ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話 作:お前の隣の後ろの斜め右
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遠くで、水の跳ねる音がした。
洞窟は、奥へ進むにつれて、湿気と獣の臭いが強くなる。
砂利や、かろうじてあった苔の色彩も無くなり、ただ灰色の岩肌が続くのみだ。
「二人とも、もう少し速度を上げれるか」
盾鉱人は彼女達の後ろから、小さく声をかけた。
歩調が速まる。
「あいつ、本当に、ダメね」
息を上げながら、魔術師が先頭を睨む。
青年戦士の持った松明が、彼と武闘家を照らしているのが見えた。
武闘家は後ろを気にして歩調を変えるが、青年戦士はすぐ自分のペースに戻る。
後衛は遅れて、先ほどと状況が似ていく。
「いざとなれば、俺が抱えて走る。無理するな」
振り向いた二人と、目があった。
「何だ?」
「いえ」
肩をすくめた魔術師が、シニカルに笑った。
「身体を触られたくないって」
「そういうわけでは、」
盾鉱人は顎に手を当てる。
「確かに配慮が足りていなかった。すまない」
魔術師の羽織るケープを指差す。
「なら、いざという時は、そのケープを貸してくれ」
「……何で?」
魔術師が訊ねる。
「ケープで包んで、抱えて走る」
二人が同時に吹き出した。
盾鉱人が不満そうな顔をする。
「直接触れていないだろう」
疑問と確認の混ざった声色に、魔術師の声が少し弾む。
「ちがうちがう。緊急時なんだから別にどう抱えても良いわよ」
「さっきのは、冗談」
貴方って天然?と魔術師は付け足す。
「私は『盾鉱人さんにまた頼っちゃうな』って思ったんです」
少し口角が緩んだ顔で、女神官もはにかむ。
「……そうか」
盾鉱人は、むっつりと黙った。
その様子を見て、彼女らは押し殺すように笑い合う。
(縮こまるより、数倍マシだ)
やることがなくて、前を見る。
青年戦士の背中が見えた。足は止まっていない。
(問題は——-)
水の跳ねる音が、また聞こえた。
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「通常種、まだ来るぞ‼︎」
盾鉱人は盾を構えながら、声を張り上げた。
視界の端で、青年戦士がゴブリンを袈裟斬りにした。
青年戦士は高揚した表情で、次の獲物へと向かう。
今の彼の剣筋は鋭い。鋭過ぎるくらいに。
「GAAAAA‼︎」
巨躯を揺らして、ホブゴブリンが棍棒を振り下ろしてくる。
盾の角度を調整し、衝撃を横に受け流す構えを取った。
盾と棍棒が擦れて、火花が散る。
轟音と共に、石片が撒き散らされた。
巻き込まれたゴブリンの断末魔を聞き流して、左手を確認する。
(師匠なら、そのまま返せてたんだろうが)
毒に侵されて、今の衝撃を逃しきれずに悲鳴を上げ始めている。
小さく舌打ちをして、ホブを視界に捉えたまま目線を巡らせた。
視界の端で青年戦士が、また1体斬り伏せていた。
彼の口元に浮かぶ、愉悦の笑みが、深くなる。
(熱に、当てられている)
奇襲に気付いたのは彼だ。
動きも的確だった。
だからこそ、まずい。
「G I、G」
青年戦士の死角から、鎌を持ったゴブリンが飛びかかる。
声もあげず、静かに忍び寄ったので、彼は気付いていない。
ゴブリンが、醜悪な笑みを顔に浮かべる。
そして、後ろから迫った神速の蹴りに、意識ごと命を刈り取られた。
武闘家が残心を取る。
目も血走る想い人を、心配そうに一瞥して、低い姿勢で走りだす。
女神官に迫るゴブリンを、勢いの乗せた掌底で吹き飛ばす。
「この‼︎」
吹き飛ばされて伸びているゴブリンに、魔術師が、盾鉱人の手投げ斧を振り下ろす。
「GBRッ」
鋭く研がれた斧は、非力な魔術師が振るっても、トドメ刺すのに充分な威力を発揮した。
「ありがと」
引き攣った頬を無理やり上げて、笑みを武闘家に向ける。
武闘家は無言で微笑んで、頷いた。
「怪我はないですか?」
「大丈夫」
女神官の問いに短く答えて、駆け出す。
青年戦士の死角に入り込んだゴブリンを、また1体仕留めた。
盾鉱人はホブゴブリンを睨みつける。
ホブゴブリンが唸る。
青年戦士は、相変わらずゴブリンを斬り続けており、武闘家の援護には全く気が付いていない。
後衛組は動かない。術の機をうかがっている。
崩れるなら、どちらか、だ。
ホブゴブリンが近くのゴブリンを投げつけてきた。
無造作で、仲間のことなど考えてもいない力加減だが、だからこそ、当たれば隙ができる。
盾を構えて腰を落とす。半歩だけ踏み込んだ。
ゴブリンが飛んでくる。
激突の瞬間、盾で大きく、弾いた。
腕へ衝撃が来る前に、自ら後方に、跳ぶ。
軌道を変えた肉の弾丸が、盾鉱人のすぐ脇を通り抜けて、壁に激突する。
悲鳴を上げることもなく、洞窟のシミになった。
