ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話   作:お前の隣の後ろの斜め右

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短めですが、投稿します。


第五話 失敗

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「聞こえなかったのか‼︎撤退だ‼︎」

 盾鉱人は、斧でゴブリンを、壁へ縫い止める。

「……」

 青年戦士は、呆然としたまま、「彼女だったもの」を抱えている。

 腕の間から、スカーフが覗く。

 彼の背中は動かない。

 盾鉱人は思わず目を逸らした。

 目を逸らした先で、ホブゴブリンが、満面の笑みを浮かべていた。

 青年戦士を眺め、恍惚の表情で愉しんでいる。

(クソったれ)

 首だけ、後ろを振り向いた。

 魔術師と女神官は、青ざめながらもしっかりと立っていた。

「そん、な」

 女神官が手で口を覆う。

 目をつむり、両手を組む。

「『いと、慈悲深き』」

「待て」

 女神官は顔を上げる。

「癒しは、無意味だ」

 彼女は、盾鉱人と武闘家を見比べて、視線を伏せた。

(遺体はアイツが動けるようなら、だな)

 盾鉱人は、祈るように胸元で拳を握った。

「『鍛冶神よ、我らに種火を与えてくれたことを感謝する《勇気》』」《ブレイブハート》

 早口で、けれど青年戦士を見詰めながら唱える。

 盾鉱人を中心に、暖かい光が、洞窟を一瞬照らした。

「今のは……」

 魔術師が声を漏らす。

「鍛冶神様固有の、奇跡ですね」

 女神官は周りを一瞥して、盾鉱人の背中に訊ねた。

 盾鉱人は頷く。

「奮い立たせる術だ」

 左手を見た。

 痺れが強くなり、段々と指先と手のひらの境界が曖昧になっている。

 しかしまだ、感覚はある。

 盾の帯をきつく、きつく締め直す。

「撤退するぞ‼︎」

 盾鉱人は青年戦士の背中に叫んだ。

 背中が、動いた。

 ゆっくりと長剣を拾い上げる。

「……分かった」

 聞き取れるかギリギリの声量で、返事が聞こえた。

(今度は間に合ったか)

