ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話   作:お前の隣の後ろの斜め右

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書けたので投稿します。
追記 6/13 少し修正しました。


第十一話 群れ

 

         0

 

 足元を小さな蟲が通った。

 こつこつ、と遠くから何かが跳ね返る音が聞こえる。

 盾鉱人は「白い鼠」の、左側へ移動した。

 物陰から、ゆっくりと顔を覗かせる。

(やはり、いるか)

 白く、しかし不潔な毛並みの鼠に加えて、通常の巨大鼠が、数体、やつを守るように徘徊している。

 変異種の白い鼠だけでも厄介なのに、それに加えて通常の個体も相手取るのは避けたい。

 盾鉱人は、ゆっくりと立ち上がった。

 盾を構えて、一度、咳き払いをした。

 白い鼠を含めた複数体がこちらを向く。

 彼らの瞳が、暗視の中であやしく光った。 

 白い鼠が鋭い鳴き声をあげて、突撃してくる。

 盾鉱人は、踵を返して、全速力で通路を駆け戻った。

「釣れたぞ‼︎」

 叫びながら、足元の細い糸を飛び越える。

 通路の奥、鼠達のいた方で、こつん、と一際強く、音が響いた。

 にわかに、向こう側が騒がしくなってくる。

 キリリリ、と翅を震わせる音が聞こえて来た。

「集まレ」

 大黒蟲達が一斉に動き出す。

 蟋蟀が天井に張り付いており、彼の右手には、潰された卵の殻が握られている。

 匂いと彼の声に釣られた大黒蟲達が、地面に撒かれた卵の中身に群がっていた。

「とにかく、鼠の注意を惹いてくれ」

 集まる大黒蟲を眺めて、蟋蟀は先ほどの盾鉱人の言葉を思い出す。

「一、ニ、三……とニかク沢山来タ」

 蟋蟀は、背中の短槍を撫でた。

 盾鉱人が走る通路も、大黒蟲は通り道にしており、何事かと振り返った鼠達が、列から抜け出す。

 白い鼠も釣られて後ろを振り返ったので、足元の糸は完全に意識から外れていた。

 ぷちん、と軽い音が聞こえて、球のようなものが飛んでくる。

 残った鼠の身体や壁にぶつかると、中から粉末状のものが飛び散った。

「蜘蛛印の、爆弾ダ」

 蜘蛛の蟲人が、笑いを隠すように呟く。

 次の瞬間、粉末のかかった鼠達が、もがき出す。

 目と鼻からは、涙を流しており、何処が前で何処が後ろかも分かっていないようだった。

「刺激、物か」

 広場に着いた盾鉱人が息を整えながら、辺りを見回す。

 魔術師、蟋蟀、それと通路の前で、笑う蜘蛛。

 また白い鼠が鋭く鳴くと、数匹の巨大鼠と共に、盾鉱人達の方向へ走ってくる。

 蜘蛛の蟲人は、白い鼠の退路を塞ぐように糸を放った。

 蜘蛛が素早く下がり、盾鉱人が盾を構える。

 粉末の煙の向こうから、白い鼠と二体の巨大鼠が姿を現した。

 苛つきに満ちた、黒い瞳と眼が合う。

 白い鼠は咄嗟に目を瞑ったらしく、ほぼダメージはない。

 けれど巨大鼠の方は、しきりに鼻をひくつかせている。

 鼻も眼も、未だに腫れている。

「数は、こっちが上だ」

 言葉が通じたわけではないだろうが、白い鼠が後ろを見た。

 漂う煙の奥、通路の中に巨大な蜘蛛の巣が貼られていた。

 鼠が舌打ちをした、ように感じる。

「さてーーー」

 盾鉱人が口を開いた瞬間、黒い何かが飛んできた。

「危ない‼︎」

 魔術師の声で、咄嗟に盾を滑り込ませた。

 鋼鉄同士が弾きあったような音が、響く。

(魔術?いや、)

 盾から、顔を覗かせる。

 黒い、蛇のような尻尾が、ゆらゆらと「白い鼠」から伸びていた。

 瞳から、苛つきの火の粉は消えていた。

 怒りの炎だけが、燃えている。

「怒らセタな」

 天井に張り付いた蜘蛛の蟲人が、他人事のように呟いた。

 

         1

 

