ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話 作:お前の隣の後ろの斜め右
今回、オリジナル設定出てきます。ご注意ください。
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盾鉱人が咳払いをした。
癖で腰の斧鞘に触ろうとするが、右手は松明で塞がっていた。
視線だけで、腰元を見る。
空の鞘が、動きに合わせて、揺れている。
兜の奥で眉間の皺が深まった。
「おい」
低い声に顔を上げると、ずいと棍棒を目の前に差し出してきた。
全周兜がこちらを見ている。
「持っておけ」
彼の手元と兜を何度か行き来して、棍棒を受け取る。
松明は魔術師に手渡した。
堅木をそのまま武器にしたかのような簡素な造りだったが、振るうには充分だ。
木の感触を革の手袋ごしに感じ取る。
「あれは心配してるんですよ」
女神官が魔術師のとなりから話しかけてきた。
微笑んで、眉を困ったようにしながら「最近私も気付きました」と付け足す。
灰色の鎧は、何を考えているか分からない。
もう妖精弓手とともに周囲の索敵に戻っていた。
盾鉱人はその背中を見つめる。
(気を、使わせたか)
武器を奪われる程度なら、戦士団にいた頃に幾度も経験した。
あの程度で取り乱してしまった自分に腹が立って、盾帯を強く握った。
「『斧無くば盾、盾無くば拳、拳無くば牙』」
「……何それ」
盾鉱人の呟きに魔術師が反応する。
「戦士団の標語だ」
「つまり?」
「『戦うのを諦めるな』」
首を回しながら盾鉱人は答えると、魔術師を見ずに、歩みをはやめる。
後ろで、大きく息をはいた声が聞こえた。
近くに歩み寄ると、彼がこちらを横目で捉えてきた。
索敵作業は続けたままだ。
「どうした」
「気を使わせた。もう大丈夫だ」
盾鉱人は右手の棍棒を差し出す。
床を確認していたゴブリンスレイヤーの動きが止まった。
「いや。お前が持て」
「俺には盾がある。武器がなくても戦える」
「だが今は武器がある」
左手の松明をかかげながら、彼は動き出す。
同じように床を確認していた妖精弓手が、ちらちらとこちらをうかがっていた。
「持っておけ。使えないなら、投げろ」
「……分かった」
話は終わりだ、と言わんばかりに灰色の鎧は歩みを速める。
盾鉱人は逆に、速度を緩めた。
「あの斧、そんなに大切なの?」
魔術師達の位置に戻ったとき、魔術師が訊ねてくる。
女神官も興味深そうに、耳を傾けている。
「貰い物なんだ」
盾鉱人は肩を揺らす。
棍棒を、鞘で包んで、無理やり腰帯にぶら下げた。
「そっか」
「なら、きちんと取り戻さないとね」
魔術師の言葉に無言で頷く。
頷いた彼を見て、少しだけ微笑んだあと、魔術師は、わざと肩をすくめる。
「盾より斧の方が」
「盾だ」
「……え?」
言葉の途中で、即座に、盾鉱人が言葉を返す。
「『盾より斧の方が大切』と言うつもりだったろう」
「なら答えは『盾』だ」
「盾を失えば、仲間が死ぬ」
平坦な、温度を感じない声で、彼は付け足す。
ぬるい、沈黙が流れる。
呆けた顔のまま、魔術師が言い辛そうに口を開いた。
「……私は、値段の話をしようとしたのよ」
盾鉱人の歩幅が、一歩ずれた。
鉄兜が魔術師に向いた。
「……すまない」
「いえ」
そしてまた、沈黙が流れた。
しばらく、靴と蹄が石材を叩く音だけが響いた。
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「そ、そういえば何で彼女が只人だと気付いたんですか?」
気まずい沈黙に耐えかねて、女神官が蜥蜴僧侶に話しかける。
縦に開いた瞳孔を女神官に向けて、蜥蜴僧侶は、ぐるりと全員を見回す。
魔術師は胸元の護符を外套の上から軽く握った。
妖精弓手が耳を動かして、振り返る。
「なあなあになってたけど、私も気になる」
「正直、信用できない」
妖精弓手は魔術師をまっすぐに見つめた。
