どうせなら、キャンバスは白いほうがいい   作:中山の補題

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誤字報告ありがとうございます。
仕事では確認作業しすぎて進み遅くて怒られてるのにこっちでは逆になるというダメ人間っぷりを発揮してしまう。
今回も読んでくれてありがとうございます。


6月 ウキウキ?な日々 裏①

6月、日本人に対してこの月についてどう思いますかというアンケートをとったなら、多くの人が憂鬱な印象と語るのではないだろうか。理由として一番多く上がるのは、もちろん梅雨だろう。雨、それは天からの恵であることを重々承知していたとしても、現代社会の多くの人にとっては円滑な日常生活を妨げるものに過ぎないのではないだろうか。こんな偉そうに語っている私もその一人であり、学校の準備を整えドア開けた先に広がる雨模様に思わずため息をついてしまう。昨日の天気予報では、朝の早い時間は降らないって言っていたのだが……まぁ外れてしまうのが予報というものだ。私は今日日直当番なので、雨に降られない時間に合法的に登校できると少し期待していたのだけれど。

 

……そういえば。すぐ下に住んでいる、同じく今日日直のクラスメイトはちゃんと起きているのだろうか。私はあいつが学校に登校時間ぎりぎりで毎日来ているところしか見たことがない。前回の日直ではかなり頑張った!と言いながら私が来てから10分後に教室のドアを開けていたし。今日もそれくらいは遅れてくるんだろうなと思いながら傘を広げ雨の中を進んでいく。

 

 

 

 

5分ほど雨の中を歩いていくと少し先に見おぼえがある人を見つけた。さっきはまだ布団の中で至福の時間を過ごしていると思っていたが、今日は前回よりもっと頑張って早くに起きたらしい。そのせいでこの6月に欠かせないものを持っていないようだけれど。明らかに困っている様子の清水をそのままスルー出来るはずもなく、私は声をかける。

 

「あれ清水? 珍しいね、私よりも学校行くのが早いなんて。

 …傘忘れた?」

 

声をかけられた清水は一瞬驚いたような反応をしながらも少し申し訳なさそうな顔をしながら頼み込んでくる。

 

「酒寄さ…いや酒寄彩葉さん。

 自分を学校まで…傘の中に入れてください!」

 

「全然構わないけど…それどういうテンションなの。

 まるで一生のお願いをする人の熱量だよ、それ。はぁ、清水は朝も昼も関係ないね。

 ほら早く。今日私たち日直でしょ」

 

そう言って私は彼の方に近づいて傘を差しだす。

しかし、ただ傘の中に清水を入れるのはなんか違う気がする……。あぁ、なるほど。そういえば、あんなこともあったな。まだ私が小さかった時、お母さんと駅まで傘を忘れたお父さんを迎えに行って

 

「勿論、入れてもらう立場なんだから傘持ってくれるでしょ?

 清水君?」

 

……こんな事言ってたな。今の母は冗談でもこういうことは言わないだろう。

 

「当然! 喜んで。酒寄さんにはしずく一滴たりともお体に触れさせませんぞ!」

 

そしてお父さんも当時こんな事は言ってなかっただろう。もう覚えてないけど。

 

「いやそれ絶対不可能でしょ。

ちゃんと自分の体も傘の中入れてよね、貸す意味なくなるんだから」

 

小さいながらに疑問に思っていた。なぜ、お母さんは傘を一本持って行かなかったのか。お母さんがお父さんの分を忘れるなんて簡単なミスをするわけがない。けれど、高校生になった今なら少しだけでも理解できる。お母さんはお父さんの事が本当に好きだったんだって。

母はただ恋人のように、一つの傘の下で父と歩きたかったのだろうと私はそう思っている。

いきなりこんなこと思い出すなんて、存外私は母のことが好きなのかもしれない。

 

「というかさ。なんで持ってなかったのよ、傘。今梅雨なんだし、リスクヘッジで毎日持っていきそうなものだけど。そこらへんは結構清水は忘れないじゃん、意外だけど」

 

心の内から一回母を追い出すために話題を切り出す。単純に傘がないことも気になるし。

 

