ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話 作:お前の隣の後ろの斜め右
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「止まれ」
盾鉱人は先行する頭目を呼び止める。
青年戦士が眉間にシワを寄せて、振り返った。
後ろを顎でしゃくる。
青年戦士の目線が、肩で息をする後衛二人を捉えたのを待ち、一歩詰め寄った。
「洞窟辺りを偵察してくる」
肩を掴みながら、強引に後ろへ下がらせる。
青年戦士は口を開いて、また閉じた。
彼の眉間のシワが、また別種類に変わるのを流して、背の高い草をかき分けて進む。
(俺も、若い頃はああだったろうか)
少しだけ、目線を上げる。
所属していた、戦士団での師匠を思い出す。
白い髭と白銀の戦斧、つけられた異名は『白鬼』
『未熟者め』
あの時の拳は、痛かったし、怖かった。
けれど、それ以上に感謝している。
「いかんな」
思考がそれた、と軽く頭を振る。
戦いの最中に考えごとができるほど、まだ経験を積んでいない。
腰の斧を軽く握る。
目的のダンジョンが見えてきた。
灰色の岩肌に、長く伸びた草の根。
墨を垂らしたかのような黒くて丸い入り口。
こちらを丸呑みにする怪物の口にも見える洞窟は、何かの骨で作られたトーテム、数日前に仕留められたであろう獣の、鼻をつく腐乱臭、そして、そこかしこに点在する足跡は、洞窟の奥へと続いていた。
腐肉の切り口はズタズタで、致命傷は大きな打撲傷。
その周りには小さな切り傷がいくつも刻まれていた。
仕留めるためではなく、愉しむために切ったのだと一目で分かる。
「鍛冶神様。かのものをお迎えください」
盾鉱人は胸に手を当て、簡易的に弔いの祈りを捧げる。
いたぶられたということは、恨みがあったということで、恨みがあったということは戦いがあったということだ。
戦いの末に息絶えたのならば、鍛冶神様の元へ導かれるはずだ。
からん、と乾いた何かが転がる音が洞窟から聞こえた。
「!!」
祈りを終えた盾鉱人は、即座に身を隠した。
思考が戦闘用に切り替わる。
草むらから洞窟の様子を伺う。
相変わらず、トーテムと腐肉、そして小さなゴブリンと思わしき足跡しか見えない。
強いていうなら、腐肉に群がる虫の羽音が聞こえるくらいだ。
(急いだ方が良いか)
静かに、その場を後にする。
「何かあったか」
元の場所へ戻ると、眉間にシワが寄ったままの青年戦士が石に腰掛けたまま、こちらの言葉を待たずに、訊いてきた。
「罠はない」
「なら行こう」
いうが早いか、青年戦士は腰を上げかける。
「待て」
強引に肩を掴んで座らせた。
何かを言われる前に、盾鉱人は地面に何か書き出す。
後ろを振り返り、待機している彼女達を首の動きで呼び出した。
「洞窟の入り口にトーテムがあった。シャーマンがいる」
気配で集合を確認して、説明を始める。
何か言いかけていた青年戦士は、魔術師が目線で御したようだ。
「肉が放置されて腐っていた。食糧が余りある証拠だ。数は多い」
「その獣の致命傷が大きな打撲傷だった。ホブもいる」
結果と情報だけを彼らに渡す。
ちらり、と青年戦士を見る。
シワが一段と深くなったが、もう邪魔する気はないようだ。
「シャーマンって何?」
武闘家が訪ねて来る。
「……呪文遣い」
魔術師が代わりに答えた。額に汗の跡が滲んでいるが姿勢は揺らいでいない。
「本で読んだの。呪文は、二回は使えたはず」
「三回だ」
盾鉱人が食い気味に付け足す。
「俺のいた戦士団では、魔法を三回受けた後からが本番だと教わった」
「ホブは、知っているか?」
何かを書き終えた盾鉱人が顔を上げて、彼らの顔を見る。
「質問はあるか?」
沈黙の後、盾鉱人はひとつ頷く。
「これを見ろ」
盾鉱人は地面を指差す。
地面には、デフォルメされたゴブリンと、大柄な個体、杖を持った個体が描かれて、それぞれの横に数字が書かれていた。
「何ですか、これ?」
女神官が、訊ねる。
「目安だ。最低でもこれくらい居る。経験則だが」
大柄な個体と杖を持った絵の横には『1』と書かれているが、皆が注目したのはそこではない。
「20か」
青年戦士のつぶやいた言葉が静かに響く。
どの顔にも、険しさが浮き出ていた。
「多い、ね」
武闘家は、隣の幼馴染の顔を覗く。
「……」
青年戦士の顔には怯えではなく、何か別の感情が渦巻いているように見える。
「だいじょう……」
「おい」
