激しい剣劇音が鳴り響き、目の前で火花が散る。頭を粉砕せんと振るわれる金棒を燐祢は鞘刀で受け流し、返す刀で腕を切り飛ばそうとする。
それを相手は体をひねりながら回避し、そこから更に前に踏み込んでくる。下手に距離をとれば長巻のリーチの餌食となる。それを彼はよく知っていた。
懐に潜り込まれた燐祢はあっさりと大太刀から両手を離すと、顎目掛けて振り上げられた柄を両手で受け止め、逆に背負い投げの要領で相手を投げ飛ばし、素早く武器を拾い上げながら長巻へと変え、容赦なく突き出す。
相手はとっさに金棒でそれを受け止めるも、勢いに負けて吹き飛ばされる。
追撃を、と走り出そうとした瞬間、燐祢は素早くその場から飛びのく。直後、奥から殺到した銃弾が燐祢がいた場所の抉る。
「これを避けるのかよ……」
ふう、と燐祢が安堵のため息を吐いていると、吹き飛ばされた知人が呆れた声を上げる。
赤い髪をした鬼をモチーフにしたアバター。それだけで、ツクヨミの誰もが彼の名前を言える。
帝アキラ。ツクヨミでヤチヨの次に有名と言っても過言ではないライバーチーム、ブラックオニキスのリーダー。開催中のヤチヨカップでもトップを走り続けている紛れもないトップライバーだ。
「ま、銃持ちなら態勢立て直すために使うのは予想できるからな。来ると分かっているなら、対応は割と簡単だ」
「それたぶんお前だけだぞ……」
そうか?と燐祢は軽く首を傾げる。
かぐやに協力している燐祢から見れば、現在トップを走るブラックオニキスの帝はライバルのはずだが、彼に帝への敵愾心のようなものは微塵も感じられない。帝の方もどこか気楽な様子だ。事実、この対戦は配信は全く関係ない完全なプライベートマッチだった。だからこそ勝負の最中でも世間話に興じられる。
「ほんと、もったいないよな。それだけの実力があるならライバーでもプロゲーマーで十分やっていけるぞ?やっぱり今からでも俺のチームに入らないか?」
「前も言ったろ?俺にはやりたいことがあるって。それに、下手にプロゲーマーになったらいろんなしがらみで気ままにゲームができなくなるかもしれないしな」
「否定しづらいこと言うな……」
心当たりがあるのか口元を曲げる帝に燐祢はだろ?という様に肩をすくめるが、
「でも、最近は違うんじゃないか?ほら、かぐやちゃんの配信によく出てるだろ?」
むぐっ、言葉に詰まったようにと燐祢は口をへの字に曲げる。
「……配信を仕事にするつもりはないんだが、どうにもこう………断り切れなくてなぁ……」
「はは、その様子だと、あいつも同じなんだろうな。でも楽しそうじゃないか。特にあれ、この前やったかぐやちゃん争奪戦」
あれかぁ、と燐祢は疲れたように空を仰ぎ見る。
事の発端は数日前。何時ものようにかぐやが配信していたらかぐやと結婚したいと言う視聴者が現れ、それを皮切りに彩葉のブロックの甲斐もなく多数の求婚者が殺到。正にお話の竹取物語のような騒ぎになってしまった。
それを解消するためにかぐやが実施したのがKASSENでいろPに勝てたら勝ったら結婚というかぐや争奪戦配信。
これを見ていた燐祢は人は驚いたとき、本当に口に含んだものを噴き出すと言うトリビアを学びながら慌ててかぐやたちと合流。なんとか止めようとしたのだが、その時にはすでに止められない勢いになっており、仕方なく保護者枠として燐祢も彩葉と共に並み居る求婚者をさばいたのだった。
後から男が参加して大丈夫だったのかと不安になったが、配信は大好評だったらしい。
「いや、あれは止るだろう。あの子すでに顔バレしてるしなぁ……」
「苦労してるな、お兄ちゃん」
「うるさいぞ、お兄ちゃん」
リンネと帝は互いに皮肉気に言い合うも、次の瞬間にはどちらかともなく笑いあう。だが、その笑いはすぐに互いに好戦的な物へと変わる。
「さて、世間話もこのあたりにして、そろそろけりをつけるか」
「ああ、そうするか」
示し合わせたように互いに武器を構える。そして、示し合わせたように同時に飛び出『端末に着信が入りました』
