ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話 作:お前の隣の後ろの斜め右
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「はい、お疲れ様でした‼︎」
いつものように、受付嬢は冒険者へ微笑みを返した。
一人対応しきれば、すぐさま別の誰かがカウンターへ、現れる。
「あ、お怪我はもう大丈夫ですか?」
営業スマイルを、少しだけ外して、目の前の人物に問いかけた。
彼女は、杖を握り直す。
「ええ、大丈夫」
ありがとう、と魔術師は、切長の目つきを緩めて応じる。
「ご無理はなさらないでくださいね」
一つ頷いて、またいつもの営業スマイルに戻った。
魔術師は、左右を見渡す。
「あいつは、いるかしら」
「盾鉱人さんですか?」
彼女の薄葡萄色の髪が、縦に揺れる。
受付嬢は手元の資料に目を落とした。
「今日は、見てないですね」
依頼も受けていないようです、と続けた。
「そう。ありがとう、探してみるわ」
凛とした透明な声で、返事をかえす。
背中を向けて、つかつか、とギルドの扉に向かう。
「教会かな……」
独り言を漏らしたことには、彼女は気付いていないようだった。
ふふっ、と受付嬢は、小さく笑ってしまう。
すぐに気を引き締め直して、顔に笑みを貼り付ける。
「次の方、どうぞ‼︎」
受付嬢は左手を挙げて、元の業務に戻る。
『あいつらは、運が良い』
受付嬢お気に入りの、彼の言葉を思い出す。
冒険の報告を終え、寡黙な彼が、一言だけ付け足した言葉。
(あれは、褒めてる、かな?)
彼との付き合いも、もう長い。
だから、極端に無口な彼の考えも少しだけ分かってきた。
無意識に上がりかける口角を、無理やり抑える。
「期待してますよ」
小さく、呟く。
彼らは、初の冒険で、想定外に遭いながらも、5体満足で帰って来た。
一党全員ではなかったが、冒険者に『それ』は、付きものだ。
ーーー生きて帰って来た、それだけで、充分すぎる。
(少しなら、贔屓しても良いですよね)
心の中だけで、呟く。
また口角が上がり始めた。
抑えるのを諦めて、少しだけ笑う。
柔らかな風が、彼女の首元をくすぐった。
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こつ、こつ、とブーツが石の床材を叩く。
盾鉱人が視線を横にやると、日差しを受けた加密列の花が目にはいる。
立ち止まって、優しげで涼しげな香りを、肺いっぱいに取り込んだ。
数秒息を止めて、長く、鼻から吐き出す。
「良い香りだ」
少し、肩の力が抜けた。
抜けたついでに、肩を回し、右手で斧柄に手をかける。
直前で、教会だったことを思い出し、空中で止めた。
右手が、浮く。
そのまま、だらりと垂れ下がらせた。
「……」
何事もなかったかのように歩き出す。
盾鉱人が、冒険から帰ってきて、一番最初にやったことは、教会に青年戦士を連れて行くことだった。
彼の心は壊れていたし、武闘家の遺体についても相談したかったからだ。
女神官が口添えをしてくれたこともあり、諸々の手続きは驚くほど早く進んだ。
『白鬼の弟子か』
盾鉱人の顔と盾を見た瞬間、牧師は眩しいものを見たかのように、目を細めていた。
彼が便宜を図ってくれたのかもしれない。
盾鉱人が、青年戦士を教会に連れてくる頃には、術の効果も切れ、また全てが抜け落ちたように、動かなくなっていた。
武闘家に縋り続ける彼を引き剥がすのに、ずいぶんと体力を使った。
何かが喉につっかかり、咳払いをする。
角を曲がった。
トネリコでできた扉が見えてきた。
扉の前で、止まる。
ここからだと、中の様子は確認できないが、少なくとも、暴れてはいないようだ。
ドアノブに手をかける。
回して、押す。
何の音もせずに、扉が開いた。
