範馬刃牙VS陸奥九十九〜修羅の門と刃牙道と〜   作:中村鹿男

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序章その2 10年前、不破と範馬

 遡ること10年前。 

 寒い風が音もなく吹いていった。

 冬の夜だった。

 公園、小さな屋台。気難しそうな大将がラーメンを茹でている。その前、丸椅子に座った男がラーメンをするすると啜っていた。

 気安そうな男だった。羽織を流すように着て、首元には襟巻きを巻いていた。目は細く柔和な顔立ちで常に笑っているようである。

 男はするすると美味そうにラーメンを啜っていく。 箸を持つ手がパタリと止まった。禍々しい雰囲気を感じ取ったからである。

 

 「実在していたんですね…」

 

 男は後ろを振り向いた。

 大男だ。身長は190センチほどある。でも、もっと大きく見える。熊?いや、熊よりもでかい。象?いやいや、もっと…なら恐竜…いやいやデカさは申し分ない。でも強さが足りない。この世の生き物では表せない大きさ。なら…鬼???

 

 男の髪はまるでその一本一本まで覇気が通っているようにツンと尖っている。太い首、太い胸、太い腕、太い腰、太い足。全身太くて強い。真っ黒なカンフースーツ?を見に纏っている。それでいてよく見れば顔つきは若い。まだ年齢は20代後半ごろであろうか?

 ポケットに手を突っ込んで鬼は嬉しそうに笑った。

 

 「それはこちらのセリフだ。陸奥圓明流」

 

 「範馬勇次郎、世界最強の生物が僕になんのようですか?」

 

 不破現は答えた。

 

 

 月のない夜、公園の街灯は頼りなく、まるで冬に舞う蛍のようであったが、対照的に範馬勇次郎からは太陽のような灼熱の輝きがあった。もちろん身体が発光しているわけではない。

 オーラ?闘気?とにかく男の肉体から発せられる覇気が地表を照らしていた。

 一方で不破現の周囲は真空だった。範馬勇次郎の熱に当てられても怯まず、勇まず、ただそこに存在しているだけ。

 達人同士は相対するだけでお互いの力量を察すると言うが、向かい合う2人の男は互いの力量を計りかねていた。イデオロギーが、美学が、死生観が、全てが違いすぎる異質な存在。おそらく、箸の持ち方ひとつ取っても全く違う。

 

 「気に食わねえ」

 

 勇次郎はポツリと呟く。言葉に反して笑みは消えていない。

 

「なにがですか?」

 

「千年不敗を誇ると言う陸奥圓明流…俺と死合わずして不敗を誇るなど…随分と図々しいなァ…」

 

 「そりゃどうも。でも勘違いしてますね。僕は陸奥圓明流じゃないです。分家の不破でしかも不破は兄貴が継いだ。だから正確には不破ですらない」

 

 「呂 子明ルゥ・ズ・ミンから聞いたぜ。不破現は圓明流の正統後継者ではないが、現代において最強の圓明流。世界でも5指に入る実力者」

 

「どこで会ったんですか?僕よりもレアキャラだ。…それにしても…アイツ…お喋りだな」

 

 「もう言葉はいいだろう」

 

 溜まりかねた少年のようなピュアな響きが言葉の中にあった。不意に勇次郎の姿が消えた。

 現は己の背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 範馬勇次郎、聞きしに勝る化物じゃないか。

 ちょーーっと…まずい…かも…

 

 数瞬、瞬きの合間ほどの時間の内、勇次郎は不破現との間合いを詰め、彼の目の前に立っていた。まさに瞬間移動としか言えない神技であった。

 次の瞬間には勇次郎の足は180度に開脚。右足は天を突くように空に伸び切っていた。

 

 こいつ…過程がない。

 現は思う。

 間合いを詰める、と言う過程、足を上げる、と言う過程をすっ飛ばして結果だけが目の前に現れる。恐らく、『先の先』しかもとんでもなくレベルが高い。

 怖い…恐怖が現を包む…アレをやるしかない…

 そして、これまで試したことのないある行動を彼に取らせた。

 

