「えっと………話をまとめると………昨日の夜、アパート前の電柱がなぜか七色に光り輝いていて」
「はい……」
「その中からこの赤ん坊が出てきて」
「はい……」
「警察に通報もできず、仕方なく連れ帰ったと」
「はい………」
「ついでに言えば主観だけど赤ん坊が一回りぐらい大きくなってる気がすると」
「はい………」
なるほどなぁ、と彩葉の部屋で悩まし気に燐祢が腕を組んでいると、件の赤ん坊が燐祢の膝によじ登ろうとしてくる。
危ないぞ、と燐祢は優しく赤ん坊を抱きあげると赤ん坊は嬉しそうに顔をほころばせる。その笑顔に思わず笑みが浮かぶ。
「なるほどなぁ………確かにこれは言えないわ。あまりにも荒唐無稽すぎる………」
「………そういう割には、なんか信じてくれているみたいですけど………」
小さく首を傾げながら彩葉は年上の隣人の顔を見上げる。
陸堂燐祢。美術大学に通う20歳の3年生。狼を彷彿とさせる灰色の髪をした柔和な雰囲気の青年だ。
地方の小さな剣術道場出身で、上京して入学した美術大学ではアクセサリーを専攻しており、将来は自分の店を持つのが夢であるとの事。
そんな人と彩葉が知り合ったのは彼女がこのアパートに引っ越した時。当初、すでにアパートで暮らしていた燐祢と彩葉の関係は本当にただの隣人だった。引っ越しの時に挨拶をし、それ以降は偶然顔を合わせれば挨拶をして、少し話す程度の隣人付き合いしかしていなかった。その関係が変わったのは去年の夏ごろ。無理な生活が祟って彩葉が倒れた所を燐祢が助けたのが始まりだった。
燐祢の看病で大事には至らなかったが、その際に彩葉の一人暮らしの実態を知り、絶句した彼は彩葉に食事のお裾分けを提案したのだ。
最初、そこまでしてもらうわけにはいかない遠慮と、うまい話には裏があるという警戒心から断ったのだが、
『まぁ確かに。いきなりこんな提案されても疑うのは当然だ。故にぶっちゃけ本心を伝えよう………少し部屋を開けて帰ってきたら隣人が死にかけてましたなんてマジで勘弁なんだが』
ぶっちゃけられた
それでも作ってもらうのは申し訳なく断っていたのだが、ごめん、なんか信用できないとばっさり切り捨てられ、ならばせめてお金を払うと言えばそのせいで無理が加速しては意味がないと断られ、そこから更に話し合い、最終的に食費を二人で折半し、食事は燐祢が作る。彩葉の分の支払いは催促なしのある時払いにするで決着がついたのだ。
最初こそやはり何か企んでいるのではと警戒していた彩葉だったが、それも長くは続かなかった。
最初はお裾分けとお金のやり取りだけだったのが、お裾分けの際に世間話をするようになり、そこで彼がヤチヨの最古参ファンだと分かってからは一気に話が弾んだ。自分が持っていないヤチヨの限定グッズを見せてもらった時は本当に興奮して迷惑をかけたりもした。
そんな風に過ごしていたら、警戒すべき隣人はいつの間にか、ヤチヨを推す同志で、一緒に笑う友人で、自分を気にかけてくれる兄のような人になっていた、
「まぁ、酒寄さんがこんな嘘をつくとは思えないし、あまりにも嘘が荒唐無稽すぎて、信じさせる気がないからなぁ」
「そ、そうですか………」
「とはいえ、流石に放置はできないよな………」
燐祢は横抱きにした赤ん坊の頭を撫でながらふうむ、と視線をさまよわせる。胡座をかいた足も使って安定感抜群の抱きっぷりだ。
「……陸堂さん、随分赤ちゃんの扱いに手慣れてますね」
「ん?そうかなぁ..........一人っ子だから赤ん坊の世話をした事はないが.........まぁ、意外となんとかなるもんだ。酒寄さんも昨日出来てたみたいだしな」
「そういうものですか……」
それにしてはあまりにも様になっている気がするが……と彩葉が首を傾げていると、燐祢はスマフォで何かを調べ始める。
「えっと、オムツにだっこ紐だろ。服にタオル、粉ミルクに哺乳瓶も当然で……え、消毒液必要なのか?えっとこの近くで……よし、それじゃあ、酒寄さん。ちょっとこの子を頼む。俺はいろいろと買い揃えてくる」
「え、買い揃えてくるって……」
