盾鉱人と冒険者の話(旧:ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話) 作:お前の隣の後ろの斜め右
第二十話 斧
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盾鉱人は自身の杯を飲み干す。
音を立てずに、机へ置く。
めざとく気付いた獣人の給仕が、もう一杯分、注ぐ。
無言で去っていく彼女に、盾鉱人は軽く会釈をした。
「武器を買い換えようと思っている」
「え?」
杯を傾けて、口の中を潤してから、呟くように盾鉱人は言葉を漏らした。
隣で、ナッツ類を摘んでいた魔術師が問い直すも、答えは返ってこなかった。
兜を脱いでも変わらぬ鉄仮面は、表情が読めない。
もう一度、盾鉱人は杯を呷る。
「補助武器を増やすとかではなく?」
魔術師の困惑声に、盾鉱人は無言で頷く。
彼女の視線が空中を彷徨った。
「……呪いとか掛けられてた?」
彼は首を横に振る。
「また取られた?」
もう一度、横。
盾鉱人は腰の斧鞘を叩く。斧の刃が鞘から覗く。
「気分転換?」
頭を、ゆるく横に振るう。
「棍棒にハマったとか」
盾鉱人は、一瞬硬直して、ぎこちなく首を横に振るう。
バツが悪そうに、頭を掻いた。
「壊れたんだ」
盾鉱人は、口をへの字に曲げながら、腰帯から斧を取り出した。
ごとり、と食堂のテーブルに斧を置く。
鈍い銀色の刃と、刃とは対照的に、煤けた黒色の斧身。
金属のように硬い柄は、二つを強固に繋いでいる。
どちらとも、戦うために特化した、静かな無骨さが滲み出していた。
「どこが壊れてるのよ」
魔術師が斧をひっくり返しながら、言う。
両手で持ち上げて「重い」と文句を言いながら、裏も見た。
「新品じゃないけど、まだまだ使えるでしょ」
「いや」
盾鉱人は口ごもる。
「使えない」
「どこが」
「……全部だ」
「ええ?」
彼は辺りを見回した。
そして兜を手に取る。
「場所を変えよう。見せた方が早い」
盾鉱人は席を立つ。
そして、二人分の代金を机に置いて、さっさと扉をくぐっていった。
「全く、せっかちね」
魔術師はため息を吐いた。
残ったレモネードでナッツを流し込み、自分の代金を机に置く。
「ごちそうさま‼︎」
給仕に声をかけながら、盾鉱人を追いかける。
彼は外で待っていた。
「前衛が後衛を置いてかないで」
「……すまん」
短く息を吐いて、魔術師は盾鉱人と向き合う。
「で、どこに行くの」
「組合の訓練所だ」
盾鉱人は「あそこなら斧を振り回しても問題ない」と付け加えた。
魔術師が頷く。
「なら行きましょ」
「ああ、あと」
彼女が彼の手を掴む。
無理やり手を開かせて、何かを握らせた。
盾鉱人が手を開く。
「ああいう気は、もう使わなくて良いわ」
中には、魔術師分の代金が乗っていた。
「『一緒に強くなる』、でしょ?」
「ああ。すまん」
「軽率に謝るのもやめて」
「……分かった」
ぎこちない盾鉱人に魔術師は吹き出す。
「本当に、不器用よね」
盾鉱人は、低く喉を鳴らしながら、魔術師を追いかける。
鞘の中の斧が、かちゃり、と音を立てた。
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盾鉱人は盾を構えた。
腰を深く落とし、衝撃に備える。
準備が整った瞬間、飛んでくる一撃を想像して踏ん張った。
仮想敵は、自分より格上だ。
しっかり衝撃を受け止めたあと、カウンター気味に斧を振り下ろす。
空気が刃に切り裂かれて、低い悲鳴を上げる。
それに紛れて、甲高い音が小さく鳴ったのを、魔術師の耳は拾った。
「確かに音はしてる、かな?」
しかし、空耳と言われれば気にしない程の音で、戦いの最中ならば尚更気付かないくらい小さい。
