地下闘技場の観客席へと続く廊下を黒い服を着た大きい男が歩いている。大きい…確かに大きい…190センチはあるだろう。しかし、それ以上に大きく見える。それは、その男のオーラ?闘気…?があまりにも大きいからである。その男は範馬勇次郎だった。
そんな範馬勇次郎を待ち構えるように1人の男が立っていた。ゆったりとした服を流すように着ていた。闘気を溢れさせる範馬勇次郎とは真逆。静かな、柳のような、掴みどころのない男だった。不破現であった。
「不破…」
「範馬勇次郎さん。奇遇ですね。お互い鼻が効く」
「勝った方が俺の前に立つ…それだけのこと。その前にお前を屠るのも…悪くはない」
範馬勇次郎が笑った。笑った顔は人間離れしていた。口が裂けるほどの笑みに、鋭すぎる目。それはおとぎ話の鬼のようであった。
「あーれーご勘弁を」
ふざけた口調で現は手をあげて舌を出す。
間の抜けた声が範馬勇次郎を萎えさせる。
「本当に…昔から…お前は好かんッッッ!!!!」
「ま、そう言わず…」
2人は観客席へと歩いていった。
・
「良い刀だな…」
陸奥九十九は小太刀を無造作に受け取り、手の中で重さを確かめるように軽く弾ませる。
徳川はうっとりとその様子を見ていた。
徳川光成の想い人…遥か昔、確かに存在した日本最強の剣豪の姿を陸奥九十九に重ねる。もしかすると、彼は陸奥九十九のような男じゃったのかも知れんのぉ…
「刀がよぉ似合うな…」
ニヤ…と陸奥九十九は微笑んだ。
「小太刀の扱いには慣れてる」
「どうか、その刀を受け取ってくれんか?」
2人が話す、その中に、『何か』が降ってきた。
ちゅど!!!っとその何かは闘技場に着地し、その勢いで砂埃が舞う。ゲホゲホッッッ…と徳川が咳き込む。陸奥九十九は対照的にじっと落ち着いてその『何か』を見ていた。
砂煙が晴れていくと、その『何か』の正体がわかる。範馬刃牙である。彼は観客席の最上段から飛び降り、闘技場に飛び込んだのであった。
「刃牙」
「九十九さん」
2人は見つめ合い、お互いの名を呼び合った。
2人の視界から世界が消えていく。ただ目の前の男以外、何も見えなかった。
たとえばである。
たとえば、お互いのことが好きで好きで仕方がない男女がいる。
2人の目が合う。あとは抱きしめ合い、絡み合うのは必定。愛する2人を分つものなど、この世にあるはずもなく…
ここに強い…本当に強い男が対峙してしまった。
しかも、場所は益荒男達の血と肉と骨が眠る地下闘技場。
2人が睨み合う。空間が歪む。
2人を包む空間がぐにゃーーーっと曲がっていく。
「待て待て待て待て待てッッッ!!!待てったらッッッ!!!お前らッッッ!!!ちょちょちょ…ッッッ!!!やるのか!?!?やるのか!?!?こ…心のじゅ…準備がッッッ!!!準備がぁぁ!!」
ひぃいいい!!!と声をあげる徳川光成。
「じっちゃん…下がっててくれよ」
そう言って刃牙はシャツをゆっくり脱ぎ、更にズボンも脱いだ。彼は事前に準備していたであろう赤いサーフパンツ一枚になる。
陸奥九十九は自分の腰紐に小太刀をしっかりとくくりつける。もう、それをどこかに置いたり、投げたりする余裕はなかった。視線を切るような…そんな隙を見せれば、刃牙は陸奥九十九にすぐさま襲いかかって来ることがわかっていたからである。陸奥九十九は笑っていた。じっと刃牙を見た後、道着の帯を締め直す。
「何やってんだ。戦うのはあと4日後のはずだろ?」
マッイイツォが声を荒げるが、凛子が首を振る。額から汗を一筋流れていた。
「常在戦場…出会ってしまったら…後は戦うだけ…衆人環視の元やることに意味があるような試合でもなし。今日、今…がやりどき」
・
2人が地下闘技場の観客席に姿を現した。
梢と花山である。
「なるほどな…」と花山はつぶやいた後、タバコを咥えて火をつけた。
「刃牙くん…」
梢は祈るように手を合わせた。
・
「ほら早く…ジッちゃん」
刃牙が陸奥九十九から目を離すことなく、呟く。
うっ…ううう…!!!と唇を噛んで唸った後、徳川は闘技場を出て、観客席の最前列に陣取る。その顔は歓喜に震えていた。
「刃牙ッッッ!!!九十九ッッッ!!ぞ…存分にやれい!!!」
徳川が叫んだ。
「応ッッッ!!!」
刃牙が答えた。
・
刃牙と九十九はじっと見つめ合ったまま、両拳を握り構えた。
刃牙は左手は低く、右手は顔の近くに添えて半身になって構えた。
一方、陸奥九十九は両手を胸の前で構える。右手だけ軽く開いていた。
緊張の糸が張り詰める…