「起きていたか」
青年戦士は、そこにいた。
着替えさせられたであろう、簡素な服と、くまのひどい顔。
ベッドで上半身だけ起こし、毛布を軽く握っている。
それでも一番気になるのは、火が消えた松明のような、何も写していない瞳だ。
「調子はどうだ」
「俺のせいだ」
近くにあった椅子に、盾鉱人が腰をかけた瞬間、青年戦士は声をもらした。
盾鉱人の右手が、ぎこちなく髭をいじる。
少しだけ、息を吐いた。
「……あまり良くないようだな」
盾鉱人は鉄兜を外す。
日に焼けた土のような、赤銅色の髭に覆われた、傷だらけの無骨な顔があらわになる。
「そんな顔してたんだな」
ちらりと顔を見た青年戦士が、鼻で笑った。
一瞬だけ上がった口の端が、歪に引き攣り、重く垂れ下がる。
「最初から、お前に任せておけばよかった」
小さく、うなるように、青年戦士が零した。
盾鉱人は、髪をかきあげる。
かきあげながら、目を閉じて、鼻から息を吐く。
「俺の責任、でもある」
青年戦士の顔が、勢いよく、盾鉱人を振り向いた。
光のない視線が、じっと盾鉱人を見詰める。
「いや俺のせいだ」
「俺をかばったせいで、あいつは」
シーツに皺が寄った。
青年戦士の指が、白く変色する。
盾鉱人は、小さく息を吐く。
(かばった、か)
青年戦士が、歯を食いしばった。
眼球は赤く腫れて、瞳も潤むが、涙は一向に流れていない。
白く突っ張った涙の跡が、痛々しく光っている。
「……」
盾鉱人は、何度か口を開きかけた。
だか、言葉は出てこなかった。
自身の、硬い髭を撫でる。
「俺は、口が上手くない」
盾鉱人は、おもむろに喋り出した。
「だからよく誤解される」
「何を考えているか分からん、とな」
似合わぬ調子で、肩をすくめる。
息を大きく、吸い、吐き出した。
「そういう奴とは、長く組めない」
手を組んで、少し俯く。
「……何の話だよ」
青年戦士は盾鉱人を睨みつける。
盾鉱人は手で制した。
「だから、仲間を選ぶようになった」
「お前みたいな奴をな」
青年戦士の吐く息が、一瞬詰まった。
太陽の日光を反射して、一時的に瞳に光が戻る。
しかし、太陽は雲に隠れた。
「だから、何だってんだよ」
「俺が信用してるんだから、元気だせってか?」
青年戦士は鼻で嗤う。
「意味わかんねえこと言うんじゃねえよ」
「いや」
盾鉱人は、青年戦士をしっかりと見詰める。
口の中で、言葉を組み立てる。
「お前を信用してたのは、俺だけじゃなかったはずだ」
彼は目を逸らした。
ふっと、鼻から冷たい笑いが漏れる。
「だから、あいつは死んだんだろうが」
低く、地の底から響くような声で、青年戦士がうなる。
「だがお前は生きている」
空気が少しだけ、沈んだ。
青年戦士は口を開きかけたが、盾鉱人がすぐに言葉を続けた。
「俺は、死んだ者の遺志を尊重する」
盾鉱人は、左手を握りしめる。
「彼女は、お前に生きて欲しくて、死んだ」
盾鉱人は椅子から立ち上がる。
左手を無意識のうちに、握った。
傷が突っ張って、少しだけ違和感がある。
「……こんなに話す気はなかった」
ポケットから、木箱を取り出す。
それを青年戦士へと差し出した。
「俺はお前に、これを届けに来ただけだ」
青年戦士は、両手で木箱を受け取った。
盾鉱人が、顎で開けるように促す。
そっと、青年戦士は蓋をとった。
大きく、目が、見開かれる。
「こ、れ」
彼女の、スカーフが入っていた。
血に濡れて泥に塗れたはずの、あの洞窟に置いてきたはずの、黄色いスカーフ。
「女神官と魔術師が、拾って、綺麗にしてくれたんだ」
盾鉱人の言葉が、彼に届いたかどうか分からない。
彼は、じっと手元のスカーフを眺め続けている。
「俺はもう行く」
盾鉱人は鉄兜を手に取り、被る。
目の位置に穴を穿っただけの無骨な兜だ。
穴から、青年戦士を覗いた。
大きな瞳が、段々と潤んできている。
