盾鉱人と冒険者の話(旧:ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話) 作:お前の隣の後ろの斜め右
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「素晴らしい‼︎」
商人が、盾鉱人たちに向かって両手を広げた。
彼等の周りには、革鎧を纏った男が数人転がっており、誰もが地面に伏せたままぴくりともしていない。
盾鉱人は手で商人をなだめる。
「あー、俺たちの仕事がこれだ。まだ先はある」
「ええ、分かっておりますとも」
張り付けた笑みで、商人は馬車に戻った。
車を引く馬の横で、杖を構えていた魔術師にも笑顔を向け、「ご苦労様です」と声をかけた。
馬のいななきに彼女の小さなため息はかき消された。
「しかし、貴方たちのような冒険者が来てくれて良かった。前任者には『逃げられて』しまいましたからな」
笑みを崩さず、表情を変えない彼の瞳に、魔術師の背筋が冷えた。
固まる魔術師の横を、盾鉱人が通り過ぎた。
軽く肩を叩いて、彼女を促す。
「俺たちは、彼と彼の積荷を護衛するだけだ」
「……分かってるわ」
魔術師は帽子を深く被り直した。
手に握ったままの杖が、汗で湿り気を帯びてきた。
杖をしまい、ぷらぷらと手を乾かす。
「薬草採取の方が良かったな」
今日何度目かわからないため息で、彼女は空を見上げる。
気分とは裏腹に、雲ひとつない快晴が空いっぱいに広がっていた。
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「で、なんでこの依頼を選んだわけ?」
不機嫌を隠そうともしないまま、魔術師が腕を組む。
盾鉱人は慌てて商人を確認し、彼女に向き直った。
「声が大きいぞ」
「……ごめんなさい」
口元を押さえた彼女を見て、盾鉱人は肩から力を抜いた。
棍棒の収まる鞘を一瞥する。
「経験と報酬の、折衷案がこれだった」
「なら魔物討伐でも良かったじゃない」
「いや」
「別に取り繕わなくていいわよ。要するに慣らし、ってことでしょ」
魔術師は盾鉱人の鞘を指差す。
「組合の訓練だけじゃ、不安だったのね」
「訓練は訓練。実戦は必須だ」
むっつりとしたまま、彼は鞘を叩く。
彼を横目で見ながらニヤリと笑い、魔術師は顔を向けた。
荷物に寄りかかり、右足を抱える。
「なら私の、新しい魔術の実戦相手にもなってよ」
悪戯っぽく笑いかける彼女に、盾鉱人は唸るしかなかった。
髭をしごく。
「二つ、覚えたのだったか」
無言で魔術師は頷く。
指を一本ずつ折る。
「『粘糸』と『破裂』」
「効果の復習をしたい」
「『粘糸』は蜘蛛の巣で敵の動きを封じる。『破裂』は小石とかを爆発させられるわ」
「強力だ」
「そうね。だから試し撃ちがしたいの」
「それは、今は困る」
盾をいじりながら答えた盾鉱人に、魔術師は吹き出す。
すぐに表情を取り繕った。咳払いをする。
「別に本気じゃないわよ。教えてもらった時に試し撃ちはしたし」
彼女は「やっぱり貴方天然ね」と微笑んだ。
「……周囲の警戒をする」
盾鉱人は、話題を逸らすしかなかった。
「お二人とも、こちらを」
しばらくしてから、商人が声を上げて馬車を止めた。
二人が顔を覗かせると、木や岩が道の真ん中に横たわっていた。
「ここ、街道よね?」
「ああ。近辺でトラブルの噂も聞かなかった」
「なら、わざとやったってわけね」
「……確認してくる」
盾鉱人は馬車から飛び降りると軽い動作で着地した。
がちゃり、と装備が音を立てる。
「お気をつけて」
商人のとなりを抜ける時、心配そうな声をかけられた。
彼を一瞥しながら「念のため、彼女の近くに」と魔術師を顎で指して、声を掛け返す。
静かに頷いて、商人はゴソゴソと後ろに移動した。
ゆっくりと、周囲に気を向けながら、瓦礫の山に近付く。
盾鉱人は鞘に軽く触れた。いつでも武器は抜ける。
「岩、木材、布。何かの荷物を捨てた、か」
目視でわかる範囲で、山を観察する。
年季の入った木材や、洗えば使えそうな布地など、よく分からない組み合わせだ。
(あれは?)
