超かぐや姫! ヤチヨのかくれんぼ   作:夜叉竜

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第6話 いざツクヨミへ

 目を開けた燐祢の眼前にどこまでも広がる浅い湖とその水面に映る無数の灯篭の中、そして見上げる程に巨大な赤い鳥居が見える。

 

 「太陽が沈んで、夜がやってきます」

 

 ヤチヨの声と共にログインしたと認識した燐祢は自身のアバターに視線を落とす。

 燐祢のアバターは黒い具足とロングコートを掛け合わせたようなデザインの服を着て、それとは対照的な真っ白な髪と狼モチーフの耳と尻尾を付けている。

 燐祢はそのまま両手を持ち上げるとぐっぱっぐっぱと手を動かし、さらにぐっぐっと腰を回して、

 

 「何度も思うけど、本当にすごいな……」

 

 生身の体のように滑らかに動くアバターに何度目か分からない感心を示しながら燐祢は鳥居の周囲に目を向ける。

 目当ての人物はすぐに見つかった。着物とパーカーとベルトとブーツを合わせたストリート風ファッションに狐モチーフの耳と尻尾をつけた見慣れた後ろ姿。

 

 「よう、いろさん」

 

 アバターネームで声をかければピクリと肩を震わせながら彩葉は振り返る。

 

 「さっきぶりですね、リンカさん」

 「そうだな。かぐやちゃんは………まだチュートリアル中か」

 

 周囲を見渡してもそれらしい人物が見つからないし、そうなのだろうと燐祢は思う。

 

 「そうですね。今頃キャラメイクでもしてるんじゃないでしょうか」

 「ああ、出かける前に、その恰好じゃつまらないっ!て奴な」

 

 懐かしいねぇ、と燐祢は小さく目を細める。もう何年も前のことだと言うのに昨日のことのように思い出せるのはそれだけ印象深かったのだろう。

 圧倒された幻想的な空間。その中に浮かび上がった美しい少女。そして……

 

 「そういえば、リンカさんはツクヨミの最初期からログインしていたんですよね?」

 「ん?ああ、そうだ。なんて言うのかな………初めて情報を知った時にこう、陳腐な言い方だがビビッと来たんだよ。こいつは何が何でもやらないとってな。そんで、貯めてたお年玉貯金でも足りなかったから必死にバイトしてなぁ……いやぁ、頑張った頑張った」

 「……リンカさんも人のこと言えないじゃないですか」

 「少なくともぶっ倒れるまで無理はしてないって」

 

 むぅ、と言い返せない彩葉にケラケラと燐祢が笑っていると、背後の鳥居に光の波紋が広がる。

 それに気づいた彩葉と燐祢が振り返ると同時に光の中心を切り裂いて、

 

 「うわぁ!」

 

 ギャルいかぐやが飛び出してくる。

 かぐやは朱色と若草色のコーデで纏めており、三日月を模した髪飾りに背中には巨大な水引がついている。どうやらウサギがモチーフのようで、長い金髪に添うように兎の耳が垂れており、足元のスニーカーにも兎があしらわれている。

 

 「ヴェェ」

 

 そしてそのまま勢いのままに足元の水にダイブする。

 

 「初ログインあるあるですよね。第一歩でコケる」

 「え?俺はコケなかったけど……」

 「……まぁ、リンカさん、運動神経いいですし。ほら、手ーかして」

 「あ、もしや彩葉と燐祢」

 「ここでは知り合いでも本名で呼ばないのマナーだ」

 

 彩葉の手を借りて立ち上がるかぐやに燐祢が告げると、その足元を一匹の犬が駆け回る。

 

 「ん?この犬って……」

 「犬DOGE!連れて来れるんだね」

 「いや、私も初めて知ったんだけど……リンカさんは?」

 「いや、俺も初めて知った。懐深いな、ツクヨミ……」

 「それよりさ!二人ともどう?私のアバター」

 

 そう聞きながらかぐやは笑みを浮かべながらその場でくるりとターンすれば、その動きにつられて着物が翻る。

 

 「まぁ………悪くないんじゃない?」

 「そうだな、うん。すごくよく似合ってるよ」

 

 すこしの恥じらいと共に出た不器用な賞賛と、簡潔だがそれゆえに真っすぐな褒め言葉に かぐやは嬉しそうに笑みを浮かべて更に体を一回転させる。

 その様子に燐祢は微笑ましそうに目を細めるが、不意にん?と更に目を細める。

 

 「かぐやちゃん、その髪飾り……」

 「髪飾り?」

 

 リンネが注目しているのはかぐやが髪につけている三日月と星を模したと思われる髪飾りだ。

 