(毒だから、は言い訳か)
受けるのではなく、逸らしに変えた。
けれど、指先からの感覚が一瞬途切れた。
じんわりと、痺れが戻ってくる。
布から、血が滲む。
「俺なら、やれる‼︎」
顔を上げる。
意識が左手に持ってかれていた。
目の前を青年戦士が通り過ぎる。
「やめろ‼︎」
叫びながら追いかける。
後ろを首だけで確認した。
ゴブリン達はほとんど残っていなかった。
目線を戻す。
距離は離れている。左手は、使えない。
ニタニタと嗤う、ホブゴブリンの顔が目に入った。
咄嗟に、盾裏から手投げ斧を投げつける。
空気を切り裂き、青年戦士も追い抜いて、巨躯に迫る。
当たる直前で左手で斧を防がれた。
痛みに顔をしかめるが、すぐに醜悪な笑みを取り戻す。
盾鉱人は奥歯を噛み締める。
ホブゴブリンが棍棒を振りかぶる。
右手だけとは思えない、重い、『致命の一撃』が放たれる確信。
突然、青年戦士が足を止めた。
長剣の切先を、地に向けて逆手に構える。
視線は、棍棒に固定された。
じっと動かず、何かを待っている。
盾鉱人は、目を細めた。
腰は落としているが、柄を半端に握り、切先が呼吸に合わせてブレている。
何より、足捌きが滅茶苦茶だ。
(あれは、駄目だ)
速度を上げるために、姿勢を低くして、
(いや、待て)
すぐに身体を起こした。
『やっぱり頭には向いてないわ、貴方』
さきほどの言い争いで、魔術師が言い放った言葉が脳裏を掠めた。
言い方自体はかなりキツイが、青年戦士に対する、彼以外の一党全員の共通認識でもある。
盾鉱人は小さく、ため息を吐く。
言葉では伝わらなかった。
なら、身体で覚えてもらうしかない。
あの型なら、一撃は耐える。
(勉強料だと思え)
青年戦士の背中に向けて、心の中だけで吐き捨てる。
『先祖帰り』の持つ棍棒が、わずかに軋んだ。
盾鉱人は、盾の帯をほんの少しだけ、ゆるめる。
指先に、暖かさが戻る。
確かめるように、左手を開いて、閉じる。
小さく頷いて、視線を戻した。
——-からころ、と賽の目が転がる音が、聞こえた。
誰かの、何かが、確定する。
「!!、待て!!」
自分の横を、残像を残して、影が追い抜く。
視線が追うよりも早く、心臓が跳ねた。
盾鉱人は、地面を蹴る。
影はさらに、加速した。
2
ホブゴブリンが棍棒を、振り下ろして来る。
(来る‼︎)
何度も読み直した、ボロボロの絵巻物を思い出して、青年戦士の心臓が高鳴る。
「う、おぉぉぉ‼︎」
恐怖を、声で誤魔化す。
からころ、と耳なれない音が、聞こえた気がした。
棍棒が迫る。
意識が、そこに集束する。
剣にぶつかる瞬間、影が、飛び出してきた。
青年戦士に、横からぶつかる。
やけに軽い。
衝撃で、横に転ばされる。
剣の先が何か、柔らかいものに触れた。
布の感触。
黄色が視線を掠めた。
影が、一瞬もたついた。
棍棒の軌道が、わずかにズレる。
青年戦士の頭の上で湿った音がする。
何かが、壁に飛ばされて、地面に落ちた。
青年戦士は、地面に身体を投げ出している。
手からは剣が離れていた。
身体を起こして、後ろを振り返る。
押された痛みより、邪魔の入ったことに対する苛立ちで、眉間にシワが増える。
後衛組を見る。
盾鉱人は必死な形相で走り寄り、魔術師と女神官は青褪めた顔でこちらを眺めていた。
(邪魔しやがって)
苛立ちを飲み込んで、剣を拾う。
(やっぱりあいつ、一党にいらねえ)
転んだ拍子に切った口内の、血を地面に吐き捨てる。
「……集中しねえと」
どういう訳か、ホブゴブリンは一撃を加えたあと、動かずに待ってくれている。
「そういうことかよ」
さっき押してきたのは、おそらくゴブリンだ。
証拠に同士討ちで動きが止まっている。
(なら、チャンスだ)
「やっと運が回ってきた」
もう一度、切先を地面に向けて、先ほどの構えを取る。
しかし、ホブゴブリンは棍棒を下げていた。
薄ら笑いで、こちらを伺っている。
汚い指で横を指し、三日月のように笑い、黄色い歯が覗いている。
黄色い目だけが、やけに光っていた。
何も考えずに、指の方向を向いた。
あの光景を、青年戦士は、絶対に忘れられない。
道着姿、黄色いスカーフ。
そして、黒髪。
「……え?」
動けなくなった。
目の前の情報を処理しようとして、呆然と立ち尽くす。
スカーフは血で染まり、四肢は肉の袋のように投げ出されている。
腕に赤い線が見えた。
咄嗟に剣を見る。
切先に、うっすらと、血がついていた。
もう一度、「彼女」を見る。
こちらに背を向けて、ぴくりとも動かない。
漏れ出た液体が、赤黒い血溜まりを作り始めていた。
髪飾りが、からころと転がった。
「あぁあぁぁあ‼︎」
慟哭が、響く。
「GYAYAYAYAYAYA‼︎」
のぶとい、耳障りな、ホブゴブリンの笑い声と被さる。
「クソ‼︎撤退するぞ‼︎」
盾鉱人は、盾を構えた。
ネタはあるのに、上手く書けない…。