 巨大鼠が飛びかかる。

 蜘蛛の蟲人は、最小限の動きで、躱わした。

 すれ違いざま、脚に装着されたピックで脇腹を刺す。 

 巨大鼠は短く悲鳴をあげて、蜘蛛を睨んだ。

 身体は傷だらけ、息も絶え絶えで、目の焦点すら定まっていない。

 蜘蛛はかちり、と顎を鳴らす。

 彼は口から糸の塊を吐いた。

 顔面に直撃し、巨大鼠は怯む。

 蜘蛛が足に力を込めて、跳んだ。

 もがく巨大鼠の頭に、体重を乗せて、ピックを突き刺した。

 抵抗なく突き刺さり、一度身体を震わせて、やがて力が抜けていく。

 蜘蛛は退屈そうに、息を吐いた。

「ソっちはドウだ」

 手伝うカ、と視線を後ろに向けた。

 視線の先では、蟋蟀が大黒蟲を使って、巨大鼠を翻弄していた。

 隣には杖を構えたままの魔術師が背を向けて、立っている。

「コイツら、食えナい?」

「カなリマずいゾ」

「じゃアイいヤ」

 いうが早いか、蟋蟀は飛び出した。

 彼の身体が、弾丸のように急加速する。気がつくと、巨大鼠の真横にいた。

 キリリリ、と翅を震わせる。

 取り囲んでいた数匹の大黒蟲が、ザワザワと活気付く。

 蟋蟀は一番深い傷に向けて、両脚で、蹴りを放った。

 傷から嫌な音がする。

 身体をくの字に曲げて、巨大鼠は横向きに倒れた。

 口から血反吐を吐く。

 もう一度、キリリリ、と翅を鳴らしながら、蟋蟀は近付く。

 背中から短槍を取り出しながら迫る姿は、「魔王」のようだった。

「食ッてイいゾ」

 大黒蟲に齧られる前に、槍を頭に突き刺したのは、せめてもの慈悲だろう。

「アイつガ、一番怖イ」

 蟋蟀の羽織る外套がはためくのを眺めながら、蜘蛛の蟲人は地母神の聖印を握り締めた。

 蛾の蟲人に教えられた、祈りの言葉を頭の中で繰り返す。

 巨大鼠を食べる大黒蟲と、それを眺める蟋蟀から目を逸らして、魔術師の隣に、飛んだ。 

「オい、順調か」

 わざと軽い口調で、魔術師に話しかける。

 軽く視線を送られる。

「ええ。余裕よ」

 皮肉気に笑みを返され、視線を彼女の目線に沿わせる。

「……楽勝、カ」

 盾鉱人は尻尾の攻撃を、盾で受け止め、爪の攻撃を、左手の装甲でいなしている。

 けれど、攻撃に転じようにも、嫌なタイミングで、また尻尾の攻撃が飛んできて防御せざるを得ない。

 魔術師の存在にも気がついているのか、射線上に盾鉱人が入るように幾度も配置を変えている。

 どちらにも決定打が無いまま、攻防が続いていた。

「時間かせぎ、されてる」

 通路を塞ぐ蜘蛛の巣が、少し歪んだ。

 魔術師は唸った。

 どう攻めれば良いか、どう位置取れば良いか。彼女は、脳裏で打開策を殴り書きして、また一から作り直す。

(状況を変えられるのは、私だけ)

 目の前で、また鼠に射線を塞がれた。

 魔術師は奥歯を噛み締める。

 盾鉱人は、自分の役割を全うしている。

 蟋蟀だって、隣の蜘蛛だって。

 仕事は完了して、援護に来る余裕まである。

 なのに、自分は杖を構えて立っているだけだ。 

「私が、やらないと」

 思わず口の端から溢れた呟きは、蜘蛛の耳にも聞こえたようだった。

「一つ、ヒントを教エテやる」

「アイツラが群レテる理由は、何だと思ウ?」

 こつこつ、と脚を鳴らして、ゆっくりと蜘蛛は歩き出す。

「援護すル」

 天井に張り付くと、蜘蛛は蟋蟀に向けて糸を吐いた。

 足元に着弾して、注意が向いたことを確認すると、首だけで盾鉱人を指した。

 蟋蟀はジェスチャーで謝罪すると、短槍を抜いて、急いで白い鼠に向かう。

(群れてる理由?)

 家族だから。同種だから。他に行くところがないから。

 蜘蛛の援護と、蟋蟀の大黒蟲が加わり、戦闘はさらに激しくなる。

(私達に置き換えたら?)

