ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話 作:お前の隣の後ろの斜め右
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「聞こえなかったのか‼︎撤退だ‼︎」
盾鉱人は、斧でゴブリンを、壁へ縫い止める。
「……」
青年戦士は、呆然としたまま、「彼女だったもの」を抱えている。
腕の間から、スカーフが覗く。
彼の背中は動かない。
盾鉱人は思わず目を逸らした。
目を逸らした先で、ホブゴブリンが、満面の笑みを浮かべていた。
青年戦士を眺め、恍惚の表情で愉しんでいる。
(クソったれ)
首だけ、後ろを振り向いた。
魔術師と女神官は、青ざめながらもしっかりと立っていた。
「そん、な」
女神官が手で口を覆う。
目をつむり、両手を組む。
「『いと、慈悲深き』」
「待て」
女神官は顔を上げる。
「癒しは、無意味だ」
彼女は、盾鉱人と武闘家を見比べて、視線を伏せた。
(遺体はアイツが動けるようなら、だな)
盾鉱人は、祈るように胸元で拳を握った。
「『鍛冶神よ、我らに種火を与えてくれたことを感謝する《勇気》』」《ブレイブハート》
早口で、けれど青年戦士を見詰めながら唱える。
盾鉱人を中心に、暖かい光が、洞窟を一瞬照らした。
「今のは……」
魔術師が声を漏らす。
「鍛冶神様固有の、奇跡ですね」
女神官は周りを一瞥して、盾鉱人の背中に訊ねた。
盾鉱人は頷く。
「奮い立たせる術だ」
左手を見た。
痺れが強くなり、段々と指先と手のひらの境界が曖昧になっている。
しかしまだ、感覚はある。
盾の帯をきつく、きつく締め直す。
「撤退するぞ‼︎」
盾鉱人は青年戦士の背中に叫んだ。
背中が、動いた。
ゆっくりと長剣を拾い上げる。
「……分かった」
聞き取れるかギリギリの声量で、返事が聞こえた。
(今度は間に合ったか)
盾鉱人は、斧を握る。
「GRRRRR……」
巨躯が唸る。
こちらを見て、うざったそうに目を細めた。
「私の《火矢》で足止めする。その間に彼女を」
耳元で、魔術師が呟いた。
「『いと慈悲深き地母神よーーー」
女神官の杖から、淡い光が溢れる。
「《小癒》」《ヒール》
盾鉱人を淡い光が包んだ。
「これくらいしか、できませんが」
女神官の眉が8の字に曲がる。
悔しげに表情を歪ませた。
「いや、ありがたい」
左手の感覚が戻る。
相変わらず激痛は走っているが、戦える。
「GRRRAAA‼︎」
ホブゴブリンが吠えた。
近くにいる青年戦士ではなく、盾鉱人を睨みつけている。
歯を剥き出しにして、駆け出そうとする直前、
「どこ行くんだよ」
青年戦士が、斬りつけた。
太い、緑の指が転がる。
荒く、息を吐いた。
「GッYAAAAA」
痛みに悶えて、ホブゴブリンがたたらを踏んだ。
無言で、青年戦士が斬りつける。
手の次は、足、足の次は肩、と致命傷を外す。
剣を振るうたびに、切り傷が深くなっていく。
「お前のせいで」
血が洞窟に、飛び散る。
「お前の、せいで」
ホブゴブリンの顔が、歪む。
青年戦士を睨みつけた後、左手に棍棒を持ち替えた。
何かをふりはらうように、棍棒を振り下ろす。
「させんよ」
盾鉱人は、歩法で割り込む。
ホブゴブリンの表情が、醜悪な笑みに変わった。
盾を構える。
激突の瞬間、盾をそのまま前に押し出す。
棍棒が大きく弾かれる。
ホブゴブリンが目を見開いた。
白目が、増える。
弾かれた隙に青年戦士が懐に潜り込む。
「死ね」
切先が、心臓目掛けて進む。
ホブゴブリンと目が合う。
恐怖に濡れて、今にも泣き出しそうだった。
剣が、心臓に届く。
血が顔を濡らす。
青年戦士は瞬きすらしなかった。
ずるり、と引き抜く。
巨躯が地面に倒れて、土埃が舞い上がった。
「一度、撤退する。彼女を頼む」
盾鉱人が、指示を飛ばす。
視線は洞窟の奥を睨み、固定されている。
暗闇の中に、小さな人影が通った。
もう一度、青年戦士を見る。
「……何をしてる」
青年戦士は、ホブゴブリンを、刺していた。
馬乗りで、すでに事切れている死体を。
