少しでもお付き合いしてくだされば幸いです。
『そうだ………かくれんぼって奴、しようよ』
約束した
『るーる?は………お互いに隠れて、最初に相手を見つけた方が勝ち………負けないよ』
約束した。
『俺が有利すぎる?まぁ、確かに今のところ俺の全勝だし、公平じゃないか………それじゃあ何か、俺だってわかる印をつけるか』
約束したんだ。
『………ああ。約束する。絶対におまえをみつけるよ。だから………約束だ………ちゃんと、俺を見つけてくれよ?』
必ず、見つけるって。
ゆっくりと、慎重に。しかし素早く、正確に。
全神経が指先と目に集中する。わずかなブレも見逃さず、そのブレを修正して………
ピンセットにつままれたパーツをそっと本体に置く。あとはここから少しずつ微調整をしていくだけ。
完成を目前にし、
もう少し、もう少し。あとちょっと……いや、行き過ぎた。少し戻して………よし、よし、よし……
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえん!!」
「ふぁいっ!?」
だが目の前の壁から聞こえてきた大音量の泣き声の前には無力だった。容赦なく耳にぶち込まれた絶叫に盛大に体がはねた瞬間、反動で勢いよく目の前の壁を蹴り上げてしまう。
「あっだぁぁぁぁぁぁぁ!指がぁぁぁぁ!?」
小指とか関係なしに足の指を壁にぶつければめちゃくちゃ痛い。指先から頭まで容赦なく貫く激痛に燐祢は椅子から転げ落ちて激しく悶絶する。
しばらく転げ回っていると、不意にはっとした表情を浮かべた燐祢は慌てて作業台の上を確認し、ほっと安堵の息を吐く。
完成間近だったアクセサリーは最後のパーツが外れただけで目立った傷はついていない。これならばすぐに直すことができる。とは言え、今からやり直そうにもまだ続く鈍い痛みのせいで集中できそうにない。
「残りは明日か……」
やれやれとぼやきながら燐祢は手早く片づけを始める。急がないと接着剤が乾いてそれこそ取り返しがつかなくなる。
ある程度片付いたところで頭が冷静になってくる。そうなってくると気になるのは先ほどの泣き声だ。
「今の泣き声って…………赤ちゃんの………だよな…………隣から?」
首を傾げながら燐祢は壁を見つめる。薄い壁一枚隔てたお隣さんとは色々あってそれなりの付き合いがある。だからこそ分かる。彼女のところからこんな時間に赤ちゃんの泣き声が聞こえてくるなんてまずありえないはずだ。
「………様子………見てみるか………」
流石にお節介かもしれないが、どうにも気になってしまう。燐祢は立ち上がると台所に立ち、小鍋をコンロにかける。
少しすると小鍋からスパイシーな食欲をそそる匂いが漂ってくる。よし、と頷いて火を止めると小鍋を持って自室から出る。
廊下を出てわずか数秒。目的のお隣さんの前に立つと小鍋を片手で持ちながらノックをする。
「おぉい、酒寄さん?いまちょっといい「ハイなんでございますでしょうかっ!陸堂さん!」お、おぅ………」
ドアを引っぺがす勢いで開け、顔中を汗でびっしょびしょにしているのは背中まで届く黒い髪をした少女。酒寄彩葉。女子高生ながら一人暮らしをし、更には学費、生活費をアルバイトで稼ぎ、おまけに成績優秀。品行方正スポーツ万能と言う超人女子高生だ。
もっとも、そんな超人女子高生と言う存在は、文字通り彩葉と言う少女の寿命を削って作られている。
「え、えぇっと………これ、今晩の分のお裾分け………カレーだけど、大丈夫?」
明らかに尋常な様子ではない彩葉に困惑を強くしながらも燐祢は手にした小鍋を掲げる。
「あぁ!カレーですか!いいですね!いつもありがとうございます!お鍋はいつも通り洗ってお返ししますね!」
「あ、うん。そうして………ところで、なんかさっき赤ちゃんの泣き声が聞こえてたんだけど……」
「赤ちゃん!?赤ちゃんって何のことですか!?私何の心当たりもないんですけど!?」