 成り行き。一緒に冒険を乗り越えたから。役に立つから。

 魔術師は頭を振る。

(違う。もっと、)

 蜘蛛が糸を吐く。

 ギリギリまで引きつけて、白い鼠が跳躍して回避する。

 盾鉱人に当たりそうになるのを、蟋蟀が大黒蟲を操作して、庇った。

「スマん!!」

 盾鉱人は、肩をすくめて返す。

 鼠が、大黒蟲を一匹潰した。

 盾鉱人ではなく、蜘蛛の蟲人でもなく、蟋蟀の蟲人でもない。

 一番弱い、大黒蟲を。

(もっと、原始的な——-)

          2

 

 盾鉱人は、尻尾の攻撃を大きく弾いた。

 盾が大きくズレて、その隙を白い鼠の爪が、縫う。

 盾鉱人に爪が届く前に、大黒蟲が体当たりをぶつけた。

 鼠の体勢が大きく崩れる。

 蜘蛛が口から糸を吐く。

 けれど、白い鼠は崩れる勢いに身を任せて、そのまま大きく横転した。 

 糸を回避しながら一回転して、正姿勢に戻る。

 跳躍して、魔術師との射線に盾鉱人を挟む。

「巧い」

「伊達ニ変異種ヤッてナいね」

 軽口を叩きながら、盾鉱人は構え直す。

 先ほど視界に少し捉えた、魔術師を思い浮かべる。

 相変わらず眉間に皺は寄っていたものの、理知的な顔付きに戻っていた。

(焦っても、状況は変わらん)

 余計な心配は、斧を鈍らせるだけ。目の前の敵に集中する。

 ぐちゃっ、と粘着質な何かが潰れる音。

 顔を上げると、大黒蟲数匹に囲まれていた筈の白い鼠が、最後の一匹を潰した後だった。

「……チッ」

 蜘蛛が糸を吐く。

 糸に紛れて、小型のピックを投げ付ける。

 白い鼠は、糸を視界に捉えると、わざと当たる位置に移動した。

 蜘蛛は低く唸った。

 糸が、身体を滑り、地面に張り付く。

 ピックが地面に刺さる。鼠の耳から、薄く赤い線が伸びる。

 不潔な白い毛並みを、大黒蟲の黄色い体液が滴り落ちた。

「大黒蟲ノ体液デ、粘着を殺シた」

「そのうち、魔術でも使いそうだ」

「大黒蟲、モうアんマりイない‼︎」

 蟋蟀の叫びに、盾鉱人は斧を握り直した。

(さて、正念場だな)

「盾鉱人‼︎」

 魔術師の声に、首だけで振り返る。

 迷いに揺れる瞳で、不安を隠し切れなくて。

 けれど彼女は、歪に、不敵に笑っている。

「三秒後‼︎」

 視線を、正面に戻す。

 自然と頬が緩んだ。

「承知した」

 盾鉱人は盾を構えた。

 無理やり、踏み込んで、脚を狙う。

(一)

 鼠は前足を浮かせて避けると、戻る勢いのまま、頭突きをかましてくる。

 盾でガードした。

 衝撃が盾を貫通して、腹に響く。

(ニ)

 地面を削って、少し後ろに下がらされる。 

 鼠が追撃してくるが、蜘蛛のピックと糸で、後ろに飛び退ける。

 飛び退く直前、尻尾で掠めるように盾鉱人を、狙って来た。

 横に体を投げ出すことで、なんとか避ける。

(三)

