盾鉱人と冒険者の話(旧:ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話) 作:お前の隣の後ろの斜め右
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前任者が歩いてくる。
右手の剣を肩に、左手の鉤を自然体に垂れ下がらせている。
隙だらけにもみえる構えだった。だが、戦闘に長く身を置いた者特有の「慣れ」がこちらにも伝わってくる。
盾鉱人は棍棒と盾を、握り直す。盾帯が手汗でしっとりと濡れていた。
隣に並ぶ商人は、表情の見えない顔で前任者を見つめている。
「じゃあ、作戦通りに」
後ろから、魔術師が緊張した声をかけてきた。
切れ長の瞳が、いつもより鋭い。
盾鉱人は「ああ」と応える。肩を回してほぐせば、思っていたより力が入っていたことに気がついた。
いつもより多めに回しておいた。後ろの彼女の雰囲気が、少し和らいだ気がする。
隣の商人は、無言で手を上げることで魔術師に応える。
彼女は二人を見比べて頷くと、三歩後ろに下がった。
前任者の歩みが速くなる。
競歩から、早歩き、早歩きから、小走りになった。
「……援護はします」
「頼む」
視線は前任者から離さずに、二人は言葉を交わす。
盾鉱人は、前に出る。
すぐそこまで前任者が来ていた。
獣のごとき勢いに、少し気圧された。
二人の後ろから、魔術師が石弾を打った。
盾鉱人の耳元を、唸りを上げながら石弾が通り過ぎる。
前任者はそれを、右手の剣で真っ二つに斬った。
「うっそ!?」
(避けるでも弾くでもなく、斬るとは)
魔術師の悲鳴を聞き流しながら、盾鉱人は深く腰を落とした。
「あの頃よりキレが増してますね」
うんうん、と頷きながら、何故か誇らしげな商人は無視した。
「……来ます」
表情を引き締め直した商人の言葉と同時に、前任者は盾鉱人に飛びかかる。
彼女は走る勢いのまま、盾に向かって飛び蹴りを放つ。
(速い。避けられん)
少し足を開いて待ち構えれば、想像を下回ることのない衝撃が、盾を叩く。
まともに受けるのではなく、盾をズラして、攻撃を受け流した。
前任者の足が滑り、空中で無防備になる。
すかさず棍棒を振り下ろす。
(入った)
盾鉱人が手応えを確信した、その瞬間、
前任者はニヤリと笑った。
彼女は左手を地面についた。
左腕で身体を支えながら、棍棒の軌道から身体を逃す。
盾鉱人は目を見開く。
そして、彼女は回転の勢いを利用して身体を立て直し、右手の剣を盾鉱人の兜に目掛けて振り下ろした。
(クソ)
すんでのところで、顔を大きく背けて避ける。
自分から後ろに飛んで、距離を稼ぐ。
前任者がこちらに詰めてこようと、足に力を入れるが、横から商人が剣を振り、その進路を阻む。
彼女が体勢を整える前に、魔術師がスリングで石弾を飛ばす。
鉤で石を弾きながら、前任者は大きく後ろに下がる。
もう一度、距離が空いた。
盾帯から、僅かに力を抜く。
商人と横に並び、魔術師も後から続いた。
「大丈夫ですか」
商人の、心配そうな、けれど抑揚を感じない声だ。
横目で確認した彼と、視線が交差した。
盾鉱人は短く息を吐いて、応える。
「兜に掠っただけだ。……まるで獣だな」
獣人ではないよな。
盾鉱人は前任者の頭部を確認した。獣の耳らしきものは見当たらない。
「彼女、昔は『歪牙の女豹』なんて呼ばれてましたから。合ってますよ」
「『獣付き』なの?」
「いえ。そういう渾名です」
「なるほど」
盾鉱人は盾を構え直して、前任者を見る。
彼女はしなやかに立ち上がると、服についた汚れを落としていた。
盾鉱人は兜のズレを直す。
「策を実行したいが、隙がない」
「三人いても、二人がかりじゃないと止められないもの」
「なら三人で畳み掛けますか」
「いや」
盾鉱人は途中で言葉を止めた。
二人を見て、それから前任者に目を戻す。
「俺が一人で惹きつける」
二人の視線が集まる。
短い沈黙が流れた。
「では、その間に準備します」
商人は盾鉱人を見詰めた後、前任者に向き直った。
