範馬刃牙VS陸奥九十九〜修羅の門と刃牙道と〜   作:中村鹿男

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第九話 愚地独歩語る

 朝、陸奥九十九が神武館に帰ると、既に舞子は起きており、玄関で彼の帰りを待っていた。2人で談話室にうつり、舞子が淹れたお茶を飲む。

 

 「朝帰りとは、よほど楽しかったのね」

 

 「ああ、楽しかった」

 

 屈託なく九十九が答えた。楽しかった。そんな言葉を九十九から聞いたのは、もしかしたら…初めてかも知れない…

 

 「いい人だね刃牙くんは」

 

 「ああ、いい奴だ」

 

 「でも」

 

 「ああ、戦う。全力で」

 

 勝って。舞子はその言葉をぐっと飲み込む。

 なぜならば、陸奥九十九は勝つ時は完全に実力で勝つからだ。誰かの応援の力ではなく。

 なら…なら私は彼になんと言葉をかければ良いのだろうか。

 

 「怖いな」

 

 舞子は、『何が?』と問いかけたかったが、言えなかった。舞子は覚悟を決めていた。陸奥九十九は修羅だ。戦いを望む、戦いに生きる…そう言ったものではない。陸奥九十九は戦いそのもの。その男と共に歩くと言うことは、自らも踏み込まなければならない。

 不安も、心配も、勝利を願う気持ちさえも飲み込んだ。彼になんと言葉をかければいいだろうか…きっと…多分…こう言うべきだ…

 

 『戦いなさい』心の中でつぶやいた。

 

 陸奥九十九と範馬刃牙の試合が決まったのはその日の午後だった。

1週間後、東京ドーム地下闘技場。

 

 

 煙巻き上がる焼肉屋。

 人と肉と炎の熱気が立ち込め、留まり、熟成される。

 

 真っ赤になるまで熱せられた網の上にぶっとい手がにゅっと伸びてカルビを落とした。ジュージューと言う、血と脂が蒸発・燃焼する音を響かせ肉汁を迸らせる。

 

 「ここな…安いけど、うんめェんだ」

 

 太い男はニヤリと笑っていった。

 全身傷だらけ、頭は綺麗に剃り上げられており、片目は眼帯。一眼見ただけでわかる。『只者ではない』。

 

 「さて、あの日の話が聞きてえんだよな。アレは、変な1日だったな…面白い日だったぜ…」

 

 男は網の上の焼き上がった肉を豪快に2枚取ると一口で食べて、何度も何度も噛み締める。

 

 「いい……ッッッカルビだ!!!!」

 

 男は幸せそうに呟く。男の名前は愚地独歩。

 神心会空手の総帥。生きる伝説。武神と呼ばれている空手家である。

 

 「アレは、半年ぐらい前だな…」

 

 

 別に…別にオシャレってわけじゃねェ…

 わけじゃねェが…

 

 自宅の鏡の前で愚地独歩は何度も自分の出立ちを確認する。

 シワひとつないシャツに、高級スーツをビシッと羽織っている。ヒゲは剃り残しなど一切ない。手にはカミさんに準備してもらったガーベラの花束。

 

 愚地独歩は家を出る前にもう一度だけ全身を確認する。

 

 別に…誰気にすることもない…

 オシャレって柄じゃねえ…

 しかし、上等な見た目で会いに行くこと、

 それはひとえに相手に対する尊敬である。

 それは心の所作である。

 身だしなみ…それは礼儀…当たり前だ。

 

 

 花を手に男は病院へと向かった。

 龍造寺鉄心を見舞う為である。

 

 

 実戦空手の二大巨頭。神武館と神心会。

 その長である龍造寺鉄心と愚地独歩。

 共に武に生きた。幾度も対戦が望まれた。どちらが上か常に議論された。意識し続けた。しかし、遂に交じり合わなかった両雄。そして、今、巨星龍造寺鉄心は病の床についていた。

 

 花束を手に愚地独歩は病院の廊下を歩く。

 

 俺は、龍造寺鉄心と言う男を尊敬している。

 その理念に、肉体に、魂に、敬意を持っている。

 60歳を超えても実戦の場に立ち続けた。奇しくも俺と同じ片目を失った。不退転を貫き通した。シンパシーを感じずにはいられない。

 それと同時に後悔もある。一度でいいから殴り合いがしたかった。機会なんざいくらでもあった。それをプライド?立場?タイミング?逸し続けたッッッ!!!!愚地独歩…一生の不覚ッッッ!!!