「おっと、ちょっと待ってくれ帝。電話だ」
「このタイミングでかよ……プライベートだったからよかったものを、配信だったら大事故だぞ」
「だから仕事にしたくないんだよ。中途半端な形で悪いが、今日はここまでにさせてくれ」
「そうするしかないか。こっちは良いから、早く出た方がいいぞ」
軽く手を振る帝に答えながら燐祢が目を開ければ、目の前に微かなオレンジに染まった見慣れた自室が広がる。
スマコンはそのままに燐祢はスマフォの画面に目をやり、微かに首を傾げる。
「かぐやちゃん?どうし……」
「燐祢!出てくれた!彩葉が……彩葉が、倒れちゃって……!体もアツアツで……!どうしたらいいのか分からなくて……!」
その、今にも泣きだしそうな声を聴いた瞬間、燐祢の頭が急速に
―――――――――――――――――――――――
額に感じる心地よい冷たさに目を開けた彩葉はぼんやりと天井を眺め、訝し気に目を細める。天井には見慣れた釣り下げ型の照明。だけどどこか違和感がある。
知っている、だけど知らない天井。
「ここは……」
うまく働かない頭を必死に巡らせて彩葉は何があったのか思い出そうとする。確か今日はかぐやと一緒に不動産屋に行って、そこでかぐやがタワーマンションに引っ越そうとか言いだして………そこからの記憶がひどく曖昧だ。今だって頭はぼんやりとしている。だが、そんな状態でもわかることはある。ここは自分の部屋ではない。
ではどこか。それも周囲を見渡せばすぐに分かった。
見慣れないのに、見覚えのある家具と配置。だが何よりも分かりやすかったのは、小型ラックが備わった大きな作業机。机の上にはくたびれた大学ノートが何冊も積み上がり、立てかけられたコルク性のボードにはアクセサリーのデザイン画がびっしりと張り付けられている。
「陸堂さんの……部屋……?」
場所は分かった。でもなんで、と考えた瞬間、
「彩葉、気が付いた!?大丈夫?しんどい?」
台所に立っていたかぐやが心配そうに駆け寄ってくる。
「かぐや……ここ……」
「燐祢の部屋。こっちなら私たちが戻ってくる間にいろいろと準備ができるからって燐祢が………」
確かに、燐祢では彩葉の部屋には入れない。ならば準備を整えた自室に招くのは当然だ。
(それじゃぁ、これ………陸堂さんの……)
彩葉は思わず自分が先ほどまで寝ていた布団をそっと撫でるが、直後にはっと目を見開く。
「やばっ……バイト……!」
「バイトなら大丈夫!かぐやが休みの連絡を入れといたから!」
「かぐやが……?」
「あと、頭とか首に冷える奴貼ってあるけど大丈夫?冷たい?気持ちい?」
そこでようやく、彩葉は自分の額と首元に冷えピタが貼ってあることに気付いた。更に周囲に目を向ければ男部屋には似つかわしくないぬいぐるみが布団を包囲しているのが見える。恐らくかぐやが持ってきたのだろう。
「ありがとう………陸堂さんは?」
「燐祢は買い物に行ってる。色々と必要なものを補充してくるって」
部屋の主がいない事に気付いた彩葉にそう言い、かぐやは彩葉と一緒に布団の上に座り込む。
「………ねぇ、彩葉。病院行った方がいいんじゃない?」
「病院は……お金かかるから、嫌だ……」
「…………燐祢の言う通りだ」
「え?」
「きっと酒寄さんは病院に行きたくないって言うと思うから、無理に行かせようとしないでいいって言ってたけど………本当に大丈夫なの?お金なら私が払うから」
「無理だよ………全部ぎりぎりで予定を組んでるから……何日も休んだらもう追いつけないのよ……そしたら奨学金もでないかも……」
「彩葉……」
何とか動こうとする彩葉をかぐやが潤んだ目で見ていると、ガチャリと言う音が響く。
二人が同時に顔を上げれば、玄関に汗ばんだ顔で買い物袋を提げた燐祢が立っていた。
「酒寄さん………気が付いたか」
座っている彩葉を見て燐祢はほっとした表情を浮かべる。
「陸堂さん「燐祢お帰り!」っ……」
「ああ、ただいま。かぐやちゃん」
燐祢は買い物袋をかぐやに預けると彩葉の前に座り込むと、彩葉はその目から逃げるように顔を逸らす。
