ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話 作:お前の隣の後ろの斜め右
追記 6/13 少し修正しました。
0
足元を小さな蟲が通った。
こつこつ、と遠くから何かが跳ね返る音が聞こえる。
盾鉱人は「白い鼠」の、左側へ移動した。
物陰から、ゆっくりと顔を覗かせる。
(やはり、いるか)
白く、しかし不潔な毛並みの鼠に加えて、通常の巨大鼠が、数体、やつを守るように徘徊している。
変異種の白い鼠だけでも厄介なのに、それに加えて通常の個体も相手取るのは避けたい。
盾鉱人は、ゆっくりと立ち上がった。
盾を構えて、一度、咳き払いをした。
白い鼠を含めた複数体がこちらを向く。
彼らの瞳が、暗視の中であやしく光った。
白い鼠が鋭い鳴き声をあげて、突撃してくる。
盾鉱人は、踵を返して、全速力で通路を駆け戻った。
「釣れたぞ‼︎」
叫びながら、足元の細い糸を飛び越える。
通路の奥、鼠達のいた方で、こつん、と一際強く、音が響いた。
にわかに、向こう側が騒がしくなってくる。
キリリリ、と翅を震わせる音が聞こえて来た。
「集まレ」
大黒蟲達が一斉に動き出す。
蟋蟀が天井に張り付いており、彼の右手には、潰された卵の殻が握られている。
匂いと彼の声に釣られた大黒蟲達が、地面に撒かれた卵の中身に群がっていた。
「とにかく、鼠の注意を惹いてくれ」
集まる大黒蟲を眺めて、蟋蟀は先ほどの盾鉱人の言葉を思い出す。
「一、ニ、三……とニかク沢山来タ」
蟋蟀は、背中の短槍を撫でた。
盾鉱人が走る通路も、大黒蟲は通り道にしており、何事かと振り返った鼠達が、列から抜け出す。
白い鼠も釣られて後ろを振り返ったので、足元の糸は完全に意識から外れていた。
ぷちん、と軽い音が聞こえて、球のようなものが飛んでくる。
残った鼠の身体や壁にぶつかると、中から粉末状のものが飛び散った。
「蜘蛛印の、爆弾ダ」
蜘蛛の蟲人が、笑いを隠すように呟く。
次の瞬間、粉末のかかった鼠達が、もがき出す。
目と鼻からは、涙を流しており、何処が前で何処が後ろかも分かっていないようだった。
「刺激、物か」
広場に着いた盾鉱人が息を整えながら、辺りを見回す。
魔術師、蟋蟀、それと通路の前で、笑う蜘蛛。
また白い鼠が鋭く鳴くと、数匹の巨大鼠と共に、盾鉱人達の方向へ走ってくる。
蜘蛛の蟲人は、白い鼠の退路を塞ぐように糸を放った。
蜘蛛が素早く下がり、盾鉱人が盾を構える。
粉末の煙の向こうから、白い鼠と二体の巨大鼠が姿を現した。
苛つきに満ちた、黒い瞳と眼が合う。
白い鼠は咄嗟に目を瞑ったらしく、ほぼダメージはない。
けれど巨大鼠の方は、しきりに鼻をひくつかせている。
鼻も眼も、未だに腫れている。
「数は、こっちが上だ」
言葉が通じたわけではないだろうが、白い鼠が後ろを見た。
漂う煙の奥、通路の中に巨大な蜘蛛の巣が貼られていた。
鼠が舌打ちをした、ように感じる。
「さてーーー」
盾鉱人が口を開いた瞬間、黒い何かが飛んできた。
「危ない‼︎」
魔術師の声で、咄嗟に盾を滑り込ませた。
鋼鉄同士が弾きあったような音が、響く。
(魔術?いや、)
盾から、顔を覗かせる。
黒い、蛇のような尻尾が、ゆらゆらと「白い鼠」から伸びていた。
瞳から、苛つきの火の粉は消えていた。
怒りの炎だけが、燃えている。
「怒らセタな」
天井に張り付いた蜘蛛の蟲人が、他人事のように呟いた。
1
巨大鼠が飛びかかる。
蜘蛛の蟲人は、最小限の動きで、躱わした。
