大激突。
両者の腕は破壊された。
刃牙は苦痛に顔を歪めた。
イッッッッッテェエエエ…!!!
刃牙は右腕の内側に溶岩を流し込まれたような感覚に襲われる。熱くて熱くて痛いッッッ!!!
でも、目の前の男に視線を合わせる。陸奥九十九。彼もまた激痛が腕に走っているだろう。しかし、陸奥九十九は笑っていた。
上等じゃねえかッッッ!!!
刃牙も九十九も半歩前に出て互いが射程圏内に入る。と同時に放たれた打撃は同じだった。右腕を狙ったミドルキック。
ガシィイイ
と骨が肉を打つ音が轟く。
ぐらりと崩れたのは刃牙だった。
しまった…剛体術じゃ完全に無空波の衝撃を殺さなかったかッッッ!!!グラつく刃牙を前蹴り一発で九十九は地面に転がした。
しまッッッ…!!!刃牙が顔を歪ませる。
そんな刃牙の身体に覆い被さるように陸奥九十九はタックルを決めて地面に抑え込む。
「寝技…」
徳川がつぶやいた。
刃牙の寝技の攻防など…久々に見る…
一体…どうなるんじゃ♡♡♡♡
・
寝技の攻防はチェスに例えられることがある。
完全なポジションゲーム。瞬時の駆け引きによる陣取り合戦と言っていいだろう。ゲームのクリアは、相手を極めるかマウントポジションに移行するか…
刃牙はのしかかって来た九十九の足に自分の足を絡めてハーフガードに移行して防御姿勢を取ろうとしたが、陸奥九十九は飛び上がって足をかわすと、ぐるんと回って、刃牙と真逆の体勢になりノースサウスポジションに移行する。
早いし、上手いッッッ!!!
刃牙は焦る。
しゃらくせえッッッ!!!
刃牙は自分の膂力ならば、上体だけの力で陸奥九十九を吹き飛ばせる。そう確信し、思い切り力を入れて起きあがろうとした。それは正しい。範馬刃牙の人間離れした腕力を持ってすれば、大人を上体のみで吹き飛ばすことなど容易である。
問題は相手が陸奥九十九だったことだ。
上体を起きあがらせようと力を入れた瞬間、刃牙の脇腹に激痛が走る。陸奥九十九の左手の指が刃牙の脇腹にめり込んでいた。指穿…陸奥圓明流の技である。鍛えた貫手で相手の肉体に穴を開ける神業である。
ぐわッッッ!!!と叫んで刃牙の身体は再び地面に倒れ込む。すかさず、陸奥九十九が左手で刃牙の左手を絡めて取った。逃げようとする刃牙。そんな刃牙の力の方向に合わせて陸奥九十九が回転しながら腕の関節をきめて行く。
裏十字固めが極まった。
刃牙の肉体は砂に叩きつけられる。顔が砂に減り込んで、四つん這いの体勢で押さえつけられる。左手は完全に極まっていた。残る右手は使い物にならない。
・
「強い…」
舞子が感嘆の声を上げる。
強いのは知ってる。誰よりも知ってる。
しかし、一連の寝技の攻防は見事としか言いようがなかった。刃牙の動きを全て読み切った。寝技に関しては陸奥九十九の完勝と言って良い。
「そして、上手いわ…」
凛子も呟く。
舌を巻くほどに見事な寝技の攻防。
でも…範馬刃牙がここで終わるとは思えない。
・
あと少し絞れば左腕が折れる。
陸奥九十九は冷静で冷徹だった。ゆっくりと体勢を変えながらジリジリと腕を締め上げる。刃牙の左手からミシッミシミシ…という筋肉と筋が少しずつ千切れていく音が伝わって来た。
・
「左手…折れますね」
現が呟く。範馬勇次郎はハッッッ!!!と吐いて捨てた。
「刃牙…持ち味を活かせぃいい!!!!」
・
ヤバいヤバいヤバいッッッ!!!
俺の腕ッッッ!!!
お…折れ…る…ッッッ!!!
陸奥九十九ッッッ!!!強い!!!
でも…俺の方がッッッ!!!強い!!!!
刃牙は折れた砕けた右腕を挙げた。あらぬ方向に折れ曲がっている。もう、到底使えるとは思えない、その腕で刃牙は地面を殴った。
えぐれる地面。
最強のグラップラー範馬刃牙にとって、砂の地面など地面にあらず。いともたやすくぶち抜ける寒天やゼリーのようなもの。寒天やゼリーの上で闘ったなら、寝技は寝技にならない…
刃牙の右手が地面を抉って貫き、地面から突如現れた拳は砂煙を上げながら腕を締めて絞っている陸奥九十九の腹を抉った。
その脱出方法は奇しくも、父親範馬勇次郎が刃牙が放った虎王を破った方法と全く同じだった。
陸奥九十九は腕を離して緊急回避、直撃は免れたが、立ち上がって大きく飛び退いた。
「仕切り直しだぜッッッ!!!九十九さんッッッ!!!」
刃牙が叫んで再び2人は構えた。
・
刃牙は思う。
右腕の感覚が…完璧になくなった。もうこの戦いで使用することは不可能…でも…右腕を失ったと思わない。最初から腕なんてなかったと思えッッッ!!!
