ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話   作:お前の隣の後ろの斜め右

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今回、戦闘なしですが、普段より長めです。


第十話 蟲人

 

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 こつこつ、と蜘蛛人が木製の扉を叩いた。

 ノックの音が、通路に反響する。

「どうぞ」

 中から、澄んでいて、片言ではない返事が聞こえてきた。

(女の人……?)

 魔術師がいぶかしむ間に、蜘蛛人がゆっくりと扉を開ける。

 扉の留め具がきしんで、細く高い音を出す。

 扉の先が、松明の光で照らされた。

「冒険者ヲつれテ来た」

 簡易的なテーブルと椅子。不思議なデザインの絨毯に、整頓された本など。

 使い古してはいるが、手入れは欠かしていないであろう家具が、いくつか並んでいた。

「ありがとう」

 椅子から人影が立ち上がり、こちらを向いた。

 白いローブのような身体。黒く大きい瞳。細く華奢な手脚。

 そして、ふわり、と動く触角。

 白い、蛾の蟲人がこちらを見つめている。

 彼女は椅子から2歩歩いて、頭を下げた。

 翅から鱗粉が舞う。

「突然、お連れしてごめんなさい」

「何か粗相はありませんでしたか?」

 蛾の蟲人は、流暢な共通語で、盾鉱人と魔術師を見比べた。

 盾鉱人は魔術師を一瞥する。

 魔術師も、こちらを見ていた。

「……いや、大丈夫だ」

 盾鉱人が返事をして、魔術師も頷いた。

「少し無理やりだったけど」

 魔術師のつぶやきを、蛾の蟲人は拾ったようで、少しだけ固まって、蜘蛛の蟲人を睨みつけた。

 また、鱗粉が舞った。

「本当にごめんなさい」

「怪我はしてないかしら。術の類は使えないけど、薬はあるの」

 頭を下げるたびに、柔らかな触角が、ふわりふわり、と動く。

 植物が混ざり合ったような、良い匂いが、鼻をくすぐる。

「ちゃんと説明しなさいと、私は言いましたよ」

「オレは、説明しヨウとした」

「デも、あいツがツッパしるカラ、警戒サれタ」

 蜘蛛の蟲人は盾鉱人たちの後ろを脚で指した。

 盾鉱人達は、何の気もなく、後ろを向く。

「お、オレのセいジャないゾ」

「薬のにオイがシタカラ、ミにいっタだけ」 

 小さな人影は、びくり、と、体を震わせた。

 身長は魔術師の腰ほどで、黒いボロボロの外套を纏っている。

 外套の腰にはランタンが飾られており、それ以外にも平鍋やシャベルなど、ガラクタがぶら下げられていた。

「むシロ、クロムし達を追イ払っタかラ、オレの方が役ニたった」

 キリリリ、と翅と思しき部分が震えて音を出した。

 特徴は蟋蟀に似ている。

「良いの、本当に。気にしてないから」

 魔術師が毒気を抜かれた顔で、手を振った。

 口の端に苦笑いが浮かぶ。

「それで、何故俺たちを呼んだ」

 目の端で、小競り合いをし出した蜘蛛と蟋蟀を留めながら、盾鉱人は蛾の蟲人に問いかける。

 椅子を勧められたが、丁寧に断った。

 少しだけ、彼女の触角が振動した。

「そう、ですね。無理に連れてきたのですから、本題を話さなくては」

 蛾の蟲人は、胸の前で華奢な手を組んだ。

 手の中には、地母神の聖印が握られている。

「貴方がたには、私達の仲間の治療、もしくはモンスターの討伐を依頼したいのです」

「……治療?」

 盾鉱人がいぶかしげにうなる。

 蛾の蟲人は静かに頷くと、立ち上がった。

 部屋の奥に見えるカーテンに歩み寄り、「開けますよ」とカーテンの向こう側の誰かに話しかけた。

 獣の唸り声のような、低い返事が聞こえると、彼女はそっとカーテンを引いた。

