盾鉱人と冒険者の話(旧:ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話) 作:お前の隣の後ろの斜め右
0
馬車の車輪が石を踏み、跳ねる。
揺れで目が覚め、盾鉱人は辺りを見回した。
「起きたんだ」
片膝を立てて、外を見ていた斥候獣人が声をかけてきた。
他の者は皆、目を瞑っている。
「お前は寝ないのか」
「猫は元々夜行性だからね」
「今は昼だ」
「社会に出ると、習慣も変わるのさ」
「……とりあえず眠気がないのは分かった」
ニヤけた顔から視線を外した。
隣では魔術師が穏やかな寝息を立てている。
斥候獣人は、彼女を見つめて、ふん、と鼻を鳴らした。
「君ってさ、もしかして北の戦士団にいた?」
「……ああ。『白鬼』が有名だろう」
「まあそうだね。一緒に仕事したこともある」
「何?」
「というか、君と何回か会ってるよ」
彼女はあぐらを掻きながら、目を細めて笑う。
盾鉱人は記憶を辿る。
そして、弾かれたように顔をあげた。
「山岳街道の、護衛兼討伐のやつか」
「正解」
盾鉱人はしきりに頷く。
「道理で、連携が上手くはまる訳だ」
彼女は腕を頭の後ろで組んだ。
口角をあげたまま、盾鉱人を見る。
「話し方は変わってるけど、戦い方は同じだからすぐ分かったよ」
「逆に、君が僕に気付いてくれなかったのは悲しかったなあ」
「アンタら、あの時黒ずくめだったろ」
お互いに軽口を叩いていると、隣の魔術師が起きてきた。
数度瞬きをすると、盾鉱人と斥候獣人を見比べる。
「二人とも起きてたのね。何の話してたの?」
「昔話だ」
「一ヶ月くらい、一緒に仕事した時があってね」
魔術師は、言葉を咀嚼する。
そして、「ああ」と言葉を漏らした。
「連携が上手くいったのは、そういう事だったの」
盾鉱人と斥候獣人は吹き出す。
「何?」
困惑の表情のまま、魔術師は彼等を見比べた。
「いや。お前を笑ったんじゃない」
「君ら、お似合いだよ」
「……ありがとう?」
小首を傾げながら、彼女は頬を掻いた。
釣られて微笑が浮かんできた。
「おう、小童ども」
「まだ掛かるんだ。もう少し休んどけ」
寝転んでいた鉱人道士が、片目を開いて、話しかけてきた。
三人は無言で頷くと、姿勢を元に戻す。
目が冴えた盾鉱人は簡単な武具の点検を始め、眠る気が無かった斥候獣人はそれを横目で眺めている。魔術師はその音を子守唄に、再び眠る。
馬車がまた、跳ねた。
今度は誰も起きなかった。
だが、誰もが少しだけ、口元を緩めていた。
1
「勧誘、断られたわ」
「そうか。まあ仕方ない」
魔術師は歩きながらさらりと言い、盾鉱人も軽く流した。
盾鉱人は髭をしごくと、うなった。
「彼女を引き込めたら満点だったな」
首元から黒色の認識証を取り出した。
太陽の光を受けて、黒曜石のような輝きを返してくる。
「傭兵やめたわけじゃ無いし、ダメで元々って感じでしょ」
「期待はしていなかったが、それはそれとして残念だ」
魔術師は、すました顔で肩を落として、首元から細い鎖をたぐり寄せる。
顔を出した黒い認識証をひと撫ですると、もう一度首元に戻す。
服の中で、認識証と護符が触れ合った。
彼等は酒をあまり飲まない。
なので休憩する際は、組合に併設されている酒場より、近くの食事処を利用していた。
盾鉱人は目的の店を見つけると、扉を潜り、辺りを見回す。
「そういえば、あの娘が探してた武器って何だったの?」
「オーガが振り回してた棍棒があっただろう。アレだ」
「ああー……。いやあんなに大きい武器、誰が使うのよ」
「自在に姿形が変わるらしい」
盾鉱人は「大きさも変わるのだろう」と言いながら、カウンター席に腰を下ろした。
すぐさま獣人の給仕が近づいてきたので、飲み物と食事を二人分、注文する。
「武器について詳しいのね」
「これが返ってくるまでに色々な」
盾鉱人は鞘に納まった斧を軽く叩いた。
魔術師が隣に座る。
「模倣させるために武器を集めさせていた、とも聞いた」
「いい迷惑ね」
「気に入らなければ配下に与えて、兵站にもなるし都合が良かったのだろう」
ちょうど、食事の乗った膳が運ばれてきた。
野菜と肉がたっぷり入った暖かいスープとふかふかのパンが、二人の食欲を刺激する。
魔術師が、スープの中を覗いて顔をしかめさせた。
兜を脱いでいた盾鉱人も、彼女に気付いて、同じように覗き込んだ。
「この野菜、抜いてって言ってるんだけどな」
「あの給仕、新顔か。……まあ、それくらい食べれるだろう」
「そういうことじゃないの」
「取り替えてもらうか」
「そういうことでもないの」
「ならどうする」
「貴方が食べて」
盾鉱人は、一瞬固まり、わざとため息を吐いた。
そして木製の匙を掴んで、特定の野菜だけを自分の皿に運んでいく。
「ありがと」
満足そうな顔をして、魔術師はパンを半分、盾鉱人の膳に置いた。
