女の臭いをシャワーで流しつつ、ジンは頭の中で、先ほど抱いた女の採点をしていた。
(あ~、そろそろ面倒くさくなってきたな)
結論から言えば、100点中35点といった感じだ。
顔は悪くないし、若いから身体も張りがある。胸も相応にあって、お尻の形も良かったのだが……とにかく、頭の中が空っぽ過ぎた。
何も考えていないというのではなく、機微に疎い。下手というわけではないけど、特別上手いわけでもない。
それでいて、妙に自己評価が高い。
正直、女としての身体以外に良い部分がまるで見当たらず、最初は良かったのだけど、3回、4回、抱いてくると、ちょっと飽きてきている。
小賢しい女は好きになれないが、バカすぎる女はそれ以上に悪い。正直なところ、ここらが捨て時かな……と、ジンは思っていた。
だから、ジンが考えている今後は二つ。
一つは、今日のところはこのまま笑顔でお別れして、そのまま適当な理由を作って連絡を絶つか。
あるいは、竜に渡して、ひと稼ぎしてからにするか……ジンとしてはどちらでも良かったのだが、どうしたものか。
竜に渡せば稼ぎにはなるけど、扱い方が雑というか、使い潰して金を稼ぐやつだから、間違いなく女は壊れるだろう。
しかし、短時間で稼ぐとしたら、竜に引き渡した方がはるかに楽だし、そういうのが上手い。
かといって、見た目だけは良いアイツを、このままバイバイしてお別れというのも、なんだかもったいない気がして……っと、そこまで考えた辺りで、ふと、ジンは水流から顔を外した。
(そういえば、アレの中身ってなんだったんだろうか?)
思い出すのは、路上で奇妙なモノを売っていた、あの少女のこと。
名前は知らないし、この寒さの中で平気な顔をしていたし、どこか脳がぶっこわれているのかってぐらい怖気づかないが、見た目だけはすこぶる良かった。
その服の下を見てやりたいという気持ちはあったけど、さすがにあんな人の往来がある場所で手を出すほど、イカレてはいない。
だから、今後の先行投資と好奇心も兼ねて、一つだけ『商品』とやらを購入したのだが。
ジンはそれを、車の助手席に置きっぱなしにしていた。
購入した時は中身がなんなのか気にはなっていたし、助手席に置いた時も気になっていたけど、身体だけの女から連絡が来て、すっかり忘れてしまっていた。
所詮、その程度の興味でしかなかったわけなのだが……とはいえ、思い出した以上は、気になってしまう。
手早く洗い終えてから、浴室を出る。
途端、室内を漂う匂い……油の臭いというか、食材が焼ける臭いというか……そこまで認識した時点で、ジンはスッと真顔になった。
意識して感情を隠したまま……笑顔を浮かべて向かえば、キッチンで調理している女の後ろ姿があった。
「……あ、ジンくん、もうちょっと待ってね、夜食出来上がるから」
「うん、ありがとう」
勝手知ったると言わんばかりに人のエプロンを身に付けた女が、振り返って笑顔を見せる。
「ちょっと車に忘れ物をしたから、取りに行ってくるよ」
それを笑顔で返しながら、手早く着替える。
駐車場までの距離は短いが、寒いのでジャンパーを着る。
「こんな時間に?」
「思い出したら、気になっちゃってね。すぐ戻るよ」
首を傾げる女にそう答えたジンは、足早に玄関を出て……エレベーターのボタンを押した直後、大きな舌打ちをした。
いったい何故か……それは、あの女がもう彼女面でいるからだ。
人のエプロンを使うのも、勝手に冷蔵庫を開けるのも、キッチンを使うのも、もうあの女の中では聞く必要もない事だと思っている。
ジンからしたら、たかが3,4回セックスをしただけの間柄だ。それを、あの女はまるでとても高価なモノを渡したと思っている。
そういう女の考えが、ジンはことさら嫌いであった。
もはや、嫌悪を通り越して、殴らないだけマシだと思っているぐらいに。
大して貞操観念もない女が、他人の手垢だらけの女が、何を純情ぶっているのか。
いっちょまえに自分と同じ立ち位置に居る……そういう内心が空けて見えてしまうたび、ジンは苛立ってしまう自分が腹立たしかった。
その点、竜のやつは己よりよほど『女』というモノを見限っている。
己はまだ、女に対してどこか幻想というか理想を持っているから苛立ってしまうが、竜のやつは心底見下している。
だからこそ、壊して荒稼ぎすることには何も感じていないし、稼ぎが悪かったらその女に躾をするぐらい……ん?
(そういえば、あいつ……取り立てるとか言っていたな?)
