ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話 作:お前の隣の後ろの斜め右
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こつこつ、と蜘蛛人が木製の扉を叩いた。
ノックの音が、通路に反響する。
「どうぞ」
中から、澄んでいて、片言ではない返事が聞こえてきた。
(女の人……?)
魔術師がいぶかしむ間に、蜘蛛人がゆっくりと扉を開ける。
扉の留め具がきしんで、細く高い音を出す。
扉の先が、松明の光で照らされた。
「冒険者ヲつれテ来た」
簡易的なテーブルと椅子。不思議なデザインの絨毯に、整頓された本など。
使い古してはいるが、手入れは欠かしていないであろう家具が、いくつか並んでいた。
「ありがとう」
椅子から人影が立ち上がり、こちらを向いた。
白いローブのような身体。黒く大きい瞳。細く華奢な手脚。
そして、ふわり、と動く触角。
白い、蛾の蟲人がこちらを見つめている。
彼女は椅子から2歩歩いて、頭を下げた。
翅から鱗粉が舞う。
「突然、お連れしてごめんなさい」
「何か粗相はありませんでしたか?」
蛾の蟲人は、流暢な共通語で、盾鉱人と魔術師を見比べた。
盾鉱人は魔術師を一瞥する。
魔術師も、こちらを見ていた。
「……いや、大丈夫だ」
盾鉱人が返事をして、魔術師も頷いた。
「少し無理やりだったけど」
魔術師のつぶやきを、蛾の蟲人は拾ったようで、少しだけ固まって、蜘蛛の蟲人を睨みつけた。
また、鱗粉が舞った。
「本当にごめんなさい」
「怪我はしてないかしら。術の類は使えないけど、薬はあるの」
頭を下げるたびに、柔らかな触角が、ふわりふわり、と動く。
植物が混ざり合ったような、良い匂いが、鼻をくすぐる。
「ちゃんと説明しなさいと、私は言いましたよ」
「オレは、説明しヨウとした」
「デも、あいツがツッパしるカラ、警戒サれタ」
蜘蛛の蟲人は盾鉱人たちの後ろを脚で指した。
盾鉱人達は、何の気もなく、後ろを向く。
「お、オレのセいジャないゾ」
「薬のにオイがシタカラ、ミにいっタだけ」
小さな人影は、びくり、と、体を震わせた。
身長は魔術師の腰ほどで、黒いボロボロの外套を纏っている。
外套の腰にはランタンが飾られており、それ以外にも平鍋やシャベルなど、ガラクタがぶら下げられていた。
「むシロ、クロムし達を追イ払っタかラ、オレの方が役ニたった」
キリリリ、と翅と思しき部分が震えて音を出した。
特徴は蟋蟀に似ている。
「良いの、本当に。気にしてないから」
魔術師が毒気を抜かれた顔で、手を振った。
口の端に苦笑いが浮かぶ。
「それで、何故俺たちを呼んだ」
目の端で、小競り合いをし出した蜘蛛と蟋蟀を留めながら、盾鉱人は蛾の蟲人に問いかける。
椅子を勧められたが、丁寧に断った。
少しだけ、彼女の触角が振動した。
「そう、ですね。無理に連れてきたのですから、本題を話さなくては」
蛾の蟲人は、胸の前で華奢な手を組んだ。
手の中には、地母神の聖印が握られている。
「貴方がたには、私達の仲間の治療、もしくはモンスターの討伐を依頼したいのです」
「……治療?」
盾鉱人がいぶかしげにうなる。
蛾の蟲人は静かに頷くと、立ち上がった。
部屋の奥に見えるカーテンに歩み寄り、「開けますよ」とカーテンの向こう側の誰かに話しかけた。
獣の唸り声のような、低い返事が聞こえると、彼女はそっとカーテンを引いた。
「彼は、大百足の蟲人です。私達の戦士であり、大切な家族」
松明の光が届かない部屋の奥、ベッドに巨体が横たわっていた。
全身が赤黒く、節に分たれた硬質の外殻と無数の鋭い棘。
只人など簡単に貫けそうな、太く鋭い尻尾。