顔を上げる盾鉱人に、魔術師は笑いかける。
「貴方、ここのパン好きでしょ」
盾鉱人は、奇妙に頷く。
「ああ、うむ、そうだな。美味い」
「じゃあ、まあいただく」
ぎこちなく、魔術師に会釈をした。
「ええ。どうぞ」
彼女は微笑むと、自分のスープを飲み始める。
盾鉱人もパンにかぶりつく。
店の喧騒が、二人を包んでいた。
2
上段から、大剣が振り下ろされる。
盾鉱人は腰を落とし、盾を斜めに構えた。
衝撃が盾に逸らされて、地面に当たり、辺りに砂煙が舞う。
盾鉱人は踏み込むと、斧を振り上げる。
前から何かが迫ってくる。盾を滑り込ませた。
それが足だと気付いた瞬間、衝撃が盾を叩く。
力に身を任せて、後ろに吹き飛ぶ。
空中で体勢を立て直して、着地と同時に手投げ斧を投げつけた。
未だに舞う砂埃に斧は吸い込まれて、奥で火花が散る。
当たったか確認する前に、何かが飛んできたので盾で弾いた。
盾鉱人のすぐ手前に、手投げ斧がぽとりと落ちる。
素早く拾い上げて、盾の裏に仕舞い込む。
「お前本当に黒曜級かよ」
段々と晴れた砂煙の中から、大剣を肩に担いだ「重戦士」が歩いてきた。
「組合の規定ではそうなっている」
「よく詐欺って言われるだろ」
「今初めて言われた」
「ならこれから言われるぜ」
言い終わると、彼はよく通る声で「交代だ」と盾鉱人の後ろに声をかけた。
盾鉱人が武器をしまって後ろに歩き出すと、自分と同じような、新人の冒険者二人が、入れ替わりで重戦士の前に立った。
「よろしくお願いします‼︎」
ハリのある、快活そうな声を背に、彼は訓練場に設置された長椅子に座る。
少し離れたところに、新人冒険者達の後衛であろう少女達が、心配そうな顔で重戦士達を眺めていた。
「お疲れさま。はい、飲み物」
盾鉱人が横を見ると、魔術師が飲み物を差し出してきた。
軽く頭を下げてから、飲み干す。
「美味いな。なんだこれは」
「蜂蜜と檸檬が入ってるみたい。さっき受付嬢さんに貰ったの」
「術士どのも飲んだか」
「もちろん。もっと持って来る?」
「いや。俺よりあいつらの方が必要だろう」
顎で、二体一でも良いようにあしらわれている新人達を指した。
魔術師は苦笑いを浮かべた。
「貴方が戦ってる時、凄かったわ。組合の中からも見物人がちらほら出てきてたり」
「そうなのか」
「今はいないけど、槍使いの人も見にきてたし」
「……」
「もっと胸張りなさいよ」
「……居心地が悪い」
「今、いいか」
しきりに座り直す盾鉱人に魔術師が吹き出していると、後ろから両手剣を携え、大盾を背負う「女騎士」が話しかけてきた。
「問題ない。何だ」
「いや、何。盾を使う者同士、話をしてみたくてな」
「……そうか」
盾鉱人は一言発すると、押し黙った。
女騎士も言葉を探して口を開いたり閉じたりする。
「貴公、『白鬼』の弟子だろう」
盾鉱人は弾かれたように、女騎士を見上げた。
彼女は涼しい顔のまま、言葉を続けた。
「動きを見れば、誰だって気付くさ」
一度言葉を切って、口の中で何かを探る。
精悍な顔を引き締めて「これは完全なお節介だが」と言葉を続けた。
「動きが、ぎこちない」
「無理やり型に嵌めている、というか」
「……悩みでもあるのか」
言い切った後で、気まずそうに顔をゆがませた。
「すまない。やはり余計なお世話だった」
「いや」
盾鉱人は彼女を手で制す。
となりの魔術師が心配そうにこちらを見ていた。
頭の隅で「あの新人達と同じ顔をしているな」と現実逃避気味に考えた。
「今は、上手く言葉にできん。だから相談もできない」
「命の危機とかではない。だから心配するな」
身振り手振りで伝えると、魔術師は重々しく頷く。
そして、盾鉱人は女騎士を向いた。
「あんたも、大丈夫だ。心配をかけたな」
「……そうか」
女騎士は視線を落とした。
「無理はするなよ」
盾鉱人が頷き返すと、彼女は踵を返して、元の位置に戻っていく。
向こうでは、新人の冒険者が、重戦士に投げ飛ばされていた。
後衛の少女達から、小さく悲鳴が上がる。
「なにか、心配事でもあるの?」
魔術師が顔を覗き込んできた。
盾鉱人は言葉に詰まる。
「さっきも言ったが、上手く言葉にできない」
「上手くなくても、汲み取るわよ」
「言葉にしても違和感があるんだ」
魔術師は杖を両手で握る。眉間に皺が寄った。
しばらく俯いて考えると、やがて、大きく肩を落としてため息を吐いた。
「わかった。今は言いたくない、言えないんでしょう」
「でもいつかは必ず、相談してね」
盾鉱人は無言で頷く。
魔術師の翡翠の瞳は、彼をまっすぐと捉えた。
「私こういうの、忘れない性格なの」
眉を八の字にしながら、魔術師は笑った。
釣られて盾鉱人も笑う。
訓練場では再び、悲鳴が上がった。
次回から不定期更新です。
最長でも10日間隔くらいには出せると思いますが、早かったり遅かったりします。