そこまで考えたあたりで、ふと、脳裏を過ったあの時の事に、ジンは目を瞬かせた。
取り立てるとは言っても、あの少女はとてもではないが荒事に精通しているようには見えなかった。
バックに、裏の人たちが控えているようにも見えなかった。
そういうやつはそもそもあんな無意味に目立つような事はしないし、逆に、裏の者が止めに来るような……だからこそ、今更ながらに気になってくる。
あの少女は、どうしてあそこまで淡々と、それでいて平然としていたのか。
単純に頭がおかしかっただけなら、それで終いなのだけど……自信があるという様子ではなく、ただこれから起こる事実を話しているだけ……そんな口調だったのが、どうにも引っ掛かってならなかった。
……時期が時期だからか、1階エレベーターホールも、外にも、人の気配が無く、明かりの届かないところはとにかく静かだった。
駐車場まで歩いて行っても他人の気配が無いし、車の走る音も……そうして、小走りに自分の車へと向かったジンは、ライトを点けて……新聞紙に包まれたソレを見やった。
……特に、理由などはなかった。
強いて挙げるならば、家の中で開けるとあの女がうっとうしくなりそうと思っただけで、中身がゴミならそのまま捨てに行こうと──軽く、考えていたのだけど。
「……は?」
中から出て来た、黄金色の塊を見て……ジンは、しばしの間、ソレが何なのかをうまく認識出来なかった。
最初は、出来の良いメッキかナニカだと思った。
しかし、徐々に背筋を這い上がって来る悪寒に突き動かされるがまま、それを手に取って走り出し……明るいエレベーターホールへと戻って来たジンは、改めてソレを確認する。
「……おい」
仕事柄、貴金属に触ったことは幾度となくある。
ネックレス、指輪、ブローチ、趣味の悪い造形のソレから、とにかく札束を重ねないと買えない代物まで。
「おい」
だからこそ、分かってしまう。
これは、偽物じゃない。
たった1万円で売り出された、おそらく1000万円越えの、本物の……!
「おい!」
不安を誤魔化すために、声を出す。
でもそれは、自分でも分かるぐらい小さくて……衝動的に角を軽く噛めば、そこには歯形がくっきりと……っ!?
そこまで思考を巡らせた辺りで、ジンは反射的にポケットに入れていたスマホを取り出し──そこには、『23:58』の時刻が表示された。
「竜……竜っ!」
冷気などまるで感じない、それ以上の焦燥感に震える指先でタップし……今にも壁を殴りつけたいぐらいの焦りの中で、ようやく繋がった。
『おお、どうした?』
やかましい騒音がしたかと思えば遠ざかり、竜の声がはっきりと聞こえた。
「竜、おまえ今どこだ?」
『どこって、いつもの店だけど? なんか用? おまえも──』
「よく聞け、純金だった」
電波の先に居る竜の声を遮るように告げれば、一瞬ばかりの沈黙の後で『……なんの話だ?』という──ええい、くそ!
「おまえが今日、蹴り飛ばした女の子の話だ。あの店で俺が買ったやつ、中身が純金だった」
『は? 不用心にも程が──』
「1000万円を超えるサイズの純金だ。あのガキ、それを1万円でポンと売りやがった」
『……は?』
呆気に取られているのが声だけで……そんな竜に、ジンは両手でスマホを持って忠告する。
「逃げろ、竜。思っていたよりもはるかにヤバい。どんな理由を作ってもいいから、一人では逃げるな!」
『そ、そうは言っても、いったいど──』
そこで、通話が切れた。
「──もしもし? おい、竜!? 冗談じゃ──ひっ!?」
そして、再通話しようと画面を見やり……そこに表示された『0:00』の時刻を見て、ジンは絶句した。
……。
……。
…………ジンはまず、先ほど話していたとおり、竜が行きつけにしているいつもの店に電話を掛けた。
電話に出たオーナーは、『竜なら、さっきトイレに行ったぞ』と気にも留めていなかったが、様子を見に行くよう伝え……そこで、竜が姿を消しているのが確認された。
それから、竜が行きそうな場所へと片っ端から連絡を取り、竜を探すよう話をしたが……結果は、同じ。
竜は、どこにもいなかった。
当然、自宅にも。
金銭や資産はそのまま、忽然と姿を消した。
いつもの店のトイレから外へ出るには、どうしても大勢の人が居る店の中を通らなければならない。
なのに、誰も見ていない。
トイレまでの道は一本道で、入れ違いになることなんてないはずなのに……まるで、突然消えてしまったかのように、いなくなってしまった。
しばしの間、ジンは……少女が居た、あの道を通れなかったし、近くにも寄れなかった。
手に入れた純金も、捨てるに捨てられず、金庫に仕舞ったまま……けれども、1日、また1日経つたび、少しずつ恐怖が薄れ……疑問が湧いてくる。
いったい、アイツは何者なのか。
知りたい気持ちと、知らないままでいた方が幸せだという気持ちが揺れ動くのを感じながら……ジンは、その日も考えないよう努めるのであった。