ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話   作:お前の隣の後ろの斜め右

16 / 17
投稿遅れて申し訳ございません。
今回、オリジナル設定出てきます。ご注意ください。


第十六話 邂逅

 

               0

 

 盾鉱人が咳払いをした。

 癖で腰の斧鞘に触ろうとするが、右手は松明で塞がっていた。

 視線だけで、腰元を見る。

 空の鞘が、動きに合わせて、揺れている。

 兜の奥で眉間の皺が深まった。

「おい」

 低い声に顔を上げると、ずいと棍棒を目の前に差し出してきた。

 全周兜がこちらを見ている。

「持っておけ」

 彼の手元と兜を何度か行き来して、棍棒を受け取る。

 松明は魔術師に手渡した。

 堅木をそのまま武器にしたかのような簡素な造りだったが、振るうには充分だ。

 木の感触を革の手袋ごしに感じ取る。

「あれは心配してるんですよ」

 女神官が魔術師のとなりから話しかけてきた。

 微笑んで、眉を困ったようにしながら「最近私も気付きました」と付け足す。

 灰色の鎧は、何を考えているか分からない。

 もう妖精弓手とともに周囲の索敵に戻っていた。

 盾鉱人はその背中を見つめる。

(気を、使わせたか)

 武器を奪われる程度なら、戦士団にいた頃に幾度も経験した。

 あの程度で取り乱してしまった自分に腹が立って、盾帯を強く握った。

「『斧無くば盾、盾無くば拳、拳無くば牙』」

「……何それ」

 盾鉱人の呟きに魔術師が反応する。

「戦士団の標語だ」

「つまり?」

「『戦うのを諦めるな』」

 首を回しながら盾鉱人は答えると、魔術師を見ずに、歩みをはやめる。

 後ろで、大きく息をはいた声が聞こえた。

 近くに歩み寄ると、彼がこちらを横目で捉えてきた。

 索敵作業は続けたままだ。

「どうした」

「気を使わせた。もう大丈夫だ」

 盾鉱人は右手の棍棒を差し出す。

 床を確認していたゴブリンスレイヤーの動きが止まった。

「いや。お前が持て」

「俺には盾がある。武器がなくても戦える」

「だが今は武器がある」

 左手の松明をかかげながら、彼は動き出す。

 同じように床を確認していた妖精弓手が、ちらちらとこちらをうかがっていた。

「持っておけ。使えないなら、投げろ」

「……分かった」

 話は終わりだ、と言わんばかりに灰色の鎧は歩みを速める。

 盾鉱人は逆に、速度を緩めた。

「あの斧、そんなに大切なの?」

 魔術師達の位置に戻ったとき、魔術師が訊ねてくる。

 女神官も興味深そうに、耳を傾けている。

「貰い物なんだ」

 盾鉱人は肩を揺らす。

 棍棒を、鞘で包んで、無理やり腰帯にぶら下げた。

「そっか」

「なら、きちんと取り戻さないとね」

 魔術師の言葉に無言で頷く。

 頷いた彼を見て、少しだけ微笑んだあと、魔術師は、わざと肩をすくめる。

「盾より斧の方が」

「盾だ」

「……え?」

 言葉の途中で、即座に、盾鉱人が言葉を返す。

「『盾より斧の方が大切』と言うつもりだったろう」

「なら答えは『盾』だ」

「盾を失えば、仲間が死ぬ」

 平坦な、温度を感じない声で、彼は付け足す。

 ぬるい、沈黙が流れる。

 呆けた顔のまま、魔術師が言い辛そうに口を開いた。

「……私は、値段の話をしようとしたのよ」

 盾鉱人の歩幅が、一歩ずれた。

 鉄兜が魔術師に向いた。

「……すまない」

「いえ」

 そしてまた、沈黙が流れた。

 しばらく、靴と蹄が石材を叩く音だけが響いた。

  

              1

 

