ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話 作:お前の隣の後ろの斜め右
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冬が終わり、陽気な風が吹く春が来た。
植物や動物と同じように、農民も冒険者も、動き出す。
どこも活気に溢れていて、辺境の冒険者ギルドも例に漏れない。
鉄兜の隙間から差し込む陽光に、彼は目を細めた。
「依頼の帰りにトロールと鉢合わせちまってさ…」
「次はもっと稼ぐわよ!」
武器を自慢する声。宿代を計算するため息。受付嬢が紙を捌く音。
慣れ親しんだ喧騒を聞きながら、彼は開かれたギルドの扉をくぐった。
みしりみしり、と楢の床材が軋む。
目の部分だけを穿った鉄兜に豊かな髭。
小柄で四肢は丸太のように太い。
背中には大きな円盾。腰には無骨な斧。
鎧は革と鎖帷子で、胸には盾の前で斧と槌が交差した紋章が入っている。
「ドワーフ?」
誰かが呟く。
彼はギルド内へと足を進めた。
「只人ではないよね」
「職業は、戦士っぽいね」
新人達は顔を見合わせ、声をひそめて噂している。
「見かけだけは立派だな」
誰かの声がひびく。
ぎし、と椅子が鳴った。
「おい!」
声の主の仲間らしき、革鎧の男がたしなめる。
うわずった声に本人は気付いていない。
ドワーフが、ゆっくりと男達へ向き直った。
喧騒はそのままなのに、空気が張り詰め出す。
鉄兜の穴が、彼らをじっと捉えている。
「ひっ、」
どこかで悲鳴が上がったのと同時に、ドワーフは視線を外した。
鼻から大きく息を吐く。
鉄兜が彼の呼吸に合わせて、揺れる。
「お待ちの方、こちらへどうぞ!!」
受付嬢の通る声が響き、ドワーフは視線を彼女の方へ向けた。
張り詰めていた空気は、いつの間にか霧散していた。
「いらっしゃいませ、冒険者の登録ですか?」
受付嬢が笑顔で問いかける。
「ああ」
短く、低い声で応えた。
「それでは、冒険者記録用紙に記入をお願いします」
文字の読み書きはできますか?、と受付嬢が続ける。
「問題ない」
紙を受け取り、スラスラと用紙に文字を書く姿を横目に、受付嬢は間の長い瞬きをした。
彼女の瞳孔は、澱みのなく動くドワーフの筆先を捉えて、ほんの少し見開かれた。
ドワーフの筆が止まる。
「ここでは、ドワーフは珍しいのだろうか?」
書き終えた紙を差し出しながら、問いかけた。
「やけに注目される」
声色に困惑が混ざっていた。
周りを見渡すと、たしかに熟練者、新参者問わず、こちらの様子をちらちらと伺っている。
「あぁー」
頬をかきながら、曖昧に笑う。
「少なくはないのですが」
世の中には、言うべき言葉と言わなくても良い言葉がある。
今彼女の脳裏に浮かんだのは圧倒的に後者だ。
「あはは、何でですかね」
受付嬢の眉が笑うたびに下がって行く。
「いや、そうだな。分かった」
受付嬢の表情から察したのか、ドワーフはすんなり引き下がった。
「気を使わせた、すまない。手続きを続けてくれ」
「いえ、こちらこそ」
受付嬢は軽く頭を下げて、身分証を用意する。
先ほどよりも丁寧な手付きで、作業を進めていく。
そして、冒険者の身分証明ともなる、白磁色の等級証を手渡す。
「では」
(種族ドワーフ、年齢百歳、職業は戦士、登録名はーーー)
心の中で、確認と応援の意味を込めて、読み上げていく。
「今後の活躍をお祈りしています。『盾鉱人』さん」
鉄兜の奥から琥珀色の瞳がこちらを捉えた。
「ああ、これからよろしく頼む」
低いまま、けれど、少しだけ親しみを込めた声で返事をする。
受付嬢は背を向けた盾鉱人を見送る。
彼女の目線には気付かないまま、鉄兜が掲示板の前で言い争う新人冒険者へと、向けられた。
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「俺も、その依頼に入れてくれ」
後ろからかけられた声に振り向くと、鉄兜の奥の視線と目が合う。
「お前は、」
青年戦士は言葉に詰まった。
目の前のドワーフは、彼と同じように新人冒険者として登録していた、戦士だ。
彼は、かなり目立っていた。
入り口でのゴタゴタは青年戦士だけでなく、熟練者たちでさえ気にしていたし、その後の対応も様になっていた。
冒険者記録用紙もスラスラと書いていたし、教養もあるかもしれない。
『差がついているみたいで面白くない』
何となく、目の前のドワーフの事を気に入らないのは、言葉にすれば短い理由だった。
表情にも出ていたのか、幼馴染が代わりに前へ出る。
「貴方は、誰、?」
彼女の舌が回らず、語尾が崩れる。
「俺は、あんたらと同じ新人冒険者だ。盾鉱人と登録した」
盾鉱人は、首から白磁色の等級証を引き上げる。
「頭目はあんたか?」
ぐるりと一党を見渡して、青年戦士へと兜が向く。
頭目と思われたのが、認められたようで嬉しくて、少し胸を張った。
「ああ、そうだよ」
声が抜けるのをなんとか抑えた。
「この一党は、装甲が薄い」