「意外はひどくない? まぁ大事な人からの教えですよ。ちゃんと準備しないと痛い目見るときがあるよって。まぁ今回は後始末をミスったんだけど」

 

「後始末?」

 

「あぁ、昨日も午前中からお昼まで雨降ったでしょ。だから傘持っていったんだけど、夜は雨降ってなかったからBAMBOOcafeに置いて帰っちゃったんだよね。やらかしたな~って思ってたけど、今日の予報は降らないって言ってたしどうにかなるかなって」

 

「でどうにかならなかったていうわけね」

 

清水らしい楽観的な計画である。でもわざわざこの日のためだけにコンビニでビニール傘を買うのがはばかれてしまうのは痛いほどわかる。私なら……人のこと言えないかもな。

 

「おっしゃる通りですよ。こりゃあ、あの人にばれたら久しぶりにお説教もらうかもなぁ。

 高校生にもなって詰めが甘いねぇって」

 

「ふぅん。いいね、なんだか親子って感じ。

うちにもそういう感じのやり取りがあったのかな。もう覚えてないなぁ」

 

清水の口から両親という言葉は出てきたことがない。その代わりに出てくるのが先生という言葉。それがお世話になった小中学生時代の担任なのか、他の習い事の先生なのか。私には知る由もないが、清水が大切にしている存在だということぐらいは理解している。

……血のつながりがない他人とそんなやり取りをしている清水が少しうらやましい。家をでる直前までの自分の家での生活を振り返れば、あれは果たして親子のやり取りだったのかと不安になる。逆に親子だからこそあんなことになってしまったのかもしれない。

なんだか今日の朝は少し重苦しいものになっちゃったな。そう思いながら、足を前に運びつ続ける。

 

2分ほど会話が途切れていただろうか、清水がこの少し重かった空気を裂くように言葉を発する。

 

「ねぇ酒寄さん。今更なんだけどさ」

 

「なに?」

 

「僕たちの状態ってどう見ても相合傘だよね」

 

ん? まぁそうだよね。 二人で一つの傘の中にはいってるんだし……ってあれ。

私かなり恥ずかしいことを自分から進んでやってないか?

 

「おーい、大丈夫ですか?」

 

「いやこっちのセリフだけどね!?

 いきなりなに言ってるのあんたは!?」

 

大丈夫じゃなくなったのはあんたのせいなんだが!? いや、結構自滅気味にダメージ食らってるけど。もう、心の中がぐちゃぐちゃだ。さっきまでの静かな時間はどこに行ってしまったの。別にあの時間は好ましいものではなかったがここまで乱されるとなると話が変わる。

 

「いやね? さっきのシリアースな雰囲気で冷静になっちゃったからさ。自らの姿を思い返したわけですよ。そうしたら、ああそういえば今の状況を傍から見たらそうなっちゃうなぁって。だから、少しばかり酒寄さんに罪悪感というものを抱いたんですよ。」

 

「ざ、罪悪感?

 どういう事? この一連の流れに清水が罪を感じるとこあった?」

 

感じるなら今のやり取りによって乱された私の心に対して感じてほしい。

 

「まぁ今に見てなよ。もう少しで正門前だし、そこから教室までの道のりでよく周りを見てみるといいよ」

 

清水のよくわからん発言に惑わされながらも既に私たちは正門前に到着してしまっている。

清水の発言に不審な気持ちを抱きながらも、日直の仕事や私の生命線である成績維持のために学校からは逃げられないわけで。私はそのまま学校へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

昼休み、私はいつもと様子が違う学校に疲れ果てていた。朝、清水が言った言葉の意味はこういうことだったのかと痛感している。一時間目の授業中の時点で明らかにクラス中がざわついており、嫌でも違和感を感じざるを得なかった。そして、授業が終わった瞬間に何人かのクラスメートがばっと私の席へ集まってくる。中間テストの後の結果発表で一位取ったことが知れ渡った時よりも、多い人数が押し寄せてその中の1人が先陣を切り私へ一言。

 

「ねぇ! 酒寄さんと清水君ってさ、付き合ってるの?」

 