 

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる愚地独歩。龍造寺鉄心の病室へと向かう途中、曲がり角でバッタリと予想外の男と出会った。

 

 む…

 お…

 

 お互い短く声を上げる。

 

 「勇次郎…」

 

 「愚地独歩…」

 

 

 この時の様子を医師、石田正孝は語る。

 

 「回診中でした。はい、午後の。それで曲がり角を曲がった時でした。あの光景を見たのは…」

 

 全員止まってたんです。

 ピタッとまるで時間が止まっちゃったみたいに…

 

 「はい、看護師も患者も…全員廊下の端に寄っちゃって、ぴたーーっと動かないんですよ。で、廊下の真ん中を黒い服着た大男と、スーツを着た恰幅の良い男が歩いていくのが遠目で見えて…はい、それで、はは、こんなの非科学的なんですけど、ああ…この2人が原因なんだな…と…」

 

 PCは処理しきれないほど大きな情報を与えられるとフリーズする。その場にいた者達は一瞬で範馬勇次郎と愚地独歩の肉体から発っせられる通常ならざる人生、肉体、風貌に命の危機を感じ、完全にフリーズ。2人を眺めることしかできなかった。

 

 

 「龍造寺鉄心と面識があるのか」

 

 愚地独歩は思わず範馬勇次郎の顔を覗き見る。

 

 「昔…少しな…」

 

 愚地独歩、驚愕する。まさか、範馬勇次郎が…見舞い…!?そんな…こと…ある…!?

 

 愚地独歩は病室のドアを叩く、中からどうぞ、と芯の強い声が聞こえた。

 

 2人は中に入る。

 そこには老人がベッドに横たわっていた。

 剃髪した頭、白い髭、柔和だが意志の強い目。大きなベッドになんとか収まっている巨体。龍造寺鉄心であった。

 

 龍造寺鉄心は2人の姿を見た時、ハッと驚きの表情を見せてからすぐに顔が綻んだ。

 

 「ふふふ…これは…これは…こんな日が…来るなんて」

 

 彼はゆっくりと身体を起こした。

 

 「勇次郎、愚地独歩さん、よくぞ来なさった」

 

 「龍造寺鉄心さん、あなたを意識しない日はなかった…まるで、産まれる前から定められた許嫁のように…それなのに今日まで機会を逸し続けたこと…どうか許して下さい」

 

「こちらこそ、あなたとお会いするのが道場ではなく、病室となったこと申し訳なく思っとる」

 

 2人は握手こそしなかったが、もっと深いところ、もっと深い場所でがっしりと心で通じ合った。

 たった一言…言葉を交わしただけで報われた。愚地独歩の心の一陣の風が吹いた。

 

 「老いたな、ジジイ」

 

 範馬勇次郎はポツリとつぶやく。

 

 「勇次郎、お前もワシの見舞いなど…随分と優しくなったな…」

 

2人…どう言う関係ぃ!?!?

 

 愚地独歩、喉まで出かけた言葉を飲み込む。

 

 「勘違いするな、龍造寺鉄心。今日は老い先短いお前にせめてもの義理を立てに来てやっただけよ」

 

 「と言うと?」

 

 「お前の肝煎りの小僧…陸奥九十九を『喰う』。徳川のジジイに言って、地下闘技場から遠ざけていたと聞く。相当に入れ込んでいた、お前の秘蔵っ子…」

 

 勇次郎の言葉を聞いた瞬間、龍造寺鉄心はガハハハッッッ!!!と豪快に笑った。

 

 「勇次郎よ、やはり、お前は甘くなったッッッ!!!わしが九十九を守っていた!?違う違う!!!守っていたのは『地下闘技場の戦士達よ』」

 

 愚地独歩はおろか、範馬勇次郎も無言。

 ただ老人を見つめる。龍造寺鉄心の目には炎が宿っていた。それは死を待つ病床の老人の目ではなかった。武人の目…熱くて…それでいてとても冷たい…

 

 「どう言うことですか」

 

 ようやく愚地独歩が口を開いた。

 

 「地下闘技場の戦士は強い。全員修羅の領域に足を踏み入れておる。陸奥九十九が地下闘技場に上がれば必ず四門を開けることになるだろう。断言する…陸奥九十九が四門を開ければ地下闘技場の戦士は全員死ぬ。地下闘技場に死体の山ができる。御老公の『生き甲斐』を壊したくない…だからワシは陸奥九十九を地下闘技場にあげんかった」

 

 呆然とする愚地独歩。あまりにも不遜。老体、病魔に蝕まれているとは言え、目の前にいるのは間違いなく巨星龍造寺鉄心だった。

 陸奥九十九が強いのは知っている。しかし、龍造寺鉄心をしてここまで言わせるとは…果たして…一体どれほどの男なのだ…いや、地下闘技場の戦士…と言ったな…つまり…龍造寺鉄心はこの愚地独歩も負けると思っているのかッッッ!?愚地独歩の心に火がつく。

 

 一方、龍造寺鉄心はニヤ…と笑い範馬勇次郎に告げる。

 

 「果たして…お前に喰えるかな…!?陸奥九十九が!!!」

 

 範馬勇次郎は愚地独歩の手から花束を奪い取ると、端を握りしめ、ぎゅーーっっと反対側まで絞り込んでいく。

 

 そして、手に溜め込んだ花の雫をぱぁっと龍造寺鉄心に向けて解き放つ。一瞬、花の良い匂いが部屋に立ち込める。

 

 「龍造寺鉄心…お前の最後の挑戦確かに受け取った」

 

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