「面倒見るにしてもこのままじゃ何もないんだからどうしようもない。いろいろと揃えないと」
「そ、そんな、いいですよ!そもそも陸堂さん、課題はどうするんですか!?確か連休中に終わらせないといけないって……!」
「なるほど………昨日俺に相談しなかったのはその為か………気にするな。元々昨日の時点でほとんど終わりかけだったから十分間に合う。酒寄さんが気にする事はないよ」
「で、でも、お金のことだって……!」
「緊急時だから別にいい……と言っても、酒寄さんは納得できないよな。だから、食費と同じで催促なしのある時払いでいい。じゃあ、頼むな」
彩葉に赤ん坊を預けると燐祢はさっさと立ち上がって外に出て行ってしまう。
その背を呆然と見送った彩葉ははぁ、と小さくため息を吐きながら腕の中の赤ん坊を見つめる。赤ん坊はキャッキャッと無邪気な笑みを浮かべて彩葉に手を伸ばしている。
「……また、頼っちゃったなぁ」
憂いを孕んだため息が夏の朝に消えていった。
「お待たせ。酒寄さん。これで少しは大丈夫なはずだ」
数時間後、彩葉のもとに大量の買い物袋を提げた燐祢が戻ってきた。
「すいません、陸堂さん」
「いいって。赤ちゃんが起きるからそのままで」
彩葉の腕の中ですやすやと眠る赤ん坊を見ながら燐祢は買い物袋から次々と買ってきたものを取り出していく。
「あ、それで、お金……」
「ああ、レシートはあるが……本当に大丈夫か?最近のベビー用品って結構高いみたいだぞ?」
彩葉は燐祢が差し出したレシートに目を落とし、かっ、と変な声を漏らした。金額一万三千二百四十三円。本当に高い。苦学生である彩葉には痛い出費だ。
「あ~~~、本当、ある時払いでいいからな?それこそ、成人してからでも全然……」
「だ、大丈夫です!これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきませんから!できるだけ早く返しますね!」
「あんまり無理はするなよ?とりあえず、今のところは大丈夫そうだな」
「ええ、そう「ふぇっ」じゃなかったみたいです!」
「よし、やるぞ……!」
そこからはまさに怒涛だった。
「えっと、これは……この匂い、恐らくオムツだ」
「準備できましたけどできますか!?」
「やってやるよこの程度………うわっ、はねた!」
「ああ、もう!私がやります!」
「す、すまん……」
オムツでぐずったらわたわたしながら交換し、
「うぇっ」
「陸堂さん!こ、これは!?」
「さっきオムツは変えたし………あ、この時間だとミルクっぽいな。酒寄さんすぐに準備して」
「はい、いっぱい飲んだなぁ。それじゃあトントン、トントン」
「ケプッ」
「げっぷで来たなぁ、えらいなぁ」
「それって………生後間もない子にやる奴では?」
「この子生後二日だろ?だったらやらないとだめじゃないか?」
「そうでしょうか……」
再びぐずり出したら時間を確認してミルクを与え、
「うりゅ」
「ああ、また……!」
「ミルクをやって、おしめも大丈夫そうだから……お眠か?とりあえずガラガラを……」
「ーーーーーーーーーー」
「ん?それってヤチヨの『Remember』……って、おお。眠ったぞ……」
「ヤチヨパワーは赤ちゃんにも通じるんです……!」
「なるほどな………ま、気持ちは分かる……ヤチヨの歌って聞いてるとほっとするし」
眠たくなったら子守唄を歌って寝かしつけてやる。そうしているだけであっという間に時間が溶けていき、三連休最終日。
「すいません、陸堂さん。いろいろとご迷惑をおかけして……」
彩葉が申し訳なさそうに頭を下げると、燐祢はひらひらと手を振り、
「こんな状況だ。助けるのは当然のこと、気にする必要はないって」
でも、とまだ何か言いたげな彩葉の横顔を見て、燐祢ははぁ、とため息を吐きながら頭を掻き、
「酒寄さんのそういう相手を気遣えるところ、俺はいいと思うけど、それをもう少し自分に向けてやってもいいと思うぞ?」
どこか気まずそうに顔を逸らす彩葉に燐祢は小さくため息をつく。
「しっかし、また随分と幸せそうに寝ちゃって……俺の時もこんな感じだったのかねぇ。改めてお袋には感謝だな」