彼女の視線にまけて、魔術師は目をそらした。
「俺は信用できるのか」
声を上げた盾鉱人を一瞥して、妖精弓手はため息を吐く。
そして、鉱人道士を指差した。
「貴方の身元は、あの鉱人が知ってるし匂いもおかしくない」
「本当にそっちだけ、気になるの」
「人ってより、樹木とか精霊とかに近い匂いがする」
顎に手を当てて「混血、ではないし」と妖精弓手は呟いた。
当の魔術師は居心地悪そうに身をよじる。
「まあ、精霊って見た目じゃないわな」
鉱人道士は彼女を上から下まで観察して、ヒゲをしごいた。
顎に手を当てたまま、妖精弓手が、じっとりと彼を睨む。
「……ひひじじい」
「言い出したのはお前だろうが‼︎ この金床め‼︎」
「なっ……‼︎ 言ったわね‼︎」
声量を抑えながら怒鳴りあう器用な二人に向かって、蜥蜴僧侶が咳払いをした。
二人の口論が止んだ。
「それで、気付いた理由は何だ」
気を見計らったゴブリンスレイヤーが、蜥蜴僧侶を促す。
歩きながらも索敵を続けており、全周兜は前を向いている。
だが意識はこちらにも向いていた。
蜥蜴僧侶は、ちろり、と舌を出して、話し始める。
「一言で言えば『護符の副次効果だと気付いたから』です」
「副次効果?」
「左様。魔術師どの、その護符から鱗粉のようなものが出ていませんかな?」
彼の問いかけで、魔術師に視線が集まる。
ほぼ全員からの視線に、彼女は一瞬たじろいだが、胸元から護符を取り出すと、顔の前にかざした。
全員の目の前で、きらきら、と星のような鱗粉が護符から落ちて、空中で消える。
「出てるわ。これが何?」
彼女は護符をそそくさと胸元にしまう。
集まった視線も蜥蜴僧侶に戻った。
「おそらくは、その鱗粉が、魔術師殿の匂いを変えた原因でしょう」
「その護符の、効能は何ですかな?」
魔術師は口を開きかけて、横目で盾鉱人を確認する。
盾鉱人は軽く頷いた。
「『装着者への持続回復』、のはず」
「うむ。中々強力ですな」
彼はしきりに頷く。
蜥蜴僧侶を見て、魔術師は息を漏らした。
「知らなかったのね」
「知りませんとも」
何でも無いように蜥蜴僧侶は首を横に振って、肩をすくめた。
「拙僧に、護符を見ただけで効能を察する力はございません」
微笑みながら、遠い目をする。
静かに聞いていた妖精弓手は、鼻を鳴らしながら、蜥蜴僧侶に向いた。
「話が逸れてる。つまりどういうこと?」
「失敬。つまりですな、匂いが変化したのは『鱗粉そのものの効果』ということです」
軽く頭を下げて蜥蜴僧侶は指を立てた。
そして、鼻から短く息を吐いた。
魔術師と蜥蜴僧侶を見比べている妖精弓手に、彼は言葉を続ける。
「聞いたところによると、蟲人の鱗粉は浸透する速度が凄まじい」
「効能との因果までは分かりませぬが、とにかく速い」
「護符から出た鱗粉が馴染み、その結果、身体の匂いも変化したのでしょう」
蜥蜴僧侶がうなって、自分の顎を撫でる。
前を歩いていたゴブリンスレイヤーが、首だけで蜥蜴僧侶を一瞥した。
「つまり匂い袋のようなものか」
「匂い自体が主だった効果ではないですが、概ねそうですな」
「その護符はどこで売っている」
「……何?」
「そんなに便利なら、市場に出回っていてもおかしくない。だが、俺は見たことがない」
一瞬険しい顔をした蜥蜴僧侶は「ああ」と声をもらした。
ため息とも笑い声ともつかない息を吐く。
「蟲人の護符は、認められた者以外には効能を発揮しないのです」
「それに護符を作れる蟲人は翅のある者だけ」
「数が少ない上に、売りに出しても装飾品程度としか認識されないのが常でしょうや」
「売っているが装備として認識していないか、そもそも売られていないかのどちらかでしょう」
「……なるほど」
小さく頷くと、全周兜は前に向き直った。
その様子に妖精弓手が半目で彼を睨み、女神官が苦笑いを浮かべる。
「あ……!」
小さく、魔術師が声を漏らした。
近くの盾鉱人と女神官が、彼女の顔を見る。
「ねえ、盾鉱人。これ貰った時、蜘蛛が言ったこと覚えてる?」
