陣雷浩一は神武館の自室で1人テレビを凝視していた。
テーブルに置かれたカップ麺はお湯を注いでからとうに3分以上経過し、麺はふやけてグズグズになっていたが、陣雷はまったく意に介さない。
テレビに映る2人の男に目を奪われていたからだ。
1人はまだ若い。おそらく10代後半。小柄である。髪はくるりと癖毛で、顔立ちは少女と見間違うばかりに整っているが、どこか生意気そうなツンとした色気がある。もう1人はでかい。おそらく190センチはあるのではないか?怒髪としか形容が出来ないとんがった髪の毛、そして、とにかく黒く太い。肥満ではない、だからと言ってボディビルダーのような筋肉でもない。例えるならば、強さという概念をそのままこねて押し固めて作った彫像。そんな印象を抱かせる男だった。
そんな2人が今戦っている。
東京都心のど真ん中で目にも止まらぬ速さ、想像を超える力強さ。命が2つ躍動している。
陣雷は今すぐ走り出して現場に駆けつけたい気持ちをなんとか押し留める。今行っても人垣の外周を行ったり来たりするだけになる。テレビで見ていた方がよく見える。でも、今すぐ駆けつけてこの目で見たい。
2人の戦いは、強さを追い求め生きてきた男の理想のような、夢をそのまま実現したような戦いだった。
陣雷は男達の試合を見ながらある1人の男のことを思う。
不意に携帯がなった。出ると、それは盟友、神武館亀岡支部の木村だった。
「陣雷見てるか?」
「見てます」
「小さい方…」
「確か1年前の神心会館の大会で優勝してた…」
「確か名前は範馬刃牙」
神武館と双璧をなすフルコンタクト空手界の雄、神心会館。1年前神心会館のオープントーナメントで圧倒的な強さで優勝したのが範馬刃牙という青年だったらしい。経歴は一切不明。ただ、彼が優勝してから格闘技界にこんな噂が流れ始める。
どうやら彼は『裏』のとある格闘技団体のチャンピオンらしい。
「都市伝説だと思ってました。地上最強の生物とその息子の話なんて」
「でも…実在した。なぁ、陣雷、同じこと思ってるだろ」
「ええ…陸奥九十九のことを考えていました」
テレビに映るのは人を超えた者同士の戦い。
しかし、陣雷はそれに匹敵する人を超えた存在を知っている。
コイツらと陸奥九十九はどっちが強い…???
・
舞子は神武館の廊下を歩いている。歩きながら昼間に陸奥九十九と話したことを何度も頭の中で反芻していた。
海堂との死闘の傷が癒え、ようやく歩けるようになった九十九と病院の屋上で交わした言葉。
陸奥九十九の伝説はまだ終わらない…
今度は一緒に行く。どこへだって…
暖かな決意を胸に抱き、廊下を歩く。
神武館の談話室に舞子が入った時、中には母の龍造寺凛子とマッイイツォがいた。2人ともテレビを食い入るように見つめていた。
映画?
2人の男が戦っている。その速さは、力強さは人間の限界を超えていた。綺麗な顔をした青年と、ひとめ見ただけで強いとわかる、太くて大きな男がビルが立ち並ぶ都心で拳を交えている。
「これは…誰?」
舞子の口から思わず言葉が漏れる。人間じゃない。
「鬼よ。鬼の親子」
凛子は煎餅を手に取ると、バリバリと音を立てて食べた。
「大きい方が範馬さん、小さい方が範馬くん。お父さんの方は世界で一番強い生物と言われていて、息子さんの方は『裏』の格闘技界のトップスター」
「お母さん、知ってるの?」
「龍造寺鉄心と範馬お父さんは友達だったそうよ。なんでも、『範馬勇次郎とだけは戦うな』って巌お父さんは口酸っぱく言われてたそうよ」
え!?と声を上げるる舞子。そして舞子もまたテレビが映す映像に釘付けになる。
人の身体はこんなにも美しく動くの!?
見惚れるほど美しい。
それと同時にふつふつと舞子の心は燃えて泡立つ。
あいつのことだ、きっと…
「ムツは戦いたがるだろうな」
マッイイツォは確信めいた口調で呟く。
その声を聞いたあと、舞子は絞り出すように誰に言うでもなく言った。
「この2人がどれだけ強くても、九十九の方が強い!」
凛子は糸目を更に細くしてポツリと呟いた。
「修羅と鬼…」
・
画面には父と息子ががっしりと握手を交わした様子が映し出されていた。素晴らしい決着だった。多くの人がテレビで、生で、その決着を目撃していた。自分の最大を両者が差し出し、喧嘩は終幕した。
そこは誰もいない病院の個室。
テレビには親子の姿が映し出され、ぼんやりと夜の闇を照らしている。
男はいない。
男は病院の屋上にいた。
多分、あっちの方だろうな。
先ほど親子が激闘を演じたであろう東京都心の方角を男は見つめた。口元にはニィ…と笑みが浮かんでいるが、目つきは鋭い。
若い男だった。端正な顔立ち、よく鍛えた身体。しかし、柳のように軽やかな雰囲気を纏っている。
陸奥九十九だった。
月の下で修羅王は鬼達がいる方角を見て笑った。