武闘家の声は盾鉱人の声にかき消された。
皆の視線は盾鉱人に向いた。
「突き主体で立ち回れ。振りかぶるな」
青年戦士の胸へ拳を当てながら、言う。
「頭目を援護してやれ。前に出なくても良い」
次に武闘家へ視線を動かす。
「俺から、絶対に離れるな」
魔術師、女神官へと。
後衛に向けてだけ、やけに強い口調で、何処か信じていないような口ぶりだった。
一方的に話を切り上げると、盾鉱人は、武具の簡易的な点検を始め出した。
魔術師と女神官は顔を見合わせ、武闘家はぎこちなく手首を回す。
一番最初に動き出したのは、青年戦士だ。
「なんで、お前が仕切るんだ」
突き放すようにしながらも、同じように点検を始めた。
「死なないためだ」
言い切る言葉に、言葉を挟む余地はないようで、青年戦士はたじろぐ。
「よし!」
声に盾鉱人と青年戦士が振り向けば、武闘家が頬を軽く叩いていた。
「ごめん」
手を合わせながら、眉をひそめて謝る。
「緊張しすぎは、良くないかなって」
なんとかなる、と武闘家は腕に力を込めた。
「後衛組も、肩の力は抜いておけ」
盾鉱人が斧をしまいながら付け足す。
顔は魔術師と女神官に向いているが、視線と手は円盾の点検に集中している。
「緊張で術が出ません、じゃお話にならないものね」
シニカルに、魔術師は言う。
「は、はい!」
女神官は、頷いて杖を握った。
「だから仕切るな。一党の頭目は、俺だろ」
青年戦士が、盾鉱人を遮る。
「分かった。なら、死なせるな」
鉄兜から琥珀色の瞳が青年戦士を射抜く。
「行こう、皆」
目線だけで返事をして、青年戦士が背中の剣を抜いて、空にかかげる。
洞窟が近いので、声は出せないが皆の顔から、険しさは消えていた。
(形は整った)
「冒険のはじまりだ」
剣を鞘に収めて、青年戦士は歩き出す。
武闘家、女神官に続いた魔術師の後ろから、盾鉱人もついていく。
踏み出した衝撃で、革の斧鞘が軋む。
隊列は、かろうじて体を保っているが、前衛と後衛の差が広い。
距離が、じわりと離れる。
彼女らの足音が、乱れはじめている。
(守れるなら、守る。だが)
身体は、炎のように熱く、頭は、鉄のように冷たく。
(あの時と、同じにはさせん)
静かに、冷徹な覚悟を盾鉱人は決めた。
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盾鉱人の足元を小動物が駆け抜けた。
小さな影が、女神官の松明に一瞬照らされて、すぐ暗闇へ消える。
「魔物、出て来ませんね」
女神官が呟いた。
「けどゴブリンがいることは確実よ」
魔術師が応える。
緊張と少しの高揚感が混ざった顔で、洞窟の奥を松明で照らす。
松明の炎が壁に反射して、ゆらゆらと影を作り出している。
こちらを誘う悪魔の姿にも、怪しげな儀式を行う呪術師にもみえる。
「出て来たら、前には出るな」
殿の盾鉱人は表情を動かさないまま言う。
通り抜けた小動物の、毛が逆立っていたのを盾鉱人は見逃さなかった。
(ゴブリンか、獣か)
どちらにせよ、捕食者が近くにいる。
「これは、」
ふいに横を向いて、女神官の足が止まった。
魔術師と彼女の背後にいた盾鉱人の足も止まる。
「何で止まるのよ」
魔術師は訝しげにしながら、女神官の肩から顔を覗かせる。
松明の炎で、ぬらりと光る岩肌に、骨で組んだ柱と枝が無造作に括り付けられて、トーテムとなっていた。
「……中にもあるのね」
魔術師は短く、呼吸する。
生ぬるい空気が鼻を通り、肺を湿らせた。
「奴ら、近くにいるな」
盾鉱人が二人の前に出て、トーテムを調べていく。
「奴らって、」
「ゴブリン」
言い切る言葉に二人の身体が強張る。
「前衛、は遠いな」
洞窟の離れたところに、松明の光だけで浮かぶ青年戦士達を見て、盾鉱人は短い息をはく。
魔術師は、肺の生ぬるい空気が、舌まで痺れさせてくるようで、もう一度深呼吸をした。
「よし!」
入る前、武闘家がしていたように、頬を両手で叩くと、杖を両手で強く握る。
女神官はすでに気を取り戻したようで、盾鉱人の近くで松明をかざしている。
「ちょっと貴方達ーーー」
魔術師が、先行する前衛に呼びかけようと、声を出した瞬間、
「叫ぶな!」
盾鉱人の制止と同時に、からころ、と暗闇で賽の目が転がるような乾いた音が、響いた。
聞き間違いかもしれない。
直後、闇が弾けた。
トーテムの影から、緑色の人影が飛び出して来た。
「GOBLIN!」
声を上げながら、ゴブリンが飛び出してくる。
(クソ、油断した!)