言葉は違えど、似たような意味の質問が出るわ出るわ。否定する前に質問の波状攻撃がきてしまうのでもう私にはどうしようもなかった。それでもなんとか人を捌き続け、まだ冷静な対応を取ってくれていたわが友人であるお二人に事の詳細を聞き出すべく、この昼休みの時間を利用して普段は全く利用しない食堂に集まっているのだ。

 

「お疲れだねぇ。

いつの時代も人気者とは大変だ。どう? 糖分足りてないなら、私のおやつポケットから厳選されたものをお譲りしてしんぜよ~」

 

「いや、いい」

 

「はー、彩葉殿は頑固だね~。

 ちょっとぐらい自分に甘くてもいいのに」

 

うぐ。正直にいえば、目の間にある小さなお菓子一つだけでも脳みそのために食べたいのが本音だ。けれどもここからずるずると引きずってしまいそうになるのが自分だとわかっているのでここは強くも……って、いや無理かも。さっきまでの光景が頭の中でブラッシュアップしてきた。この後の時間もこれが続くと思うと気が重くなってくる。今私には特効薬が必要である。

 

「頂戴」

 

「「え?」」

 

「そのクッキー、美味しそう。」

 

「あ、どうぞどうぞ……」

 

真実から差し出されたお菓子を受け取り、素早く封を開けて一口で食べる。ただ、口を動かして久しぶりに食べる市販のクッキーの味を堪能する。久しぶりに味わう砂糖の暴力が私の脳細胞を力強く組み直してくれている……気がする。

軽くクッキーを食べ終えた私はずっと気になっていた本題について二人に問いただす。

 

「……それで。なんであんな根の葉もない噂話が急に流れて来たわけ?

バイト先が一緒なのがばれたとか? だとしても根拠としては弱すぎるし……」

 

頭を抱えながら自分なりに原因となり得ると思われるものを思い出していく。しかしいくら考えてもそんなうわさが出るようなことは……、バイト終わりに一緒に帰ってるのは見られていたらやばいかも。そもそもあのぼろアパートに階は違えど、私と清水は同じく住んでいるわけだし。よく考えなくても状況的にかなりきな臭い。思ったよりもこの噂が流れてもある程度納得できてしまうことを自らの脳内コンピューターが算出してしまったために、心の中で絶望度が上がってきた。

そんな悩んでいる私の姿を見かねたのか、芦花が仕方ないといった顔で答え合わせをする。

 

「なぜ、この噂が流れたのか。

それは……、」

 

ゴクリ、いやゴクリじゃないが。重大発表みたいな雰囲気を作ってどうする。芦花さんもそんなにお笑いの賞レースのMCみたいに溜めなくていいから。真実もドラムロールやらなくていいって。

 

「ズバリ! 今日の朝、多くの生徒から一つ傘の下で彩葉と清水君が仲睦まじ~く肩を寄せ合って登校する姿を目撃したという情報が出てきたんだよ。高校生がそんなこと知ったらさ、もう一つの答えに皆一直線だよね」

 

「いやいやいや!!!

 ただ清水が傘忘れたから入れてあげただけですけどっ!!

 皆恋愛に飢えすぎだって、冷静に考えればわかるでしょ!」

 

思わず大きな声は出るわ、手をおもっいっきり横に振ってしまうわで、とにかく事実とはかけ離れたものであることを伝えることに必死だ。

 

「え~ホントにござるか~。

 凄く距離感が近かったって、皆言ってたけどなー。それに傘を持ってたのは清水君だったって話だよ?」

 

「それは!