その言葉に思わず彩葉が顔を上げれば、目を細めながら優しく赤ん坊の頭を撫でる燐祢の横顔が見えた。その横顔に一瞬、誰かの横顔が重なる。だからだろうか、
「…………お母さんも、そうだったのかな……」
思わず、そんな言葉がこぼれる。
「ん?どうした?」
「え、あ、いえ……な、何でもないです………」
しまった、と言わんばかりに首を振る彩葉を横目で見て、そうか、と呟くと、燐祢はそれ以上何も言わず天井を見上げ、
「………よし、それじゃあ酒寄さん。真面目な話をしよう」
そう言って燐祢は彩葉と向き直る。彩葉もすぐさま姿勢を正して燐祢を見上げる。
「正直に言って、これ以上この子を俺たちで面倒見るのは無理だ。この子を学校に連れて行くわけにはいかないからな」
「ですよね………」
「だから、しかるべき場所にちゃんと預けよう。言い訳は俺の方で考えておくから」
「……はい。本当に、何から何まで、すいません……私が無責任に拾わなければ……もっと早く……相談していれば………」
ずぶずぶと沈み込むように自分を責め、顔を強張らせていく彩葉を見て、燐祢ははぁ、とため息を吐き、
「確かに早くに相談するべきだったかもしれないが、俺は酒寄さんの行動が間違いだったとは思わん」
「え?」
燐祢の言葉が予想外だったのか、彩葉は驚いた表情を浮かべる。
「俺は作業に集中していて外の異常に気付かなかった。あの時、あの場で酒寄さんが拾わなかったら、この子は外に放置されてた。そうなったらどうなってか分からん。結果論かもしれないが、酒寄さんのおかげでこの子は助かったんだ」
「それは………でも、陸堂さんに散々迷惑をかけて、結局面倒を見きれなくなって、途中で投げ出して……」
「そんな事はない。酒寄さんは間違いなくよくやった。俺が保証するよ」
燐祢の柔らかな言葉に彩葉の顔が歪む。本当に目の前の隣人はいつもこうだ。何か言おうと彩葉は口を開こうとするが、気恥ずかしいやら情けないやら、いろんな感情が混ざり合って、結局何も言えなくなってうにゃうにゃしてしまう。
「明日の朝、警察に行こうな。大丈夫。何とかなるから」
「………はい」
「なんか、自分で言っておいてなんだが、途中から警察へ自首を進めてるみたいな絵面になってるような気が………」
「陸堂さんって、一言多いって言われません?」
ドンドンドンドンドンドンドンドン!!
「っ!?なんだぁ!?」
深夜2時。突如として鳴り響いた激しいノックに文字通り燐祢は叩き起こされた。
壁を破らんばかりの激しい壁ドンに跳ね起き、周囲を見渡すが、すぐにその壁ドンが隣の彩葉の部屋からされていると分かると、燐祢は裸足のまま慌てて外に飛び出し、
「どうした、酒寄さん!赤ちゃんに何かあったのか!?」
燐祢がドアを勢いよく叩くと、ガチャリと鍵が開き、中から彩葉が顔を出す。
「り、陸堂さん………」
救いの神を見たような顔の彩葉を見て、いったい何が、と燐祢は部屋の中に視線を向け、
「ん?」
小さく首を傾げる。彩葉の部屋の中には部屋主以外に見知らぬ少女が一人立っていた。暗がりでもわかるほどに白い肌に形のいい唇。腰まで伸びた艶やかな髪に星のような綺麗な瞳。控えめに言って美少女と言っていい少女がぽかんとした様子でこちらを見つめていた。
「………えっっっっっと、誰?」
強盗の類とは思えない少女を前に燐祢が呆然としていると、
「あの………信じられないかもしれませんけど………あの赤ちゃん………みたいです………」
「…………………………………は?」
「えっと、ですから………赤ちゃんがほんの数時間でここまで成長したみたいなんです………」
「いや~~、今どきは何もかものスピードが速いんですわ」
ものの数時間でげっそりとやつれたように見える彩葉とインタビューみたいなコメントをこぼす少女を前に、燐祢はその場で立ち尽くし、
「ん???????」
何というか、本当に久々に連載投稿してる気分………故に、厳しくても構いません。感想、評価、お願いします。マジでいろいろと鈍ってる気がするので、一回叩き直さないといけないので