魔術師の前に躍り出て、飛びかかるゴブリンを、盾鉱人は円盾で突き返す。
盾殴りが顔面に命中し、ゴブリンの鼻が折れた。
空中でのけぞり、体勢が崩れる。
すかさず無骨な斧を、頭蓋めがけて垂直に叩き込んだ。
眉間を割り、鼻に到達しかけたところで止まった。
力任せに斧を引き抜く。
返り血が鉄兜に飛び散るが、盾鉱人は次の敵を捉えている。
「一体目」
見る限り、魔術師に怪我はない。
「あ、あの」
女神官の呼びかけを意図的に無視する。
暗闇の奥に二つの影が、見えた。
「ちょっと!」
(魔術師の声、右が近い、盾を前へ)
頭の中を無理やり戦闘状態に切り替えて、全速力で距離を詰める。
暗視した視界の中、横に伸びた瞳孔と視線がぶつかる。黄色い瞳が見開かれる。
反応されるまえに、盾と洞窟の岩肌で挟みこんだ。
骨の折れる音と内臓の潰れる感触を盾越しに感じながら、もう一体を視認する。
「G……g……」
声にならない声をあげて、潰れたゴブリンが血反吐を吐いて倒れた。
(二体目)
心の中でつぶやいて、残ったゴブリンへ歩み寄る。
腰を抜かして、顔を歪ませながら後退するゴブリン。
ぎぃぎぃ、と鳴く声は命乞いだろうか。
「三体目ーーー」
斧を振りかぶる。
からころ、と音がした。今度ははっきりと。
賽を振る音、あるいは「死」の合図。
横で、何かがきらりと光った。
無意識のうちに身体を引く。
目の前を短剣がすり抜けた。
急いで体勢を整えると、短剣を握ったゴブリンが、目の前を転がる。
(松明の光で反射したか)
ゴブリン越しに少し離れた女神官を視界に捉える。
彼女は魔術師に肩を貸していた。
また油断した、と舌打ちをする。音を聴いていれば短剣の奇襲には気付けた。
盾を構える腕に、苛立ちに近い力がこもる。
ゴブリンが起き上がり、忌々しげにこちらを睨む。
腰を抜かしていたゴブリンが、顔を真っ赤に染めながら、叫び声をあげて突っ込んで来た。
腰を落として、もう一度盾を構える。
潰された仲間を思い出したのか、途中で勢いが緩まった。つんのめって、体勢が崩れる。
盾裏から、手斧を素早く取り出して、投げつけた。
空気を裂いて、唸りながら飛んでいく。
吸い込まれるように、胸部分に命中した。
ゴブリンは、叫び声をあげて倒れた。
「これで、三体目」
息を小さく吐いて、短剣のゴブリンに向き直る。
ゴブリンは不利だと感じて、冷や汗を流し始めるが、遅かった。
「矢・点火・射出‼︎」《サジタ・インフラマラエ・ラディウス‼︎》
弾かれたように、緑の醜悪な顔が後ろを振り向く。
魔術師の叫びと共に、闇を切り裂く紅蓮の線が走った。
「G AAAAA‼︎」
次の瞬間には、ゴブリンが火達磨で絶叫していた。
盾鉱人は、盾を構えたまま、動かない。
ゴブリンはしばらく悶え苦しんでいたが、やがて、か細い声と共に動かなくなった。
「四体目」
肉の焦げる嫌な匂いに眉をひそめて、盾鉱人がつぶやく。
斧についた血を払って、鞘に収める。
「盾鉱人さん、ご無事ですか‼︎」
女神官が、こちらに駆け寄って来た。白い法衣がところどころ汚れている。
魔術師も遅れて、近寄ってきた。
「離れるなって言ったやつが離れてどうするのよ」
死ぬかと思ったじゃない、と頬を紅潮させた魔術師が、目を吊り上げる。
「すまない。助かった」
盾鉱人は軽く頭を下げる。
一瞬、湿った沈黙が三人を包む。