「振る感触も、ズレている」
残心をとって、斧を鞘に収めながら、盾鉱人は低く付け足した。
手に違和感が残るのか、しきりに柄を握ったり離したりする。
「おそらく柄が傷んだ」
「案外脆いのね」
「いや」
ぼそりと、悪意なく漏れた魔術師の独り言に、盾鉱人は即座に反論をした。
「手入れは欠かさなかった」
「……じゃあ何で」
「柄に齧られた跡が残っていた」
自分に眉をひそめた魔術師の隣で「奴の唾液で、内側まで傷んだんだ」と盾鉱人は大きくため息を吐いた。
魔術師は杖を握った。
「修理はしないの」
「しない」
「お金足りないなら、貸すわよ」
「いや」
彼の髭をしごく動きが止まる。
そして渋い顔で指を何本か立て、すぐに下ろした。
「……足りないわね」
魔術師が同じような表情で、帽子をいじりながら肩を落とす。
盾鉱人は頷く。
「内部の修理は手間だから仕方ない」
「でもそれ、大切なものなんでしょ。どうするの?」
「……考え中だ」
自分の言葉を確かめるように俯き、次に上を向いた。
曇天の隙間から太陽がのぞいている。
もうすぐ晴れるだろう。
「とりあえず、新しく武器を買う」
盾鉱人は魔術師に向き直った。
斧を鞘に収めて、歩き出す。
途中で、重戦士達とすれ違った。
重戦士の後ろに続く新人達は、身体が少し逞しくなっている。
お互いに軽く会釈をして、通り過ぎた。
「……」
「何?」
「いや」
彼らは気にせず、訓練場の奥に消えていく。
盾鉱人も前に向き直り、歩みを進めた。訝しげな魔術師も後に続く。
後ろから、新人達の悲鳴が、聞こえてきた。
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盾鉱人は楢の扉を押す。
分厚い扉が、見た目とは裏腹に静かに開いた。
ちりん、と扉の上で鈴が鳴った。
「いらっしゃい。ああ、アンタか」
カウンターの奥から、「只人の想像する鉱人」そっくりな、白髭の男が歩いて来た。
盾鉱人の首元までくらいの身長で、革のエプロンが脂で汚れている。
白かったであろうシャツは、煤で黒ずみ、はち切れんばかりの腕を何とか包んでいた。
「あの斧、どうなった」
鍛冶屋の主人は、自慢の白髭を揺らして、盾鉱人の斧鞘を一瞥した。
魔術師の全身も見て、すぐに目線を盾鉱人に戻す。
「分からん」
「……分からんって、今持ってるじゃねえか」
「これは使えない」
「前に来た時『仲間に相談する』って帰ったのお前さんだぞ」
「決まらなかった」
「じゃあ何でここに来たんだよ」
鍛冶屋の主人が頭を抱えて、助けを求めるように魔術師を見た。
彼女も目線に気付く。
「とりあえず、新しく武器を探そうと思って来たの」
魔術師は辺りを見回した。
盾や武器が所狭しと並び、別世界に紛れ込んだかと勘違いする雰囲気がある。
「あんたどこかで見たことあると思ったら、コートとスリング買ってったやつか」
「ええ。よく覚えてるわね」
「店の中で売るやつと買うやつが交渉し合うなんて、中々見れねえからな」
鍛冶屋が片側の口の端を吊り上げて笑い、魔術師も釣られて笑う。
そして、鍛冶屋は盾鉱人を見た。二人を見比べて、低く笑った。
「何の笑い?」
「いや。俺の勘もまだまだ現役だと思ってな」
鍛冶屋の主人は両手を、ぱん、と打ち付けた。
「まあ、そういうことならゆっくり見てけ」
彼は「決まったら声をかけろ」とカウンターの奥へと消えて行く。
盾鉱人と魔術師はお互いに顔を見合わせて、小首を傾げ合う。
しかしすぐに、武器へと興味が移る。
しばらく他の客は、来なかった。
盾鉱人が軽く踏み込む。
踏み込みながら、右拳を前に突き出した。
体重を腰の捻りと共に右手に乗せて、打ち出す。
ひゅっ、と空気を切り裂く音と共に拳が空中で止まった。
「貴方、拳闘もできるのね」
「手慰み程度だ」