 ……私が清水に言ったの」

 

「なんて?」

 

「なんてって別にそれ関係な「いいから。清水君になんて言ったの、彩葉は?」

 

うっ。芦花が真剣な眼差で私を貫いてくる。何故そんな視線を私に向けているの…

 

「わかったよ、言えばいいんでしょ……

「傘の中に入れてあげるんだから、当然持ってくれるでしょ?」 って」

 

今振り返るとやっぱり恥ずかしいな。やはりノリと勢いから生まれた言葉は後々冷静になって振り返るようなものじゃない。あの時の私はどうかしていたのだ。今日の朝に降った雨は人をおかしくさせる魔法の雨だったに違いない。

それにしても二人からの反応が遅い。芦花なんて目を手で覆っているし、真実はなんかあわあわしている。そんな二人の謎行動に戸惑っていると後ろから声をかけられる。

 

「あっ! 酒寄さんじゃーん。

 珍しーね、食堂にいるなんて。」

 

振り向くとそこにいたのは見覚えのない女子生徒。誰だったっけ、この方。全く面識がないわけではないのはわかるのだけれど……

 

「あはは、どうも。」

 

「そのよそよそしい感じ、私の事忘れてるでしょ。

 中間テストの結果発表の日、私あなたに会いに行ったんだけどなぁ」

 

…………! あぁ、居たな確かに。いきなり声をかけられたと思えば物凄い勢いで褒められて去っていったから台風が来たのかと思った。名前は確か……

 

「横島さんだったよね。ごめん、すぐ思い出せなくて。」

 

「いいのいいの! 酒寄さん人気だし沢山人と関わってるだろうし名前と顔を覚えるのも大変だよね。

 ……それよりさぁ、酒寄さん。あの噂ホントなの?」

 

この人もこれかぁ。いい加減うんざりしてきたのだが、心は冷静に。変に強く対応すればもっとめんどくさいことになるのは分かっている。

 

「いやぁー、その話は…「やっぱり、本当なんだ!!」

 

聞きたいことあるならこっちの話を聞けよ。

 

「なるほどねー。酒寄さんやるね!

 よりにもよってあの清水眞白を掴まえるなんて。どうやったの?」

 

あの、とは……どういうことだ。清水は貴重品扱いをされているのか。これまでにも清水を特別視する場面に遭遇することは度々あったが、この横島さんの発言はまるで芸能人を相手しているかのような物言いだ。人の事情に首を突っ込む様な真似は好きではないが、こうなってしまった以上は知らなくてはいけないのかもしれない。

 

「あの清水眞白ってどういうこと? 私関西出身だからさ、そこのところあまり知らないんだよね」

 

「そうなんだ! じゃあ説明してあげる。

 清水君はね、天才画家として東京ないしは関東圏では有名なの。

 いや……だったという表現の方が正しいかな。中学生3年生の途中からいきなり絵を描くことをパタッとやめちゃったらしいから。あの時は清水君の周りすごかったらしいよ。私のいとこが清水君の中学時代の同級生だったんだけど、毎日のように学校に芸術関係のお偉いさんが訪ねてきてたんだって。そのせいで生徒間で問題が起きてしまうくらいには」

 

「へ、へぇー。そうなんだ……」

 

あの清水が天才画家ね。芸術家気質は節々に感じてはいたけど、まさかそれほどまでとは。おい、待てよ。そんなすごい奴から私はただでイラストをもらったのか。……いくら必要なんだろう。

 

「本当にすごかったんだよね~清水君の絵。

ほら! これとかさ」

 

横島さんが私の方にスマホの画面を見せてくる。私にも見せてと言いながら横から真実と芦花も覗き込んでくる。

画面にあったのは……滝だ。今も上から下へと流れているかのように感じられる。これは動画でも写真でもないはずなのに。水は自由に形を変えながらも大きな岩、倒木をよけてまるで踊っているかのようだ。滝壺へと落ちた水、それによって水面は揺らいでいる。周りの木々は風によってゆらゆらと動いている。私はすでにスマホ上に映されている一つの絵に目を奪われてしまっていた。

 

「ね、すごいでしょ。これは清水君が中学生一年生の時に描いたものらしいよ。

見てわかる通り、風景画が得意だったらしいね。審査の人も思わず、これは絵なのか?って言った人もいるらしいし」

 

その審査員の方の気持ちに凄く共感出来てしまう。これを中学生が描いたなんて言われても私はきっと信じることができないかも。

 

「だからさ、絵を描く事をやめたってなったときは色んな噂が立ったんだよね。自分の絵の書き方を見失ってしまった―とか絵に対する情熱を失っただとか。中には暴論もあってね。目が見えなくなった、色が判別できなかったとかもあったんだよ」