 「これがどうしたの?」

 「それ………いいな」

 

 そう呟きながら燐祢は顎に手をやりながらふむ、とまじまじと髪飾りとかぐやを見つめる。

 

 「え、そ、そう?」

 「ああ。その髪飾りとかぐやちゃん、実にマッチしている。なるほど………モチーフともマッチしてるな……」

 「ちょ、ちょっと燐祢……?」

 

 周囲の視線も気にせず、熱心に見つめ続けてくる燐祢に、流石に困惑と恥じらいが勝ってきたのかかぐやはおろおろとし始める。それに気づかずかぐやを見つめ続ける燐祢の眼前に勢いよく手が差し出される。

 ぬおっ、と燐祢が大きくのけぞると、小さなため息が聞こえてくる。

 

 「リンカさん、落ち着いてください。流石にここでそれは不味すぎます」

 

 冷めた視線を向けてくる彩葉につられるように燐祢が周囲に視線を向けると、他のツクヨミプレイヤーたちが訝し気に燐祢を遠巻きに眺めていた。その目に不審な色が見えるのは気のせいではないだろう。

 

 「あ~~~、いや、すまん。ついインスピレーションが沸いて夢中になっちまった……ごめんな、かぐやちゃん」

 「も~~、髪飾りもいいけど、かぐやも見てよ!」

 「ごめんごめん……そうだ。お詫びと言っちゃなんだが、今日、ツクヨミで欲しいものがあったら俺が買ってあげるよ」

 「え、いいの!?」

 「ああ。流石に高すぎるのはダメだけどな」

 

 やったーとはしゃぐかぐやに彩葉はぁ、と小さくため息をつき、

 

 「いいんですか?あんなこと言って」

 「ま、お詫びと初ログイン記念もかねてだ。それに、さっきちょっときつめに叱ったからな、こういう所で点数稼いでおかないとな」

 

 肩をすくめる燐祢にやれやれとため息をつく彩葉を後目にかぐやは犬DOGEを抱き上げ、

 

 「わー、すごいすごいすごい!これがツクヨミなの!?」

 

 興奮したように目を輝かせる。七色に輝く夜景に目の前に広がっている太鼓橋。そしてファンタジック平安京とでもいうべき街並みは見る者の目をとらえて離さない。

 何とも懐かしい反応に彩葉と燐祢は思わず笑みを浮かべる。

 

 「ほら、行こ、かぐや。今日はあんまり時間もないから」

 

 ツクヨミの街中は大勢のプレイヤーでごった返しており、露店で店を開いている者や、それを物色する者、中には空を泳ぐようにして移動している者もいるが、彼ら皆に共通している物がある。それは全員が笑顔だと言う事。

 それらに目を輝かせながらかぐやが歩いていると、

 

 『初ログインおめでとう!ツクヨミではみんなが表現者!君も何かをして人の心を動かしたら、運営からふじゅ~がもらえるよ☆』

 

 空中にヤチヨの相棒であるウミウシのFUSHIが現れ、初ログインイベントが発生する。

 ツクヨミ内ではふじゅ~と言う仮想通貨を使って様々な取引が行われている。おまけに現実の金銭に変換することも可能で、人気ライバーなどはそれだけで悠々自適な暮らしができる。実際彩葉と燐祢もちょっとしたゲームの配信などで小銭を稼いだりしている。

 無事イベントをこなしたかぐやを連れて燐祢たちは近くの喫茶店に入り、そこでパフェを食べているのだが、

 

 「あむっ……むぐむぐ……味しーなーいー!」

 「そういうのはまだ無理みたいよ。いつか天才科学者とかがやってくれるでしょ」

 「まぁ、そしたらそしたで別の問題が出てきそうだけどな」

 「そこは大丈夫なんじゃないですか?通話とかと同じように生理現象を通達できるようになれば……っと、時間だ」

 「おう、じゃあ、楽しんで来い」

 

 そう言ってひらひらと手を振る燐祢に彩葉は小さく顔を歪ませ、

 

 「あの、リンカさん。やっぱり、一緒に見に行きませんか?この握手券付きのチケット、同伴者2名まで許可されてますし……かぐやも連れていけますから……」

 

 それは今日のライブのチケットが当選したときにも提案していたことだ。ヤチヨの古参ファンでありながらくじ運の悪さから一度も当選したことがないと言う彼を日頃のお礼もかねて誘ったのだ。

 もっとも、彼の返答は……、

 

 「………あのな、いろさん。前にも言ったが、ファンがみんな推しに認識されたがっているというのは大きな間違いだ。中にはな、ファンだからこそ、自分を認知されたくないと考える奴だっている。俺はそのタイプだから、ライブを見るだけならまだしも握手なんてとてもとても」

