ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話 作:お前の隣の後ろの斜め右
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「……理由、もうちょっと聞きたいんだけど」
魔術師が前を行く盾鉱人を呼ぶ。
鉄兜が彼女を向いて、前に戻った。
先ほどまでの豪雨は鳴りを潜め、雨は上がっている。
けれど、地面や草木に雨粒が残り、元より湿度が高いような、過ごしにくさが肌を包んでいた。
「一言で言えば、分からない、からだ」
盾鉱人の踏み込んだ地面が、ぬちり、と音を立てて泥を飛ばした。
コートの裾で泥を払いながら、魔術師が続きを視線で促す。
「ゴブリン共が罠を仕掛けることはある」
「だが、あんなに手の込んだ罠は使わん」
盾鉱人は麻袋の罠を思い出し、眉をひそめる。
「あれは、知力のある者を対象とした罠だ」
「ガラクタが詰まった袋を、持ち去ろうという者をな」
魔術師は両手で杖を握る。小さく、軋んだ音がした。
顔色が少しだけ、青ざめた。
「だが」
「ゴブリン共と争った形跡もあった」
盾鉱人は魔術師を振り返る。
「混沌勢力ならゴブリンとは争わん」
「盗賊や野盗でもない」
「奴らなら、こんな大通りから外れた場所に仕掛けない」
「俺たちを狙ったとしたら、あんな回りくどい真似はせん」
「雨宿り場所まで読めるなら、直接来る」
盾鉱人が言い切り、息を吸う。
魔術師は逆に息を吐いた。
「じゃあ、誰なの」
「分からん。だから確認だけ、する」
盾鉱人が、水たまりを踏み抜く。
湿った音で、泥は進行方向に飛び散り、草木を汚した。
魔術師は俯いた。
もし敵だった場合、今の自分は足手纏いだ。
杖とスリングだけで、遠距離しかできない。近付かれたら、脆い。
「……ねえ」
思ったより、張り詰めた声が出た。
すぐに鉄兜が魔術師に向けられる。
自分が役立たず、とはもう思わない。
思わないが、足りない部分がある。
そして、そこを補う仲間が少ないなら、自分は弱点となる。
「やっぱり帰りましょう」
魔術師は、しぼるように声をもらす。
盾鉱人は立ち止まって、彼女の顔をじっと見つめた。
「何故だ」
「……私が足手纏いだからよ」
鉄兜の奥から、琥珀の瞳が、彼女を捉えている。
自分では気付かない何かまで見透かされるようで、魔術師は目を逸らした。
「俺だけでは不安か」
「違う」
はじかれたように顔を上げた、鋭い目つきの魔術師を、盾鉱人は慌てて手で制した。
「いや、すまない。攻めるつもりは全くない」
「言葉選びが悪かった」
盾鉱人は髭を覆われた顎をかく。うなりながら視線を、空中に泳がせている。
「前にも言ったが、お前は周りをよく見ている」
「色々な事に気がつく」
「だから、自分の欠点にも気が付く」
盾鉱人は一度言葉を止めて、口の中で言葉を転がす。
鉄兜が、落ち着きなく動く。
「何というか、お前は自分で思うより頼りない奴じゃない」
「短所と一緒に長所もみろ」
翡翠色の瞳が一瞬見開かれて、すぐに元へ戻る。
魔術師の帽子が、力無く揺れた。
「でも、近接戦闘になれば私は」
「そのための俺じゃないのか」
盾鉱人の身体が、魔術師に向く。
一歩だけ、彼女は退いてしまった。
「今回の依頼で、薬草に気付いたのは誰だ?」
「足跡に気付いたのは?」
「下水で、蟋蟀の声に気付いたのは誰だ?」
「最初の冒険で女神官を助けたのは?」
盾鉱人は左手の盾帯を、握る。
魔術師は俯いて、胸の前で両手で杖を握った。
「俺だけなら見逃していた」
「だから組んでいる」
息を短く吸う。
「一人では、困る」
盾鉱人はもう一言足そうとして、口を閉じた。
じっと、魔術師の帽子を見つめている。
彼女の表情は、つばで隠れて見えなかった。
