私がこの事務所に関わるようになったのは、私が依頼した事件の解決以来です。
それまでこの事務所に関わるようなことはなく、ましてや怪談や都市伝説なんて。
1
私は、怖い話は苦手で昔から怪談や都市伝説などの話は避けていました。
友達が話していても「あー、私怖い系の話ムリなんだよね。」と聞くのも避けていました。
なので大学を卒業後、家を借りる際も事故物件では無いか、心霊スポットでは無いかを調べました。
ビビりと言われれば何も言えませんね。
なので、怖い話に関わるようなことは無かったのです。
あの時までは。
2
社会人になって5年目でしたっけ?
転勤で引っ越したんです。
その時は、会社から紹介された家だったので下調べはしていなかったのです。
なので、知らなかったのですよ。
その家が...事故物件だったという事を。
3
事故物件だと知ったのは、引っ越してから一週間後のことでした。
きっかけは、会社の同僚との何気ない会話です。
「そういえば、あの部屋大丈夫でした?」
「え?」
昼休み、弁当を広げたタイミングで言われたその一言に、私は首を傾げました。
「ほら、前に人が――」
そこまで言って、同僚は「あ、いや、なんでもないです」と慌てて口を閉じました。
その態度が、逆に気にならないわけがありません。
「何ですか、それ」
少し強めに聞くと、同僚は困ったように笑ってから、声を潜めました。
「いや、その部屋……前の住人、亡くなってるんですよ」
一瞬、時間が止まったような感覚がありました。
「……え?」
「自殺らしいです。詳しくは知らないですけど」
軽く言うその口調が、妙に現実味を帯びて聞こえます。
私は、その場では笑ってごまかしました。
「えー、やめてくださいよ、そういうの」
「すみません、でもまあ、気にしなければ大丈夫ですよ」
気にしなければ。
その言葉が、妙に引っかかりました。
4
その日の夜。
部屋に戻った私は、初めて“気にする”ようになってしまいました。
それまでは何とも思っていなかった部屋の静けさが、やけに重く感じます。
時計の秒針の音。
冷蔵庫のモーター音。
廊下の向こうから聞こえる、誰かの足音。
——いや、足音?
私は息を止めました。
アパートは古く、防音も良くありません。
隣の生活音が聞こえること自体は珍しくないはずです。
ですが、その音は妙でした。
一定のリズムで、ゆっくりと。
まるで、廊下を歩いているような。
コツ、コツ、コツ......
そして——
その音は、私の部屋の前で止まりました。
ドアの向こうに、誰かがいる。
そう確信した瞬間、全身が強張ります。
インターホンは鳴りません。
ノックもありません。
ただ、そこに“いる”だけ。
私は、しばらく動けませんでした。
どれくらい時間が経ったのか分かりません。
気づけば、足音は消えていました。
5
「……気のせいだよね」
そう呟いてみても、全く説得力がありません。
それでも、その日は無理やり眠りにつきました。
そして——
問題は、翌朝でした。
玄関のドアを開けた瞬間、私は固まりました。
ドアの外側。
ちょうど目の高さの位置に。
赤い手形が、ついていたのです。
まるで、中の様子を覗こうとしたかのように、はっきりとした人の手の跡が。