 盾鉱人は、斧を握る。

「GRRRRR……」

 巨躯が唸る。

 こちらを見て、うざったそうに目を細めた。

「私の《火矢》で足止めする。その間に彼女を」

 耳元で、魔術師が呟いた。

「『いと慈悲深き地母神よーーー」

 女神官の杖から、淡い光が溢れる。

「《小癒》」《ヒール》

 盾鉱人を淡い光が包んだ。

「これくらいしか、できませんが」

 女神官の眉が8の字に曲がる。

 悔しげに表情を歪ませた。

「いや、ありがたい」

 左手の感覚が戻る。

 相変わらず激痛は走っているが、戦える。

「GRRRAAA‼︎」

 ホブゴブリンが吠えた。

 近くにいる青年戦士ではなく、盾鉱人を睨みつけている。

 歯を剥き出しにして、駆け出そうとする直前、

「どこ行くんだよ」

 青年戦士が、斬りつけた。

 太い、緑の指が転がる。

 荒く、息を吐いた。

「GッYAAAAA」

 痛みに悶えて、ホブゴブリンがたたらを踏んだ。

 無言で、青年戦士が斬りつける。

 手の次は、足、足の次は肩、と致命傷を外す。

 剣を振るうたびに、切り傷が深くなっていく。

「お前のせいで」

 血が洞窟に、飛び散る。

「お前の、せいで」

 ホブゴブリンの顔が、歪む。

 青年戦士を睨みつけた後、左手に棍棒を持ち替えた。

 何かをふりはらうように、棍棒を振り下ろす。

「させんよ」

 盾鉱人は、歩法で割り込む。

 ホブゴブリンの表情が、醜悪な笑みに変わった。

 盾を構える。

 激突の瞬間、盾をそのまま前に押し出す。

 棍棒が大きく弾かれる。

 ホブゴブリンが目を見開いた。

 白目が、増える。

 弾かれた隙に青年戦士が懐に潜り込む。

「死ね」

 切先が、心臓目掛けて進む。

 ホブゴブリンと目が合う。

 恐怖に濡れて、今にも泣き出しそうだった。

 剣が、心臓に届く。

 血が顔を濡らす。

 青年戦士は瞬きすらしなかった。

 ずるり、と引き抜く。

 巨躯が地面に倒れて、土埃が舞い上がった。

「一度、撤退する。彼女を頼む」

 盾鉱人が、指示を飛ばす。

 視線は洞窟の奥を睨み、固定されている。

 暗闇の中に、小さな人影が通った。

 もう一度、青年戦士を見る。

「……何をしてる」

 青年戦士は、ホブゴブリンを、刺していた。

 馬乗りで、すでに事切れている死体を。

「おい」

 踏み出した足が、ずちゃり、と沈む。

「こいつの中に、アイツが、いるんだ」

 足が止まる。

 青年戦士の目は焦点を失い、ここではないどこかを見つめていた。

「……」

 盾鉱人は斧を鞘に叩き込み、青年戦士へと向かう。

 そのまま、拳を作る。

 青年戦士の顔を、思い切り殴りつけた。

 女神官達が息を飲んだ音が聞こえた。

「そこにはいない」

 青年戦士がもんどりうって転がる。

 誰かの血が服にはねた。

「無駄にするな」

 「彼女」を右手で指す。左手の革手袋が軋む。

「お前が、運べ」

 いくぞ、と踵を返した。

 青年戦士が起き上がる。

 右手の剣をじっと見つめた。

 洞窟のせいでよく見えず、どういう顔で、どういう表情なのか、読めない。

 けれど、泣いている気がした。

 剣を杖代わりに立ち上がる。

 ゆっくりと、歩き出した。

 そして、ホブゴブリンの死体の前で止まる。

 また、剣を、突き立てた。

 ぐちゃり。

 剣を突き立てられるたびに、死体が揺れる。

 もう一度、刺す。

 誰も、彼を、止めない。

 剣が、肉に沈む。

 洞窟に、肉を裂く音だけが響いた。

(失敗、だったか)

 盾鉱人が天を仰いだ、瞬間だった。

「‼︎」

 咄嗟に盾を構える。

 洞窟の奥から、半透明の何かが、飛んできた。

「ぐ、ぅ」

 衝撃が、盾をつらぬく。

 左手から血が滲む。

「次は呪術師、か」

 ぐっぐっ、と押し殺した笑い声が、盾鉱人の鼓膜を叩いた。

 洞窟の奥で、黄色い瞳が光って消えた。

「大丈夫ですか‼︎」

 魔術師と女神官が、駆け寄る。

「シャーマンね」

 魔術師が盾鉱人の左手を見て、眉を顰めた。

 洞窟の奥に、杖を向ける。

「大丈夫だ。火矢も待て」

 2人の顔がこちらを向く。

「撤退する」

 俺ら3人でな、と唸るように呟く。

 女神官の肩が、小さく震えた。

「あいつは、アイツらはどうなるの」

 青年戦士を一瞥し、魔術師は杖を強く握る。

 声が震えている。

 盾鉱人が彼女を一瞥した。

「議論する暇はない」

「嫌なら、抱えてでも連れて行く」

 低く、鋭い声。

「せめて、遺体だけでも」

「違う」

 琥珀色の瞳が魔術師を射抜いた。

「俺だけじゃ、お前らを守りきれない」

 負けん気の強い視線が、ゆるく閉じられた。

 顔が俯き、帽子が少し震えている。

「分かった」

 か細く、こぼれた言葉を盾鉱人は拾い上げた。

 盾鉱人は、短く息を吐く。

「神官どの」

 女神官は盾鉱人へ向く。

「癒せないものも、世の中にはある」

 気に病む必要はない、と左手を開いて、閉じた。

「ひいては、俺のせいだ」

 左手を、握り込んだ。痛みが強くなる。

「そんなことないです‼︎」

 女神官と、目線がかち合う。

 蒼い瞳が力強く輝いていた。

(みくびっていた、かもしれん)

 盾鉱人は視線を逸らした。

 肩に力が入っていたのに、気がついた。

「すまない、2人とも」

 意識的に力を抜く。

 傷の痛みが、少し引いた気がする。

「撤退する」

 仲間の、顔を見た。

 小さく頷いてくれた。

「三人、いや、四人生きている」

 入り口側から、誰かの声が聞こえた。

 咄嗟に、彼女達の前に身体を滑り込ませる。

「誰だ」

 盾を構える。

 現れたのは、鎧に身を包んだ、冒険者だった。

 銀色ではなく灰色の塊、というべき姿で、全身には、何かに引っ掻かれた爪痕、鈍器で叩かれたような歪みが、無秩序に刻まれている。

 右手には閉所で振るような長さの剣、左手には盾鉱人のものとは比べ物にならないほど、みすぼらしい、店売りの円盾と松明が握られていた。

「運が良い」

 兜の奥から、くぐもった声で喋る。

 おそらく男だが、判断がつかなかった。

 鎧からは金属特有の艶が消されており、それは幾度も修繕を繰り返し、形を保っているだけの鉄屑にも見えた。

「誰だ、と聞いている」

 鞘から斧を抜いた。

「ゴブリンスレイヤー」

 彼は、首から「銀色の等級証」を取り出し、ぶっきらぼうに言い放つ。

 左手が、じわりと痺れてきた。

 松明の光が、ゴブリンスレイヤーを不気味に揺らしていた。




四話の手直しをしたすぎますが、こだわると何処までもこだわりそうで……。
あと五話、短い割に内容が濃いので、面食らう人いるかもです。
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