 「でも……」

 「え、何々?燐祢どこか行くの?」

 「ああ。ここからは別行動だ。いろさんとライブ、楽しんで来い」

 「え~~!燐祢も一緒に行こうよ!」

 

 かぐやが燐祢の腕をつかんで引っ張るが、燐祢は優しくその腕を外し、

 

 「ごめんな。俺の信条的にいけないんだ。ライブ、楽しんで来い。彩葉さんも俺のことは気にしないで大丈夫だから。それじゃあな」

 

 そう言って燐祢はそのまま人混みの中に消えて行ってしまう。

 

 「あ……ねぇ、彩葉。燐祢行っちゃったよ?」

 「はぁ、しょうがないわね……行きましょ、かぐや。リンカさんはああ言ったら聞かないし、私たちは私たちで楽しまないと、リンカさんにも失礼だわ」

 

 そう言って彩葉はかぐやの手を取って燐祢とは反対方向に歩きだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「う~~~ん、今日のライブもよかったなぁ」

 

 ツクヨミ内には五重塔を思わせる高層建造物やビルが多く建てられているが、その内の一つの屋上に燐祢はいた。

 そこはあまり人が寄り付かないが、今日のライブをよく見ることができる燐祢が見つけた231か所目の穴場スポット(隠れ場所)だった。

 遠目ながらもいつも通り燐祢は幻想的な光のコンサートを大いに楽しんだ。

 

 「しかし……ヤチヨカップねぇ……また随分と面白そうなことを企画してくれる」

 

 それは先ほどのライブの後にヤチヨから開催を宣言されたイベントの名前だった。

 参加資格はツクヨミの全ライバー。明日からの一か月の間に獲得した新規ファンの数を競い、最も多く獲得した人が優勝。そして優勝者には主催者のヤチヨとのコラボライブの権利が進呈されると言う何とも豪儀なイベントだ。これはもう、しばらくの間ツクヨミは文字通りのお祭り騒ぎとなるだろう。

 顎を撫でながら燐祢はどうなるかと思考を巡らせる。

 まぁ、現実的に考えれば優勝候補はライブの後、ド派手に登場した知人のシスコン率いるプロゲーマーユニットだが、果たして、このような大きなイベントに立ち会って、あの宇宙人は大人しくしていられるか……

 明日からリアルも賑やかになりそうだ、と燐祢が笑みを浮かべていると、

 

 「リンカ、見ーつけた」

 

 後ろから聞こえてきた声に燐祢は悔し気に唇を曲げると振り返る。

 そこに立っていたのは悪戯っぽい笑みを浮かべた少女だった。

 風に揺れるようになびく長い銀のツインテールに深海魚をモチーフにした和服を身に着けた月の女神と見まごうばかりの美しい少女。月見ヤチヨその人が燐祢に笑いかけている。

 

 「ここも見つかったか。結構いい場所だと思ったんだけどなぁ」

 「前も言ったでしょ?このツクヨミでヤチヨが知らない場所なんてないのです。ヤチヨからは逃げられないよ」

 「これでかくれんぼは231戦0勝231敗か……ここまで負けが込んでくると流石に落ち込むなぁ」

 「伊達に8000年かくれんぼはしてないからねぇ。年期が違うよ」

 

 はぁ、とため息を吐く燐祢に気負いや緊張のようなものはなく、まるで長年の友人のように着やすい口調でヤチヨに話しかけ、ヤチヨ自身、それに気分を害した風もなく、むしろ楽し気に無邪気な笑みを浮かべながら、燐祢の隣に座る。

 このような関係が始まったのは数年前、燐祢が初めてヤチヨのライブに行った時だ。

 当時、持ち前のくじ運の悪さでチケットの抽選から落ちた燐祢は若気の至りから、少しでもライブをいい場所で見ようとツクヨミ内を歩き回り、他に人のいない穴場スポットを見つけ、そこからライブを眺めていた。およそ人が寄り付かないような場所で、ここは良い穴場だ、と思っていたらライブを終えたヤチヨに見つかってしまった。

 別に見つかっただけで特にお咎めはなかったのだが、次のライブで、また見つかってはかなわないと別の穴場スポットで見ていたらまたしてもヤチヨに見つかってしまった。

 ならばとまた別の穴場スポットで見ていたらまたたしても見つかってしまった。

 こうなってくると燐祢としてはライブの観覧よりもヤチヨから隠れる方がメインになり、それにヤチヨはむしろノリノリで付き合うようになった。

 そしていつの間にか、ライブが終わったらそのまま二人だけでかくれんぼをするのが定番になってしまっていた。

 最初は一ファンとしてこの関係は良いのだろうかとも思ったが、当のヤチヨが乗り気だし、燐祢自身、この時間を気に行ってしまっているため、今では、まぁ良いかと受け入れてしまっている。