乾いた白さが、周りの肌と、馴染む。
背を向けて、ドアノブに手をかけた。
何かを言いかけて、そのまま、ドアを引いた。
振り返らずに、後ろ手で扉を閉める。
(これで、よかったのだろうか)
石でできた床を、歩き出す。
部屋から漏れる嗚咽は、聞こえなかったことにした。
息を深く吐く。
斧の柄を、軽く握った。
これが正しいかどうかは、また後々わかることだろう。
だが今は、彼の瞳に、小さくだが火が灯ったことが大切だ。
(そういえば、魔術師どのに何も言わずに来てしまった)
軽くなった肩を回す。
先ほどより明るい中庭を、こつ、こつ、と、盾鉱人は歩く。
「いい天気だ」
左手の盾が、すこしだけ軋んだ。
2
「いた」
凛とした、聞き覚えのある声。
盾鉱人は、鍛冶屋に入ろうとしていた足を止めて、振り返る。
「魔術師どの」
今日は休みのはずだ、と言葉を続けた。
魔術師の片眉が上がった。
わざとらしく、指を盾鉱人に向ける。
「それは、あんたも」
一歩、盾鉱人に詰め寄る。
盾鉱人は少しのけぞった。
「左手、大丈夫?」
下から覗き込まれて、何となく目を逸らす。
横目で、彼女がむっとしたのが見えた。
「毒はもう無い」
盾鉱人は一歩下がる。
むっとした表情のまま、魔術師は身体を揺らす。
薄葡萄色の髪が、サラサラとなびいた。
「痕が残るって、聞いたわ」
魔術師が彼の左手を見る。盾鉱人も釣られた。
盾帯の感触を、確かめる。
治りかけで、皮膚の突っ張った感覚はあるが、問題ない。
「……教会、行ったのね」
左手をゆっくりと握り込み、また静かに開いた。
魔術師に視線を合わせる。
負けん気の強い、翠玉色の瞳と目が合った。
「あのスカーフを渡してきた」
ふっと、魔術師はわずかに笑う。
彼女の肩から、力が抜けた。
「そう」
切長の目がわずかに緩む。
すぐに元に戻った。
魔術師は大きく息を吸う。
これ見よがしに、大きく、ため息を吐く。
「大変だったものね」
「最低限装備を補充して、作戦を立てて、それでも受付のお姉さんが渋ったからゴブリンスレイヤーに相談して」
一度、言葉を切る。
「あの娘、結構頑固よね」
見かけによらず、と魔術師は穏やかな笑みを浮かべる。
盾鉱人は、神官服の金髪の少女を思い出し、頷いた。
『危険だ』
『分かってます』
ゴブリンスレイヤーからきっぱり断られようと、彼女は譲らなかった。
蒼い瞳で、まっすぐに見つめながら。
結局ゴブリンスレイヤーが折れて、依頼のついでに、盾鉱人達と合流する話になるまで、話し合っていた。
「神官どのは、ゴブリンスレイヤーどのについて行くのか」
「『お誘いを断ってごめんなさい』って謝られたわよ」
彼女は彼女で、ゴブリンスレイヤーに何かを感じ取ったのだろう。
肩をすくめながら、シニカルに笑う魔術師も何となく分かっていたのかもしれない。
「これからしばらくは、二人ね」
彼女が薄葡萄色の髪をいじる。
杖を胸の前で、両手で握った。
表情は、深くかぶった帽子で、見えなかった。
「そういうことになる」
盾鉱人は応えながら、空を見上げる。
雲ひとつない、澄んだ青空だ。
春の、切なく暖かい空気が、肺を満たしていく。
「まずは、武具の見直しからだな」
盾鉱人は、鍛冶屋へ向き直る。
そして、ドアノブに手をかけようとして、固まった。
「魔術師どの」
兜だけ、魔術師に向ける。
小首を傾げて、彼女がこちらを見つめた。
「後ろは頼む」
翠玉色の瞳が、一瞬見開かれて、次に切長の眼が細められた。
「ええ。背中は任せて」
魔術師は白い歯を見せて、年相応に笑う。
静かにうなづいた盾鉱人の口元は、髭で隠れている。
けれど、低く漏れた、暖かな声は、確かに笑っていた。
盾鉱人は無骨な手で、鍛冶屋のドアノブに手をかけた。
今度は、迷わずに押し開ける。
「いらっしゃい」
店主の声と、鉄の叩く熱い匂いが、二人を包み込んだ。
タイトルがちょっとクサいか……?