 

確かに暴論だ。普段の彼の様子を見ればその様なそぶりは全く見せてはいない。

……何かはあったのだろう。そこまで世間から評価されるほど高い実力を持った人間がそんな簡単にそれを手放すわけがない。気にならないといえば嘘になるが、それを彼に問うのは気が引けた。

 

「あとは……酷いうわさもあったなぁ。

 さっき従妹が清水君の同級生の話したでしょ。だから清水君の学校での様子も知ってるんだけど……絵をやめる前と後でまるで人が違ったんだって」

 

「え? それはどういう風に?」

 

「絵を描いていた頃は……なんというか話しかけづらい雰囲気で、誰も彼に近づけなかったらしいよ。でも、やめた後はガラッと変わって自分からクラスメートに話しかけにいくぐらいには人づきあいが良くなったって。そうなると彼の知名度と容姿、それに足りなかった愛想の良さが合わさって必然的に物凄いモテたらしいよ。

そのせいでなんというか……女の子遊びに目覚めて絵を描かなくなったんじゃないかって。流石にひどいよね~、絶対男子の嫉妬だとおもうんだけどさぁ。でも清水君確かに見た目はホストみたいd「………ない」 えっ?」

 

自分が何を言おうとしているのかを頭では理解していないけど、心が勝手に私の口を動かしているようだ。今日の午前中にたまったストレスがさっきの彼女の発言によって爆発しようとしている。食堂という人が大勢いる中でそんなことをしてしまえば悪い意味で注目を浴びるのはわかってはいるが止めることはできない。

 

「それだけはないよ。

だって……清水は……」

 

周囲が静まり返っているのを感じる。後ろの二人からは物凄い期待のまなざしで見られているのを感じる。そんなに期待されるようなことではないのだけれど。唯、なぜか今は無性にはっきりとモノ申したい気分だった。

 

「清水は、プレイボーイって言葉を聞くだけで赤面しちゃうぐらいのピュアな奴だし!

 それに今日の朝だって、一緒の傘に入ったぐらいで……」

 

後ろから肩を叩かれる。なんた? 今ちょうど興が乗ってきたところだったのに。

心の中で悪態をつきながら後ろに振り向く。そこにはいい顔をした真実と芦花が私を凝視していた。

 

「な、なに? ちょっと怖いですよ~。

なんというか私、謝った方がいい…よね」

 

二人が周りを指さす。辺りを見渡せばどこもかしこもこっちを見ながらひそひそ話をしていた。何を話しているかはもう考えたくはない。自業自得なことを理解しながらも頭を抱えずにはいられない。そんな私に横島さんが話しかけてくる。

 

「酒寄さん…」

 

「あ、あはは…。ごめんね横島さん、巻き込んじゃって」

 

横島さんがなぜか無言でにじり寄ってくる。さっきまでの雰囲気とはあまりにも変わっている。怖い怖い怖い、なんでそんな真剣な表情して私の肩をつかんでくるの。ちょっと力強いし、顔も近いって。

 

「私、勘違いしてた。二人の関係のこと。」

 

「あ、やっとわかってくれた。

そう! ただのともd「恋人とかそういう次元じゃないんだよね」へ?」

 

おいおい流れ変わったな。

 

「そう。二人はそんな二文字で表せるような簡単な関係じゃないんだね。

 今の私の心を表現するなら…尊い、その言葉に尽きると思う」

 

「そ、そうなんだ。でもねその理解もちょっと、いや大分間違ってるというか…」

 

なんかもう、凄い。もしかしてだけどヤチヨを語る私もこんな感じなんだろうか。入学式の日の清水には中々酷なことをしてしまったんだなーと、私は遠くに意識を飛ばし目の前の状況から逃避することで何とか自我を保とうと試みる。

 

「わかってる。いろしろ道はそんな簡単じゃないよね。

 でも私は諦めない。きっとあなた達の関係の未来、その果てを見届けてみせるから」

 

肩をつかんでいた手を放し、横島さんはそそくさと去っていった。

 

「あっ、ちょっと!

