範馬刃牙VS陸奥九十九〜修羅の門と刃牙道と〜   作:中村鹿男

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第十話 片山右京推参

 戦う、闘う、たたかう、タタカウ、TATAKAU…

 なぜ、何故、ナゼ…

 

 なぜ、戦うのですか。

 

 範馬刃牙は朝起きた時、肉体の充実を実感していた。全身の全細胞が研ぎ澄まされている。試合まで4日だった。

 

 「東京ドーム…いる…」

 

 それは第六感だった。試合までまだ時間はある。でも、今陸奥九十九は東京ドームの地下闘技場にいる。いてもたってもいられない。

 

 刃牙は走った。もたもたしている間に陸奥九十九がどこかへ行ってしまうかもしれない。こんなに焦り焦がれ、走ったのは梢との初めての逢瀬以来だった。

 

 走る、走る、走る…

 ひたすら、想い人に向かって。

 走ると、胸の奥をハンマーで殴られるような息苦しさを感じる。それでも走る…ドキドキしている。なぜ…まるで…恋焦がれる相手に会いにいくような…

 

 

東京都文京区後楽に位置する東京ドーム。

 そこまで刃牙は走った。良いアップになった。汗がうっすらと全身に滲む。

 

 東京ドーム前の広場で一度立ち止まり、その建造物を仰ぎ見る刃牙。はぁはぁはぁ…と吐息が弾む。

 

 「刃牙さん」

 

 後ろから声をかけられた。

 そこにはスラリとした青年が立っていた。

 白いニットに紺のパンツと言ったシンプルなファッションだったが、それが逆に男の華やかさを演出していた。美男子である。貴公子という言葉がよく似合いそうな若者だった。おそらく、どこか名門の私立大学の生徒…そんな雰囲気の男…しかし、刃牙は嗅ぎつけていた。この男から汗のにおいがする。道場で死ぬ思いで鍛錬を積みあげた人間が醸し出す、消すことのできない汗と血の匂いをこの男から感じた。

 

 「あんた…確か…」

 

 「片山右京です」

 

 「確か、陸奥さんに」

 

 「ええ、敗北した片山です」

 

 「話をしに来たって…雰囲気じゃないね」

 

 「世界最強の範馬刃牙が、不敗の伝説陸奥九十九と戦う…すごいイベントだ」

 

 「あのさ、俺、急いでんだけど」

 

 「測ってみたいだけです。範馬刃牙と言う男を私という物差しで」

 

 片山右京のそれはジェラシーだったのか、それとも純粋な好奇心だったのか、後になってみても本人にもわからない。

 ただ、彼自身は陸奥九十九との再戦を賭けて海堂と試合をし敗北。遂にその前に立つことはなかった。それ故に思うのだ。

 

 陸奥九十九の前に立つ男は、俺よりも強くあって欲しい。

 

 まるで瞬間移動のような歩法だった。

 上半身が一切動かず、止まったまま前方にスライドしてきたような歩法。あまりにも流麗過ぎたため、百戦錬磨の刃牙ですら一瞬見惚れてしまった。

 

 片山右京は完璧な軌道で上段回し蹴りを放つ。

 それを最小限の動きで躱す刃牙。刃牙もまた美しい所作で拳を振るう。それをまた片山右京は舞うように避ける。それはまるで全てあらかじめ決められた演舞のように華麗だった。

 幾度も拳と蹴りが交わり、うっすらと刃牙と片山右京の身体に汗が滲み始める。

 刃牙は気が付いていた。片山右京の動きがより洗練されていっている。最小限の動きで躱すので、まるで自分の腕が彼の肉体を通り抜けていくような錯覚に陥る。

 すごいッッッ…さすが…ッッッ天才…いや…天才なんて言葉じゃ足りない…神業…ッッッ…!!!…見切り…それ一点に関しては…もしかすると自分を凌駕するかもしれない…!!!!

 

 完璧な動きだった。流れるように片山右京は両の手を左右に伸ばした。あまりにも早くて美しい動作だった。だから刃牙は避けれなかった。ぴと…っ…と両手が刃牙の側頭部を包んだ。

 

 菩薩掌

 

 片山右京の必殺技である。

 両手で相手の頭を包み込む。その際ほんの少し掌と頭の間に隙間を作るのだ。その隙間のせいで、頭は掌と掌の内に0コンマ数秒の間に数百回も叩きつけられることになる、片山右京の魔技である。

 普通の人間なら即座に失神、パンチドランカー症状を発症する。陸奥九十九は掌の上に自身の掌を重ねて押さえ、隙間をゼロにすることにより菩薩掌を攻略したのだった。

 