「彼は、大百足の蟲人です。私達の戦士であり、大切な家族」

 松明の光が届かない部屋の奥、ベッドに巨体が横たわっていた。

 全身が赤黒く、節に分たれた硬質の外殻と無数の鋭い棘。

 只人など簡単に貫けそうな、太く鋭い尻尾。

 顎が特に発達しており、それが顔全体の雰囲気を、攻撃的に印象付けている。

 蟲としての特徴は強いが筋骨隆々で、彼女の言葉通り、戦士として生きてきた年月を感じさせられた。

 彼は寝ながら、こちらを向いた。

 魔術師を、漆黒のような瞳が捉えた。

 魔術師が小さく息をのみ、一歩引く。

「彼の治療か」

 盾鉱人は、かばうように身体を捩じ込み、真正面から視線を返した。

 大百足の蟲人の、触角が垂れる。

 少しだけ、盾鉱人は肩の力を抜く。

「はい。一言で言えば毒の治療なのですが、普通の毒では無さそうなのです」

 普通の毒程度なら私の薬で治せます、と彼女は付け足す。

 盾鉱人は視線だけで続きを促した。

 魔術師が、盾鉱人のとなりに並ぶ。

「彼は私たちの中でも一番、強い」

「狩りも警護も、危険な仕事は全て引き受けてくれていたのです」

 病気や毒にも耐性があったので、と蛾の蟲人はベッドに近寄ると、大百足の蟲人を支えて起こす。

 大百足が痛そうに唸る。

「しかし、先日、彼は大怪我をした状態で帰ってきました」

 簡易的な上着をまくり上げ、大百足の蟲人は脇腹を見せた。静かに包帯を取る。

 黒光りする外殻が一部だけ割れており、そこから放射状にヒビが走っている。

 亀裂の中心には細長い長方形の傷が二つ並んで、その周りは紫色に変色していた。

 傷自体は塞がりかけているが何かに噛まれた、痛々しい傷だった。

「白い巨大鼠に噛まれたそうです」

 盾鉱人が顎に手を当て、魔術師の眉に皺が寄る。

 顎をカチカチと鳴らしながら、大百足の蟲人が忌々しく呟いた。

「アんナの見タ事ナイ。片目は潰したガ、油断しまシタ」

 盾鉱人はベッドに近づく。後ろに魔術師が続いた。

「俺も少し心得がある。傷を見せてくれ」

 言いながら、盾を背中に背負った。両手が自由になる。

 大百足の蟲人に近付き、傷の周りに、触れた。

 冷たく、硬質だが、その下には生命の鼓動が感じられる。

「薬は使ったのか」

「ええ。塗り薬と飲み薬を」

 蛾の蟲人はコートの腰から、瓶を二つ、取り出した。

 彼女に許可をとってから、蓋を外して、匂いを嗅ぐ。

「……良い腕の薬師だ。貴女は」

 全ては分からなかったが、幾つかの薬草は匂いから連想できた。

 材料確保の難しい場所なのに、適切な治療がされている。素晴らしいことだ。

 蛾の蟲人は、静かに頭を下げた。

「《解毒》の術は使おう。けれど」

 効くかは分からん、と盾鉱人は言葉を続けた。

 《解毒》の術は毒の状態異常なら問答無用で治す。けれど今回は、時間が経ちすぎている。

 全身に毒が回っていれば、司祭レベルの熟練度でなければ根本的な治療はできないだろう。

 盾鉱人では、治せるか分からない。

「依頼料を貰う」

 盾鉱人は立ち上がって、蛾の蟲人に向き直った。

 彼女は目線を返してくる。

「当然です。おいくらでしょうか」

 盾鉱人が口を開きかける。

「ちょット待テ」

 全員の視線が声の方向に向く。

 蜘蛛の蟲人が、こつこつと脚で地面を叩いていた。

「治ルカどうカ分カラないノニ、金ナぞ払エるか」

 平坦な声色で、彼は身体を震わせる。

 盾鉱人の視界の端で、蛾の蟲人が、小さくため息を吐くのが見える。

「依頼料は払います」

「……オイ」

 言葉を遮った蛾の蟲人と、出鼻をくじかれた蜘蛛の蟲人。

 何処かで見たようなやり取りに、盾鉱人達の顔に苦笑いが浮かぶ。

 部屋の隅に移動して、話し合う二人の背中を見つめていると、大百足の蟲人が話しかけてきた。

「スマない。アイツも悪イ奴じゃナいンダ」