その様子に燐祢は小さくため息を吐きながら頭を掻き、
「…………本当なら問答無用で病院に放り込むべきなんだろうが、酒寄さんの場合、それが逆に追い込むことになりかねない………幸い、致命的な物じゃなさそうだし、しばらく休めば大丈夫だと思う……だから無理に病院に行けとは言わない」
「本当!?」
「ちゃんと休めばの話だ。バイトも講習も休まないと意味がない」
その言葉に、彩葉は思わず顔を俯かせる。視界の端で布団を握る手に力が篭る。
(結局……結局、また私は………)
「酒寄さん」
燐祢が呼びかけるも、彩葉は顔を上げない。上げられない。顔を見られない。
「…………すまなかった」
「へ?」
だが、その言葉はあまりにも予想外すぎて思わず彩葉は顔を上げてしまった。目に飛び込んできたのはこちらに頭を下げた燐祢だった。
「ちょ、ちょっと待ってください!なんで陸堂さんが謝るんですか!?」
「なんでって……偉そうなことを言っておきながら君の体調不良に気付けなったし、止めることもできなかった。俺の不手際だ」
「ち、違います!陸堂さんは何も悪くありません!体調管理を怠った私が悪いんです!陸堂さんには何の責任も……!」
「そうは言うが、違和感を覚えていながら止められなかったんだ。だったらそれは俺の……」
「違います!陸堂さんはちゃんと私の事を見ていてくれました!考えていてくれました!手を差し伸べてくれました!でも、私が大丈夫なんて意地を張って……手を振り払って……私の自業自得なんです!本当に陸堂さんには何も悪くないんです!」
早口で、必死に言い募る彩葉だったが、前のめりになった瞬間、体がふらつき、慌ててかぐやが支える。それを見た燐祢は小さくため息をつきながら頭を掻き、
「………これ以上は水掛け論になりかねないな。酒寄さんに負担はかけられないし、この話はここで終わりにしよう」
「で、でも……」
「彩葉、ちゃんと休んで。かぐやもう無理は言わないからさぁ……死んじゃったらやだぁぁぁ~~」
「お、大げさな……死にゃしないよ」
涙どころか鼻水も垂れ流すほどに泣きべそをかくかぐやの背中を彩葉がさすっていると、
「……そうとも言えない。風邪は万病の元ともいうが、今の時代でさえ風邪を甘く見て死んだなんて話は聞く」
「ちょ、陸堂さん、今そんなこと言ったら……」
「ほらやっぱり!人間ってすぐ死ぬじゃん!そんでゾンビなって生まれ変わって転生して宇宙に旅立って……わーー!彩葉行っちゃヤダ!」
「何個の映画がごちゃ混ぜになってるのよ……」
びえーー!と大泣きするかぐやを前に彩葉が元凶の燐祢にジトッとした視線を向けると、燐祢は気まずげに顔を引きつらせ、
「あ~~、その………ご、ごめん……」
―――――――――――――――――――――――――
「なんで彩葉は、そんなに一人で頑張らないといけないの?」
彩葉の冷えピタを張り替え、薬も飲ませ、かぐや謹製のネギ味噌ショウガと卵おじやを完食した所でかぐやがポツリと彩葉に問いかける。その問いかけに燐祢は思わず洗い物の手を止める。それは燐祢自身も気になっていたことだ。特に金銭回りに関しては親からの援助がある様に思えず、不自然に感じていたのだ。
だが、そこに踏み込んでいいのか分からず、燐祢は踏み込めなかった。だがかぐやは踏み込んだ。
「あ~~~俺、外した方がいいか?」
だからか、燐祢は思わずそう聞いていた。今まで踏み込まなかった自分にそれを聞く資格があるか分からなかったから。
その燐祢の顔を見上げ、不安げな表情のかぐやを見た彩葉はふにゃりと苦笑を浮かべ、
「……いえ、そんなに気を使わないでいいです。迷惑でなければ、聞いても構いませんよ」
ふう、と小さくため息をつきながら洗い物を終えた燐祢が二人の前に座り込むと同時に彩葉はぽつぽつと語り始めた。
以前は京都で両親と兄の4人で幸せに暮らしていた。しかし父親が死んでから非常に厳しく、そして正しく変わってしまった母親。家を出て行ってしまった兄。そして母親の言葉に耐え切れず、彩葉も出ていくことを選んだ。