 ……これってもしかしなくても、私やっちゃった、よ……ね?」

 

後ろに振り返りながら後ろにたたずんでいた友人二人に問いかける。返ってきたのは二人の可愛らしい笑顔、それだけだった。

 

 

 

 

 

 

HRを終えたので、帰る準備を整える。あの後、もっとめんどくさいことになると予想していたのだが、それに反して周囲は落ち着く結果となった。周囲の様子を観察したり、話を少し盗み聞きした情報から察するに私と清水の関係はそういう色恋沙汰ではないというのが共通認識になったらしい。それはとても素晴らしいことなのだが、代わりに他の概念がはびこっている。一番メジャーなのは姉弟概念らしく、清水が世話のかかる弟でそれを世話する姉が私……らしい。随分とましにはなっている気がするが……、細かいことは気にしない方がいいのかもしれない。

今後、私は横島さんが提唱する「いろしろ」・「しろいろ」概念を知り頭を抱えることになるのはまだ先の話。

 

なんとかましな方向に収まってくれたと安堵する私に、二人がニヤニヤしながら話しかけてくる。

 

「どうも~、調子どう? 

いろはお姉~ちゃん?」

 

「芦花~、まだそう決まったわけじゃないよ。

 もしかしたら清水君がお兄ちゃんかもー」

 

「……はぁ、おかげさまで悪くない気分だよ。

 二人ともずいぶんと適応がお早いことで。

 それで? 何か御用?」

 

二人の顔を見ながら腕を組み、不機嫌ですよという露骨なアピールをする。不機嫌では全くないが、この二人は今日一日私を使ってかなり楽しそうに遊んでくれやがったので、意趣返しというやつである。

 

「ごめんごめん。怒らないで彩葉。

 ちょっとお誘いしに来ただけだから。

今日の夜、時間空いてる? 久しぶりに3人でKASSENやらない? 

この前のツクヨミチャレンジカップのアーカイブ見てたらさ~モチベーションがすごいことになっちゃって。中間テストも終わった今! 私たちを阻むものは何もない! どう!?」

 

「やる気がすごい。

 ……そのやる気の半分でも勉強に向いてれば、あんな点数は取らなかったんじゃないの芦花?」

 

「それは言わないお約束でしょ!? 

 やばかったんだからあのテストをお母さんに見せたとき!

怒られると思ったら、いきなり泣き始めて抱きついてきたんだよ!? 「ちゃんと見てあげられなくてごめんね」って言いながら。その後、高校生活楽しすぎて勉強してなかったこと説明したらしこたま怒られたけど」

 

 いいお母さんだ。今まで勉強に打ち込んでいた娘がいきなり成績をガクンと下げたのでさぞ心配だっただろうに。

 

「さっきのやつの返事だけど、もちろんいいよ。

私もこの前のツクヨミチャレンジカップの最後の試合。プロへのチャレンジマッチを生で見て柄になく興奮しちゃったし。」

 

私の返事を聞いた二人は早速何時から始めるかの予定をすり合わせている。その光景を眺めていた私のポケットから通知音が鳴る。スマホを手に取り画面を見ればチャットからの通知であることを教えてくれる。相手は……清水。バイト関係の何かかなと思い、アプリを開く。

 

『BAMBOOcafeに先に行ってるね。僕のことは気にしないで大丈夫だから!』

 

窓の方を見て外の状況を確認する。外は絶賛ただいま土砂降り中だ。この中を15分以上傘なしで歩いていくなんて小学生でもやらない。おそらく清水なりに今の状況を鑑みての対応なのだろう。しかし、こちらはもうこの一日でこの扱いを受けてきたのでいい加減慣れてきてしまったところだ。一人カッコつけて逃げるなんてことは許さない。私と一緒に精々いじられてくれ。そう心の中で決めた瞬間、次の私の行動は早かった。未だ入れてなかった私物をカバンの中にしまい、カバンをの紐を肩にかけて教室から出るために足早にドアへと向かう。っと、その前に……

 

「ごめん二人共、少し用事できたからもう行くね!

