範馬刃牙VS陸奥九十九〜修羅の門と刃牙道と〜   作:中村鹿男

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第六話 我慢比べ

 神武館の道場で陣雷と陸奥九十九はお互いに拳と蹴りを放つ。

 

 陸奥の蹴りを両手で受ける陣雷。

 ゴッ!!!とにぶい音がする。骨と骨、肉と肉がぶつかる音だ。返す刀でカウンター気味に陣雷がローキックを放つ。

 

 ゴッ…ヴァ 

 

 すごい音がした。陸奥の足にクリーンヒットするローキック。本来なら叫びたくなるほど痛いはずだが、陸奥は笑った。

 

 続けて陣雷がローキックを放つ…陸奥は足を上げてガード体勢を取る。しかし、陣雷の足は衝突寸前でするりと方向を変えて陸奥の顔面へと吸い込まれていく。

 

 途中で軌道が変わる…ブラジリアンキックだった。

 陸奥の側頭部にぶつかる瞬間、陸奥は身体を引くのではなく敢えて前傾する。そうすることでミートポイントを変え、打撃の威力を最小限に抑えた。そしてすでに右拳は握られており、正拳が放たれる。しかし、それも読んでいた陣雷がカウンターの掌底をすでに撃っていた。

 

 が、それすらも読んでいた陸奥。

 正拳の拳は途中で開かれ、陣雷の腕を掴み掌底を止め勢いそのまま陣雷を押し倒す。倒す瞬間に鳩尾に膝を入れながら崩れる。

 

 2人の身体が道場に沈んだ瞬間、陣雷の鳩尾に陸奥の膝が突き刺さった。

 

 

 いっって…

 

 タオルで汗を拭きながら陣雷は小さくつぶやく。

 稽古は充実していた。日増しに陸奥の速さと強さは増していく。

 

 『コイツ…まだ強くなるのか…』

 

 陣雷とは対照的に涼しげな表情で汗を拭う陸奥九十九。陣雷はふと気になった。この男はどこにいくのだろうか?強者達との対決の果てに何を見る…いや、どこにいく?

 

 「なぁ、陸奥。お前、もしも世界最強の男に勝ったらどうするんだ?まだ戦うのか?」

 

 陸奥九十九はぴくりと反応し陣雷を見た。そして微笑んだ。

 

 「陣雷さん、俺は…陸奥九十九だ…」

 

 それが答えだった。そして陣雷はそれ以上聞けなかった。

 

 

朝、範馬刃牙は台所に立つ。

 ザクザクザクザクと小気味のいい音を立ててキャベツを切る。傍には煮えた鍋、味噌の香りが辺りに漂う。更にフライパンには分厚いこんがりと焼けたベーコンと目玉焼き。美味い匂いがあたりに漂っていた。

 それぞれを皿に移し、朝食が完成する。

 

 カリカリのベーコンの上に半熟の卵が乗ったベーコンエッグ、大盛りのキャベツ、味噌汁、納豆、めかぶのパック。そして山盛りのご飯。

 

ご満悦の表情でちゃぶ台につこうとした時、チャイムが鳴った。

 

 玄関を出ればそこには巨漢がいた。白いスーツにピッタリと撫でつけられた髪。メガネの奥の鋭い瞳。顔には大きな傷が走っている。見るからにただものではない。見るからにカタギではない。

 体はガタイがいいなんて領域を超えている。首が太い、胸が分厚い、手がデカい…普通ではない…明らかに…それなのに、男からは初日の出のような後光がさしている…そんな清らかさがあった。

 花山薫である。花山組2代目組長にして日本最強の喧嘩師。そして範馬刃牙の友人である。

 

 「花山さん…」

 

 「近くまで来て…寄っていいか」

 

 「もちろん。朝飯も食べてってよ」

 

 

テーブル中に並べられていた大量の食事はものの見事に綺麗さっぱりなくなった。

 ご馳走さん。と花山は刃牙に頭を下げる。

 思えば、長い付き合いになる。多くの言葉を交わしたことはない。ただ交わさずとも感じる心地よい絆。刃牙は皿を片付けた後、花山のためにコーヒーを入れ、2人で飲む。

 

 「いい喧嘩だった…」

 

 花山は柔らかい声で刃牙に言う。

 きっと、その一言を言うためだけに花山は朝早くから刃牙に会いに来たのだろう。

 

 「見事だったぜ…刃牙…誇らしいほどにな」

 

 「照れるよ、花山さん」

 

 刃牙は天井を見たあと、目を瞑った。

 

 「なぁ、聞きたいことがある、花山さん」

 

 「なんだ」

 

 「花山薫。誰もが認める日本最強の喧嘩師だ。そしてそんな花山薫の闘争理由は義…花山さん、あなたの戦う理由…「刃牙…」

 

 花山薫は刃牙の言葉を遮る。

 

 「考えすぎだぜ」

 

 花山には全てお見通しであった。

 

 「俺は、食いたいから食う、寝たいから寝るし、抱きたいから抱く。戦いたいから戦う。それだけだ。刃牙、お前は何がしたい?」

 

 物悲しいほどの沈黙。刃牙にはしたいことが思い浮かばなかった。18歳の少年がしたいことが見当たらない。それは悲劇である。

 したいこと…目標は親父を超えることだった。でも、その思いは結実した。あとしたいこと…何がある…?何がある…?ナニガアル…?