「元はと言えば私が悪いの。謝らないで」
魔術師が冷えて白くなった指を隠すように、強く杖を握る。
「だが、あの火矢は助かった」
頭を上げて、盾鉱人は真っ直ぐに魔術師を見つめた。
「……じゃあ、おあいこね。これで終わり。早くあいつらに追いつきましょう」
毒気を抜かれたように、踵を返して、つかつかと元いた道を戻る魔術師。
赤くなった耳が、帽子とローブの隙間から覗いている。
「ひとまず、無事で良かった」
女神官が、法衣の裾をぎゅっと握りしめた。
「すまない。そっちも怪我はないか」
彼女は不安げなまま、どうにか口元に柔らかな弧を描いて、盾鉱人を見上げた。
「大丈夫です」
彼女の手が震えているのを、見て見ぬ振りをした。
「春紫苑、か」
儚く、けれど踏まれても懸命に咲こうとする。今の彼女に重なる花だ。
女神官が、先に進んだ魔術師に追いつくために小走りになる。
ゴブリンの死体の、横を通る。
ーーーその違和感が、意識の逸れていた盾鉱人の、警報を鳴らした。
(死体の位置が、ズレている)
駆け出すと同時に、横たわっていた、手斧の刺さったゴブリンが動き出した。
転がっていた短剣を手に取り、女神官に飛びかかる。
「え?」
標的は、無防備な背中を晒している女神官。
しかし女神官の前に、影が躍り出た。
「どいて‼︎」
魔術師が、彼女を突き飛ばす。
本能的な動作だった。
離れていた距離を考えると驚異的だが、それでも間に合っていた。
その結果、女神官は難を逃れたが、魔術師の無防備な身体が、ゴブリンに晒される。
盾鉱人は短剣の軌道を計算しだす。ゴブリンの短剣が彼女の喉元まで迫る。
(ギリギリ、だ)
盾鉱人は強引に歩法をねじ込んだ。
衝撃を受け流さんと、少し斜めに盾を構える。
カウンター狙いで、攻撃が来るのを待つ。
盾鉱人は、腰を据える。
がきん、と鈍い衝撃が腕に伝わって来た。
衝撃と同時に、重心を移動しようとした瞬間だった。
短剣が、爆発した。
(火薬?いや壊れる前提の設計か)
裏稼業の連中のやり口だ。おそらく死体から武器を剥ぎ取ったのだろう。
破片が、扇状に飛散する。
大半は、盾鉱人の厚い装甲で防げたが、至近距離にいた魔術師へと幾つかの破片が向かう。
盾鉱人は、迷わなかった。
盾を、正面ではなく、魔術師を覆えるように、少なくとも致命傷は避けられるように、左手を伸ばした。
「……ぐっ」
自分に飛んできた破片は、革と鎖帷子の鎧に守られた。けれど、伸ばした時に露出した左手首に鋭い痛みが走る。
「あぐっ……」
遅れて、魔術師からもくぐもった悲鳴が漏れた。
魔術師は右腕を庇って、地面に転がる。
完全に守るには、肉体の構造が、そして、経験が足りていなかった。
「G、GIIII‼︎」
成功を確信したゴブリンが、醜悪な笑みを浮かべる。
ぎぃぎぃ、と喚く顔に向けて、盾鉱人が踏み出す。
反応する暇も与えないように、思い切り、斧を振り下ろす。
斧がゴブリンを貫通して、硬い洞窟の床に、突き刺さる。
砕けた石の粉と、汚れた緑の血。衝撃が、あたりに飛び散る。
「怪我を見せろ」
斧を、岩から無理やり引き抜きながら、魔術師へと向き直った。
盾鉱人はまず、自分の傷を確認しだす。
自身の手首に刺さった破片が突き刺さっている。
それを指先でつまむと、無造作に引き抜いた。
血が流れるが、気にするほどではない。