「そ、そういえば何で彼女が只人だと気付いたんですか?」

 気まずい沈黙に耐えかねて、女神官が蜥蜴僧侶に話しかける。

 縦に開いた瞳孔を女神官に向けて、蜥蜴僧侶は、ぐるりと全員を見回す。

 魔術師は胸元の護符を外套の上から軽く握った。

 妖精弓手が耳を動かして、振り返る。

「なあなあになってたけど、私も気になる」

「正直、信用できない」

 妖精弓手は魔術師をまっすぐに見つめた。

 彼女の視線にまけて、魔術師は目をそらした。

「俺は信用できるのか」

 声を上げた盾鉱人を一瞥して、妖精弓手はため息を吐く。

 そして、鉱人道士を指差した。

「貴方の身元は、あの鉱人が知ってるし匂いもおかしくない」

「本当にそっちだけ、気になるの」

「人ってより、樹木とか精霊とかに近い匂いがする」

 顎に手を当てて「混血、ではないし」と妖精弓手は呟いた。

 当の魔術師は居心地悪そうに身をよじる。

「まあ、精霊って見た目じゃないわな」

 鉱人道士は彼女を上から下まで観察して、ヒゲをしごいた。

 顎に手を当てたまま、妖精弓手が、じっとりと彼を睨む。

「……ひひじじい」

「言い出したのはお前だろうが‼︎ この金床め‼︎」

「なっ……‼︎ 言ったわね‼︎」

 声量を抑えながら怒鳴りあう器用な二人に向かって、蜥蜴僧侶が咳払いをした。

 二人の口論が止んだ。

「それで、気付いた理由は何だ」

 気を見計らったゴブリンスレイヤーが、蜥蜴僧侶を促す。

 歩きながらも索敵を続けており、全周兜は前を向いている。

 だが意識はこちらにも向いていた。

 蜥蜴僧侶は、ちろり、と舌を出して、話し始める。

「一言で言えば『護符の副次効果だと気付いたから』です」

「副次効果?」

「左様。魔術師どの、その護符から鱗粉のようなものが出ていませんかな?」

 彼の問いかけで、魔術師に視線が集まる。

 ほぼ全員からの視線に、彼女は一瞬たじろいだが、胸元から護符を取り出すと、顔の前にかざした。

 全員の目の前で、きらきら、と星のような鱗粉が護符から落ちて、空中で消える。

「出てるわ。これが何?」

 彼女は護符をそそくさと胸元にしまう。

 集まった視線も蜥蜴僧侶に戻った。

「おそらくは、その鱗粉が、魔術師殿の匂いを変えた原因でしょう」

「その護符の、効能は何ですかな?」

 魔術師は口を開きかけて、横目で盾鉱人を確認する。

 盾鉱人は軽く頷いた。

「『装着者への持続回復』、のはず」

「うむ。中々強力ですな」

 彼はしきりに頷く。

 蜥蜴僧侶を見て、魔術師は息を漏らした。

「知らなかったのね」

「知りませんとも」

 何でも無いように蜥蜴僧侶は首を横に振って、肩をすくめた。

「拙僧に、護符を見ただけで効能を察する力はございません」

 微笑みながら、遠い目をする。

 静かに聞いていた妖精弓手は、鼻を鳴らしながら、蜥蜴僧侶に向いた。

「話が逸れてる。つまりどういうこと?」

「失敬。つまりですな、匂いが変化したのは『鱗粉そのものの効果』ということです」

 軽く頭を下げて蜥蜴僧侶は指を立てた。

 そして、鼻から短く息を吐いた。

 魔術師と蜥蜴僧侶を見比べている妖精弓手に、彼は言葉を続ける。

「聞いたところによると、蟲人の鱗粉は浸透する速度が凄まじい」

「効能との因果までは分かりませぬが、とにかく速い」

「護符から出た鱗粉が馴染み、その結果、身体の匂いも変化したのでしょう」

 蜥蜴僧侶がうなって、自分の顎を撫でる。

 前を歩いていたゴブリンスレイヤーが、首だけで蜥蜴僧侶を一瞥した。

「つまり匂い袋のようなものか」

「匂い自体が主だった効果ではないですが、概ねそうですな」

「その護符はどこで売っている」

「……何?」

「そんなに便利なら、市場に出回っていてもおかしくない。だが、俺は見たことがない」

 一瞬険しい顔をした蜥蜴僧侶は「ああ」と声をもらした。

 ため息とも笑い声ともつかない息を吐く。

「蟲人の護符は、認められた者以外には効能を発揮しないのです」

「それに護符を作れる蟲人は翅のある者だけ」

「数が少ない上に、売りに出しても装飾品程度としか認識されないのが常でしょうや」

「売っているが装備として認識していないか、そもそも売られていないかのどちらかでしょう」

「……なるほど」

 小さく頷くと、全周兜は前に向き直った。

 その様子に妖精弓手が半目で彼を睨み、女神官が苦笑いを浮かべる。

「あ……!」

 小さく、魔術師が声を漏らした。

 近くの盾鉱人と女神官が、彼女の顔を見る。

「ねえ、盾鉱人。これ貰った時、蜘蛛が言ったこと覚えてる?」

「貰った時?」

 盾鉱人は顎に手を当てる。

 記憶を必死に遡る。

 護符を受け取り彼女が身に付けた。

 蛾の蟲人から「返却できない」と笑われた。

 そして盾鉱人たちが面食らった、あの後。

『俺らト同ジ匂いがスル』

 眼の多い、何処か皮肉げに笑う友人の顔を盾鉱人は思い出した。

「あー、あれか」

 中空を見上げて、ぼそりとつぶやいた。

 今のこの状況も、彼は予想していたのだろうか。

「うむ。何か心当たりがある様子」

 蜥蜴僧侶は満足そうにうなづいた。

 妖精弓手は盾鉱人たちと蜥蜴僧侶の顔を見比べて、やがて、ずんずんと魔術師に歩んできた。

 後ろからゴブリンスレイヤーが「おい」と声をかけるが、彼女は無視する。

 妖精弓手は魔術師に近付くと、「護符を見せて」と顔を近付ける。

 魔術師は一歩後退しながら、もう一度護符を胸元から取り出す。

 妖精弓手は、鼻先に護符を近付けると一気に吸い込む。

 鉱人道士が「お前は犬か」とつぶやいたが、それも無視した。

 目を閉じて、匂いを肺に入れると、軽く頷く。

「この匂いに間違いない」

「念の為に、その、蟲人?から貰った他の物品とかないかしら」

 盾鉱人は腰嚢を漁り、毒消し用に貰っていたポーションを彼女に手渡す。

 妖精弓手は、もう一度鼻先を瓶に近づけて、匂いを嗅いだ。

「うん。同じような匂いがする」

 彼女はポーションを盾鉱人に返すと、笑いながら、先頭に戻って行った。

「これで理由がはっきりしたわ。疑ってごめんなさい」

 妖精弓手は快活な笑顔を、こちらに向けた。

 魔術師は肩から力が抜ける。

 慌てて、返事をした。

「い、いえ。こっちも、もっと早く思い出していれば誤解は生まなかったはず、よ」

 口調がくずれたのは、つとめて無視する。

 妖精弓手は、もう一度笑った。

 

              2

 