「貰った時?」
盾鉱人は顎に手を当てる。
記憶を必死に遡る。
護符を受け取り彼女が身に付けた。
蛾の蟲人から「返却できない」と笑われた。
そして盾鉱人たちが面食らった、あの後。
『俺らト同ジ匂いがスル』
眼の多い、何処か皮肉げに笑う友人の顔を盾鉱人は思い出した。
「あー、あれか」
中空を見上げて、ぼそりとつぶやいた。
今のこの状況も、彼は予想していたのだろうか。
「うむ。何か心当たりがある様子」
蜥蜴僧侶は満足そうにうなづいた。
妖精弓手は盾鉱人たちと蜥蜴僧侶の顔を見比べて、やがて、ずんずんと魔術師に歩んできた。
後ろからゴブリンスレイヤーが「おい」と声をかけるが、彼女は無視する。
妖精弓手は魔術師に近付くと、「護符を見せて」と顔を近付ける。
魔術師は一歩後退しながら、もう一度護符を胸元から取り出す。
妖精弓手は、鼻先に護符を近付けると一気に吸い込む。
鉱人道士が「お前は犬か」とつぶやいたが、それも無視した。
目を閉じて、匂いを肺に入れると、軽く頷く。
「この匂いに間違いない」
「念の為に、その、蟲人?から貰った他の物品とかないかしら」
盾鉱人は腰嚢を漁り、毒消し用に貰っていたポーションを彼女に手渡す。
妖精弓手は、もう一度鼻先を瓶に近づけて、匂いを嗅いだ。
「うん。同じような匂いがする」
彼女はポーションを盾鉱人に返すと、笑いながら、先頭に戻って行った。
「これで理由がはっきりしたわ。疑ってごめんなさい」
妖精弓手は快活な笑顔を、こちらに向けた。
魔術師は肩から力が抜ける。
慌てて、返事をした。
「い、いえ。こっちも、もっと早く思い出していれば誤解は生まなかったはず、よ」
口調がくずれたのは、つとめて無視する。
妖精弓手は、もう一度笑った。
2
「止まって」
先頭を行く妖精弓手が手で皆を制した。
道が二手に分かれている。
彼女は這いつくばって、床を調べた。
「鳴子か」
「ええ」
指先で仕掛けをなぞりながら、ゴブリンスレイヤーの問いに応える。
「真新しいから気付いたけど、気をつけて」
全周兜が少しだけ、傾く。
「やはり妙だな。ここまでにトーテムがなかった」
彼の言葉で、魔術師は最初の冒険を思い出した。
無意識に盾鉱人を見つめる。
彼は左手で、盾帯を握り直していた。
「えっと、ゴブリンのシャーマンがいない、ということですか?」
「呪文遣いがいないのなら、楽でいいじゃない」
女神官の質問に妖精弓手が首を傾げる。
「察するに、いないというのが問題なのだろう」
状況を見ていた蜥蜴僧侶が、低く言う。
全周兜がうなずく。
「ただのゴブリンだけではこんな罠は仕掛けられん」
「武器を奪った、小さな影も気になる」
盾鉱人の身体が、ぴくり、と反応する。
鉱人道士は盾鉱人を一瞥しながら見回した。
「ゴブリン共を指揮する者がおると?」
「そう見るべきだ」
言い切るゴブリンスレイヤーに盾鉱人が問いかける。
「前に大規模な巣穴を潰した時は、どうやったんだ」
灰色の鎧が、ゆらりと揺れる。
「燻り出し、個別撃破。火にかける。河の水を流し込む」
「色々だが、ここでは使えん」
自慢するでもなく、淡々と続ける彼に、妖精弓手は露骨に顔をしかめた。
魔術師も同じような顔をしていたが、すぐに真顔に戻った。
「右か左、どっちに進む?」
しかめた顔のまま妖精弓手が、灰色の鎧に声をかける。
その隣で鉱人道士が床を見て、ひげをしごいた。
「ふむ。奴らのねぐらは左じゃな」
盾鉱人はしゃがんで、鉱人道士の目線を追う。
床を触って、口を開いた。
「左側のすり減りが激しい。左から来て右か入り口に向かっている」
鉱人道士が頷いた。
「確かか?」
「そら俺らは鉱人だもの。石、金、酒なら任せい」
「そうか」
ゴブリンスレイヤーは左側の通路を見つめると、逆方向へ一歩、踏み出した。
「こちらから行くぞ」
「ちょっと、ねぐらは左だって」
「行けばわかる」
彼は「手遅れになる」と振り返らずに通路を歩き出す。
不服そうな顔をしながらも、妖精弓手はあとに続いた。
