父をたずねて三千里   作:くまも

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朱い月の処刑人

 

 

「貴女は、遠からずお母様の器を乗っ取るであろう朱い月を脅威に見ておられる。故に、予め対抗手段として私をご自身の手中に確保しようとした」

「確保というより、最悪に備えた保護かしらね。なにかの間違いでお姫様が制御を奪われでもしたら、真っ先に殺されるのは貴方だから」

 

 その通りだ。朱い月が自由になれば、己を抹殺するために遣わされた処刑人の排除をなによりも優先する。

 そして私さえ始末すれば、朱い月の悲願を阻むものはなにもない。かつて彼を葬った第二の魔法使いは、既に原理血戒に蝕まれ身動きが取れないのだから。

 天敵のいない朱い月は、今度こそこの惑星を手中に収めるだろう。

 千七百年前と同様に地上勢力は抗うだろうが、かくも神秘が衰退した時代において、月の最強種を退ける手立てはない。

 

「南米の蜘蛛を叩き起こして、勝者なしのちゃぶ台返しでもしない限りはね」

 

 自分からそう合いの手を入れておきながら、怖気がする景色が思い浮かんだとばかりに蒼崎青子は眉を顰めた。

 彼女は私から目線を外して立ち上がると、むーっと一つ伸びをする。心なしか、その動作一つとっても気怠げだった。

 

「さっき君も察した通り、余裕がないの。教会も協会も、盆と正月が一緒に来たような有様よ。当然、楽しくない方の意味で」

「悪足掻きですか。仲良く共同戦線でも張るおつもりで」

「ここで皆が皆同じ方向を向ければわけないのよ……なんて、こんなこと君に言ったところで仕方ないんだけど」

 

 やはり、共通の敵を前に手を取り合ってとはいかないものか。

 千七百年前ですら、魔導元帥に尻を叩かれてようやくまとまった有様であり、その実態にしても、あくまで魔術師の軍隊だった。

 それからおよそ千年後に台頭した聖堂教会の信徒は、魔術師とはまるで異なる論理で動いている。それも、自分の首が絞縄をくぐってなお絶対に改めない筋金入りだ。

 魔術協会と聖堂教会の間では、表向きの休戦協定すら形骸化していると聞いている。

 吸血鬼を引き入れるために千年城まで足を運べたのも、彼女が協会所属だからだろう。

 教会にとって吸血鬼は不俱戴天の仇であるから、恐らくそのような発想自体が出てこない。仮に出てきたとして、この城に辿り着く方法がない。

 

 ──そこで。

 お母様が極めて稀なことに一個体として認知している、あの代行者ならもしかしたら、とふと思った。 

 

 かつてこの地に招かれた蛇の知識を利用すれば、辿り着くことは出来るはずだ。

 そもそも、埋葬機関という特殊性を差し引いても、信仰心こそあれど根っからの信徒ではないだろう。来歴からして妥当ではあるが。

 なんなら生まれて以来、一度たりとも外の世界に出たことのない私の存在が既に露見していることについて、彼女が一枚噛んでいたとしても不思議ではない。

 お父様がお母様のことをまだ諦めていないとするなら、絶対にあの代行者を巻き込もうとするはずだから。

 

「真祖アルクェイド・ブリュンスタッドの活動限界と、それに伴う朱い月の復活の兆候。そして、地球から朱い月へ差し向けられた処刑人たる真祖アルトリウス。これらの事象に無関心でいられる勢力は存在しない。耳の早い連中は、それぞれがそれぞれの利益や目的に沿った評価を下した」

「”それぞれの利益”でございますか? 朱い月が復活すれば、この星の総てがその呪いに侵されるでしょう。それが嬉しい人間がいるとでも?」

 

 そう返した直後、すぐに愚問であることに気付く。

 当然、そんな人間がいるわけがない。余程の破滅主義者か自殺願望持ちなら別だが、一握りの狂気が組織の意思決定に影響を与える余地はない。

 