そう、最初から…ない…ドロドロに溶かすんだ。
腕も、関節も…筋肉も…骨も…
完璧な弛緩…
刃牙の全身が緩んでいくのを陸奥九十九は見て取っていた。隙はある。今攻撃すれば間違いなく当たる。でも、見たい。コイツが何を企んでいて、何をするのかを。出させて、更にその上を行く。
刃牙は脱力を超え、脱力。
全身を溶かし、もはや液化…さらにそれを超える気化ッッッ!!!!
刃牙の身体が消えた。
ゴキブリにだけ可能と言われる初速で最大速力を出す。時速270キロ!?での体当たり。
陸奥九十九に刃牙がぶち当たった。
骨が砕けて、内臓が悲鳴を上げる。
陸奥九十九は確かに自分の人体が破壊されていくのを感じた。
なるほど、強い、範馬刃牙…
陸奥九十九は冷静だった。
コンマ数秒のなかで考える。後ろの木の柵にぶち当たったらおしまい、立ち上がることはおそらく不可能。
すごい攻撃だ。一体…誰に教わった…?
だが…弾丸は横からの力に弱い。
陸奥九十九は刃牙の肩を左手で掴むとそのまま下に体重をかけた。ほんの少しだけ刃牙の肉体が傾く。その揺らぎを陸奥九十九は見逃さない。すかさず、倒れ込み、刃牙を巴投げの形で投げようとした。
刃牙の推進力を利用して思い切り投げようとしたのだ。しかし、失敗に終わる。投げきれず、刃牙の肉体が陸奥九十九の上にのしかかる。
ゴキブリダッシュの力をモロに受けてゴチャッッッ…と言う肉体と肉体のぶつかる音が響いた。2人の身体が折り重なる。刃牙が九十九の肉体を押しつぶすような形だ。
シン…と闘技場が静かになる。
先に立ち上がったのは陸奥九十九だった。
しかし、身体はボロボロだった。道着はところどころ破れている。右手は完全に再起不能。両足もがたついていて、微かに震えていた。内臓に傷がついたのか、口の端から絶え間なく血が流れ出している
一方、刃牙はあまりの激痛に立ち上がれずにいた。
痛いいたいイタイイタイいたい痛いッッッ!!!
呼吸ができず、肺は火がついたように熱い。腹から胸にかけての感覚がなくなっている。そこだけ吹き飛んだみたいだった。動けない。その場でのたうち回る刃牙。
なぜ!?投げは失敗したはず!?
梢は震えが止まらなかった。最愛の男に何が起こったのか…全く理解できなかったからだ。
神威だッッッ…
と不破現と神武館の面々は思う。
変形巴投げで相手を投げる奥義。投げる際、膝で相手の腹部に虎砲を打つ、不破圓明流の奥義だ。
刃牙はなんとか仰向けになり、天井を仰ぎ見たと同時に、ガハァァアッッ!!!!!!!!と大量の血を口から吐いた。血のミストがあたりに撒かれる。
神威の破壊力×ゴキブリダッシュのスピード
刃牙は自身の人を超越した速さを利用され、大ダメージを負ったのだった。
「勝負アリだ…あの青年、死ぬぞ!!!」
マッイイツォが叫んで闘技場に入ろうとした。無論刃牙を心配してである。しかし、それを陣雷が押し止めた。
「まだだ!!!まだ…」
「なぜだ!!??ムツの勝ちだろ!!!」
「刃牙は…」
陣雷は確信していた。若い友人はまだ戦える。それどころか逆境であればあるほど、その炎を更に燃え上がらせる男である…そう思っていた。
範馬刃牙はここからが強いッッッ!!!!
・
梢は止めたかった。こんなの馬鹿げている。
刃牙は九十九さんのことが好きで、九十九さんも刃牙のことが好き。なのに2人は殺し合っている。昔の彼女なら泣いて止めただろう。
死ぬぐらいなら、殺してしまうぐらいなら、敗北なんて認めた方がいい。
でも、そんな2人のなんて楽しそうな顔ッッッ…
私には2人の気持ちは分からない。けど、最後まで見届ける…ッッッ!!!
・
備え続けた技術と積み上げた苦痛を遠慮することなく全て解き放てる喜び…そして、解き放ってもいい相手がいる。至極の喜びッッッ!!!