琥珀色の瞳が、破片に塗られた赤黒い粘液を捉える。
腐敗臭がする。とっさに魔術師を見た。
短剣が彼女の腕に突き刺さったままで、傷口の周りが変色している。
拳を握り締め、革の小手が歪む。
「今、《小癒》を」
「待て」
女神官を盾鉱人が止めた。
「毒だ」
引き抜くぞ、と魔術師に言ってから小剣を引き抜く。
「うぅっ!!」
痛みにうめいて、額に脂汗が滲みだす。
「『鍛冶神よ、これより我が彼の者の病を』」
「ま、まって」
盾鉱人の低い詠唱を、今度は魔術師の震える声が止めた。
「貴方、自分に使いなさいよ」
毒の回った腕を庇いながら、血の気の引いた顔で盾鉱人を睨みつけた。
驚いた顔で女神官が盾鉱人を見上げる。
「術の行使は二回まで。一回はここでお前に、もう一度は奥の馬鹿どもに使う予備、だ」
淡々と、感情を感じさせない声色で告げる。
「私は、口と杖さえ動けば魔法を行使できるわ。けどアンタは腕が使えなかったら盾役ができない。私より自分に使って」
女神官は盾鉱人と魔術師を見比べて、悔しそうに俯いた。
「合理的ではない。術はお前に使う」
「合理的よ‼︎」
魔術師が声を荒げる。
「ヘマしてばかりの私より、盾役の貴方の方が戦力になる。だから」
盾鉱人は、痺れ出した左手を無機質に観察した。
「却下だ。痛みで術が暴発すれば、全滅の危険すらある」
「そんなの、我慢するわよ……ッ」
彼女の瞳は、論理的な正しさと、それ以上に「自分のせいで彼を死なせたくない」という恐怖が混ざっていた。
「『我慢』ではどうにもならん。俺は種族柄、耐性があるし、盾を握る左手なら無理やり動かせる」
盾鉱人は迷わず応える。どこか頑なで偏屈だが、それを指摘できるほど余裕のある者はここにいなかった。
「動くな。やるぞ」
魔術師が何かを言う前に、盾鉱人の手のひらから鈍い光が漏れた。
「『鍛冶神よ、これより我が彼の者の病を癒す様を見るが良い《解毒》』」《キュア》
光が彼女の傷を撫で、毒を分解する。
魔術師の顔に赤みが戻り、盾鉱人の痺れが強くなる。
「さて」
盾鉱人は片膝をついた。
腰のポーチから使い古された二つの小瓶と、布に包まれた何かを取り出す。
俯く女神官と奥歯を噛み締める魔術師を尻目に、傷口を無理やり押し広げて、黒ずんだ血を搾り出した。
「な、何して……!」
女神官の悲鳴に近い声に反応しながら、布を広げる。
白い粉を纏った炭、「白炭」を取り出す。
「古い治療法だ。炭で毒を吸い出せる」
傷に欠けらを押し付けると、布を小瓶の液体に浸してキツく巻き付ける。
強烈な酒の匂いがあたりに漂う。
「これで、腐りはせん」
焼けるように痛む左手を、閉じたり開いたりしながら、呟く。
「貴方、」
魔術師から言葉が溢れるが、盾鉱人は意図的に無視した。
「ぬ、う」
砕いた炭入りの酒を一気にあおる。
じゃりじゃり、とした砂のような不快感。それを誤魔化すように酒が喉を焼く。
内と外から毒を吸い出す。荒治療だが、ドワーフの強靭な内臓と精神だけが可能にする「鉄の医療」だ。
「行くぞ」
短く、後ろの二人を見ないように斧を握りこむ。
炭入りの酒をもう一度あおる。
(今度は、炭抜きが飲みたい)
舌打ちを、酒と共に飲み下した。
瓶は見もせず、ポーチに叩き込んだ。
文字数多くて、読みにくいな…。
追記:ルビ振りのコマンドがよく分からないので横に書き込む形式でやります。