 範馬刃牙は片山右京から差し出すようにして頭を両手で包まれた。

 時間にして1秒の1000分の1。

 天才片山右京にはその時間で十分だった。

 片山の心中に驚愕の念が色濃く広がった。

 

 刃牙は避けなかったのではない。

 避ける必要がなかったのだ。

 両手で包まれ、掌の間で叩きつけられる瞬間に刃牙もまた同じ速度同じタイミングで頭を小刻みに揺らしたのだ。ほとんどバイブレーション。

 言うは優し行うは難し。数百回の叩きつけに全く同じ速度・タイミング・強さで動いてみせる。当然、脳みそは揺れて頭蓋骨に叩きつけられることもなく、無事生還する。これは神技を超えた…悪魔…

 

 刃牙はふぅと息を吐くと片山右京の両手を優しく押してどけた。

 

 「片山さん、俺に資格はあるかな?」

 

 「時折、あなたや…陸奥のような人間に出会うと…天才と呼ばれることに…虚しさを覚えますよ」

  

 「いや、片山さんは天才を超えている」

 

 「範馬刃牙…あなたはなかなかサディストなのですね」

 

 そう言って笑うと片山右京は踵を返した。

 

 「見てかないの?多分、俺と九十九さん『ヤる』よ」

 

 「ふっ…興味がないと言えば嘘になりますが、悔しさを押し殺したまま観戦できるほど大人でもないんです…私は…」

 

 そう言って片山右京は去って行った。

 

 刃牙は再び東京ドームを仰ぎ見た。

 いる…アイツが…ここに…

 

 

 その日の朝、神武館は慌ただしかった。

 羽生つばさの手引きで試合に先立ち特別に東京ドーム地下闘技場を見学することになっていたのだ。

 神武館のビルの前で、陸奥九十九、凛子、舞子、陣雷、マッイイツォの5人は迎えの車を待っている。

 

 「敵地に潜入ね」

 

 凛子は不敵に笑い、

 

 「噂でしか聞いたことなかったんで、楽しみっす」

 

 と陣雷。

 

 舞子はマッイイツォの隣に立つ陸奥九十九をチラリと見る。笑っていた。陸奥九十九は笑っていた。

 

 「余裕ね」

 

 舞子が言うと、陸奥九十九は何かを言おうとした、しかしその前に一台のタクシーが5人の前に停まる。

 扉が開いて出てきたのは、木村だった。

 

 「「木村さん!!!」」

 

 皆の声が重なる。

 

 「あら、またらしくないフォーマルな衣装ね」

 

 凛子が言う。

 

 「押忍、親戚の法事がこっちでありまして。皆さん、どうしたんですか?揃って」

 

 「木村くん、あなたって本当…タイミングいいわね」

 

 

「陸奥が範馬刃牙と戦う!?」

 

 「ええそうよ。一般人じゃ絶対に見られない超黄金カード、まぁ今日じゃないけど」

 

 「そ…そうか…陸奥…負けるなよ」

 

 木村が陸奥を見ると陸奥は微笑んだ。

 

 「試合前に木村さんがきてくれて良かった」

 

 その言葉に木村は喜びを押し殺し、お…おう!と短く応えるのだった。

 

 ちょうどその時、神武館の前にワゴンが止まり、中から羽生つばさが現れた。

 

 「どうもお久しぶり、さて、神武館の皆様、ご案内いたしまーす!」

 

 

 「大変なことになったわね。徳川光成だなんて、ほとんど都市伝説よ」

 

 助手席から後部座席から振り返り、後部座席の面々を見て羽生は微笑んだ。

 そんな羽生をじとっと舞子が見つめる。

 

 「やだ、そんなに見ちゃ照れるじゃない」

 

 「どうしてここまでしてくれるんですか?」

 

 羽生は前方に向き直り呟くように言った。

 

 「別に、陸奥九十九が範馬刃牙と戦うのは勝手。でも、私の知らないところでドリームマッチだとか、世紀の対決をされるのは嫌なの」

 

 羽生らしい理由だった。

 

 

 東京ドームのエレベーターは存在しないはずの地下6階へと降りていく。

 

 チンと間の抜けた音を立ててエレベーターが開いた時、陸奥九十九達の目の前には徳川光成本人が待っていた。そこは長い廊下だった。

 

 「いやー!!!よくぞ来てくださった!!!」

 

 小柄な老人が満面の笑みで、両手を挙げて九十九達を迎え入れる。

 羽生は日本最大のフィクサーのあまりにも気さくな対応に呆気を取られた。

 ささ!!!九十九くん、皆さん!!!!!!こちらへ!!!そう言って手招きし、九十九の隣にぴたりと着くと、まるで愛しい恋人を見るようにうっとりと九十九を見ながら廊下を歩き出す。九十九に『君がここを歩いているなんて夢みたいじゃ…』とまでこぼしている。