「それで、私が一人で学費も生活費も賄うならって、やっと折り合いがついたんだ」
「さらっと言ってるけど、それってふつーじゃないでしょ?誰もやってないよね?」
眉を顰めるかぐやの前で、燐祢は腕を組みながら目を閉じている。
「私のお母さんはそれぐらい普通にやってたみたいだから。私も譲らなかったし………最初にここで目を覚ました時の事、よく覚えてる。何にもなくて、一人ぼっちだけど、自分の力で生きるんだって思ったら、何でもできる気がした……まぁ、結局、陸堂さんに頼っちゃっいましたけど」
「いやいやいやいや!頼っちゃったじゃないよ!頼って当然だよ!宇宙人調べでもそのお母さん激やばおかしいって!絶対おかしい!納得いかない~~!」
憤激したように捲くし立てるかぐやに、彩葉は少し寂し気な笑みを浮かべ、
「かぐやには「そこまでだ、酒寄さん。それ以上はだめだぞ」陸堂さん………」
思わず漏れた言葉を、優しく遮られ、彩葉は燐祢を見れば、青年は困ったように眦を下げている。
「燐祢!燐祢もそう思うよね!?ひどいと思うよね!?」
同意を求めるように詰め寄ってくるかぐやに、燐祢は目を閉じながら小さく息を吐き、
「………確かに、はっきり言えば酒寄さんのお母さんのやり方は褒められたもんじゃない」
「だよね!?そうだよ「でも………クズじゃぁない」え……?」
「今の酒寄さんを見る限り、母親は正しさを押し付けはしたが、それでもちゃんと酒寄さんを育てた。粗雑に扱わず、決して見捨てずに。かぐやちゃんには想像もできないかもしれないけどな、世の中には血を分けた家族なのに、何の理由もなしに粗雑に扱う親もいるんだ……」
寂しそうに、物悲しそうに言う燐祢にかぐやも彩葉も辛そうな表情になってしまう。
「燐祢……」
「もちろん、だからって酒寄さんの母親のやり方が正しいわけじゃない。それは酒寄さん自身も自覚してる。でもさ………それだけで割り切れる程、心ってのは簡単じゃないんだ」
「どういう事………?」
よくわからなかったのか首を傾げるかぐやを見て、小さく笑みを浮かべた燐祢はそのまま彼女の頭を撫でまわす。いささか乱暴なそれにかぐやは目を白黒させながらも振り払ったりせず、されるがままになっている。
それを彩葉が寂しげに見ていると、良し、と燐祢は大きく頷きながらかぐやから手を離す。
「とりあえず、酒寄さんはこれからしばらくはお休みだ。かぐやちゃん。ちゃんと見ててくれな?」
「うん、分かった!」
「よし、それじゃぁ、もう少し休んだら、二人とも部屋に戻りな。」
「え?燐祢の部屋に泊まっちゃダメ?」
きょとんと首を傾げたかぐやに燐祢と彩葉は盛大に噴き出す。燐祢に至っては気管に唾が入ったのか派手に咳き込んでしまっている。
「な、ななななななななな何を言ってんのよアンタは!」
その隣で顔を真っ赤にしながら叫ぶ彩葉にかぐやは可愛らしく更に首を傾げ、
「え~~、だって、何かあった時ちゃんと看病できる燐祢が傍にいてくれた方が安心するし……それにほら、3人一緒に寝たりとか楽……」
そこで不意にかぐやはいまだに咳き込んでいる燐祢に目を向け、
「……………ま、まぁ、でも、燐祢に風邪をうつしちゃダメだよね、うん」
頬を赤くしたかぐやはそう、自分に言い聞かせるように頷くといそいそと周囲のぬいぐるみを回収し始め、
「そ、それじゃあ私先に部屋に戻ってるね!」
そのままそそくさと部屋から出ていく。
「な、何とか落ち着いた……かぐやちゃんは戻ったみたいだけど、酒寄さんはもう少し休んでていいからな」
「あ、はい………」
台所に向かう燐祢の背中を見上げながら彩葉ははぁ、と小さくため息をつく。
かぐやのあの反応。きっと、
おかしくない……が。
(…………とりあえず、風邪治してから考えよう)
とりあえずそうしようと考えて彩葉はそのまま横になると、抱きしめるように布団を抱え込みながら目を閉じる。
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