 受け身をとって、すぐさま盾鉱人は体勢を立て直した。

 鼠の着地の瞬間を狙って、蟋蟀が短槍で刺す。 しかし、尻尾でいなされた。

 受け流しながら、蟋蟀に攻撃しようとする。

 盾鉱人は手投げ斧を投げつけた。

 右目に飛んできた斧を、尻尾ではたき落とした。

「白い鼠」の注意が、魔術師から、外れる。

「ーーー《射出》‼︎」《ラディウス》

 彼女の杖から、軌跡をえがいて、一直線に《火矢》が射出された。

 力を持った真言が、松明よりも明るく、下水を照らす。

 光が、盾鉱人達の顔を映し出した。

 カラコロ、と何処かで賽の目が転がる。

 重の目、あるいは、蛇の目。

 白い鼠の黒い瞳は、確かに薄く笑っていた。

 光が、下水の壁に当たって、霧散した。

 ーーー外れた。

 彼が言葉を喋るなら、そう零しただろう。

 鼠は即座に姿勢を反転。魔術師を睨み、足に力を込めた。

「いいえ」

 力を解放する直前、帽子で表情が隠れた魔術師が、小さく呟いた。

「外した、のよ」 

 白い鼠が地面を蹴る。

 その瞬間、

「陽動だ」

 振りかぶった盾鉱人が、斧を、右目めがけて、横向きに、振り抜く。

 斧が目を切り裂いた。

「〜〜‼︎」

 声にならない叫び声を上げて、鼠は顔を上げる。

「今‼︎」

 すかさず、蟋蟀が飛び出す。

 短槍を、尻尾の根元に投げる。

 避けることもできずに、槍は深く突き刺さった。

 蟋蟀は勢いのまま、飛び蹴りを放つ。

「今度ハ、避けラレなイ」

 蹴りで突き刺さった槍を、押し込んだ。

 無理やり、尻尾が千切れる。

「〜〜〜‼︎、‼︎」

 白い鼠は痛みで、暴れ出す。

 上から、蜘蛛の糸が射出される。

「手間をカけサセるナ」

 蜘蛛がかちり、と顎を鳴らす。

 巨体が地面に貼り付けられた。

「貴方達が群れる理由、分かったわ」 

「できない事は他の誰かにやって貰えば良い」

「そうでしょ?」

 彼女はスリングを腰から外した。

 そのまま石弾を取り出し装填。狙いを付ける。

 頭蓋の一番硬いところ目掛けて、弾を飛ばす。

 命中して、少し血は流れたが、トドメにはならない。

「まあ無理よね」

 魔術師はシニカルに笑う。

「あとは任せた」

 皮肉気だが、前向きな笑顔で、スリングを腰に戻す。

「承知シタ」

 彼女の後ろに、赤い長身の影が降ってきた。

 赤黒い身体を、軽鎧に包み、両手には爪が一本だけの鉤爪。

 大百足の蟲人は、長い尻尾をゆらりと揺らして、強靭な顎を、がちり、と鳴らした。

「手ハ抜かン」

 瞬間的な加速で白い鼠に迫る。

 踏みつけられた煉瓦に、ヒビが入る。

 刹那、鼠の近くにいた蜘蛛は気付いた。

(前足ノ拘束が緩イ)

 僅かに、鼠の前脚が動く。

(意図的ニ、ヅラされタ?)

 背中に戦慄が走る前に、蜘蛛は声を上げた。

「待テ‼︎」

 しかし、大百足は止まらない。

 止まる必要性が無いとでも言うように、加速していった。

 白い鼠の近くに寄り、尻尾でトドメを加えようとする。

 そして、ぐったりしていた筈身体が、跳ね起きた。

 目は潰された。

 尻尾は千切られた。

 爪もボロボロで満身創痍だ。

 それでも。

 牙は残っている。

 大百足を殺しかけた凶悪な、毒牙が。

 糸を千切り、文字通り最後の力で、「白い鼠」は大百足に飛びかかった。

 顎門を開けて、襲いかかる。

「……オマエの負けダ」

 引き伸ばされた時間感覚の中、大百足はつぶやく。

「受ケ入レろ」

 両手を突き出す。

 手を配置を、左右ではなく、上下に。

 迫り来る毒牙を、右手で掴む。

 顎が閉じないように、左手で固定した。

 口を強制的に開かせたまま、尻尾を、口内から頭に向けて、突き刺す。

 ずぐり、と奥に捩じ込む。

 突き刺して、抜く。

 白い鼠は、最後まで、潰れた目に炎を灯していた。

「スマなイ。遅くナッタ」

「元々呼ンデない」

「トドメだけ持っテッた」

 鼠の体液を振り落として、大百足の蟲人が歩み寄ってくる。

 蜘蛛と蟋蟀は口こそ悪いものの、顔には喜色が浮かんでいた。

「貴方、手怪我してるじゃない!!」

 小走りで走り寄って来た魔術師が、大百足の手を見て、叫んだ。

「あア、問題ナイ」

 傷付いた手のひらを開いたり閉じたりする。

 毒の紫と血の赤が混じって、ドス黒い色を作り出していた。

「問題ないって、毒はどうするのよ!!」

「克服シた」

 だカラ問題ない、と怪我した方の手で、拳を突き出して来た。

 呆けた顔の魔術師は、蜘蛛の蟲人を見る。

 無言で首を振られた。

 困惑した表情で、蟋蟀の蟲人を見る。

「強イダろ、俺らの戦士ハ」

 なぜか胸を張られた。

「埒が開かない……!!」

 蛾の蟲人のところで治療してもらおうと、腕を掴もうとする。

 横から、人型の手に止められた。

「大丈夫だ」

 手を目で追った先にいたのは、盾鉱人だった。

「それに、いざとなれば薬もある」

 目の高さで薬を揺らす。

 眉からシワが取れ出した魔術師の肩を、盾鉱人は軽く叩く。

「よくやった」

「お前が動かなければ勝てなかった」

 魔術師は数度、瞬きをする。

 そして、苦情混じりに歯を見せて、笑った。

「当然、でしょ」

 泥だらけで、疲労の色も濃いが、笑った。

 盾鉱人は深く、深く、頷く。

「俺らの、勝ちだ」

 遠くで誰かが、松明に火を灯した。




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