 

 

 

 朝のロードワーク。ハッハッハッ…と息を短く吐きながら、刃牙は富士の樹海にいる長老に会いに走っていた。俺は俺に会いにいく。

 早朝の花山との会話を思い出す。

 

 「考えすぎだぜ」

 

 その通りだ。道を見つける。道を探す。道を求める。頭の中でぐるぐると言葉で遊びすぎていた。歩いた道が道となる…そうじゃない…そうでもない。もっとシンプルで本質的なッッッ!!!!

 

 いてもたってもいられず、全力で歩道を走る。

 住宅地を抜け、国道沿いの道に出る。

 前に道着を着た青年がいた。彼を追い抜き更に走る。

 

 走る。走るとということだけに全てを集中して…集中…シュウチュウ…モドカシイ…全部脱ぎ捨ててしまいたい…身体も何もかも…身体を弛緩させてドロドロに…先程追い抜いた青年が全力で走ってきて刃牙を追い越した。

 そして青年はふん!!!と鼻を鳴らして刃牙を見る。

 

 この人…どっかで…

 

 刃牙は思い出そうとするが、思い出せない。

 とりあえず…とりあえず…俺も…抜く!!!!刃牙も全力で走って青年を追い抜く。しかし、追い抜いた瞬間、青年は更に走って刃牙を追い抜く。

 

 抜いて抜かれてを繰り返した後、刃牙はあっ!と彼のことを思い出した。

 

 「神武館の陣雷さんだ!!!!」

 

 「おっ?」

 

 陣雷は立ち止まった。

 

 

 2人は近くの公園のベンチに座り、自販機で買った水を飲んでいた。公園の前は国道で、早朝から大型トラックが何台も忙しなく2人の前を横切っていく。

 

 「俺のことを知っているとは意外だったぜ」

 

 「知ってるさ…ハリケーンソルジャー陣雷。有名人だもの」

 

 「お前には及ばねーよ。刃牙」

 

 まだ午前中だった。朝の散歩を始める人がちらほらいる。そんな時間だった。

 

 「陸奥九十九と戦うんだって?アイツは…強いぞ」

 

 「うん。知ってる。でもね、俺も強いよ」

 

 「それも知ってる…それでな…俺も強いぞ」

 

 そう言って陣雷は親指で自分を指した。

 2人は笑った。朝の穏やかな交流だった。

 笑い終わった後、どちらからでもない、まるでそれは男と女が出会い、食事をし、夜を共にするのと同じように、強い男が出会い惹かれあったらば当然のように起こる事象だった。

 

 「じゃ…やりますか…」

 

 刃牙が立ち上がると、応!と陣雷も立ち上がった。

 爽やかな立ち会いだった。

 

 互いに構えたその時、陣雷は刃牙の足を思いっきりローキックで蹴り上げる。

 刃牙は敢えてカットせずに味わうように受け止めた。

 

 痛いッッッ!!!すごい…強い…この人ッッッ!!!

 

 刃牙は笑った。陣雷はわざと片足を前に出していた。明らかに誘っていた。こいよ!と。

 

 なるほど…じゃッッッ遠慮なく……ッッッ♫

 

 ばきぃぃいいい!!!!と肉が爆ぜる音がした。

 

 陣雷の身体がぐらつく。しかし、顔から笑みは消えていない。陣雷は再びローキックを放った。

 

 ノーガードでのローキックの撃ち合い…

 要は我慢比べだ。

 

 

ローキックの放ち合い。

 お互いの足は変色していた。しかし、絶対に参ったと言わない。意地であった。それでいて2人とも顔からは笑みが消えない。消えないどころか…お互い至福の時間とでも言いたげなほどの満面の笑み。

 

 「陣雷さん…」

 

 「なんだ…刃牙?」

 

 「もう…」

 

 「ああ…そうか…」

 

 終わりってことか…楽しい時間だったのに…と陣雷

 俺も…至福でした…と刃牙

 

 刃牙は全力の蹴りを見舞った。

 陣雷は踏ん張って受け止めようとしたが、身体が崩れ、その場に倒れた。勝敗は明らかだった。

 しかし、不思議と負けた陣雷の胸には爽快な風が吹き抜けた。

 

 刃牙は倒れた陣雷に手を差し出した。

 

 「陣雷さん…あんたなんで…」

 

 いいかけてすぐに愚問だと思い口をつぐんだ。

 あんたなんで戦うんだ?勝負をする前からわかっていたはずだ、刃牙と自分の力量を見誤るほどの実力ではないはずだ。負けるとわかっていて、なぜ…?言いかけてやめたが、陣雷は刃牙の言葉の意図を理解していた。

 

 「俺が…陣雷浩一だからだ。そうだろ?範馬刃牙?」

 

 陣雷は刃牙の手を掴んだ。

 ほんの少し、ほんの少しだけ刃牙は自分が進むべき道が見えた気がした。

 

 

同時刻、陸奥九十九もまた朝のランニング中だった。いつものコースをいつもと同じ速度で駆けていく。

 小さなトンネルに差し掛かった。

 それは住宅地から少し離れた河川敷にあるトンネルだ。早朝、人通りは少ない。その入り口に奇妙な男が立っていた。

 身長はそれほど大きくないが、全身くまなく鍛えられていて太い。髪は辮髪、衣服は中国服、肌は浅黒い。目つきは鋭く、意志の強さが見える。

 

 明らかに陸奥九十九を待っていた様子だ。

 

 陸奥は立ち止まり、男を見た。男は一礼し、陸奥と向き合った。

 

 「陸奥九十九ッッッ!!!私は烈海王ッッッ!!!立ち会いを所望するッッッ!!!!」

 

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