静寂が闘技場を包んでいった。
「な…なんで2人とも動かない!!!」
マッイイツォが呟く…
「先の先…」
凛子は独り言のように言った。
・
「人間の意識が行動に移されるまでの所要時間は0.5秒。その間はまったくの無防備。その間に攻撃されたら反撃のしようがない…刃牙も陸奥九十九も0.5秒の無意識を突ける」
その男は呟く。すごい男だった。まるで雷が擬人化したような。常に全身に稲妻が走っているような、そんな男だった。黒い衣服に身を包み、毛は逆立っている。浅黒い肌から覗く筋肉はダイヤモンドのような密度を誇っていた。範馬勇次郎である。
そんな男の隣に、正反対の雰囲気を纏った男がいた。まるで霞のように朧げで、優しいような、それでいておっかない空気を纏った男だった。
「だから、お互い迂闊に手が出せないわけですね。まるで侍の居合勝負や西部のガンマンの対決みたいですね…」
「闘気が全身にみなぎっている…良いぃ…男だ…陸奥九十九は親に似なかったな。現」
「ええ、自慢の息子ですから」
刃牙と陸奥九十九は動かずにお互いの攻撃の仕掛けの気配を感じ取ろうとする。刃牙は陸奥九十九の仕掛けの気配を感じ取ろうとする、そんな刃牙の察知を陸奥九十九は感じ取ろうとする。刃牙は感じ取ろうとする感じ取ろうとする感じ取ろうとする陸奥九十九を感じ取ろうとし、陸奥九十九は感じ取ろうとして感じ取ろうとする感じ取ろうとする感じとる刃牙を感じ取ろうとする…つまり、行き着くところ脳の信号の読み合いである。
この現象を武道で『先の先』と言う。古の剣豪レベルはならば当然持っていたとされる知覚である。
読んで読んで読んで読んで感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて感じて。気の遠くなるほどの読み合いの末、2人は動いた。
・
目で追うことが出来ない。
だから舞子は風の音を聞いていた。
2人の拳が蹴りが風を引き裂いていく音を聞く。時折、九十九の腰に差した刀がガチャガチャと音を立てた。
2人が繰り出す拳は蹴りはカマイタチのように空を切る。相手の打撃を最小限の動きでかわし、かわしきれない時は手で足で弾く。あまりにも早過ぎて2人の拳が足が相手の身体をすり抜けているように見える。
「早い…」
マッイイツォが呟く
「早すぎる…互角か!?」
陣雷も感嘆の声を上げる。
「いいえ」
凛子がつぶやいた。
・
「どっち…?」
梢は震える唇でつぶやいた。
「刃牙だ」
花山が答える。
「刃牙が押し始めた。相手がかわし切れずに、打撃を少しずつ受け始めている」
・
巨凶範馬の血が速さにおいて陸奥圓明流を押し始めた。
刃牙の嵐のような打撃を九十九は躱し切れずに受け始めた。手で足でパリーする。しかし、それも間に合わず、パンッ!と刃牙のジャブが九十九の顔面を捉えた。
それが合図だった。
刃牙は飛び上がり、身体を回転させ、胴回し回転蹴りを九十九の脳天に喰らわせようとした。しかし、それを読んでいた陸奥九十九は電光石火の早業で自らも飛び上がり胴回し回転蹴りを繰り出す。胴回し回転蹴りに胴回し回転蹴りでカンターを当てようとしたのだ。
コマのように高速で回転する両者。
0.001秒にも満たない時間、刃牙は想う。
それはなァッッッ!!!一度親父から喰らってんだよッッッ!!!
更に刃牙は空中で身体を加速させて一回転する。
当たるはずの蹴りが外れ、九十九の足が宙を切り裂いた。次の瞬間、刃牙の足が九十九を襲った。
ギャドッッ!!!!!
足が人を打つ音が闘技場に響いて、九十九は吹っ飛んだ。砂の上に叩きつけられた身体は一瞬で跳ね上がり、刃牙と対峙した。
「直撃したッッッ!?」
マッイイツォが叫ぶ。
「いえ、浮身でギリギリダメージを軽減している」
凛子が言った。
・
早いな…刃牙…
思ったより、遅えじゃん、九十九さんッッッ!!!
ニィ…と九十九は笑った。
刃牙も笑っていた。
2人は再び拳を固めて対峙した。
瞬間、異常事態発生。
陸奥九十九がその場に正座したのであった。
「九十九さんは何してるの?」
梢が呟く。花山はただ黙っていた。分からない。分からないが、何か異様な空気を感じた。
・
不破現は絶句した。
範馬勇次郎は笑った。
「不破現…お前が教えたのか…?」
「いいえ…でも…アレは…」
わはははは!!!!と範馬勇次郎こ笑い声がさらに大きくなる。
「誇れぃ…お前の息子は…天才だッッッ!!!」
御式内を使いやがったッッッ!!!!