盾鉱人は構えを解いて、拳甲を棚に戻した。
手をふらふらと振る。
「それに盾と併用するには、射程が足りない」
肩をすくめながら、別の武器を探す。
なんとなしに、鉤爪を手に取った。
「どう?」
「軽い、から無しだ」
「鉱人には『盾剥がし』なる技があって、その練習に鉤爪をよく使う」
「知ってる。左手で崩して、右手で攻撃するやつでしょ」
「ああ。そうだ」
盾鉱人は鉤爪を棚に戻した。
魔術師は鞭を見つめて、顎に手を当てている。
「師匠は体捌きと腕力で、逆に相手を引き倒していた」
「貴方もできるの?」
「真似したら怒られた」
「あら、何で?」
「俺は師匠ほどの腕力がなかったからな」
盾鉱人は苦笑いを浮かべる。
短槍を手に取り、数度振る。
「違うな」
そして首を横に振ると、すぐに棚へ戻す。
鼻から息を吐いて、肩を回した。
「いざ探すと、見つからん」
「ねえ、これは?」
魔術師に肩を叩かれる。
振り返れば彼女が何かを差し出していた。
「槌、か」
手に取り、一度、振る。
「どう?」
もう一度。今度は盾を構えて、二度、三度。
「悪くない」
「それだけ?」
「斧とは比べたくない」
「でも気に入ったのね」
微笑む魔術師に小さく頷く。
腰の斧鞘を一瞥して、また槌に目線を戻した。
「だが、高いな」
「足りない分は出すわよ」
「……助かる」
盾鉱人は槌を見つめた。
そして、しばらくしてから棚に武器を戻す。
「ダメだった?」
「いや。良かった」
盾鉱人は首を横に振る。
「だが、こちらでも良い」
奥から戻って来た彼の手には、別の武器が握られていた。
「棍棒?」
「ああ」
太い木の幹を削り出し、持ち手部分に布を巻いただけの、いっそ粗暴と言っていい武器。
打撃部分には木の瘤がいくつもみられた。
「これなら値段も抑えられている」
「そうだけど。棍棒よ?」
「ああ。……使い易い」
盾を構えて、二度三度と棍棒を振るう。
今度は棍棒を両手で持って、振るう。
「これでも、いい」
盾鉱人は小さく呟いた。
「まあ、貴方が良いって言うなら良いわ」
腰に手を当てて、魔術師は笑う。
それに釣られたのか、盾鉱人は歯を見せて、笑う。
彼女は目を見開く。
「……何だ」
「貴方、そんな風に笑うのね」
「何?」
声が室内に響き、店の奥から、店主が顔を出した。
盾鉱人を見て、次に棍棒を見つめ、最後に不敵に笑った。
「決まったんなら、早く買いな」
二人は頷いて、カウンターへと歩く。
「俺、笑ってたか?」
歩きながら、盾鉱人が小声で魔術師に話しかける。
「え?、ええ。いつもとは違う雰囲気だった」
「そうか」
会話はそれきりだった。
魔術師の目の前では、店主が盾鉱人に棍棒用の鞘を作るところまで話を進めている。
「そんな金は無いぞ」
「いらん。サービスだ」
「いや。そういうわけには」
「うるせェやつだな。ならその斧を預かるかわりに鞘を貸し出してやる」
「……俺にとって得しかない」
「鉱人の武器は珍しいから、研究ができる」
店主がうるさそうに手を振る。だが眼光はするどい。
盾鉱人はしばらく腰の斧を見つめた。
それからゆっくりと、斧を鞘から取り出す。
鈍い銀色を撫でて、煤けた黒、そして、硬い柄を一度撫でた。
カウンターへ静かに置く。
「ありがとう」
「へっ。最初から出せってんだ」
悪態をつく店主に、盾鉱人は苦笑いを浮かべる。
(戻ってる)
斜め後ろから彼を見ていた魔術師は、帽子を被り直す。
間違いなく本心から笑ってはいるのだろうが、先ほどの顔を見てからだと少し違和感の残る笑顔。
(私はさっきの顔の方がーーー)
そこまで考えて、彼女は思考を無理やり止めた。
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評価、閲覧、ありがとうございます。亀更新ですが、続けてまいります。