顎が特に発達しており、それが顔全体の雰囲気を、攻撃的に印象付けている。
蟲としての特徴は強いが筋骨隆々で、彼女の言葉通り、戦士として生きてきた年月を感じさせられた。
彼は寝ながら、こちらを向いた。
魔術師を、漆黒のような瞳が捉えた。
魔術師が小さく息をのみ、一歩引く。
「彼の治療か」
盾鉱人は、かばうように身体を捩じ込み、真正面から視線を返した。
大百足の蟲人の、触角が垂れる。
少しだけ、盾鉱人は肩の力を抜く。
「はい。一言で言えば毒の治療なのですが、普通の毒では無さそうなのです」
普通の毒程度なら私の薬で治せます、と彼女は付け足す。
盾鉱人は視線だけで続きを促した。
魔術師が、盾鉱人のとなりに並ぶ。
「彼は私たちの中でも一番、強い」
「狩りも警護も、危険な仕事は全て引き受けてくれていたのです」
病気や毒にも耐性があったので、と蛾の蟲人はベッドに近寄ると、大百足の蟲人を支えて起こす。
大百足が痛そうに唸る。
「しかし、先日、彼は大怪我をした状態で帰ってきました」
簡易的な上着をまくり上げ、大百足の蟲人は脇腹を見せた。静かに包帯を取る。
黒光りする外殻が一部だけ割れており、そこから放射状にヒビが走っている。
亀裂の中心には細長い長方形の傷が二つ並んで、その周りは紫色に変色していた。
傷自体は塞がりかけているが何かに噛まれた、痛々しい傷だった。
「白い巨大鼠に噛まれたそうです」
盾鉱人が顎に手を当て、魔術師の眉に皺が寄る。
顎をカチカチと鳴らしながら、大百足の蟲人が忌々しく呟いた。
「アんナの見タ事ナイ。片目は潰したガ、油断しまシタ」
盾鉱人はベッドに近づく。後ろに魔術師が続いた。
「俺も少し心得がある。傷を見せてくれ」
言いながら、盾を背中に背負った。両手が自由になる。
大百足の蟲人に近付き、傷の周りに、触れた。
冷たく、硬質だが、その下には生命の鼓動が感じられる。
「薬は使ったのか」
「ええ。塗り薬と飲み薬を」
蛾の蟲人はコートの腰から、瓶を二つ、取り出した。
彼女に許可をとってから、蓋を外して、匂いを嗅ぐ。
「……良い腕の薬師だ。貴女は」
全ては分からなかったが、幾つかの薬草は匂いから連想できた。
材料確保の難しい場所なのに、適切な治療がされている。素晴らしいことだ。
蛾の蟲人は、静かに頭を下げた。
「《解毒》の術は使おう。けれど」
効くかは分からん、と盾鉱人は言葉を続けた。
《解毒》の術は毒の状態異常なら問答無用で治す。けれど今回は、時間が経ちすぎている。
全身に毒が回っていれば、司祭レベルの熟練度でなければ根本的な治療はできないだろう。
盾鉱人では、治せるか分からない。
「依頼料を貰う」
盾鉱人は立ち上がって、蛾の蟲人に向き直った。
彼女は目線を返してくる。
「当然です。おいくらでしょうか」
盾鉱人が口を開きかける。
「ちょット待テ」
全員の視線が声の方向に向く。
蜘蛛の蟲人が、こつこつと脚で地面を叩いていた。
「治ルカどうカ分カラないノニ、金ナぞ払エるか」
平坦な声色で、彼は身体を震わせる。
盾鉱人の視界の端で、蛾の蟲人が、小さくため息を吐くのが見える。
「依頼料は払います」
「……オイ」
言葉を遮った蛾の蟲人と、出鼻をくじかれた蜘蛛の蟲人。
何処かで見たようなやり取りに、盾鉱人達の顔に苦笑いが浮かぶ。
部屋の隅に移動して、話し合う二人の背中を見つめていると、大百足の蟲人が話しかけてきた。
「スマない。アイツも悪イ奴じゃナいンダ」
鉄兜と魔術帽子が彼に向く。
「タだ、舐められないヨウにする癖がツイテいるラしくテ」
彼の触覚が動く。
「蜘蛛の蟲人って、もっと穏やかなイメージがあったわ」
「彼ハ、スラム街生活が長かッタかラ」
部屋の隅から「最初にふっかけるのは常識」など「誠意が無い」など、誰が何を言っているか分かってしまう言葉が聴こえてきた。