「それでも、というなら、やめよう」
「仲間の意思は尊重する」
盾鉱人は、どこまでも冷静で、魔術師が「帰ろう」と言えば、すぐに頷いてくれるだろう。
彼女は拳を握る。
「わ、たしは」
後に続く言葉は、喉の手前で止まった。
無理やり腹に落とし込んで、形が変わるのを、待つ。
胃が熱っぽいような気がして、少し気持ち悪くなった。
「私は」
意を決して、声を出した瞬間、
「ッ!!」
ガシャン、と金属が「噛み合った音」が聞こえてきた。
魔術師の肩が跳ねる。
盾鉱人は盾を咄嗟に構えた。
鉄兜と魔術帽子が、同じ方向を向く。
音が鳴ったのは、今から向かおうとしていた方角からだ。
「……今のって」
「ああ。罠が作動した音だ」
盾鉱人が盾をゆっくりと下ろしながら、魔術師を振り返った。
「状況が変わった」
「行くぞ」
盾鉱人は、盾帯を慣れた手つきで、左腕に固定した。彼女はその姿にどこか安心感を覚えた。覚えてしまった。
ここで決断しなくて良い安堵、のような気がして、眉をひそめる。
俯いて、口を真一文字に結んだ彼女へ、盾鉱人は何か言いたげに身体を揺らしたが、すぐに短く息を吐いた。
「急ごう」
盾鉱人が首だけで、魔術師を促した。
前を歩き出した盾鉱人に頷いて、魔術師は同じように歩き出す。
革のブーツの下で、泥が空気を含む。一歩踏み込むと、泥の泡が弾けた。
辺りに強い土の匂いが、ただよった。
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盾鉱人は茂みの中、姿勢を低くする。
すぐ後ろで、魔術師が唾をのんだ。
手で静止の合図をして、盾鉱人だけ、前に進む。
罠の作動音はこの先から聞こえて来て、今は誰かの話し声も聞こえる。それも一人二人ではない。
草木を陰にして、慎重に進む。
自身の顎にまで迫る高さの草木を掻き分ける。隠れられそうな木の影で、しゃがんだ。
女性2、男性3。
どこかで聞いたことがあるような声で、「やはり冒険者か」と心の中でつぶやく。
「……誰?」
朗々と話していた女の声が、一気に緊張感を帯びる。
盾鉱人は背筋が冷えた。
(この距離で気付かれた?)
近くに寄っていたとはいえ、遠目から見ても気付かれないであろう距離だ。
自分ではないかもしれない、と息を殺して木の影で固まる。
「そこの木の影に隠れている奴。出て来なさい」
盾鉱人が隠れていた木に、矢が刺さった。
木の影から、少し後方の魔術師と目が合う。
強張る魔術師に、小さく頷いて、木から少しだけ顔を出す。
盾鉱人は息を吐いた。それから、のっそりと立ち上がって、両手を上げる。
「今からそっちに行く。打つな」
「先に武器を投げろ」
先ほどの女の声とは別の、低い男の声で、誰かが命令してきた。
無言で、斧と手投げ斧を放り投げる。
からん、と金属の重なる音が響いて、少し沈黙が流れた。
「妙な真似はするな」
男の声が、聞こえて来たのと同時に、盾鉱人は歩みを進める。
生い茂った草木を抜けて、声の方向に、たどり着いた。
林の部分から、一気に視界がひらけた。
「盾、鉱人さん?」
「……やはり、神官どのだったか」
そこにいたのは、各々の武器を抜き放ち構える、妖精弓手、鉱人道士、蜥蜴僧侶。顔一面に驚愕と困惑をあらわにする女神官。そして、薄汚れた鎧に身を包んだ全周兜。
つまり、ゴブリンスレイヤー一党だった。
「ここで何をしている」
ゴブリンスレイヤーが、低い声のまま問いかける。
「依頼だ」
両手を上げたまま、胴嚢を親指で指す。
匂いに反応したのか、妖精弓手が耳を動かした。
「確かに薬草の匂いはするわ」
「その胴嚢と腰嚢も投げろ」
女神官が何か言おうと一歩踏み出すが、その前に盾鉱人が胴嚢を外して話しかけた。
「依頼品も入っている。投げるのは避けたい」
「ならばそこに置いて、五歩下がれ」