次いで、魔術師が盾鉱人の肩を叩く。
「頼んだ」
振り返れば、頷きながら彼女に微笑みかけられた。
盾帯を、強く締め直した。
「ああ」
彼女に頷き返すと、三歩前に出る。
後ろに、商人と魔術師を隠す。
前任者の目が細められた。
「第二回戦、ってところか」
慣れない冗談で、気を紛らわせる。
策が成るかどうかは、自分次第だ。
「こちらから、行くぞ」
盾鉱人は盾を構え、前任者へと駆け出した。
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盾鉱人は棍棒を横薙ぎに振るう。
前任者が身を屈めて回避した。
すぐさま盾を押し出す。
盾から伝わる軽すぎる感触に「避けられたな」と直感しながら、横方向へ転がる。
案の定、炎のような剣が、元いた場所を通り過ぎた。
体勢を立て直しながら、手投げ斧を投げつける。
そして、命中を見越して次の動作に移ろうとして、動きを止めた。
盾鉱人が投げる直前、前任者が肩をすくめて、低く、
「そろそろ見飽きたわ」
とつぶやいたからだ。
(下手を打ったか)
盾鉱人が小さく舌打ちをしている視線の先で、手投げ斧が回転しながら、前任者に飛んでいく。
彼女は回転に合わせるように、鉤を横向きに構えた。
すぐに鉤と斧がぶつかり、甲高い音とともに火花が散る。
手投げ斧が勢いを失って、地面へ落下する。
ゆるく回転しながら落ちる斧の柄を、彼女は掴む。
そして、全力で投げ返してきた。
(巧い。やられた)
顔が歪むのを自覚しながら、盾を構えて受けようとする。
嫌な予感が走り、足捌きで斧を避けた。
「流石に引っかからないか」
静かな声に、盾を短く持ち直す。
いつの間にか、斧に追従して距離を詰めていた前任者が、鉤を振り下ろしてきていた。
(クソ。これも、受けられん)
内心で悪態を吐いた。
身体ごと後ろに下がって、攻撃を避ける。
鉤が空を裂き、前任者は大きく体勢を崩すが、盾鉱人は追撃することなく、盾を構えて後ろに下がった。
盾で受ければ『盾剥がし』の足がかりにされる。避ければ、次の攻撃が来る。
(打ち込めない)
絶え間ない攻撃に、反撃の隙すら見出せていない。
(斧だったら、もう少し立ち回れていただろうか)
右手の棍棒を、一瞬握りしめた。
そして、首を軽く振る。
(余計なことを考えるのはやめろ)
「戦闘中に考え事かしら」
顔を上げると、前任者が両手で、剣を振り下ろしてきていた。
盾を頭上に滑り込ませる。
質量のある硬い物同士がぶつかる、鈍い音が響く。
そして、予想を裏切らない威力が、盾から腕、腕から胴体を通り、脚に伝わる。
それでも盾鉱人は片手で耐えた。
(耐えた)
少し、力が抜けた。
(いやまだだ)
視線の下の方で、何かが動いた。
剣を受け止めた盾は、まだ頭上にある。動かせない。
咄嗟に腹に力を入れる。
前任者の蹴りが、盾鉱人の脇腹に突き刺さった。
(これが本命か)
当たる瞬間、蹴りの方向に飛ぶことで衝撃を吸収する。
けれど、身体の奥で、ごき、とくぐもった音がした。
鈍い痛みが走る。
「肋骨、貰いね」
前任者の低い声が、やけに耳に残った。
地面を転がりながら、体勢を立て直し、なんとか片膝で立ち上がる。
口の端から血が垂れた。
不快感とともに血と唾を吐き捨てる。
無造作に袖で口元を拭った。
(——あと、少し)
「まだ、やれるぞ!!」
次の策のため、注意をこちらに引くために、声を上げた。
膝に喝を入れて、立ち上がる。
ポーションを腰嚢から取り出し、一気にあおった。
痛みが少しだけ、引いた。
地面に空の瓶を投げ捨てて、再度前任者へ突撃する。
律儀にも、視線すら逸らさず待ってくれた彼女へ、無理やり笑みを作って笑う。
「まだ、生きてるぞ」
棍棒を振りかぶれば、避けられて反撃をしてくる。
当たる前に盾を滑り込ませて、何とか防ぐ。
武器を振るたび、攻撃を盾で受けるたびに、肋骨の痛みが強くなる。
(長くは持たない。だが—-)
盾の縁を、棍棒で示す。
がんがん、と二度叩いて、深く腰を落とした。
