ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話 作:お前の隣の後ろの斜め右
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足元の、濡れた砂利が跳ねて、足の裾を汚した。
「ついてきてるか」
盾鉱人が後ろを振り返ると、魔術師と女神官が息を弾ませながら頷いてくる。
「大丈夫です」
受け答えには余裕がある。
盾鉱人は頷いて、前を向き直した。
彼女らの息は少しずつ上がっているが、足音は乱れていない。
けれど万が一に備えて、走るスピードを少し落とした。
術を使う者が、息が切れて詠唱できない、などという状況にはしたくない。
洞窟の奥の方、松明の光が見えてきた。
青年戦士と武闘家が、7体程のゴブリンと戦闘している。
長剣を、ぎこちなく突き主体で振りながら、高揚する青年戦士。
彼を時折見ながら、一歩分だけ前に踏み込み、鋭い格闘を繰り出す武闘家。
彼らの影が、洞窟に映し出されて、壁画が動いているようにも見えた。
「後衛は、何処だ‼︎」
足元に迫ったゴブリンを串刺しにしながら、青年戦士が叫ぶ。
「近くまで来てる‼︎」
ちらり、とこちらを確認した後、武闘家は応えた。
青年戦士がこちらを捉えた。
眉間にシワが寄っていく。
「遅いぞ‼︎」
魔術師から、鋭い気配が漏れた。一瞬、彼が怯む。
盾鉱人は、短く息を吐いた。
(まずは蹴散らしてからだ)
武闘家を一瞥して、青年戦士を追い越す。
ゴブリンに狙いをつける。
斧を、下から上へかちあげる。
コンパクトに振り、衝撃を相手に押し付けた。
「GYAッ‼︎」
短く悲鳴をあげて、後方へ仰向けに倒れた。
傷跡から、血が飛沫をあげる。
「これで五体目」
小さく呟く。
後ろを振り返る。
突出する青年戦士と、一拍遅れて、彼の死角をカバーする武闘家が見えた。
そのさらに後ろに、青年戦士を睨む魔術師と彼女を宥めている女神官も見えたが、意図的に目線を外す。
盾鉱人は、はあ、とわざと声に出して溜息をついた。
(ヘイト管理は盾役の仕事か。たとえ味方でも)
戦士団にいたころは、全て師匠達に任せていた。だから、少し面倒だ。
気を紛らわすために盾を握ろうとして、左手が毒で痺れていたことを思い出した。
(師匠達も、同じような気持ちだったのだろうか)
指を動かす。痺れているが、使える。
(アイツは、武闘家に任せても大丈夫か)
色調の反転した、彼らには見えない洞窟の奥を睨みつけ、考えた。
「なあ」
青年戦士が話しかけて来た。
後ろを振り返れば、血の匂いが、鼻を刺激してくる。
動く影は、彼ら以外に無いようだ。
「何やってたんだよ。……おっさん」
不満げに口を開く。自分を呼ぶ『おっさん』にやけに力が入っていた。
「俺らはゴブリンに囲まれて死にそうだったんだ」
「後衛も俺らに合わせて動けば、分断されなかったんじゃねえのか」
盾鉱人は青年戦士の全身を見つめる。
「動けるか」
「……何?」
青年戦士は怪訝な顔をした。
盾鉱人は左手をさりげなく握り込む。
少し痛むが、痛みがあるうちはまだ大丈夫だ。
「奴らは毒を使う。擦り傷でも危険だ」
だから、と言い終わらないうちに、後ろを振り向いた。
「おい!」
後衛と状況を報告しあっていた武闘家に駆け寄って、身体を検分しはじめる。
「何!?」
困惑した武闘家が、一歩後退して青年戦士を避ける。
「アイツらは毒を使うんだ。傷、無いよな!?」
青年戦士は必死な顔で、武闘家に身振り手振りで説明している。
武闘家は合点がいったような顔になり、無意識に構えていた拳を下げた。
「無いよ、大丈夫」
眉を八の字に曲げて苦笑する。
彼の顔から、力が抜けて行く。
そして、満足そうに鼻で笑った。
「まあ、心配はしてなかったけどな。俺が誰よりも働いて引きつけてたし。あれくらい余裕だ」
自分の呼吸が止まっていたことに、青年戦士は、今気がついた。
真顔の魔術師と、引き攣った笑顔の女神官が青年戦士の視界に映る。
「その様子だと、あんた達の方にはただのゴブリンしか来なかったのね」
腕を組んで、魔術師は訊ねた。
睨まれているように感じるのは彼女の目つきが原因だろうか。
「ああ、数だけは多かったけどな。そっちこそ、雑魚の囮に時間かけすぎだろ」
声が、洞窟に反響した。
ぴくり、と魔術師が反応する。
「囮、ね」
彼女は一歩前に出る。
女神官がわずかに息を飲む。