「仲が良いんだな」
彼らの周りをぐるぐる徘徊し出した蟋蟀の蟲人を見つめて、盾鉱人は呟く。
強靭な顎から、ふふっ、と穏やかな声が漏れる。
「アぁ、小サナ頃カラ皆一緒ダ」
大百足の蟲人が彼等に向く。
「さっきカラ気にナッテいた」
「君達ハ、どうナンダ?」
仲間ナノカ、と大百足の蟲人が訊いてきた。
二人は顔を見合わせる。
「仲間よ」
「一応な」
盾鉱人を魔術師が睨んだ。
「一応?」
「いや違うぞ、そうじゃない」
大百足の蟲人は二人のやりとりを、興味深く見つめていたが、やがて強靭な顎をカタカタと揺らした。それが彼なりの「笑い」であることは不思議と盾鉱人達に伝わった。
「ナるほど、俺たチと似タようなモノだ」
彼はそのままベッドに倒れ込み、天井のシミ模様を見つめる。
「背中を預けラレル仲間ガイル。それが一番、強イ」
部屋の隅から、話し合いを終えた二人が戻ってくる。
蛾の蟲人は凛とした姿勢でこちらに歩いているが、蜘蛛の蟲人は何処か不貞腐れている。
「お待たせしました。彼も納得しました。治療をお願いします」
依頼料もお支払いします、と蛾の蟲人は続けた。
蜘蛛の蟲人の足元を蟋蟀の蟲人が駆け回る。
鬱陶しそうに脚で追い払うが、蟋蟀の蟲人は楽しそうに、キリリリと翅を鳴らす。
「依頼成立だ。まずは治療から始める」
頷きながら、片手を胸の前で祈るように、握る。
魔術師が1歩下がった。
「お願いします」
蛾の蟲人の言葉に、盾鉱人は目線だけで返事を返した。
いつのまにか、彼女の後ろに蜘蛛と蟋蟀の蟲人も並んでいる。
「『鍛冶神よ、これより我が彼の者の病を癒す様を見るが良い』《解毒》」《キュア》
傷と、盾鉱人の手が鈍く光った。
傷から、変色が引いていく。
大百足の蟲人は確認するように、傷を触った。
「術は施した、が」
「では、彼は」
蛾の蟲人が感激したように、声を漏らした。
「感覚ガ鈍イ」
大百足の蟲人は呟く。
彼女は固まる。盾鉱人は頷いた。
「原因は取り除いたが、身体に回った毒はそのままだ」
薬で大分治療されているが、と付け足す。
「無理ハデきなイ、とイウコトか」
「動き回ると、噛まれた傷が開く場合もある」
場に沈黙が訪れる。
「ありがとうございます」
「報酬と依頼料は」
コートから何かを取り出そうとする蛾の蟲人を、盾鉱人が手で制した。
「それなんだが、「アレ」を、貸して、くれないか」
盾鉱人は、蟋蟀の蟲人に指を向ける。
呆けた顔で彼が自分を指す。
「俺カ?」
「いや違う。腰の角灯だ」
ああ、と皆が息を吐いた。
「俺と違って、彼女は暗視が効かないんだ」
「でも大事なものなんだろう?だから、使い終わったら返す」
蜘蛛の蟲人が身体を揺らした。
「依頼ガ終わっタンなラ、後は帰ルだけダ」
言外に取り上げるな、と彼は言う。
魔術師は帽子を深く被った。
「いや」
盾鉱人が彼に向いた。
「まだ「白い鼠」が残ってる」
盾鉱人は不敵に笑う。
魔術師も帽子の下で、静かに笑った。
「私達の元々の依頼は、『巨大鼠退治』だもの」
「このままじゃ、ギルドに帰れないわ」
盾鉱人は盾を左手に移動させて、帯を確かめる。
「そのために、皆に協力してもらいたい」
それが今の治療の報酬だ、と皆の顔を見回す。
蟲人たちは、顔を見合わせた。
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「巣穴は、分かっているのです」
「西区下水ノ北側ダ」
場所を特定するために、罠を張ろうとしていた盾鉱人に、蛾と大百足の蟲人が言った。
「なら何故倒しに行かない」
「逃ゲ道が多すギル」
「アと、セマイ」
「なら誘き寄せれば良いだろう」
「オレ達は警戒サレテ、誘いにノッテ来ナい」
蜘蛛の蟲人がため息を吐いた。
「アノ大百足のバカが、狩りすギタんダ」