すれ違いざま、脚に装着されたピックで脇腹を刺す。
巨大鼠は短く悲鳴をあげて、蜘蛛を睨んだ。
身体は傷だらけ、息も絶え絶えで、目の焦点すら定まっていない。
蜘蛛はかちり、と顎を鳴らす。
彼は口から糸の塊を吐いた。
顔面に直撃し、巨大鼠は怯む。
蜘蛛が足に力を込めて、跳んだ。
もがく巨大鼠の頭に、体重を乗せて、ピックを突き刺した。
抵抗なく突き刺さり、一度身体を震わせて、やがて力が抜けていく。
蜘蛛は退屈そうに、息を吐いた。
「ソっちはドウだ」
手伝うカ、と視線を後ろに向けた。
視線の先では、蟋蟀が大黒蟲を使って、巨大鼠を翻弄していた。
隣には杖を構えたままの魔術師が背を向けて、立っている。
「コイツら、食えナい?」
「カなリマずいゾ」
「じゃアイいヤ」
いうが早いか、蟋蟀は飛び出した。
彼の身体が、弾丸のように急加速する。気がつくと、巨大鼠の真横にいた。
キリリリ、と翅を震わせる。
取り囲んでいた数匹の大黒蟲が、ザワザワと活気付く。
蟋蟀は一番深い傷に向けて、両脚で、蹴りを放った。
傷から嫌な音がする。
身体をくの字に曲げて、巨大鼠は横向きに倒れた。
口から血反吐を吐く。
もう一度、キリリリ、と翅を鳴らしながら、蟋蟀は近付く。
背中から短槍を取り出しながら迫る姿は、「魔王」のようだった。
「食ッてイいゾ」
大黒蟲に齧られる前に、槍を頭に突き刺したのは、せめてもの慈悲だろう。
「アイつガ、一番怖イ」
蟋蟀の羽織る外套がはためくのを眺めながら、蜘蛛の蟲人は地母神の聖印を握り締めた。
蛾の蟲人に教えられた、祈りの言葉を頭の中で繰り返す。
巨大鼠を食べる大黒蟲と、それを眺める蟋蟀から目を逸らして、魔術師の隣に、飛んだ。
「オい、順調か」
わざと軽い口調で、魔術師に話しかける。
軽く視線を送られる。
「ええ。余裕よ」
皮肉気に笑みを返され、視線を彼女の目線に沿わせる。
「……楽勝、カ」
盾鉱人は尻尾の攻撃を、盾で受け止め、爪の攻撃を、左手の装甲でいなしている。
けれど、攻撃に転じようにも、嫌なタイミングで、また尻尾の攻撃が飛んできて防御せざるを得ない。
魔術師の存在にも気がついているのか、射線上に盾鉱人が入るように幾度も配置を変えている。
どちらにも決定打が無いまま、攻防が続いていた。
「時間かせぎ、されてる」
通路を塞ぐ蜘蛛の巣が、少し歪んだ。
魔術師は唸った。
どう攻めれば良いか、どう位置取れば良いか。彼女は、脳裏で打開策を殴り書きして、また一から作り直す。
(状況を変えられるのは、私だけ)
目の前で、また鼠に射線を塞がれた。
魔術師は奥歯を噛み締める。
盾鉱人は、自分の役割を全うしている。
蟋蟀だって、隣の蜘蛛だって。
仕事は完了して、援護に来る余裕まである。
なのに、自分は杖を構えて立っているだけだ。
「私が、やらないと」
思わず口の端から溢れた呟きは、蜘蛛の耳にも聞こえたようだった。
「一つ、ヒントを教エテやる」
「アイツラが群レテる理由は、何だと思ウ?」
こつこつ、と脚を鳴らして、ゆっくりと蜘蛛は歩き出す。
「援護すル」
天井に張り付くと、蜘蛛は蟋蟀に向けて糸を吐いた。
足元に着弾して、注意が向いたことを確認すると、首だけで盾鉱人を指した。
蟋蟀はジェスチャーで謝罪すると、短槍を抜いて、急いで白い鼠に向かう。
(群れてる理由?)
家族だから。同種だから。他に行くところがないから。
蜘蛛の援護と、蟋蟀の大黒蟲が加わり、戦闘はさらに激しくなる。
(私達に置き換えたら?)