前任者の笑みが、みるみる深くなる。
「そういうの、好きよ」
彼女が蹴りを放つ。
盾で受ける。
後ろへ飛ばされる身体を、力で押さえつけた。
突きが飛んでくる。
盾で受け流す。
縁の金具がゆがんだ。
前任者は、鉤を振り下ろす。
(今‼︎)
「ーーー《束縛》‼︎」《リガートゥル》
がきり、と鉤が盾の縁に食い込んだ瞬間、横から、魔術師の鋭い声が響いた。
前任者が顔を向けると、魔術師の方向から、白い球体が飛んできていた。
魔術師が唱えたのは《粘糸》の魔術。
蜘蛛の巣のような粘着質の物体を飛ばす、捕縛にはうってつけの代物だ。
(良い。好機だ)
盾鉱人は魔術師を横目で見ながら、腕に力を入れる。
魔術師はこちらを見せず、《粘糸》を追っていた。
前任者は、鉤を強く引っ張る。
がっちりと盾に食い込んで、離れなかった。
ならば、と盾ごと引っ張り込もうとするが、盾鉱人の膂力には勝てないようだった。
《粘糸》が迫る。
盾鉱人も、商人も、魔術師も、捕らえたと確信する。
「なるほど、ね」
前任者は笑いながら呟くと、盾に食い込んだ鉤を下に引いた。
反動で、身体が上に浮く。
そして、体重を乗せられて少し下がった盾に、飛び乗った。
盾鉱人が驚く隙もなく、盾を踏み台にして、高く飛び上がった。
空中の前任者の下を、《粘糸》が通り過ぎる。
少し進んだところで、《粘糸》が地面に落ちて、周囲を蜘蛛の巣まみれにする。
(まるで曲芸だ)
唸りながら、未だに盾に張り付く鉤に眉を顰める。
軽い動作で地面へ降り立つ彼女に、魔術師が小さく「あれを避けるの?」と悪態を吐いた。
咄嗟に盾鉱人は盾を構え直した、直後だった。
「誘ったのは、あなたでしょう」
低く、艶やかにも感じる声色は、脳を直接触れられたように錯覚する。
動揺を顔に出さないようにするだけで、精一杯だった。
(いつ、近くに)
背中が総毛立つ暇は、なかった。
前任者は、しなやかな動きで、音もなく鉤の柄を握った。
鉤は、がきり、と固定された。
(まずい)
意識は後ろに逃げようとする。しかし、
(いや)
今この瞬間が、『盾剥がし崩し』をする時だと、思い直した。
身体全体を見れば、次は失敗しない。
前任者の腕が動く。
(来た。敵に合わせろ)
盾鉱人は反応した。
反応した、つもりだった。
だが身体は、意識より先に、一歩、踏み込んでいた。
(あれ?)
盾鉱人は頭の中が、一瞬白くなる。
だが意識とは裏腹に、身体は盾の裏側に潜り込んだ。
『盾殴り』に体重を乗せる。
盾鉱人自身の膂力も加わり、至近距離で、いつもより速度が出た。
前任者はもろに『盾殴り』を食らう。
縁に食い込んで微動だにしなかった鉤が、弛んだ。
距離が潰れて、鉤への力がかかりづらくなっていた。
鉤は、ほんの少し盾の角度を変えるだけで、簡単に外れた。
(後ろから、押された?)
違う。身体は自然に動き、違和感を感じているのは自分の意識だけだ。
流れのままに、盾から前任者を覗き込む。
驚いた顔で、後ろに大きくのけぞっていた。
はじめて、明確な隙を晒した。
(考えるな)
盾鉱人は今度こそ、踏み込む。
どうにせよ、あるかないかの隙だ。ここを逃す理由はない。
盾鉱人は、盾を構えて突進した。
(このまま転ばせる)
盾を身体に密着させて、距離を詰めた。
たたらを踏んだ彼女と視線がぶつかる。
「隠し玉ね」
彼女は騙された、と忌々しげに舌打ちをした。
そして、無理やり片足で、横蹴りを放ってきた。
盾を、自分の側面にずらす。
間を開けず、盾に蹴りが突き刺さる。
横方向に身体を動かしながら、足のバネを利用して、衝撃を地面に逃した。
間髪入れずに、盾鉱人は右手の棍棒を突き出す。
身体には命中したが、前任者は棍棒の勢いを利用して、距離を通ろうと後ろへ飛んだ。
手応えも軽い。おそらくわざと当たった。
「逃さん」
咄嗟に手投げ斧を投げようとするが、先の反撃を思い出し、一瞬躊躇する。
(だが、ここで逃せばチャンスは無い)
決意しなおし、投げつけようと手投げ斧を掴む。
渾身の力で振りかぶる。
狙いをつけるために前任者を見る。