 故に、火種となるのは人類ではなく、人類を否定する側の存在……すなわち死徒に他ならない。

 朱い月から滴り落ちた、二十七の真紅を根源とするこの星の影法師たち。

 彼らを蝕む呪いは、主人の帰還(アルクェイドの死)を目前として、かつてないほど励起しているのではないか。

 

 その推測に、魔法使いもまた首肯で以て応じる。

 

「近世以降、死徒の王たる二十七祖が集団として動くことなんて殆どなかった。だけどここ数ヶ月、死徒社会そのものが落ち着きがない」

「朱い月の帰還を迎える用意をしていると?」

「信奉者達はそうでしょうね。逆に、復活を歓迎しない者や、完全に滅びることを望む者もいる」

 

 二十七祖にあたる死徒は、その成り立ちも様々だとお母様から聞いている。

 朱い月の従者として血を下賜された者。

 魔術を極めた末にその地位に辿り着いた者。

 朱い月に敗れ、死徒にされた者。

 朱い月の後継者候補として作り出され、棄てられた者。

 そして、そうした者達から祖の座を継承し、あるいは強奪した者。

 どれをとっても、朱い月への対応は同じにはならないということだろう。

 

 従者は主人の帰還に歓喜し、仇敵は今度こそ完全に滅ぼさんと誓う。

 そして魔術の探究に明け暮れる者、あるいは祖の玉座そのものに価値を見出す者にとって、復権した主君など目障りでしかない。

 祖とは一つの王国だ。神代同盟を除いて各々を縛る規範などなく、ただ己の利益と目的のみを追い求め、それに呼応して配下も動く。

 死徒社会の動揺こそ、すなわち二十七祖が暗躍を始めた証左である。

 西暦以降、ただそこに在るだけで魔術協会と聖堂教会に比肩してきた勢力が俄に蠢き出したとなれば、迅速かつ相応の対処が求められる。

 その目的がなんであれ、祖がいざ事を成してしまえば、最後には地獄しか残らないのだから。

 

「そのために、貴女が働いているのですね。教会と足を引っ張り合いながら、御愁傷様です」

「あら。生憎だけど、君は人の心配してる場合じゃないわ、アルトリウス」

 

 こちらの軽口を軽く受け流し、蒼崎青子は私の鼻先を人差し指でつつく。

 

「貴方は朱い月派にとって最大の障害。反朱い月派にとっては最大の切り札。中立気取りにとっては素材か被験体(モルモット)収集品(コレクション)。言ったでしょう、”無関心でいられる勢力は存在しない”って」

「……この城から出た瞬間、私は死徒社会そのものから狙われることになると」

「勿論、教会も協会も放っておかないわ。畢竟、君の味方なんて存在しない。唯一の同胞であるアルクェイドも、いざとなれば君が処刑しなければならない。それを前提に、二つ目の確認だけど」

 

 もう魔法使いは屈まない。

 視点は高く、私の内を暴かんと覗く。

 

「そんな地上(地獄)に、本当に出たい?」

「………………」

 

 その問いに、なんの意味があるのだろう。

 どのみちこの城に留まっていたところで、お母様を呑み込んだ朱い月に殺される可能性は残ったままだ。むしろ城の中ではリソースが足りず、完成が遅れるだけ自衛が厳しい。

 かといって、朱い月に対抗できるだけの成長を求めるなら、どのみち地上に出るしかないわけで。

 

 結局、いまの話で分かったことは、私にとって安息の地など何処にもないということだ。

 どうせ命を秤に乗せるなら、未知の世界が見たい。寂れた城で飢えながら刻を数えるのは、そろそろ飽きた。

 

 私と少し色の違う、蒼い瞳を見上げて首肯する。

 それを見届けて、蒼崎青子は諦めたように目を閉じた。

 

「……本当なら、確認の順番が逆だったけど、どんな話の流れでも君の答えは変わらなかったでしょう。だから、この話はここでおしまい」

 