成り行き。一緒に冒険を乗り越えたから。役に立つから。
魔術師は頭を振る。
(違う。もっと、)
蜘蛛が糸を吐く。
ギリギリまで引きつけて、白い鼠が跳躍して回避する。
盾鉱人に当たりそうになるのを、蟋蟀が大黒蟲を操作して、庇った。
「スマん!!」
盾鉱人は、肩をすくめて返す。
鼠が、大黒蟲を一匹潰した。
盾鉱人ではなく、蜘蛛の蟲人でもなく、蟋蟀の蟲人でもない。
一番弱い、大黒蟲を。
(もっと、原始的な——-)
2
盾鉱人は、尻尾の攻撃を大きく弾いた。
盾が大きくズレて、その隙を白い鼠の爪が、縫う。
盾鉱人に爪が届く前に、大黒蟲が体当たりをぶつけた。
鼠の体勢が大きく崩れる。
蜘蛛が口から糸を吐く。
けれど、白い鼠は崩れる勢いに身を任せて、そのまま大きく横転した。
糸を回避しながら一回転して、正姿勢に戻る。
跳躍して、魔術師との射線に盾鉱人を挟む。
「巧い」
「伊達ニ変異種ヤッてナいね」
軽口を叩きながら、盾鉱人は構え直す。
先ほど視界に少し捉えた、魔術師を思い浮かべる。
相変わらず眉間に皺は寄っていたものの、理知的な顔付きに戻っていた。
(焦っても、状況は変わらん)
余計な心配は、斧を鈍らせるだけ。目の前の敵に集中する。
ぐちゃっ、と粘着質な何かが潰れる音。
顔を上げると、大黒蟲数匹に囲まれていた筈の白い鼠が、最後の一匹を潰した後だった。
「……チッ」
蜘蛛が糸を吐く。
糸に紛れて、小型のピックを投げ付ける。
白い鼠は、糸を視界に捉えると、わざと当たる位置に移動した。
蜘蛛は低く唸った。
糸が、身体を滑り、地面に張り付く。
ピックが地面に刺さる。鼠の耳から、薄く赤い線が伸びる。
不潔な白い毛並みを、大黒蟲の黄色い体液が滴り落ちた。
「大黒蟲ノ体液デ、粘着を殺シた」
「そのうち、魔術でも使いそうだ」
「大黒蟲、モうアんマりイない‼︎」
蟋蟀の叫びに、盾鉱人は斧を握り直した。
(さて、正念場だな)
「盾鉱人‼︎」
魔術師の声に、首だけで振り返る。
迷いに揺れる瞳で、不安を隠し切れなくて。
けれど彼女は、歪に、不敵に笑っている。
「三秒後‼︎」
視線を、正面に戻す。
自然と頬が緩んだ。
「承知した」
盾鉱人は盾を構えた。
無理やり、踏み込んで、脚を狙う。
(一)
鼠は前足を浮かせて避けると、戻る勢いのまま、頭突きをかましてくる。
盾でガードした。
衝撃が盾を貫通して、腹に響く。
(ニ)
地面を削って、少し後ろに下がらされる。
鼠が追撃してくるが、蜘蛛のピックと糸で、後ろに飛び退ける。
飛び退く直前、尻尾で掠めるように盾鉱人を、狙って来た。
横に体を投げ出すことで、なんとか避ける。
(三)
受け身をとって、すぐさま盾鉱人は体勢を立て直した。
鼠の着地の瞬間を狙って、蟋蟀が短槍で刺す。 しかし、尻尾でいなされた。
受け流しながら、蟋蟀に攻撃しようとする。
盾鉱人は手投げ斧を投げつけた。
右目に飛んできた斧を、尻尾ではたき落とした。
「白い鼠」の注意が、魔術師から、外れる。
「ーーー《射出》‼︎」《ラディウス》
彼女の杖から、軌跡をえがいて、一直線に《火矢》が射出された。
力を持った真言が、松明よりも明るく、下水を照らす。
光が、盾鉱人達の顔を映し出した。
カラコロ、と何処かで賽の目が転がる。
重の目、あるいは、蛇の目。
白い鼠の黒い瞳は、確かに薄く笑っていた。
光が、下水の壁に当たって、霧散した。
ーーー外れた。
彼が言葉を喋るなら、そう零しただろう。
鼠は即座に姿勢を反転。魔術師を睨み、足に力を込めた。
「いいえ」
力を解放する直前、帽子で表情が隠れた魔術師が、小さく呟いた。
「外した、のよ」
白い鼠が地面を蹴る。
その瞬間、
「陽動だ」
振りかぶった盾鉱人が、斧を、右目めがけて、横向きに、振り抜く。
斧が目を切り裂いた。
「〜〜‼︎」
声にならない叫び声を上げて、鼠は顔を上げる。
「今‼︎」