 鉄兜と魔術帽子が彼に向く。

「タだ、舐められないヨウにする癖がツイテいるラしくテ」

 彼の触覚が動く。

「蜘蛛の蟲人って、もっと穏やかなイメージがあったわ」

「彼ハ、スラム街生活が長かッタかラ」

 部屋の隅から「最初にふっかけるのは常識」など「誠意が無い」など、誰が何を言っているか分かってしまう言葉が聴こえてきた。

「仲が良いんだな」

 彼らの周りをぐるぐる徘徊し出した蟋蟀の蟲人を見つめて、盾鉱人は呟く。

 強靭な顎から、ふふっ、と穏やかな声が漏れる。

「アぁ、小サナ頃カラ皆一緒ダ」

 大百足の蟲人が彼等に向く。

「さっきカラ気にナッテいた」

「君達ハ、どうナンダ?」 

 仲間ナノカ、と大百足の蟲人が訊いてきた。

 二人は顔を見合わせる。

「仲間よ」

「一応な」

 盾鉱人を魔術師が睨んだ。

「一応?」

「いや違うぞ、そうじゃない」

 大百足の蟲人は二人のやりとりを、興味深く見つめていたが、やがて強靭な顎をカタカタと揺らした。それが彼なりの「笑い」であることは不思議と盾鉱人達に伝わった。

「ナるほど、俺たチと似タようなモノだ」

 彼はそのままベッドに倒れ込み、天井のシミ模様を見つめる。

「背中を預けラレル仲間ガイル。それが一番、強イ」

 部屋の隅から、話し合いを終えた二人が戻ってくる。 

 蛾の蟲人は凛とした姿勢でこちらに歩いているが、蜘蛛の蟲人は何処か不貞腐れている。

「お待たせしました。彼も納得しました。治療をお願いします」

 依頼料もお支払いします、と蛾の蟲人は続けた。 

 蜘蛛の蟲人の足元を蟋蟀の蟲人が駆け回る。

 鬱陶しそうに脚で追い払うが、蟋蟀の蟲人は楽しそうに、キリリリと翅を鳴らす。

「依頼成立だ。まずは治療から始める」

 頷きながら、片手を胸の前で祈るように、握る。

 魔術師が1歩下がった。

「お願いします」

 蛾の蟲人の言葉に、盾鉱人は目線だけで返事を返した。

 いつのまにか、彼女の後ろに蜘蛛と蟋蟀の蟲人も並んでいる。

「『鍛冶神よ、これより我が彼の者の病を癒す様を見るが良い』《解毒》」《キュア》

 傷と、盾鉱人の手が鈍く光った。

 傷から、変色が引いていく。

 大百足の蟲人は確認するように、傷を触った。

「術は施した、が」

「では、彼は」

 蛾の蟲人が感激したように、声を漏らした。

「感覚ガ鈍イ」

 大百足の蟲人は呟く。

 彼女は固まる。盾鉱人は頷いた。

「原因は取り除いたが、身体に回った毒はそのままだ」

 薬で大分治療されているが、と付け足す。

「無理ハデきなイ、とイウコトか」

「動き回ると、噛まれた傷が開く場合もある」

 場に沈黙が訪れる。

「ありがとうございます」

「報酬と依頼料は」

 コートから何かを取り出そうとする蛾の蟲人を、盾鉱人が手で制した。

「それなんだが、「アレ」を、貸して、くれないか」

 盾鉱人は、蟋蟀の蟲人に指を向ける。

 呆けた顔で彼が自分を指す。

「俺カ?」

「いや違う。腰の角灯だ」

 ああ、と皆が息を吐いた。

「俺と違って、彼女は暗視が効かないんだ」

「でも大事なものなんだろう?だから、使い終わったら返す」

 蜘蛛の蟲人が身体を揺らした。

「依頼ガ終わっタンなラ、後は帰ルだけダ」

 言外に取り上げるな、と彼は言う。

 魔術師は帽子を深く被った。

「いや」

 盾鉱人が彼に向いた。

「まだ「白い鼠」が残ってる」

 盾鉱人は不敵に笑う。

 魔術師も帽子の下で、静かに笑った。

「私達の元々の依頼は、『巨大鼠退治』だもの」

「このままじゃ、ギルドに帰れないわ」

 盾鉱人は盾を左手に移動させて、帯を確かめる。

「そのために、皆に協力してもらいたい」

 それが今の治療の報酬だ、と皆の顔を見回す。

 蟲人たちは、顔を見合わせた。

 

           1

 