 振られたのに蒸し返すのもみっともないしね、と首を振りながら呟く彼女をただ眺める。

 

 一緒に地獄を歩いてくれようとした人だ。

 なにか言うことがあったような気がしたが、結局、言葉は思いつかなかった。

 

「ま、せいぜい世界を引っ掻き回して頂戴。鞄一つな私としては、乱戦の方が動きやすいの」

「私が地上を荒らすとして、貴女がこの城から連れ出してくれるのですか?」

「まさか。いくら魔法使いでも、杖の一振りで貴方の願いを叶えましょうとはいかないのよ」

 

 蒼崎青子は朱い前髪を掻き上げ、苦笑とともに城の天守を見上げる。

 虎穴がどうとか言っていたが、流石に虎子を攫うほど無謀ではないらしい。

 この星の内海は草の根から千切れた雲の一片に至るまで、総てが城主の支配下にある。その目を誤魔化すのは、いくら魔法使いとはいえ不可能だ。

 

「──お姫様の説得なら、別の魔法使いに任せてあるわ。ある意味、私よりずっと物を知ってそうだから」

 

 

 ◆

 

「先日、白翼の城に祖が集まってな。やはりかの二人が決裂したが、内情を聞きたいか」

「別に。だいたい想像はつくもの」

 

 星の内海を一望する、千年城の天守。

 頬杖をつきながら、ムーン・マーガレットの咲き乱れる庭を見下ろす。

 

 遠くにアルトリウスと、ブルーが話す姿が見えた。

 城主の断りなく後継者にアプローチをかけるやり方はやはり気に入らない。

 対面の魔法使いといい、揃いも揃って他所の子の巣立ちに首を突っ込まないで欲しいものだ。

 わざわざご老体には辛かろう天守に席を設けることで、拒絶の意思を示したが無駄に終わった。

 分かっていたことだ。わたしの後見人である宝石翁は、その程度で臆する人物ではない。

 

「──議題はアルトリウス・ブリュンスタッドの処遇。朱い月の忠犬な白翼は『殺す』。お山の大将なアルトルージュは『生かす』。各々の金魚の糞は右に倣えってところかしら」

「うむ。認めるのだな、あれを”ブリュンスタッド”と。なるほど買い被りではあるまい」

 

 目敏く指摘され、思わず眉を顰める。

 気取ったつもりでやらかした。

 あの子を死地に投入したい魔法使いにとって、それ相応の実力が備わっているのは喜ばしいことだというのに。

 

「議題はおまえさんの行く末が幹でな。アルトリウスへの対応はむしろ枝の方だ」

「あっそう。わたしがめでたく朱い月に呑まれるか否か、祖の皆様でトトカルチョでもしようってところかしらね」

「確かにヴァンデルシュタームがそのような賭けを仕切っておったな」

 

 その名前を脳内の片隅にある、いつか抹殺するリストに新しく加えようとして……既にフランス事変の時点で挙がっていたことを思い出した。

 

 流し目だけ向けて、爺や、と魔法使いを呼ぶ。

 幼い頃はもっと違う呼び方をしていた気もするが、流石に今となっては厳しい。

 

「じゃあ、その賭けにわたしも入れておいて頂戴。『朱い月は復活しない』にオール・インでね。頼んだわよ」

「生憎、儂はおまえさんの小間使いではなくてな。教会の小僧(メレム)にでも押し付けておくか」

「あいつこそ筋金入りの朱い月派で、アルトリウスを殺したがってる急先鋒でしょう。ただでさえ昔から厭らしい目で見てくるし、もう絶縁よ」

「伝えておこう」

 

 わたしが朱い月に呑まれること。

 わたしを乗っ取った朱い月が、今度こそこの星を手に入れること。その過程で無数に顕現するであろう地獄。

 それらを望まれていることと、そのためにアルトリウスの抹殺が企てられていることに、臓腑を掻きむしりたくなるほどの憎悪が込み上げる。

 