山の頂点、最も目立つ部分に、円章が見えた。
太陽光を反射して、おそらく馬であろうレリーフが輝いている。
小石を投げる。命中し地面に落ちた。
(戦馬、いや荷馬か)
盾鉱人が円章を拾い上げる。
円章自体はずっしりと重く、形は斥候獣人の持っていた物に近い。
中心では逞しい馬が、豪華な馬具、大きな荷車、頑丈そうな蹄鉄など、鎧と見紛うほどの重装飾を付けていた。
盾鉱人は一瞬顎に手を当てると、踵を返して、馬車の方へ戻っていく。
「大丈夫だった?」
近くまで寄ると、魔術師が声を掛けてきた。
手だけで返事をする。
「これが、瓦礫の一番上に」
彼女の近くにいた商人に、円章を見せた。
彼と一緒に魔術師も覗き込む。
「これは……」
「紋章。立派な馬ね」
馬車の馬が、あらく鼻息を吐いた。
盾鉱人と魔術師は、一瞬だけそちらを向いて、また視線を戻した。
商人だけが、レリーフの馬を、じっと見つめている。
「……何か知っているのか」
盾鉱人が尋ねると、彼はおもむろに自分の懐をあさり出す。
すぐに、同じような円章を取り出した。
「それ、先代が使ってたものです」
静かに呟きながら、二つを並べる。
どちらの馬も逞しく、大きな荷車を引いている。
けれど、決定的な違いがある。
「こっちの方が、なんていうか、重装備ね」
魔術師が盾鉱人の方を指差した。
盾鉱人の馬が豪華で、煌びやかに見える一方、商人の馬は、簡素で最低限の馬具しか付けていない。
(豪華な荷馬と必要なものだけを残した輓馬、だろうか)
両者を見比べながら、盾鉱人は心中でつぶやいた。
商人はため息をつく。
「これを残していったのは、私の知り合いですね」
何でもないように、顔を上げた。
自分の円章を懐にしまいながら、盾鉱人の持つ方には見向きもしなかった。
「お前のだろう。持っていろ」
「……それは先ほど、確認してきてくれたお礼、ということで」
「前払い分は、もう貰っている」
「追加報酬です。売ればそれなりに値が付くはずです」
「いらん」
「では捨ててください」
「お前が持つべきだ」
振り返りもせず、商人は馬車の運転席にもどる。
手綱を、手際よく付け直す。
「外していたのか」
「ええ。まあ」
少し彼の手が緩んだ。
馬が、商人を顔で押した。
彼は軽く撫でる。満足したかのように馬は顔を正面に戻した。
「よく逃げなかったな」
「躾けましたから」
「そうか」
「調教師をお探しなら、紹介いたします」
手綱を付け終え、馬が顔を振った。
魔術師は、荷台の後ろで空を見上げていた。
「……本当にいらないのか」
「はい。もう持っているので」
こちらを向いて、胸元から何かを取り出す。
しゃりり、と細い鎖が鳴り、同じような「荷馬」の硬貨が姿を現した。
「冒険者さまの持つそれは、先代に雇われた者に配られたものです」
「俺たちのように?」
「いえ。専属護衛です」
盾鉱人は次いで質問をしようとして、口をつぐんだ。
後ろに来ていた魔術師が、代わりに質問をする。
「裏切られたの?」
「いえ」
商人は肩をすくめる。
「そりが合わなかった」
「支払いでも滞ったか」
「金銭がらみなら、幾分かマシでしたね」
「なら何で?」
彼は魔術師を一瞥して、盾鉱人へ視線を戻した。
張り付けた笑みが、少しだけ薄れた。
「やり方が合わなかったんですよ。単純に」
吐き捨てるように言った後、苦笑が徐々に浮かんでくる。
彼は馬を撫でる。毛並みの良い尻尾が揺れた。
「さあ、行きましょう。別道があったはずです」
商人は「舌を噛まないでください」とおどけた。
盾鉱人と魔術師は、無言で荷台に座る。
横目で二人が座ったのを確認して、商人は手綱を振るう。
がたん、と馬車が揺れる。
『誰でも触れられたくないことはある』
(ましてや俺たちは、ただの雇われだ)
自身を戒めるため、眼を固く閉じた。
馬車の外では、虫が鳴き始めた。
読んでて戦闘がないとインパクトに欠けるけど、書きやすいのは掛け合い台詞なんですよね。