盾鉱人は大百足の蟲人を見た。
彼は大きな身体を縮こませた。
「一時期、奴ラノ脂が必要だっタンだ」
「デモ、ヤリ過ぎだ」
蟋蟀の蟲人も同調する。
「薬の調合に必要だったんです。少量ながらも地上に流通させていて、当時、大量に注文が入りました」
「残っタ脂は、本や革製品ノ防腐、防水に使ッタ」
蛾の蟲人の援護射撃に乗じて、大百足は蜘蛛を上目遣いで見詰めた。
「ケドお前、灯り作リにハマって、燃料トシても確保シテたじゃねえか」
俺ラ全員暗視でキルダロ、と蜘蛛は続ける。
「あレは、……スマない」
何か言いたそうにしていた大百足は口を紡いだ。
それを見ていた蜘蛛も、バツが悪そうに頭を掻いた。
魔術師は入り口付近に、やけに灯りがかけられていたことを思い出す。
(蟋蟀の蟲人の角灯も、そういうことかしら)
彼女は、自身の腰に付く、角灯を眺めた。
静かに表面を撫でる。
「まあ、あれだ」
盾鉱人に全員の目線が向く。
「火の光は蟲や鼠も嫌がる。生活圏に奴らが入ってこないのは、そのおかげかもしれんぞ」
思わぬ場所からのフォローに、大百足は少し面食らうと、小さく笑った。
「ホラ見ろ。静カに寝レルのは俺ノオかげダゾ」
「ソンナわけアるか。お前モ甘やカスな」
騒がしくなってきた蟲人達を宥めて、巣穴まで案内してもらったのが少し前。
道案内ができる、と蟋蟀の蟲人と蜘蛛の蟲人に付いていった先で、大黒蟲が出てきた時の魔術師は、少し可哀想なくらい青褪めていた。
「コッチだ」
先行する蟋蟀と大黒蟲に、蜘蛛、魔術師、盾鉱人、と続く。
蟋蟀の蟲人は、大黒蟲を含めた蟲達と、翅を震わせることで、簡単な意思疎通ができる。
今、彼らを案内しているのは、実質、大黒蟲だ。
「こノ先に居ル」
通路の分かれ道、それなりに開けた所で蟋蟀の蟲人は止まった。
盾鉱人は、全員いることを確認する。
大黒蟲もカウントしようとして一瞬迷ったが、四人と一匹、と数えることで折り合いをつけた。
「まずは、ここにおびき寄せるぞ」
彼らは頷く。
囮が、盾鉱人。分断が、蜘蛛の蟲人。撹乱が、蟋蟀の蟲人。
そしてとどめが、魔術師と全員。
「俺ラの狩りト、似てル」
「分かりヤスクテ、助かル」
蜘蛛と蟋蟀が頷きあった。
囮ととどめを、大百足が担当するだけで、彼等が戦闘する時も同じような陣形らしい。
「毒の攻撃はなるべく俺が防ぐ。が、各自でも気をつけろ」
解毒薬はあるにはあるが、と腰のポーチを叩く。
出発する前に、蛾の蟲人から解毒薬を貰っている。
即座に治療するが、副作用がひどく、弱った者には使えないらしい。
「一回だけ、です」
健康な盾鉱人達が使っても、一回で許容量に達する。
強靭とはいえ、弱っている大百足には使えなかったらしく、人数分より1本多めに貰った。
「帰ってきたら、死ぬ気で治します」
だからここに必ず帰ってきて、と蛾の蟲人は決意を込めた顔で言っていた。
「被弾は最小限。無理そうならすぐ逃げる」
言いながら、各々の顔を見る。
魔術師は深く頷いた。
蟋蟀と蜘蛛の二人は、かちり、と顎を鳴らした。
盾鉱人は盾を構えて、通路に歩みを進める。
後ろに蜘蛛の蟲人が、音を立てずに続いた。
「気をつけて」
蟋蟀と残った魔術師が、不安そうに声をかける。盾鉱人は手を軽く上げて応えた。
二人は無言で、通路を進む。
盾鉱人が歩みを緩めた。
「獣臭イ。いルゾ」
少し進んだところで、蜘蛛が呟く。
盾鉱人は思わずしゃがんだ。
白い毛並みに、長い尻尾。不気味に光る黒い瞳。
そして、左目を鋭い何かで潰されたような、傷。
「あいつだ」
盾鉱人が呟くと、蜘蛛の蟲人は肩を叩いて、静かに暗闇に紛れた。
ここからは、盾鉱人の仕事だ。
盾鉱人は、短く、静かに息を吐いた。
投稿頻度、一週間に一話くらいのペースに落ち着くかもしれません。