 勇次郎の足が振り下ろされた。

 ビュンッと風を切る音。勇次郎は踵落としを繰り出した。足が地面に触れた時、今度は勇次郎が驚愕する。

 

 「野郎…消えやがった」 

 

 

 不破現は路地を走り抜け、後ろを少し振り返る。

 ここまで来ればもう大丈夫だろうと、座り込んで、ほっと一息ついた。

 

 現は四門を『開こう』としたのだった。

 1000年続く陸奥圓明流の奥義以上の存在。それが四門である。身体のリミッターを無理やり外し限界を超える秘技であり、あまりの威力に使用者も命の危険がある為『死門』とも呼ばれている。まともに扱えた者は陸奥圓明流史上存在しない。

現は人生最大の敵を前にして、不完全ながらも四門を試み、発動した力を全て逃走に使ったのだった。結果、一瞬にして戦線離脱。力の続く限り走り抜けたのであった。

 

 「やれやれ…アレは一体なんなんだ…」

 

 筋繊維が千切れ、激痛が走る足をさすってなんとか立ち上がる。範馬勇次郎、格闘家とか生物とかじゃない。アレは言うならば『災害』だな。

 

 「聞きたいことがある」

 

 後ろから声がする。

 やれやれ…と現は振り向いた。

 範馬勇次郎がそこに立っていた。

 

 「なぜ逃げた。あの一瞬、反撃も出来たはず」

 

 それほどまでに、現の動きは早かった。

 あの、巨凶範馬勇次郎が認めるほど。

 勇次郎はもう笑っていなかった。返答次第によっては、即戦闘開始…闘気が漏れ出ており臨戦体制の面持ちであった。

 

 「無理ですよ、そもそも技は失敗してましたし…」

 

 「急所を狙うなりやりようはある。陸奥圓明流はそう言う手合いだと聞いていた」

 

 「だから言ったでしょ…俺は陸奥じゃない」

 

 フンッッッ!!!と勇次郎は鼻を鳴らす。

 彼の闘気が急速に萎えていく。千年不敗の圓明流の男…獅子かと思って会いに行けば、逃げ惑うウサギだった。

 

 「興醒めだ。戦う価値すらねぇ…」

 

 そう言って現に背を向けて歩き出す勇次郎。

 ふう…助かった…と現は安堵の息を吐いた。しかし、歩き去ろうとする勇次郎の黒い背中をじっと見つめていると、どっと血が身体中を駆け巡るのを感じた。自分にはもう縁がないと思っていた、不破の血がただで勇次郎を返すことを拒んでいる。

 勇次郎の背中に語りかける現。

 

 「でも…本当の陸奥なら…息子達なら…あんたを満足させられるかもな」

 

 今度は範馬勇次郎が振り返った。

 そこには獅子がいた。先ほどまでの無害ぶった優男ではなく、不破の男が微笑んでいた。

 勇次郎は頬が裂けるほど笑った。

 

 そうこなくっちゃ♡

 

 でも…

 

 「立つことすらままならねえ男とやり合うつもりはねえ…時が来たら…不破現…貴様も貴様の息子も合わせて陸奥圓明流を捻り潰してやる。それまでせいぜい不敗を謳歌しておけ」

 

 そう言ってまた歩き出し、今度こそ勇次郎は闇の中に消えていった。

 

 現は尻から倒れこんだ。

 あー…しんど!と呟き、先ほどまで纏っていた彼の闘志は霧散した。

 もしも範馬勇次郎が仕掛けてきたら、渾身の『神威』を喰らわせてやるつもりだったのだ。

 

 現は夜空を見上げて呟いた。

 

 「すまんな…冬弥、九十九…いらん因縁を作ってしまった」

 

 しかし、そう言う現の顔は笑っていた。

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