「おい」
踏み出した足が、ずちゃり、と沈む。
「こいつの中に、アイツが、いるんだ」
足が止まる。
青年戦士の目は焦点を失い、ここではないどこかを見つめていた。
「……」
盾鉱人は斧を鞘に叩き込み、青年戦士へと向かう。
そのまま、拳を作る。
青年戦士の顔を、思い切り殴りつけた。
女神官達が息を飲んだ音が聞こえた。
「そこにはいない」
青年戦士がもんどりうって転がる。
誰かの血が服にはねた。
「無駄にするな」
「彼女」を右手で指す。左手の革手袋が軋む。
「お前が、運べ」
いくぞ、と踵を返した。
青年戦士が起き上がる。
右手の剣をじっと見つめた。
洞窟のせいでよく見えず、どういう顔で、どういう表情なのか、読めない。
けれど、泣いている気がした。
剣を杖代わりに立ち上がる。
ゆっくりと、歩き出した。
そして、ホブゴブリンの死体の前で止まる。
また、剣を、突き立てた。
ぐちゃり。
剣を突き立てられるたびに、死体が揺れる。
もう一度、刺す。
誰も、彼を、止めない。
剣が、肉に沈む。
洞窟に、肉を裂く音だけが響いた。
(失敗、だったか)
盾鉱人が天を仰いだ、瞬間だった。
「‼︎」
咄嗟に盾を構える。
洞窟の奥から、半透明の何かが、飛んできた。
「ぐ、ぅ」
衝撃が、盾をつらぬく。
左手から血が滲む。
「次は呪術師、か」
ぐっぐっ、と押し殺した笑い声が、盾鉱人の鼓膜を叩いた。
洞窟の奥で、黄色い瞳が光って消えた。
「大丈夫ですか‼︎」
魔術師と女神官が、駆け寄る。
「シャーマンね」
魔術師が盾鉱人の左手を見て、眉を顰めた。
洞窟の奥に、杖を向ける。
「大丈夫だ。火矢も待て」
2人の顔がこちらを向く。
「撤退する」
俺ら3人でな、と唸るように呟く。
女神官の肩が、小さく震えた。
「あいつは、アイツらはどうなるの」
青年戦士を一瞥し、魔術師は杖を強く握る。
声が震えている。
盾鉱人が彼女を一瞥した。
「議論する暇はない」
「嫌なら、抱えてでも連れて行く」
低く、鋭い声。
「せめて、遺体だけでも」
「違う」
琥珀色の瞳が魔術師を射抜いた。
「俺だけじゃ、お前らを守りきれない」
負けん気の強い視線が、ゆるく閉じられた。
顔が俯き、帽子が少し震えている。
「分かった」
か細く、こぼれた言葉を盾鉱人は拾い上げた。
盾鉱人は、短く息を吐く。
「神官どの」
女神官は盾鉱人へ向く。
「癒せないものも、世の中にはある」
気に病む必要はない、と左手を開いて、閉じた。
「ひいては、俺のせいだ」
左手を、握り込んだ。痛みが強くなる。
「そんなことないです‼︎」
女神官と、目線がかち合う。
蒼い瞳が力強く輝いていた。
(みくびっていた、かもしれん)
盾鉱人は視線を逸らした。
肩に力が入っていたのに、気がついた。
「すまない、2人とも」
意識的に力を抜く。
傷の痛みが、少し引いた気がする。
「撤退する」
仲間の、顔を見た。
小さく頷いてくれた。
「三人、いや、四人生きている」
入り口側から、誰かの声が聞こえた。
咄嗟に、彼女達の前に身体を滑り込ませる。
「誰だ」
盾を構える。
現れたのは、鎧に身を包んだ、冒険者だった。
銀色ではなく灰色の塊、というべき姿で、全身には、何かに引っ掻かれた爪痕、鈍器で叩かれたような歪みが、無秩序に刻まれている。
右手には閉所で振るような長さの剣、左手には盾鉱人のものとは比べ物にならないほど、みすぼらしい、店売りの円盾と松明が握られていた。
「運が良い」
兜の奥から、くぐもった声で喋る。
おそらく男だが、判断がつかなかった。
鎧からは金属特有の艶が消されており、それは幾度も修繕を繰り返し、形を保っているだけの鉄屑にも見えた。
「誰だ、と聞いている」
鞘から斧を抜いた。
「ゴブリンスレイヤー」
彼は、首から「銀色の等級証」を取り出し、ぶっきらぼうに言い放つ。
左手が、じわりと痺れてきた。
松明の光が、ゴブリンスレイヤーを不気味に揺らしていた。
四話の手直しをしたすぎますが、こだわると何処までもこだわりそうで……。
あと五話、短い割に内容が濃いので、面食らう人いるかもです。