「止まって」

 先頭を行く妖精弓手が手で皆を制した。

 道が二手に分かれている。

 彼女は這いつくばって、床を調べた。

「鳴子か」

「ええ」

 指先で仕掛けをなぞりながら、ゴブリンスレイヤーの問いに応える。

「真新しいから気付いたけど、気をつけて」

 全周兜が少しだけ、傾く。

「やはり妙だな。ここまでにトーテムがなかった」

 彼の言葉で、魔術師は最初の冒険を思い出した。

 無意識に盾鉱人を見つめる。

 彼は左手で、盾帯を握り直していた。

「えっと、ゴブリンのシャーマンがいない、ということですか?」

「呪文遣いがいないのなら、楽でいいじゃない」

 女神官の質問に妖精弓手が首を傾げる。

「察するに、いないというのが問題なのだろう」

 状況を見ていた蜥蜴僧侶が、低く言う。

 全周兜がうなずく。

「ただのゴブリンだけではこんな罠は仕掛けられん」

「武器を奪った、小さな影も気になる」

 盾鉱人の身体が、ぴくり、と反応する。

 鉱人道士は盾鉱人を一瞥しながら見回した。

「ゴブリン共を指揮する者がおると?」

「そう見るべきだ」

 言い切るゴブリンスレイヤーに盾鉱人が問いかける。

「前に大規模な巣穴を潰した時は、どうやったんだ」

 灰色の鎧が、ゆらりと揺れる。

「燻り出し、個別撃破。火にかける。河の水を流し込む」

「色々だが、ここでは使えん」

 自慢するでもなく、淡々と続ける彼に、妖精弓手は露骨に顔をしかめた。

 魔術師も同じような顔をしていたが、すぐに真顔に戻った。

「右か左、どっちに進む?」

 しかめた顔のまま妖精弓手が、灰色の鎧に声をかける。

 その隣で鉱人道士が床を見て、ひげをしごいた。

「ふむ。奴らのねぐらは左じゃな」

 盾鉱人はしゃがんで、鉱人道士の目線を追う。

 床を触って、口を開いた。

「左側のすり減りが激しい。左から来て右か入り口に向かっている」

 鉱人道士が頷いた。

「確かか?」

「そら俺らは鉱人だもの。石、金、酒なら任せい」

「そうか」

 ゴブリンスレイヤーは左側の通路を見つめると、逆方向へ一歩、踏み出した。

「こちらから行くぞ」

「ちょっと、ねぐらは左だって」

「行けばわかる」

 彼は「手遅れになる」と振り返らずに通路を歩き出す。

 不服そうな顔をしながらも、妖精弓手はあとに続いた。

 長い通路に彼らの足音だけが響いた。

「仕掛けで思い出したが」

「あの罠はあんたが仕掛けたものか」

 盾鉱人の問いにゴブリンスレイヤーがこちらを向いた。

「何の話だ」

「バネ仕掛けの罠だ」

 盾鉱人は話を続ける。

「ガラクタの詰まった袋を囮にして作った罠、覚えはないか?」

「危うく怪我するところだったわよ。ゴブリン相手ならもう少し」

「俺じゃない」

 不満げに腕を組んだ魔術師をゴブリンスレイヤーは断じた。

 盾鉱人と魔術師が固まる。

「……あんたが仕掛けたものじゃないのか」

「バネなど使わん。ゴブリンが真似したらどうする」

 俯いた二人は、無言で顔を見合わせた。

 不安げな魔術師と目が合う。

「……あとで詳しく聞く」

 全周兜が、しっかりと盾鉱人を捉えた。

 盾鉱人は頷く。

「今は、ゴブリンだ」

 彼らは通路を、歩き続ける。

 やがて、両開きの扉が見えてきた。

「なにこのひどい臭い」

 妖精弓手が顔を顰めた。