長い通路に彼らの足音だけが響いた。
「仕掛けで思い出したが」
「あの罠はあんたが仕掛けたものか」
盾鉱人の問いにゴブリンスレイヤーがこちらを向いた。
「何の話だ」
「バネ仕掛けの罠だ」
盾鉱人は話を続ける。
「ガラクタの詰まった袋を囮にして作った罠、覚えはないか?」
「危うく怪我するところだったわよ。ゴブリン相手ならもう少し」
「俺じゃない」
不満げに腕を組んだ魔術師をゴブリンスレイヤーは断じた。
盾鉱人と魔術師が固まる。
「……あんたが仕掛けたものじゃないのか」
「バネなど使わん。ゴブリンが真似したらどうする」
俯いた二人は、無言で顔を見合わせた。
不安げな魔術師と目が合う。
「……あとで詳しく聞く」
全周兜が、しっかりと盾鉱人を捉えた。
盾鉱人は頷く。
「今は、ゴブリンだ」
彼らは通路を、歩き続ける。
やがて、両開きの扉が見えてきた。
「なにこのひどい臭い」
妖精弓手が顔を顰めた。
女神官と魔術師は息を飲む。
(この臭いは、)
「鼻で息を……」
扉の前で蹴り込むべく足を上げると、ゴブリンスレイヤーは言葉を止めた。
止めて、確かめるように耳をすませる。
「中に誰かいる」
「ゴブリンか?」
盾鉱人は彼の隣に並びながら、問いかける。
「分からん」
「分からん?」
「知っている息遣いではない」
盾鉱人は扉を睨む。
使い慣れない棍棒に、少しだけ力を込めた。
「では例の、斧を奪った影ではないか?」
蜥蜴僧侶が後ろから声をかける。
盾鉱人は大きく息を吸って、吐く。
首を軽く回した。
「行くぞ」
ゴブリンスレイヤーの声に、盾鉱人は腰を落とした。
盾を正眼に構える。
勢いよく、ゴブリンスレイヤーが扉を蹴り開けた。
「うっ!?」
控えていた妖精弓手が鼻を抑えた。
手で鼻を覆いながら、声を上げる。
「何よココ!?」
「ゴブリンの汚物溜めだ」
彼は「鼻で呼吸しろ」と促しながら、松明を投げ込む。
真ん中あたりに松明が落下し、中心をぼんやりと照らす。
照らし出された先には、拘束具が壁にかけられており、その前にゴブリンが一体、白目をむいて、絶命していた。
「俺が先に行く」
盾鉱人は盾を構えながら、中に一歩踏み入れる。
中は匂いがより強くなり、不快さに鼻を鳴らした。
「何か見えるか」
ゴブリンスレイヤーが、同じように盾を構えながら並ぶ。
盾鉱人は無言で、部屋の隅を顎で指した。
ゴブリンスレイヤーの視線が向く。
「……君ら、冒険者?」
中性的な声が部屋の隅から聞こえてきた。
黄金の瞳以外は暗闇に溶け込んで見えず、人型のシルエットだけが浮かんでいる。
盾鉱人は深く、腰を落とした。
「誰だ」
となりでゴブリンスレイヤーが低く声をかけた。
黄金の瞳が彼を向いた。
「落ち着いてよ。とりあえずそっち行くね」
気を宥めるように言うと、一歩踏み出した。
松明の光で、姿があらわになる。
しなやかな四肢を軽鎧に包み、腰に短剣を二本、帯びている。
特徴的なのは、黄金の瞳と、頭部の耳、そして、縞模様の尻尾。
彼女は、獣人だった。
「あー、こんにちわ?」
おどけたように笑う彼女の腕の中には、汚物に塗れた森人がいた。
「ゴブリンは、いないようだな」
素早く周囲を確認して、ゴブリンスレイヤーはつぶやく。
「ここのは僕がやっつけたからね」
「外で話さない?」
腰を落としたまま、盾鉱人は彼女を観察した。
(冒険者証がない)
「傭兵か」
ゴブリンスレイヤーがつぶやく。
獣人の顔が不満げに傾いた。
「んー、まあそれでいいや」
「早くここ出ようよ。臭いし彼女もどうにかしたい」
「……良いだろう」
ゴブリンスレイヤーの言葉に、盾鉱人は視界に彼女を留めながら、移動する。
ブレのない姿勢で、彼女は人を抱えながら歩いて行く。
足音が、ほとんど聞こえなかった。
(敵意は感じない)
それでも盾は下さなかった。
「あと、この奥行くなら、気をつけた方が良いよ」
「やばいのいるから」
縞模様の尻尾は、楽しそうに揺れていた。
暑くて集中できないなら夜書けば、解決です。