ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話 作:お前の隣の後ろの斜め右
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盾鉱人は煤こげた盾を拾う。
煤が目立つ。右手で軽く払って、帯を握る。
息を、短く吐いた。
「盾鉱人‼︎」
泥で汚れたケープをはためかせて、魔術師が駆け寄って来た。
緊張と高揚の汗が乾き、じっとりとした湿度が彼女の肌に張り付いている。
『見捨てろ』
かぶりを振る。
自分のものとは思えない、突き放すような冷たい声だ。
「怪我はない?」
こちらを覗き込む魔術師の、負けん気の強い視線を受け止めた。
数秒受け止めたが、すぐに盾へ視線を逸らした。
盾の、煤とは違う黒い染みが、6本足をかたどっている。
先ほどの、ゴブリンスレイヤーとの会話を思い出す。
(『シャーマンは、マーキングを付ける』)
盾を、ながめる。
染みが、段々と収縮して、煙となって消え始めている。
(『投げろ。不意をつける』)
魔術師が、黒い煙を手ではらった。
「大丈夫だ」
「お前も無事か」
兜だけ、無理やり魔術師に向けて訊ねた。
「ええ、大丈夫」
彼女は微笑んで、しかしすぐに表情を引き締めた。
ゴブリンスレイヤーの背中を見つめる。
「行こう」
盾鉱人は、一歩踏み出した。
「ええ」
すぐ後ろに、魔術師が続く。
(俺に、あれは、できない)
盾は、本来何かを、誰かを守るものだ。
それを、作戦とはいえ捨てるなんて、考えもしなかった。
左手を、握り締める。
(それにこの盾は、俺の、)
布から血が滲んできた。
痛みに、わざと眉を寄せた。
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「17」
ゴブリンの頭を棍棒でかち割りながら、ゴブリンスレイヤーは呟く。
盾鉱人のカウントとはまた違う、作業として特化された響き。
彼の後ろで、少しだけ女神官が眉をひそめた。
鉄の頭蓋が、頭から剣を生やしたシャーマンを覗き込む。
横長の瞳に全周兜が映り込んだ。
「GOOOAA‼︎」
突然、頭から剣を生やしたまま、シャーマンが起き上がった。
「やはりな」
ゴブリンスレイヤーは冷徹な声色のまま、棍棒を振るう。
ゴッ、っと歪な音を立てて、ゴブリンの顔が鼻まで沈んだ。
「18。上位種は無駄にしぶとい」
左手で剣を引き抜いて、右手の棍棒の血をはらう。
「これで全部、ですか?」
ゴブリンスレイヤーに近づいた女神官が、杖を握りしめながら、訊ねる。
後ろを振り返る。
盾鉱人たちと目が合った。少し、眉から険が取れる。
深呼吸をしながら、前を向いた。
ゴブリンスレイヤーが、足元を見ていた。
彼の視線に釣られる。
「‼︎」
そこには、裸の、若い女性が転がっていた。
自分と同じ年齢くらいで首から認識証がぶら下がる、白磁の証。
汚物と体液に塗れて、暗い無表情のまま。
身体中に、凄惨な跡が残っていた。
「死んでいる」
ゴブリンスレイヤーが立ち上がる。
手には認識証を握っていた。
「いと慈悲深き地母神よ……」
女神官は震える声で、跪いて祈りを捧げる。
ゴブリンスレイヤーは、じっと彼女を見つめていた。
ふいに視線を外して、歩み始める。
「……奥に進む」
ぶっきらぼうに、彼女の背中へ声を掛けた。
歩きながら、剣を鞘に押し込む。
「修羅」
女神官に追いついた盾鉱人が、つぶやく。
「修羅?」
魔術師の問いに、盾鉱人の鉄兜が縦に揺れる。