そして無理やり、動きを止めた。
(クソったれ)
彼女は、薄く、笑っていた。
罠かどうか分からなかったが、表情だけで、盾鉱人は動けなかった。
盾鉱人は地面を蹴る。
(まだ、間に合う)
視線の先では、体勢を整えた前任者が、鉤を鞘に収めていた。
盾鉱人は速度を上げる。
視線の先で、彼女が炎のような刀身の剣を、両手で構えていた。
盾鉱人は走りながら盾を前面に構え、そして、
全力で横に転がった。
「は?」
受け身を取りながら、回転する視界に、困惑する彼女の顔を捉える。
「何を……?」
思わずと言った様子で構えを解いて、彼女はこちらに声をかけた。
盾鉱人が答える前に、彼女の後ろから、商人が飛び出す。
前任者の顔が瞬時に引き締まる。
だが彼女が構えるより、商人が何かを投げつける。
灰色の何かは、彼女の斜め後ろに、落下する。
「何かと思えば、石?何処を狙って……。ッ!!」
嘲笑うように、商人が投げた石ころを視線で追い、視線が、地面に広がる《粘糸》に追いついた瞬間、身体に力を入れた。
だが、
「《破裂》」《ガンビット》
魔術師が凛とした声で、小さく呟く。
彼女の魔法の方が速かった。
石が地面に落ちて、爆ぜる。
前任者を巻き込むには威力が小さい。
けれど爆発は近くの物体、つまり《粘糸》を巻き込んで、吹き飛んだ。
こもった音の後、四方八方に飛び散る《粘糸》の塊。
盾鉱人は爆発の後、構えていた盾を、ほんの少し下げた。
不意打ちで飛んできた糸は、彼女の左足を地面に縫い付けて、革鎧の、肩と足の関節部分にべったりと張り付いていた。
「これが、狙いね」
尚も獰猛に笑う前任者へ、盾鉱人は全力で、突っ込む。
下から棍棒を振り上げる。前任者が剣を振り下ろしてきた。
盾を滑り込ませた。
盾越しに身体に衝撃が響く。
鉄の味を飲み込んで、盾を大きく横に動かして、剣を弾く。
前任者の上体が横に流れた。
彼女は、《粘糸》で上手く身動きができない。
右足で踏ん張ろうとする。
しかし体勢が悪く、力が入らなかった。
重心が崩れる。胴ががら空きになった。
彼女の目が大きく見開かれた。
盾鉱人は息を吐きながら、棍棒を振りかぶる。
そして、渾身の力を込めて、振り下ろす。
脇腹に痛みが走り、口に血が滲むが、無視した。
棍棒が唸り、周りの空気を巻き込んで進む。
前任者は咄嗟に抜いた左手の鉤を、構えた。
盾鉱人は柄を握りしめる。
歯を食いしばる。血の味が濃くなった。
棍棒の勢いが、増した。
「ぬ、ぅん!!」
鉤と棍棒がぶつかり、わずかに拮抗した後、鉤が根本から折れた。
盾鉱人の一撃が、前任者の胴体に叩き込まれる。
「ッ!!!!」
くぐもった音とともに、彼女の身体が少し浮く。
一瞬遅れて、顔から脂汗が吹き出て、次いで凄まじい鈍痛が彼女を襲う。
前任者は、くの字に身体を曲げながら、地面に膝をつく。
肺の空気が全て抜けたような感覚。
息が吸えない。息が吐けない。
呼吸をするだけで激痛が走る。
そして段々、意識が薄くなっていく。
「貴方た、ちの勝ち、ね」
息も絶え絶えで、彼女は何とか言葉を絞り出した。
「一対一なら、アンタの勝ちだ」
唸る盾鉱人に前任者は、鼻を鳴らした。
変に真面目な鉱人を笑った。
白み始める意識の中、前任者は商人を探す。
あの時から変わらない、表情の読めない顔を。
そして、
「……笑い、なさ、いよ」
皮肉げな笑みを商人に向けながら、前任者は地面に倒れ込んだ。
そのまま動かない彼女を確認して、盾鉱人は肩の力を抜いた。
痛みと疲れが、鮮明になってきた。
「よし!!」
魔術師が思わず、声を上げる。
それに苦笑いで視線をやれば、口を手で覆いながら、耳を赤くして、そっぽを向いた。
盾鉱人は空を見上げる。
静かに、息を吸って、吐いた。
今はもう、夕方だった。
脇腹をさすりながら呟く。
「痛いな」
盾帯を、少し緩めた。
お待たせしました。
Xでもお知らせしましたが、風邪というか、複数の細菌に一気に感染したらしく、体調を崩していました。
今回から振り仮名を振ってみたのですが上手くできてるのか不安です。