 

 「ふふ、でも、リンカの隠れ場所も悪くないよ。ヤチヨ以外だったら見つからなかっただろうね」

 「それでも結局鬼に見つかってたら意味ないよなぁ」

 

 頬杖を突いてため息をつく燐祢は、不満げな表情も相まって少しだけ幼く見える。その横顔をヤチヨは楽しげに眺めていると、不意に燐祢があっ、と声をあげる。

 

 「そうだ。またでかいことをやるみたいだな」

 「うん、そうだよ。ヤチヨカップ!ツクヨミでも最大のイベントになると思うんだ。リンカも参加する?」

 「いやいや、俺なんか参加しても負けるのが目に見えてるだろ。配信何てしないただのエンジョイ勢だぞ?せいぜい小遣い稼ぎにKASSENやってるだけで」

 「でも、KASSEN強いじゃん。確か、プロにも誘われてたよね?」

 「一時期な。でも、もうその話は無くなってるから。それに、それは俺が目指してるものじゃないし」

 「そっかぁ……どう?道のりは」

 「大変だよ。新しいものを学ぶたびに俺が目指すものがすっごく難しいことだって思い知らされる……でもな、本当に大変なんだけど……本当に楽しくもあるんだ」

 

 楽し気な笑みと共にそう燐祢が言うと、その笑みを、ヤチヨは優しく、愛おしそうに眺め、

 

 「そっか……頑張ってるね、リンカ」

 「………大したことじゃないよ」

 

 思わずそう言っていた。カッコつけたことへの恥ずかしさ、何よりも優しくて、それでいて可愛らしいヤチヨの笑みをまともに見れず、燐祢は思わず視線を逸らす。

 すると、ヤチヨは一転してにやにやとした笑みを浮かべ、

 

 「おやおや~~?もしかしてリンカ、照れてるの?」

 

 覗き込もうとしてくるヤチヨから逃げるように燐祢は顔を逸らすが、ヤチヨはすぐさま回り込んでくる。

 思わず燐祢が顔をしかめるも、ヤチヨは気にしたそぶりも見せずにしし、と笑みを浮かべ、

 その笑顔に誰かの声が重なり、燐祢は目を丸くする。

 ツクヨミに響く笑い声ではない。まるでずっとずっと、遠くの方から聞こえてくるような微かな、だけどとても楽しそうで、そしてひどく懐かしい声で、気が付けば燐祢はつられるように呟いていた。

 

 「リンカ?どうし「……もういいかい……もういいよ………?」……っ!?」

 

 その瞬間、ヤチヨの目がこぼれんばかりに見開かれ、驚いたように燐祢は体を震わせる。

 

 「な、なんだ?どうしたヤチヨ」

 

 困惑した表情で燐祢が問いかけると、ヤチヨは小さく瞳を震わせる。その表情に強い既視感を覚え、燐祢は息を呑む。

 だが、それは一瞬で消え、代わりにヤチヨはからかうような笑みを浮かべ、

 

 「いや~~?リンカは本当に負けず嫌いなんだなぁって思っただけ。もう次のかくれんぼの事を考えてるなんてさ」

 「…………当然だ。負けっぱなしで終わりたくないからな」

 

 それに燐祢は小さく肩をすくめて答える。実際、このまま負けっぱなしで終わる気はさらさら無いのだ。

 

 「ま、頑張り給え。ヤチヨはいつでも挑戦を受け付けているよ」

 「はいはい。そんじゃぁ、俺はもうログアウトするな……またな、ヤチヨ。今度は負けないから」

 「………うん、またね、リンカ」

 

 軽く手を振りながら燐祢がログアウト処理を進めると、アバターは青い光の粒子となっていく。それが消える瞬間、燐祢はヤチヨに視線を向ける。

 初めてログインした燐祢を見た時と同じ、自分を責めるような、泣き出しそうな顔をした友人を、案じるように。

 

 

 

 

 

 

 

         ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 燐祢のログアウトが完全に終わると、それを見届けたヤチヨは空に浮かぶミラーボールを見上げ、小さく笑う。普段の光を与えるような笑みとは違う、自嘲と自己嫌悪、そして寂しさが入り混じった痛々しい笑み。その笑みのままヤチヨは呟く。

 

 「.........もういいかい..........まぁだだよ........」




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