「遠方の神話に出てくる、戦神」
「転じて、いつでも心が戦場にいる者を指す場合もある」
女神官が、顔を上げた。
「それ、は」
鉄兜は、ゴブリンスレヤーの背中を見詰める。
「ああいう手合いの末路は、二つに一つだ」
盾鉱人は、息を吐く。
「戦場で死ぬか、誰かに連れ戻してもらうか」
女神官が息を呑む。
鉄の頭蓋の、赤い飾り毛が揺れた。
「先ほどは、助かった。礼を言わせてくれ」
「ああ」
ゴブリンスレイヤーに追いついた盾鉱人の感謝を、彼は見向きもせずに受け取る。
少しだけ、全周兜が盾鉱人に傾いた。
足が、遺体から少し離れた広場で止まる。
「お前が頭目だろう」
見ておけ、とゴブリンスレイヤーが半身を避けた。
女神官と魔術師も、盾鉱人の後ろから、覗き込む。
「何ですか、これ」
女神官が溢す。
一見すると、ただの椅子。
けれど、骨を組み合わせて出来ており、トーテムとは違い、獣の物だけではない。
「人の、骨」
魔術師が、口を手で覆った。
ゴブリンスレイヤーが、椅子を蹴り壊す。
「定番だ。見てみろ」
蹴り壊した先に、何かを隠すように板が張られていた。
ばきり、と板を剥ぎ取り始める。
「……手伝おう」
盾鉱人が、斧で板を壊す。
「ああ」
短く、彼が頷く。
五枚ほど、板を強引に外していく。
最後の一枚がばきりと剥がれる。
空洞が広がっており、奥を松明で照らした。
女神官は、目を見開く。
暗闇に、ゴブリンの子供が浮かぶ。
「g……」
つぶらな瞳でこちらを見ている。
「奴らはすぐ増える」
誰かが口を開く前に、ゴブリンスレイヤーは一歩前へ出た。
「もう少し遅ければ、50匹ばかりに増えて襲ってきただろう」
女神官と魔術師の顔が青ざめる。
盾鉱人は強く、斧柄を握り込む。
「子供も、殺すんですか……?」
「当たり前だ」
ゴブリンは、縋るような目線で女神官を見つめた。
目線に、ゴブリンスレイヤーが割り込む。
「奴らは恨みを一生忘れん。それに巣穴の生き残りは学習し、知恵を付ける」
盾鉱人が、斧を鞘から抜いた。
「それが、ホブやシャーマンになる」
全周兜が、鉄兜を横目で捉えた。
「そうだ。生かしておく理由など一つもない」
ゴブリンスレイヤーが棍棒を振り上げる。
「善良な、ゴブリンがいたとしても?」
盾鉱人が、暗闇に踏み出す。
「善良なゴブリン」
鉄の頭蓋の中で、言葉が転がる。
「いるかもしれん」
断末魔と骨の砕ける音。
「だが」
肉と骨の裂ける音。
「人前に出てこないゴブリンだけが、良いゴブリンだ」
気づけば、女神官は嗚咽していた。
固く、両手で祈りながら。
「これで、22」
自分を抱きしめる、震える魔術師のぬくもりを感じながら。
しばらく、洞窟には二人の嗚咽だけが響いた。
横を、血濡れのゴブリンスレイヤーが通り過ぎる。
足音が、彼女達の横で止まる。
「神官どの、魔術師どの」
顔を、上げた。
「帰ろう」
丸く、切り取られたような、柔らかい言葉。
鉄兜で隠された琥珀色の瞳が、確かにこちらを捉えていた。
止まりかけていた嗚咽が、また少し漏れ出してしまう。
「は、ぃ」
声にならない声で、二人は、深く頷いた。
「運が良い」
彼らを見ながら、ゴブリンスレイヤーは呟く。
初の冒険で、上位種が3体いる巣穴に潜り、犠牲は出しながらも、踏破した。
ーーー上々だ。
(自分の時はどうだっただろうか)
「本当に、運が良い」
言葉は洞窟に、沈んで消えた。
松明の光が、柔らかに、彼を照らし出していた。
シャーマンのマーキング呪術はオリジナルです。