すかさず、蟋蟀が飛び出す。
短槍を、尻尾の根元に投げる。
避けることもできずに、槍は深く突き刺さった。
蟋蟀は勢いのまま、飛び蹴りを放つ。
「今度ハ、避けラレなイ」
蹴りで突き刺さった槍を、押し込んだ。
無理やり、尻尾が千切れる。
「〜〜〜‼︎、‼︎」
白い鼠は痛みで、暴れ出す。
上から、蜘蛛の糸が射出される。
「手間をカけサセるナ」
蜘蛛がかちり、と顎を鳴らす。
巨体が地面に貼り付けられた。
「貴方達が群れる理由、分かったわ」
「できない事は他の誰かにやって貰えば良い」
「そうでしょ?」
彼女はスリングを腰から外した。
そのまま石弾を取り出し装填。狙いを付ける。
頭蓋の一番硬いところ目掛けて、弾を飛ばす。
命中して、少し血は流れたが、トドメにはならない。
「まあ無理よね」
魔術師はシニカルに笑う。
「あとは任せた」
皮肉気だが、前向きな笑顔で、スリングを腰に戻す。
「承知シタ」
彼女の後ろに、赤い長身の影が降ってきた。
赤黒い身体を、軽鎧に包み、両手には爪が一本だけの鉤爪。
大百足の蟲人は、長い尻尾をゆらりと揺らして、強靭な顎を、がちり、と鳴らした。
「手ハ抜かン」
瞬間的な加速で白い鼠に迫る。
踏みつけられた煉瓦に、ヒビが入る。
刹那、鼠の近くにいた蜘蛛は気付いた。
(前足ノ拘束が緩イ)
僅かに、鼠の前脚が動く。
(意図的ニ、ヅラされタ?)
背中に戦慄が走る前に、蜘蛛は声を上げた。
「待テ‼︎」
しかし、大百足は止まらない。
止まる必要性が無いとでも言うように、加速していった。
白い鼠の近くに寄り、尻尾でトドメを加えようとする。
そして、ぐったりしていた筈身体が、跳ね起きた。
目は潰された。
尻尾は千切られた。
爪もボロボロで満身創痍だ。
それでも。
牙は残っている。
大百足を殺しかけた凶悪な、毒牙が。
糸を千切り、文字通り最後の力で、「白い鼠」は大百足に飛びかかった。
顎門を開けて、襲いかかる。
「……オマエの負けダ」
引き伸ばされた時間感覚の中、大百足はつぶやく。
「受ケ入レろ」
両手を突き出す。
手を配置を、左右ではなく、上下に。
迫り来る毒牙を、右手で掴む。
顎が閉じないように、左手で固定した。
口を強制的に開かせたまま、尻尾を、口内から頭に向けて、突き刺す。
ずぐり、と奥に捩じ込む。
突き刺して、抜く。
白い鼠は、最後まで、潰れた目に炎を灯していた。
「スマなイ。遅くナッタ」
「元々呼ンデない」
「トドメだけ持っテッた」
鼠の体液を振り落として、大百足の蟲人が歩み寄ってくる。
蜘蛛と蟋蟀は口こそ悪いものの、顔には喜色が浮かんでいた。
「貴方、手怪我してるじゃない!!」
小走りで走り寄って来た魔術師が、大百足の手を見て、叫んだ。
「あア、問題ナイ」
傷付いた手のひらを開いたり閉じたりする。
毒の紫と血の赤が混じって、ドス黒い色を作り出していた。
「問題ないって、毒はどうするのよ!!」
「克服シた」
だカラ問題ない、と怪我した方の手で、拳を突き出して来た。
呆けた顔の魔術師は、蜘蛛の蟲人を見る。
無言で首を振られた。
困惑した表情で、蟋蟀の蟲人を見る。
「強イダろ、俺らの戦士ハ」
なぜか胸を張られた。
「埒が開かない……!!」
蛾の蟲人のところで治療してもらおうと、腕を掴もうとする。
横から、人型の手に止められた。
「大丈夫だ」
手を目で追った先にいたのは、盾鉱人だった。
「それに、いざとなれば薬もある」
目の高さで薬を揺らす。
眉からシワが取れ出した魔術師の肩を、盾鉱人は軽く叩く。
「よくやった」
「お前が動かなければ勝てなかった」
魔術師は数度、瞬きをする。
そして、苦情混じりに歯を見せて、笑った。
「当然、でしょ」
泥だらけで、疲労の色も濃いが、笑った。
盾鉱人は深く、深く、頷く。
「俺らの、勝ちだ」
遠くで誰かが、松明に火を灯した。
タグの編集の仕方が分からない……。