「とはいえ、おまえさんに万が一がないとも限らん。あの馬鹿げた賭けを引き合いに出すとして、儂ならどちらにもベットはできん」

「だから、アルトリウスを城から出せと?」

「あの子にとって地上は死地だが、それすら真祖の王族(ブリュンスタッド)にかかれば狩場であろうよ。天敵となり得るのは、同格たるおまえさんぐらいだろう」

「………………」

 

 随分、はっきり言ってくれたものだ。

 流石に、朱い月問題の解決という命題において、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグは手を抜かない。

 

 地上に出ることと、この城に留まること。アルトリウスには二つの選択があるが、そこで生じるリスクは等価ではない。

 この城に留まり、万が一わたしが朱い月に呑まれたとしたら、今のアルトリウスに生き延びる術はない。

 城の外に出れば、各勢力に狙われ、場合によっては袋叩きにされるかもしれないが……それにより命を落とす見込みは、少なくとも朱い月を相手取るより遥かに少ない。加えて、地上に残された神秘を喰らうことで成長リソースを賄えば、生存確率はより高まる。

 なにより地上で十分な成長を遂げれば、生まれ持った使命である朱い月の撃破にも指が届くだろう。もとよりそのために生み出された真祖なのだから自明である。

 

 一応、今の評にも語弊がないわけではない。

 彼やブルーのような、この星から卒業した魔法使い、あるいはわたしと同じく天体を成すアルトルージュなら、アルトリウスの脅威にもなろう。

 だが、それら全てが少なくともアルトリウスを『生かす』と裁定を下している現状、抗弁にはなり得ない。

 

「結局のところ、何故あの子をこの城に留めたがるのだ。我が子を目の届かぬ死地へ送りたくないからか。それともただ手放したくないのか」

「それ、は」

「前者であれば、いま儂が述べたことが全てだ。後者であれば……はっきり言わせてもらおう、それは依存だ」

「っ……」

 

 もう二度と会えない彼と同じ眼をした、彼とわたしの血を継いだ命。

 真祖と人間の混血。前例はない奇跡。

 手放してしまえば、今度こそ、あの二週間に、幸福な夢に終止符が打たれる気がして──

 

 

「──このままでは、その記憶にある街すら死都に堕ちるとしてもか?」

 

 そんなわたしの逡巡を抉るように。

 宝石翁は厳かに告げる。

 

「……なに?」

「集会を待つほど祖は行儀よくあるまい。総耶に昔から根を張っていたとりわけ耳聡い蜘蛛めは、かつて祖の一角が絶えた彼の地で、新たに事を成そうとしておる。それを成し遂げた、おまえさんの運命(・・)を利用して」

「──ッ!」

 

 蜘蛛。蜘蛛といったか。

 思い当たる祖は二柱。総耶に顕現するなら消去法で一つしかない。

 いつからだ。そういえば、志貴の部屋に乗り込んだとき、確かに鼻につく感触があった。

 ロアに関係なしとして見逃したのが間違いだったか。

 

 思わず歯噛みする。

 

今更取りこぼしを知ったところで、わたしにはもう彼の手助けになる手段がない。

 

「だけど、あいつには組む相手なんて」

「おう。蛇めは既に滅んだからな。抱き込んでいた名望家の当主も少し前に世を去った。故に、奴は間に合わせとして、自我も実態も持たぬ現象(・・)を利用すると決めた」

「……そう。ロアとヴローヴのお陰で()には事欠かない。さらには彼奴等とわたしが死んだことで、土地としても曰く付き。だいたいあの街は水からして腐っている」

「同じ祖ではあるが、狂気に囚われた騎士とは手腕の次元からして異なる。どう足掻こうと、彼の地は改造魔と飲血鬼の手中に落ちるだろう。もっとも──」

 

 重ねて、宝石翁は淡々と続ける。

 こうまであからさまでありながら、白々しいと感じさせないのは年の功だろうか。

 

「其奴らをも喰らう頂点捕食者が介入すれば、また話は別だろうがな」

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