言われた通りに、胴嚢と腰嚢をそこに置いて五歩下がった。
ゴブリンスレイヤーがゆっくりと盾鉱人に近付く。
全周兜が、嚢を二つとも回収して、中身をあらためた。
「……薬草採取、か」
彼の声から、少し緊張感が抜けた。
機を見計らい、盾鉱人が声をかける。
「後ろに仲間が一人いる。そいつも合流させたい」
ゴブリンスレイヤーが、妖精弓手を見た。
彼女は弓を構えたまま、頷く。
「いいだろう」
ゴブリンスレイヤーの言葉に、盾鉱人は首だけで後ろを向いたまま、「俺らの知り合いだ。出てこい」と声をかけた。
少し間があり、ガサガサと草木を掻き分けて、魔術師が奥から出てくる。
険しい顔のまま、魔術師は両手で杖を握っていた。
蜥蜴僧侶が小さく、鼻を鳴らした。
魔術師は、最初に盾鉱人とゴブリンスレイヤーを確認して、その後女神官を見つけて、肩から力を抜いた。
「ああ、なるほど」
魔術師が納得したように声を漏らす。
「お前ら以外には?」
「いない」
盾鉱人はさりげなく、魔術師へ近づけるように、重心を移動させる。
「匂いはない。嘘は言ってないわ」
妖精弓手が、耳を忙しなく動かして、言う。
「でも」
彼女は弓を引き絞ったまま、魔術師に向ける。
盾鉱人は反射的に盾を構えて、弓の射線から魔術師を遮った。
「鉱人の方は大丈夫だけど、そっちの、眼鏡の只人は少しおかしいわ」
「匂いが只人じゃない」
ゴブリンスレイヤーの隣で、女神官が「え?」と声を漏らした。
空気が、再び緊張感を帯びてきた。
指摘された当の本人は呆けた顔で、自分の顔を指している。
「わ、私?」
「とぼけないで」
整った相貌は、浮かんだ疑念をより強調した。
「薬草とか風とか、色んな自然のものを混ぜ込んだ匂い」
「魔術か何かで只人に変装した亜人、って言われたら信じるわ」
盾鉱人は魔術師と妖精弓手を見比べて、改めて盾を構えた。
「お前、変装の魔術を覚えたのか」
「そんなわけないし、私は只人よ‼︎」
年相応に、感情を顔に出して困惑する魔術師に、口端を釣り上げて冗談を投げてみれば、ただ必死に言葉を返された。
身に覚えがない。
今の魔術師には、そういう思いが行動に出ている。
盾鉱人としても全く覚えがないので、妖精弓手が勘違いをしているか、はたまた別の要因か、分からなかった。
「こちらには、全く身に覚えがない」
盾鉱人が盾を構えたまま、ゴブリンスレイヤーに言葉をかける。
冒険者同士の戦闘、なんてのはお互いに損しかない。
なるべく穏便に済ませたいはずだ。
「【看破】の奇跡が俺たちには無い」
「疑惑を晴らせないなら、信用できない」
全周兜の奥から、響くような声が聞こえた。
女神官が何かを言いかけて、俯いたのが見えた。
盾鉱人は小さく息を吐く。盾を顔の位置まで上げる。
(まあ、だろうな)
自分が頭目でも、同じ判断をするだろう。
分からないものは受け入れない。当たり前だが大切なことだ。
こうなれば、自分達は帰っても良いが、ここで魔術師の疑念を晴らさないと、後々面倒なことになりそうで、盾鉱人は少しだけ頭を傾けた。
「面倒だな」
思わず溢れた言葉は、妖精弓手の聴覚に拾われたようで、彼女は目を細めて、盾鉱人を睨んだ。
「貴方……‼︎」
盾鉱人の視界の先で、弓が、ぎちり、と音を立てる。
盾鉱人は盾の帯を、握った。
否定すべく声を上げかけたところで、
「待たれよ」
低く、けれど聞き取りやすい声が皆の動きを止めた。
声を上げたのは蜥蜴僧侶だった。
「こんなときに、何?」
苛立たしく、妖精弓手が目だけで彼を一瞥した。
「今、疑っているのは学術帽子の只人、ですな?」
「そうよ」
蜥蜴僧侶が訊ねると、彼女は即座に返事をした。
「ならば、彼女が只人であることは、拙僧が保証しよう」
「……は?」
勢いよく、妖精弓手は蜥蜴僧侶を向いた。