AI社会に殴り込みいくんだよ!あくしろよ! 作:ニホンオオマヌケ
目が覚める三秒前、音が鳴る。
正確には、音が鳴る予定だったはずの時間に、俺は目を開けている。アラームはそのあと、確認するように小さく鳴った。必要最小限の音量で、必要最小限の時間だけ。
『おはようございます。現在の睡眠スコアは92です。起床に適した状態です』
天井に投影された文字は、少しだけ柔らかい色をしている。朝に刺激が強すぎないよう調整されているらしい。昨日も一昨日も、同じ色だった気がする。
「……おはよう」
返事をすると、音声は拾われているはずなのに特に何も起きない。返事は必要ないのだろう。けれど無視するのもなんとなく気分が悪い気がした。
『本日の体調は良好です。軽度の疲労が検出されているため、午前中の負荷は5%軽減します』
身体を起こすと、カーテンがゆっくりと開く。外はまだ完全に明るくはない。けれど、俺の生活にとってはこれが「ちょうどいい朝」なんだと思う。
洗面所に行くと、水温はすでに調整されている。歯ブラシも、昨日と同じ角度で置かれている。ほんのわずかもズレていない。
鏡に映る自分の顔は、寝起きにしては整っていた。
『本日の表情筋の状態は安定しています。対人コミュニケーションに適した状態です』
そんなことまで分かるのか、と最初は思ったが、今は特に何も感じない。聞かれてもなんとも言えん。
キッチンに入ると、食事はすでに用意されている。温度も香りも、ちょうどいい。
『本日の朝食は、栄養バランスを考慮しつつ、嗜好傾向に基づいて調整されています』
皿の上には、見慣れた形の料理が並んでいる。見た目は毎回少しずつ違うが、どれも“失敗しない味”だと分かっている。
一口食べる。
美味しい。確かに美味しい。けれど、何かが引っかからない。
舌の上で広がる味は、想定通りで、予測可能で、過不足がない。嫌いな要素は一切なく、好きな要素が適度に含まれている。
だから、問題はない。 問題はないのに、二口目を食べたとき、もう一口目の印象がほとんど残っていなかった。
「……まあ、こんなもんか」
呟くと、音声が拾われる。
『味覚満足度は平均値を上回っています。問題は検出されていません』
「いや、問題っていうか……」
言いかけて、やめた。
何て言おうとしてか、自分でもよく分からない。
皿は空になる。満腹感はちょうどいいところで止まる。食べ過ぎも足りなさもない。
それで十分なはずだ。
出勤の準備をしていると、今日のスケジュールが提示される。
『本日の業務は三件です。優先順位はすでに調整されています。対人対応においては、以下の表現を推奨します』
画面に、いくつかの言い回しが表示される。どれも無難で、角が立たず、相手に好印象を与えるものだ。
以前は少し抵抗があった。自分の言葉じゃない気がして。
でも今は、これで問題が起きないことを知っている。
「了解」
そう答えると、すぐに次の指示が流れる。
玄関のドアが開くタイミングも、外の気温に合わせて最適化されているらしい。外気が流れ込んでくる一瞬で、室内との温度差がほとんど感じられない。
外に出ると、同じような時間に、同じような人たちが歩いている。誰も急いでいないし、誰も遅れていない。
ふと、隣を歩く人と目が合った。
一瞬だけ、互いに軽く会釈をする。
それ以上は何も起きない。
それでいいはずだ。余計な会話も、気まずさもない。最適な距離感。
でも、なぜかその人の顔が、うまく思い出せなかった。
会社に着くと、仕事はスムーズに進んだ。
指示通りに動けば、問題は起きない。
むしろ、うまくいく。
「助かるよ、ほんと」
同僚が言う。
「これなかった頃、クソ面倒さそうよな〜」
「それな」
適当に返すと、すぐに次のタスクが表示される。
無駄がない。
停滞がない。
迷いがない。
昼休憩も、ちょうどいいタイミングで通知が来る。
食事をとりながら、ふと昨日のことを思い出そうとする。
何を食べたか。
誰と話したか。
少し考えて、思い出せなかった。
いや、正確には、思い出す必要がなかった。
『過去の行動ログは参照可能です』
すぐに表示できる。
だから、覚えていなくても困らない。
問題はない。
本当に、問題はないはずだ。
なのに、なぜか——
自分の生活が、どこにも引っかかっていない気がした。
帰宅すると、部屋の温度はすでに調整されている。
『おかえりなさい。本日のストレス値は基準内です。軽いリラックスを推奨します』
ソファに座ると、最適な映像が流れる。
面白い。ちゃんと面白い。
笑えるし、退屈もしない。
けれど、終わったあと、何も残らなかった。
画面が暗くなる。
静かな部屋に、自分の呼吸だけが残る。
「……なあ」
ふと、声が出た。
「これってさ」
少しだけ間を置く。
何を聞こうとしているのか、自分でも分からない。
それでも、続ける。
「ちゃんと、いい生活なんだよな?」
数秒の沈黙。
すぐに答えが返ってくると思っていた。
でも、その数秒が、妙に長く感じた。
『はい。現在の生活は、統計的に見て非常に良好な状態です』
完璧な答えだった。
否定する理由はどこにもない。
俺は、小さく頷く。
「……だよな」
そう言って、目を閉じる。
明日も、同じように起きるんだろう。
同じように食べて、同じように働いて、同じように終わる。
それで、何も問題はない。
何も。
問題は、ないはずだ…..
AIっていいよね。
人じゃないから書いた内容に対してこの人でなしィ!って大声で言えるもん