの魔剣と縁が深いので」
そう言い切って、アーキタイプ:アースは再び剣に指をなぞらせる。よほど思い入れが深いらしい。
確かに、徒手空拳を好むお母様がこの手の武装を気に入るとは思えないが。だから宝物庫に死蔵されていたのか。
つ、と滑らせる指を止めて。
アーキタイプ:アースは私に向き直る。
「我が息子よ、貴方にこの魔剣を喰らわせるわけにはいきません。ですが、その代わり……魔剣・真世界(リアル・オブ・ザ・ワールド)の、正しい使い方を教授しましょう。この惑星すら砕く、真祖の結論兵器の使い方を」
片腕をそろりと持ち上げ、虚空を睨むアーキタイプ:アース。
その視界に、既に私の姿はない。
「魔剣・真世界(リアル・オブ・ザ・ワールド)は、アルクェイド・ブリュンスタッドと並んで真祖が持つ最高位の兵器であり、最大の切り札です。仮にアルクェイドが暴走したとしても、この武装で制圧が可能であるからこそ、真祖は彼女を抹殺するのではなく、運用することに決めたのです。……結果は惨憺たるものでしたが、それは真祖たちとアルクェイドの間の余りにも大きな隔たりが原因であり、魔剣・真世界(リアル・オブ・ザ・ワールド)に帰すべき咎はありません」
「………………」
「アルトリウス。あなたは魔剣・真世界(リアル・オブ・ザ・ワールド)を捕食対象、新たな星を完成させるためのリソースとしか捉えていませんが、それは余りにも浅はかです。この剣のポテンシャルは単なる薪に留まりません。真祖の結論兵器であるからには、場合によっては──」
「──この星すら焼き払えます」
「そんな至高の魔剣・真世界(リアル・オブ・ザ・ワールド)を、ただ喰らうとは余りにも愚かでしょう。地球の真祖の裔たるあなたには、これを使い熟す権利があります。いえ、いっそ義務と言ってもいいでしょう」
「……どのように」
「簡単です。さあ、柄を両手で握って。少々長いですがあなたの性能なら十分取り回せます。そのまま大上段に振りかぶり、振り下ろす刹那、その剣の真名を高らかに謳いなさい。其の名も、魔剣『真世界(リアル・オブ・ザ・ワールド)』──」
熱心な口説き。
その語りを二度三度咀嚼して、私は目を閉じる。
「ダサいので嫌です」