小鍋を持ったまま全身を激しく震わせて捲くし立てる姿は控えめに言って、すごく怪しい。
「いや、酒寄さん、大丈夫か?なんか目がすごい泳いでいるんだが………」
「大丈夫ですよ!?私はいたって平常心ですよ!?」
「いや、平常心じゃないだろ。目泳いじゃってるもの。すごい勢いで泳いでるもの。世界取れるレベルで泳いでるよ」
「あ、あ~~~~!そういえばさっきヤチヨの配信見てたんですけど間違って赤ちゃんの泣き声動画にジャンプしちゃったからそれかもしれないですね!」
話のそらし方も動画のジャンプ先も強引すぎる。今日のヤチヨに何があったのかと燐祢が頬を引くつかせていると、不意に視界の端で何かが動く。
なんだ?と燐祢が部屋を覗き込もうとすると、視界が彩葉の笑みで埋め尽くされる。左にそれるも見えるは彩葉。右も彩葉。上も彩葉。
「女の子の部屋をのぞくなんてマナー違反ですよ?陸堂さん」
「お、おぉ……そうだな………ごめん。無神経だった。今日は………もう帰るね」
一切笑っていない笑顔の圧に気圧されたのか燐祢はすごすごと自室へと戻っていく。それを見送る彩葉が大きく安堵のため息をついた瞬間、
「酒寄さん」
不意に名前を呼ばれて顔を上げれば、燐祢が彩葉を労わる様に見つめていた。
「もしも何か困ってるなら頼ってこい。ぶっ倒れてからじゃ全部遅いんだからな」
その言葉に彩葉の目が大きく見開かれる。
「…………すいません。でも、大丈夫です。カレー、ありがとうございます」
深く頭を下げると彩葉は自室へと戻っていく。それを見送ると、小さくため息を吐きながら燐祢も自室へと戻る。
翌日。今日から待ちに待ちわびた3連休。
今日は作業の疲れをいやすためにのんびりとし、明日はツクヨミでヤチヨのライブを見たりゲームをして過ごし、明後日は新たなインスピレーションを得るためにアクセサリーショップを巡る。完璧な予定である。そう、完璧な休日になる……はずだった。
「ま、所詮は予定。捕らぬ狸の皮算用ってな………」
時刻は9時ほど。燐祢は作業台の上に鎮座する未完成のアクセサリーを見て小さくため息をつく。これは休み明けに提出する課題のため3連休中に完成させなければならない。有意義な休みを過ごすためやるべきことをしっかり終わらせる。それが燐祢の信条だ。だから早く作業に取り掛かりたいのだが……
「はぁ……やっぱり気になるなぁ……」
どうしても昨日の隣人の様子が気になって作業に取り掛かれない。
昨日の彩葉は間違いなく何かを隠していた。それも人には見せられないような何かを。それをあの少女は一人で抱え込んでいる。
最初はただの少しご近所づきあいのある隣人。それだけだった。そこから色々あって食事事情を見かねて差し入れをするようになり、そこからなんだかんだと気にかけるようになった。燐祢自身一人っ子だから、妹がいればこんな感じなのかと、色々と世話を焼いてしまう。
だが、これは踏み込みすぎだ。相談されたわけでも巻き込まれたわけでもないのに隠し事を暴こうとするなんてあまりにも不躾すぎる。
不躾すぎるが…………ここで何もしない方がもっと気分が悪いのも事実だ。
「少し、声をかけるか………」
お節介だよなぁとは思っているが、自分を削って、追い込んで、泣き出したいだろうにその全てを飲み込んで、必死になっているもがいている友人を放っておけるわけがない。
小さくため息をつきながら燐祢は立ち上がって外に出て、
「あ」
「ん?」
不意に聞こえてきた声に燐祢が思わずそちらに顔を向けると、件の隣人の酒寄彩葉が自室から出た状態で固まっていた。
見られた、と言わんばかりの愕然とした表情を浮かべて、
腕に安心しきった表情ですやすやと眠る赤ん坊を抱えながら。
「……………………………えっと、どうも」
「…………………………どうも」
とりあえず頭を下げたら返してもらえた。
完結目指して頑張ります
4/16 内容調整。