「巣穴は、分かっているのです」

「西区下水ノ北側ダ」

 場所を特定するために、罠を張ろうとしていた盾鉱人に、蛾と大百足の蟲人が言った。

「なら何故倒しに行かない」

「逃ゲ道が多すギル」

「アと、セマイ」

「なら誘き寄せれば良いだろう」

「オレ達は警戒サレテ、誘いにノッテ来ナい」 

 蜘蛛の蟲人がため息を吐いた。

「アノ大百足のバカが、狩りすギタんダ」

 盾鉱人は大百足の蟲人を見た。

 彼は大きな身体を縮こませた。

「一時期、奴ラノ脂が必要だっタンだ」

「デモ、ヤリ過ぎだ」

 蟋蟀の蟲人も同調する。

「薬の調合に必要だったんです。少量ながらも地上に流通させていて、当時、大量に注文が入りました」

「残っタ脂は、本や革製品ノ防腐、防水に使ッタ」

 蛾の蟲人の援護射撃に乗じて、大百足は蜘蛛を上目遣いで見詰めた。

「ケドお前、灯り作リにハマって、燃料トシても確保シテたじゃねえか」

 俺ラ全員暗視でキルダロ、と蜘蛛は続ける。

「あレは、……スマない」

 何か言いたそうにしていた大百足は口を紡いだ。

 それを見ていた蜘蛛も、バツが悪そうに頭を掻いた。

 魔術師は入り口付近に、やけに灯りがかけられていたことを思い出す。

(蟋蟀の蟲人の角灯も、そういうことかしら)

 彼女は、自身の腰に付く、角灯を眺めた。

 静かに表面を撫でる。

「まあ、あれだ」

 盾鉱人に全員の目線が向く。

「火の光は蟲や鼠も嫌がる。生活圏に奴らが入ってこないのは、そのおかげかもしれんぞ」

 思わぬ場所からのフォローに、大百足は少し面食らうと、小さく笑った。

「ホラ見ろ。静カに寝レルのは俺ノオかげダゾ」

「ソンナわけアるか。お前モ甘やカスな」

 騒がしくなってきた蟲人達を宥めて、巣穴まで案内してもらったのが少し前。

 道案内ができる、と蟋蟀の蟲人と蜘蛛の蟲人に付いていった先で、大黒蟲が出てきた時の魔術師は、少し可哀想なくらい青褪めていた。

「コッチだ」

 先行する蟋蟀と大黒蟲に、蜘蛛、魔術師、盾鉱人、と続く。

 蟋蟀の蟲人は、大黒蟲を含めた蟲達と、翅を震わせることで、簡単な意思疎通ができる。

 今、彼らを案内しているのは、実質、大黒蟲だ。

「こノ先に居ル」

 通路の分かれ道、それなりに開けた所で蟋蟀の蟲人は止まった。

 盾鉱人は、全員いることを確認する。

 大黒蟲もカウントしようとして一瞬迷ったが、四人と一匹、と数えることで折り合いをつけた。

「まずは、ここにおびき寄せるぞ」

 彼らは頷く。

 囮が、盾鉱人。分断が、蜘蛛の蟲人。撹乱が、蟋蟀の蟲人。

 そしてとどめが、魔術師と全員。

「俺ラの狩りト、似てル」

「分かりヤスクテ、助かル」

 蜘蛛と蟋蟀が頷きあった。

 囮ととどめを、大百足が担当するだけで、彼等が戦闘する時も同じような陣形らしい。

「毒の攻撃はなるべく俺が防ぐ。が、各自でも気をつけろ」

 解毒薬はあるにはあるが、と腰のポーチを叩く。

 出発する前に、蛾の蟲人から解毒薬を貰っている。

 即座に治療するが、副作用がひどく、弱った者には使えないらしい。

「一回だけ、です」

 健康な盾鉱人達が使っても、一回で許容量に達する。

 強靭とはいえ、弱っている大百足には使えなかったらしく、人数分より1本多めに貰った。

「帰ってきたら、死ぬ気で治します」

 だからここに必ず帰ってきて、と蛾の蟲人は決意を込めた顔で言っていた。

「被弾は最小限。無理そうならすぐ逃げる」

 言いながら、各々の顔を見る。

 魔術師は深く頷いた。

 蟋蟀と蜘蛛の二人は、かちり、と顎を鳴らした。

 盾鉱人は盾を構えて、通路に歩みを進める。

 後ろに蜘蛛の蟲人が、音を立てずに続いた。

「気をつけて」

 蟋蟀と残った魔術師が、不安そうに声をかける。盾鉱人は手を軽く上げて応えた。

 二人は無言で、通路を進む。

 盾鉱人が歩みを緩めた。

「獣臭イ。いルゾ」

 少し進んだところで、蜘蛛が呟く。

 盾鉱人は思わずしゃがんだ。

 白い毛並みに、長い尻尾。不気味に光る黒い瞳。

 そして、左目を鋭い何かで潰されたような、傷。

「あいつだ」

 盾鉱人が呟くと、蜘蛛の蟲人は肩を叩いて、静かに暗闇に紛れた。

 ここからは、盾鉱人の仕事だ。

 盾鉱人は、短く、静かに息を吐いた。




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