 女神官と魔術師は息を飲む。

(この臭いは、)

「鼻で息を……」

 扉の前で蹴り込むべく足を上げると、ゴブリンスレイヤーは言葉を止めた。

 止めて、確かめるように耳をすませる。

「中に誰かいる」

「ゴブリンか?」

 盾鉱人は彼の隣に並びながら、問いかける。

「分からん」

「分からん?」

「知っている息遣いではない」

 盾鉱人は扉を睨む。

 使い慣れない棍棒に、少しだけ力を込めた。

「では例の、斧を奪った影ではないか?」

 蜥蜴僧侶が後ろから声をかける。

 盾鉱人は大きく息を吸って、吐く。

 首を軽く回した。

「行くぞ」

 ゴブリンスレイヤーの声に、盾鉱人は腰を落とした。

 盾を正眼に構える。

 勢いよく、ゴブリンスレイヤーが扉を蹴り開けた。

「うっ!?」

 控えていた妖精弓手が鼻を抑えた。

 手で鼻を覆いながら、声を上げる。

「何よココ!?」

「ゴブリンの汚物溜めだ」

 彼は「鼻で呼吸しろ」と促しながら、松明を投げ込む。

 真ん中あたりに松明が落下し、中心をぼんやりと照らす。

 照らし出された先には、拘束具が壁にかけられており、その前にゴブリンが一体、白目をむいて、絶命していた。

「俺が先に行く」

 盾鉱人は盾を構えながら、中に一歩踏み入れる。

 中は匂いがより強くなり、不快さに鼻を鳴らした。

「何か見えるか」

 ゴブリンスレイヤーが、同じように盾を構えながら並ぶ。

 盾鉱人は無言で、部屋の隅を顎で指した。

 ゴブリンスレイヤーの視線が向く。

「……君ら、冒険者?」

 中性的な声が部屋の隅から聞こえてきた。

 黄金の瞳以外は暗闇に溶け込んで見えず、人型のシルエットだけが浮かんでいる。

 盾鉱人は深く、腰を落とした。

「誰だ」

 となりでゴブリンスレイヤーが低く声をかけた。

 黄金の瞳が彼を向いた。

「落ち着いてよ。とりあえずそっち行くね」

 気を宥めるように言うと、一歩踏み出した。

 松明の光で、姿があらわになる。

 しなやかな四肢を軽鎧に包み、腰に短剣を二本、帯びている。

 特徴的なのは、黄金の瞳と、頭部の耳、そして、縞模様の尻尾。

 彼女は、獣人だった。

「あー、こんにちわ?」

 おどけたように笑う彼女の腕の中には、汚物に塗れた森人がいた。

「ゴブリンは、いないようだな」

 素早く周囲を確認して、ゴブリンスレイヤーはつぶやく。

「ここのは僕がやっつけたからね」

「外で話さない?」

 腰を落としたまま、盾鉱人は彼女を観察した。

(冒険者証がない)

「傭兵か」

 ゴブリンスレイヤーがつぶやく。

 獣人の顔が不満げに傾いた。

「んー、まあそれでいいや」

「早くここ出ようよ。臭いし彼女もどうにかしたい」

「……良いだろう」

 ゴブリンスレイヤーの言葉に、盾鉱人は視界に彼女を留めながら、移動する。

 ブレのない姿勢で、彼女は人を抱えながら歩いて行く。

 足音が、ほとんど聞こえなかった。

(敵意は感じない)

 それでも盾は下さなかった。

「あと、この奥行くなら、気をつけた方が良いよ」

「やばいのいるから」

 縞模様の尻尾は、楽しそうに揺れていた。




暑くて集中できないなら夜書けば、解決です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。