範馬刃牙は恍惚の中にいた。
視界の端に陸奥九十九がいる。立つだけで精一杯と言う顔をしていた。でも、笑ってる。
あァ…きっと…俺も笑ッてんだろうな…
刃牙は立ち上がった。
そして、会場にいる全員がアッッ!!!と声を上げた。
刃牙の背中に…鬼の貌が浮かんでいたッッ!!!
「まだ…これからだろ?」
陸奥九十九が刃牙に言い放つ。
「死ぬなよ…九十九さん」
刃牙の肉体がまた消える。
ゴキブリダッシュだ。陸奥九十九はまた身構えて衝撃に備える。しかし、今回はタックルではない、左拳で陸奥九十九の腹部に強烈なボディブローをぶちかます。
メキャッッ!!!
ゴキブリダッシュの踏み込みでのパンチ。
そのパンチが当たる寸前、危機的状況において陸奥九十九の脳細胞は活性化し、対応を導き出す。
浮身で飛ぶ…だけではダメージを防ぎきれない。
左手で押さえる…だけでも無理…
なら…
陸奥九十九は後ろに思いっきり飛び浮身でダメージを軽減しながら、使い物にならない右手で刃牙の拳を受け止める。受け止める…と言うよりも自分の腹と刃牙の拳の間に挟み込んだ。と言った方が正確かもしれない。
九十九は右手を捨てたのだ。動く左手で押さえ込み攻撃の手段を削ぐよりも、使い物にならない右手をいっそ捨ててしまう。分かっていても瞬時に出来るものではない。しかし、やってのけるのが陸奥九十九であった。
しかし、それでも尚威力は強かった。
ドギヤァァァアッッッ!!!
とすまじい音を立てて、木の柵にぶつかる九十九。
木の柵がはぜ、九十九がめり込む。
ぐったりと木の柵に腰掛ける九十九。
刃牙の攻撃の手は止まらなかった。
「あ…アレは…!?な…なんだぁ????」
陣雷が叫ぶ。
刃牙がクラウチングスタートのように姿勢を低くして、左拳をまるで角のように構えた瞬間、そこに古来の竜、トリケラトプスが出現した。
象形拳。その精度が高すぎると、遂に人はそこに幻覚を見る。
今、闘技場にトリケラトプスが出現したのだ。
トリケラトプスは陸奥九十九に突っ込んで行った。
舞子は「勝って!!!」と叫びそうになったが、必死に堪えた。それは修羅の花嫁が言うべきセリフではない。
戦え…陸奥九十九…立って…戦い続けるのよ…!!!
刃牙は思う。
俺にばっかり…本気出せってよォ…ならアンタも…本気出してみろよ…
開けてみろよ…四門…ッッッ!!!!!
陸奥九十九は恐怖していた。
恐竜が突っ込んできた。当たればもうひとたまりもない…負ける…?負ける…負けるのか…
怖い…こんなに怖いことはない…!!!
うぉおおおおおおおおおおおおおおお
陸奥九十九が叫んだ。瞬間、オーラ?電気?よく分からない、それは闘気と言えるものかも知れない。それが全身から迸った。
身を低くして、突進する刃牙の足に九十九は自分の足を絡める。一瞬のミスも許されない神業により、刃牙は前につんのめって倒れる。
トリケラトプスに北方を守る黒き蛇亀が襲う。
刃牙はつんのめって倒れた刃牙の延髄に向かって、自分の頭蓋を思いっきり叩きつけた。
バキィィイイ…!!!とスゴい音がした。
四門 玄武 完済
陸奥九十九は立ち上がった。
刃牙は立ち上がらない。
勝った…
陣雷とマッイイツォが心の中で叫ぶ。
ば…刃牙…!!!
花山と梢が心の中で叫ぶ。
「強いな、陸奥九十九」
範馬勇次郎が呟く。
「ええ、怖いほどに」
現が答える。勇次郎はニヤリと笑った。
「しかし、あんまり舐めるなよ…範馬の血を…範馬刃牙も…強いッッッッッッ!!!!!」
ゆっくりとだが、確かに刃牙は立ち上がった。
四門を喰らって、立ち上がる…異常としか言いようがないタフネスであった。
刃牙の毛は逆立っていた。
その目は鋭い。その顔は父親にそっくりだった。
「図に…乗りやがって…」
怖いな…範馬刃牙…
陸奥九十九は思う。
怖い、強い、やっぱり俺は臆病者だ。
だから門を開ける。
負けるのが怖い…
しかし、いや、だからこそ
「陸奥圓明流千年の歴史に敗北の二字は無い」
「じゃあ、今日が陸奥圓明流にとって記念すべき初めての敗北の日になるな…ッッッ!!!九十九さんよォ!!!」