ちら、と青年戦士の剣と腕を見る。
「だから、盾役はいらないか。奇跡も2度使える」
盾鉱人の言葉に青年戦士の体が少し揺れた。
金が無くて盾を買えなかった、とは言えない。
「奇跡……」
二人以外の声に全員の目線がそちらへ向く。
「あっ、ごめんなさい」
少女が顔を赤らめて、口を押さえた。
わざとではないようで、肩をすぼめて床を見ている。
「あんたも、奇跡を?」
顎をかきながら盾鉱人が問いかけた。
「はい。地母神様に仕える神官ですから」
火照った顔で女神官がはにかむ。
「なるほど。俺は鍛冶神様を信仰している」
神官ではないがな、と盾鉱人は付け足した。
女神官は目を逸らして、上を向く。
「鍛冶神様ですか。北方の神様、でしたよね」
うなずいた盾鉱人の目線に青年戦士が割り込んだ。
「盾役は、いらない」
「俺は戦士だし、こいつも武闘家だ」
親指で自分と後ろにいる幼馴染を交互に指す。
「俺たちだけでやれる」
盾鉱人がぴくりと反応する。盾の縁が光を反射して鈍く光った。
「奇跡も彼女が使えるし、遠距離は魔術師がいる」
突然の指名に慌てる女神官と、次に黙ったままの女魔術師を横目で見た。
「俺にも、考えはある」
「この四人で完璧だ。だから」
「彼がいると、助かるんだけど」
女魔術師が言葉を遮る。
言いかけた青年戦士は、無理やり口を閉じて、振り返った。
「術メインで近接が不安だから、護衛がいる方が安心して術を行使できるの」
青年戦士の無言の抗議は、負けん気の強い視線に押し返される。
「それに奇跡が使えるなら、後衛としても動けるでしょ?」
エメラルド色の瞳が盾鉱人を射抜く。
「うむ。まあ、やれないことはない」
盾鉱人が応える。
「前衛でも、後衛でも、どちらにも回れる人員なんて、そうそう居ないわよ」
魔術師が、青年戦士に向き直った。
「ここで彼を逃すなんてどうかしてる」
魔術師の視線は真っ直ぐに彼を射抜いている。
「頭目なら、自分だけじゃなくて周りのことも考えて頂戴」
ふい、と目線を横に逸らした。
「私も、盾鉱人さんがいてくれた方が助かります」
おずおずと女神官も手を挙げる。
「奇跡はいくつあっても困りませんし、戦い慣れてそうな方の知恵は、お借りしたいです」
盾鉱人の、修繕跡のある鎧と使い込まれた斧を一瞥して、青年戦士を見た。
彼の顔がへの字に曲がり、次に段々と眉尻が下がって行く。
何かを言おうとして、また口を閉じる。
幼馴染の顔をチラリとみて、武闘家は逡巡する。
ぎりり、と聞こえたのは彼の歯軋りだろうか。
「ちょ、ちょっとあなた達、!」
言い返すために武闘家が声を出したのと同時だった。
「分かった」
不満を多分に含んだ声で、青年戦士は言葉を絞り出す。
青年戦士は女神官と魔術師を見る。不安そうな顔でこちらを見つめている。
武闘家とは、目を合わせられなかった。
唇に、犬歯が食い込む。
「でも、お前は護衛だ。前衛は俺とこいつでやる」
諸々を飲み込んだ、苦い顔で盾鉱人に向き直る。
無意識に握り込んだ拳が白く変色している。
「……承知した。よろしく頼む」
軽く下げられた盾鉱人の頭を一瞥して、青年戦士は出入り口へと向かう。
足早に出て行った背中を武闘家が追いかける。
「よろしく」
盾鉱人の前を通る際に、睨みながら、けれど軽く会釈をしながら通り過ぎていった。
「村の男の子も、あんな感じだったかしら」
魔術師がため息をついた。
「とにかく、ここまでしたんだから失望させないでよね」
盾鉱人へと微笑を浮かべて、彼女も出入り口へと向かう。
「承知した」
魔術師の背中に短く応じて、盾鉱人は最後に残った女神官に目線を移した。
「行きましょう、盾鉱人さん。彼らも多分、悪い人じゃないんです。あぶれていた私を誘ってくれましたし、ただ何か、焦っているような」
彼女は杖を握りしめながら、けれど少し安心したような面持ちで、こちらを見た。
「焦り、か」
盾鉱人は自分の手のひらに視線を落とす。
深いしわと、ところどころに小さな傷跡が散見できる。
彼の生きた「百年」がそこに刻まれていた。
ドワーフ換算なら「百年」などまだまだ若輩者。口のワルい職人からは小僧扱いされることもある。
けれど彼ら只人の「百年」はその一生を使い切るほどの歳月だという。
拳を、握る。
「行こう」
歩き出した女神官の後に続いて、ギルドの扉を、ゆっくりと潜る。
春の陽光が、兜の隙間から照らしてきた。
前を行く四人は、細く、危うい。
特に青年戦士は、必要以上の「責任」を背負っている。
(ゴブリン退治だったか)
今回の依頼は、村を襲った小鬼退治。
熟練者なら鼻で笑って一蹴するようなものだが、彼らにとっては初めての冒険だ。
盾鉱人は腰の斧鞘を確かめ、背中の円盾を微調整した。
彼の中に流れる、鍛冶神の加護が、静かに熱を帯びる。
「若輩者ゆえ、上手くはできないが」
鉄兜の奥で、琥珀色の瞳が眩しそうに細められた。
春の風に髭を揺らしながら、盾鉱人は若者達の後を追う。
(鍛冶神様、我等に勇気の加護を)
彼の願いに応えるように、風が背中を押した。