 私は10時以降なら大丈夫だから、予定決まったらあとで教えて」

 

言わなくちゃいけない用件だけいって、私は小走りで下駄箱へ。

 

「あっうん。ちなみに用事って聞いていいの?」

 

「ええ? ちょっと世話のかかる弟にガツンと言ってやる……こと?」

 

何も考えず、ただ頭に浮かんできた言葉を口に出す。自分の言った言葉をちゃんと認識しないままに私は教室から出た。

 

「ねぇ?」

 

「うん」

 

「「やっぱり姉弟じゃんねー」」

 

 

 

 

階段を下りて一階へと向かう。半分を下ったあたりで、廊下の先に清水の姿を見つけた。かなり距離があるので急がないと間に合わないかも。周りを確認して先生の姿がないのを確かめた後、走って清水を追いかける。既に清水は下駄箱の中の靴を取り出している。

 

「清水!ちょっと待って。」

 

めんどくさくなってつい大きな声で呼び止めてしまった。周りには勿論一年生しかいないので注目浴びまくりだが、もう知ったことじゃない。

 

「酒寄さん?

 どしたのそんなに慌てて。」

 

呆気にとられた様子の清水にお構いなく私は思いの丈をぶつける。

 

「清水、別に私は気にしないから。

 ちょっと噂されるくらい別に何とも思わないし、そのことで清水が変に気に病まなくていい。あとごめん、清水の中学生時代のこととか少しだけ聞いた。過去の清水がどんな人だったのかとか他人の私がとやかく言う権利はないし、言おうとも思わない。えっと…結局何が言いたいのかっていうと………、

 黙って今日は私の傘の中に入ってろってこと!」

 

怒涛の展開に10秒以上清水は静止したままだったが、やっと頭の中が整理されてきたのか再起動をはたす。

 

「ははっ! やっぱり酒寄さんはカッコイイね。

 わかったよ、僕ももう気にしない。

 けど困ったな……。」

 

「なに? これ以上なんかある?」

 

ここまで来たら面倒くさいこと全てに首突っ込んだっていい。よくはないけど、清水に我慢させるよりはましと私は思っていた。そこまで自分が清水に対して思い入れのようなものがあるとは思わなかった。まぁでも学校やバイトであれだけ長い時間を一緒に過ごしてたら誰だってそうなる……はずだ、多分。

 

「そんなに情熱的に誘ってくれたところ悪いんだけど、実は鈴村君から折り畳み傘を貸してもらったんだよね。けど酒寄さんの誘いを無下にするわけにはいかないし……うん!

では酒寄さん! BAMBOOcafeまでお願いします」

 

前言撤回よろしいか? おい私の健気な心をどうしてくれるんだ。

 

「じ、じょうねつてきぃ?

 あんたねぇ……その流れで私がやすやすと傘の中いれると思う?

 その傘使いなさい、いいわね!」

 

「……はいっ。」

 

さっきまでの自分の発言が急に恥ずかしくなってきて、大きな声で誤魔化してしまった。それなのに何故か清水は嬉しそうな顔で返事をする。そんな清水の様子に私は肩透かしを食らってしまい余計に恥ずかしい。そんな私を引っ張るように清水は行こうと声をかけてくる。校舎から出ればもちろん外は雨模様。それも朝より雨脚が強くなっている。それなのに一切の雨音は聞こえず、私の耳に届くのは楽しそうな清水の話し声。ふと、昼休みの横島さんの話を思い出す。もし、清水が絵を描き続けることを選んでいたら今私の隣で楽しそうに話すこの姿を見せてくれたのだろうか。それ以前にこの学校に入学することはなかったのでは。あの滝の絵を見たことで、私は清水がただの絵が好きな男の子ではなく天才と称される芸術家であることを理解してしまった。いつもなら考えるだけで抱くであろう自己嫌悪はこの雨で流されてしまったのか、ただ純粋に私は思ってしまう。

 

 

清水のキャンバスが真っ白のままでよかったって。

 

 

 

 




月曜日がやってくることに最近少し絶望するようになりました。
いつかこれに慣れてしまう日が来るのでしょうか。
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