 

 廊下もまた長く、どこまでも続くかのようだった。

 無機質な…なんの変哲もない廊下である。

 

 羽生は歩きながら徳川を見ていてすぐに気がついた。

 この老人は我々を歓迎しているのではない、陸奥九十九しか目に入っていない。いや、正確に言えば陸奥九十九すら見えていないのかも知れない。ただ、腕力と言う最もプリミティブな能力に対して、崇拝にも似た感情を持っているのだろう。

 

 「御老公、本日はお招きいただきありがとうございました」

 

 羽生が後ろから声をかけると、徳川はおお!と羽生の!と九十九に対してほどではないにしろ、にこやかに答えた。

 

 「表でなかなか面白いことをしとるようだなっ!!!呂家を引っ張ってくるとは、肝を冷やしたぞい!!!なははは!!!どうじゃ、地下で働いてみんか?」

 

 このジジイ…と心の中で毒づきながら羽生は笑顔で答える。

 

 「いえ、私、誰かの下に付くのは嫌いなので。どうですか?御老公こそ、いずれ私の下でその手腕を振るってみては?」

 

 わはははは!!!!面白い!!!!楽しみにしておる!!!

 

 徳川は大声で笑い、ほほほほ!!!と羽生も笑ってみせたが、2人以外は笑っていなかった。

 

 

ひどく…落ち着くな…

 

 それが地下闘技場に降り立った陸奥九十九の印象だった。

 意外と狭い、後楽園ホールぐらいの大きさかな?

 いや、もっと広いか?

 

 金網ではなく木の柵で囲まれた八角形の闘技場。

 マットではなく、砂が敷かれている。陸奥九十九は跪いて砂を一掴み取ってみる。さらさらと砂が手からこぼれ落ち、ざらざらとした白くて固い塊が残った。それは歯と爪であった。それはこの闘技場の長い激闘の歴史を雄弁と語っていた。

 

 闘技場で跪く陸奥九十九を観客席から舞子、陣雷、木村、マッイイツォ、羽生、凛子が見守る。

 皆が見守る中、陸奥九十九は天井を仰ぎ見てすーっと深く息を吸った。

 

 「どう?そこは?」舞子が尋ねる。

 

 「ああ、悪くない。うん、良い…」

 

 2人は見つめ合い、軽く微笑む。

 

 「気に入ってくれてよかった…」

 

 徳川が玄武の方角からお供を連れてやってきた。

 お供の職員?は剃髪しており作務衣を着ていた。手には布で包まれた円筒の何かを持っている。

 

 「うん…いい場所だ」

 

 陸奥九十九は独り言のように呟いた。

 

 「佇む君を見ていたらの、どうしてもこれを持って欲しくなった」

 

 そう言ってお供に合図を送る。

 頭は一歩前に出て、布をうやうやしく取って中の物を御老公に渡した。それは小太刀であった。

 

 「これは…ワシの夢じゃ…今、ある人に会おうと思っとる…その人に持って欲しいと思ってこさえた刀じゃ…君を見とると、なぜかその人を思い出す」

 

 陸奥九十九は小太刀を徳川から受け取った。

 

 

 

 梢は起きた時から胸騒ぎがしていた。

 たまらなくなり、刃牙の家に足が向いた。しかし、刃牙はいなかった。胸騒ぎは更に増し、最早どうしていいか分からない。フラフラと当てもなく歩いた。

 

 刃牙くん…刃牙くんが命を落とすかも…

 

 それは最早、妄想に近い。なんの根拠もない。でも、起きた時、確かに胸騒ぎがしたのだ。虫の知らせと言うのか。

 

 足は自然と東京ドームに向かっていた。

 刃牙くん…刃牙くん…!!!刃牙くん!!!

 

 ドームが近づくにつれ、予感は確信に変わっていった。間違いない、『今日、刃牙は陸奥九十九と戦う』

 

 駅を降りて、ドームまで走った。

 はぁはぁはぁはぁ…と息を荒げながら必死に走る。

 人を掻き分け、ひた走る中、見知った背中を見つけた。白いスーツを着た巨漢。ぴっちりと髪を綺麗に撫で付けている。

 

 「花山さんッ!?」

 

 「刃牙の…」

 

 「どうしてここに!?」

 

 「なんとなく…なんとなく今日が刃牙の大一番な気がして」

 

 「私も…私も…ッッッ!!!」

 

 「行こうかい…」

 

 2人は地下闘技場に急いだ。

 

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