「貴方、頭目向いてないわよ」
指を指し、青年戦士に向けて、真顔のまま静かに言い放つ。
沈黙の後、こちらに歩いてくる盾鉱人の足音だけが聞こえる。
心音が、早くなる。
「は?」
呆けて、顔が赤くなり、声が漏れた。
「なん」
「彼女に聞いてみたら良いじゃない」
青年戦士の言葉を遮って、武闘家を指した指をなぞり、彼女に目線を向ける。
武闘家は、気まずそうに目を逸らした。
耳の奥で、心臓が一際大きく跳ねた音がする。
「私達の遭遇した『囮』はね」
魔術師は言葉を続けた。
「死んだふりもしてきたし、武器の扱いにも長けてた」
「あれは、普通じゃない」
彼女の声が、わずかに震える。
「盾鉱人がいなかったら、私達は壊滅してたし、貴方も今頃ここにいないわよ」
女神官は、顔をふせた。
横目でそれを見ていた武闘家も、苦い顔をする。
「時間がかかりすぎ?雑魚?」
「最低の、『冗談』ね」
魔術師は息を整える。
「……私達の怪我、確認してないでしょう」
「やっぱり頭に向いてないわ、貴方」
青年戦士が、目を見開く。
視線がゆれる。
「けど数は、こっちの方が多かった」
「数の多さになんの意味があるの」
魔術師は被せるように言い放った。
「それとも数で誰かと勝負でもしてるのかしら?」
わざと、おどけたように魔術師が笑う。
沈黙が、洞窟に満ちる。
青年戦士は、唇を噛む。
血の味が口に広がった。
腹の底で、ぐつぐつと赤黒い物が煮える。
「……ふざけんな‼︎」
堪えきれずに、拳を、洞窟の壁に叩きつけた。
彼女達の肩が跳ねた。
鈍く強い痛みが右手に走るが、全く気にならない。
天井から砂粒が、さらさらと舞い落ちた。
魔術師を睨む。
「お前らがトロいのが悪いんだろ!!」
混じり気無しの怒気を当てられて、彼女は杖を強く握る。
怯んだが、目線は真っ直ぐに、青年戦士を射抜く。
「お前らがトロいから、はぐれて、怪我して、ピンチになったんだろ⁉︎」
青年戦士が、感情のままに詰め寄る。
「俺のせいじゃ」
「おい」
低く、冷たい声に動きを止めた。
怒りで支配されていた頭の中に、無理やり隙間が空けられていく。
反射的に、振り向く。
盾鉱人が、青年戦士の肩に左手をかけていた。
力は入っていないのに、万力よりも強力に肩を掴んでいる。
「喋りすぎだ、お前ら」
青年戦士が何か言うよりも前に、低い声色のまま、顎で洞窟を指す。
「まだ冒険中だ」
肩を、軽く後ろに引いて、誘導する。
俯いた青年戦士は、「クソッ‼︎」と悪態をつく。
段々と右手が熱を帯びてきた。
指先が、わずかに震えている。
(やりすぎたか、俺)
思考の隙間が、広がる。
(違う。俺は間違ってない)
怒りで塗りつぶすように、盾鉱人の左手を、右手で払った。
「油断して怪我した役立たずが、偉そうに指図すんな」
青年戦士が、早歩きで前衛へ戻っていく。
彼の背中を見送りながら、盾鉱人は、短く息を吐いた。
左手で、盾を握り込む。
皮膚を突き破るような痺れが、肘まで這い上がってくる。
感覚は、まだある。
「……ごめん、止めきれなかった」
棒立ちしていた武闘家が頭を下げた。
「何故あんたが謝る」
「それは、その」
口を開いて、また閉じる。
「ごめん」
言葉は続かなかった。
口を紡ぎ、頭を軽く下げ、武闘家は青年戦士を追いかけていく。
揺れる黒髪が、陽炎のようにも見えた。
(背負わせたか……?)
前を通り過ぎる横顔を見つめて、思考が一瞬冷えた。
けれど、
「私も、ごめんなさい。カッとなった」
魔術師の謝罪で、意識を切り替えた。
聞こえるように、わざと、大きなため息をつく。
魔術師は、びくっと肩を振るわせる。
「お前は、賢い」
振り向いて、彼女と視線を合わせた。
「だから色々なことに気が付く」
負けん気の強い、けれど不安に揺れている瞳と目が合う。
「が、言葉にするのは今じゃない」
「ああいうやつは、死ぬ」
こぼれ落ちそうなほど見開かれた緑の瞳を、正面から見つめて、目を逸らす。
「実際に死んだやつを知ってる」
腰の斧柄を、握り込む。
鉄兜が少し俯いた。
「盾鉱人さん?」
女神官が盾鉱人の顔を覗き込むように、近付いてきた。
兜が彼女に向く。
「……行くぞ。二人とも俺から離れるな」
小さくかぶりを振って、盾鉱人は歩き出した。
顔を見合わせた二人は、魔術師、女神官の順番で歩き出す。
その顔に、不安は覗くが、足取りは乱れていない。
短くて申し訳ないです。GW中にもう一話投稿するのが目標です。