ゴブリン退治に向かう新人達とドワーフの話   作:お前の隣の後ろの斜め右

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第八話 残火

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「はい、お疲れ様でした‼︎」

 いつものように、受付嬢は冒険者へ微笑みを返した。

 一人対応しきれば、すぐさま別の誰かがカウンターへ、現れる。

「あ、お怪我はもう大丈夫ですか?」

 営業スマイルを、少しだけ外して、目の前の人物に問いかけた。

 彼女は、杖を握り直す。

「ええ、大丈夫」

 ありがとう、と魔術師は、切長の目つきを緩めて応じる。

「ご無理はなさらないでくださいね」

 一つ頷いて、またいつもの営業スマイルに戻った。

 魔術師は、左右を見渡す。

「あいつは、いるかしら」

「盾鉱人さんですか?」

 彼女の薄葡萄色の髪が、縦に揺れる。

 受付嬢は手元の資料に目を落とした。

「今日は、見てないですね」

 依頼も受けていないようです、と続けた。

「そう。ありがとう、探してみるわ」

 凛とした透明な声で、返事をかえす。

 背中を向けて、つかつか、とギルドの扉に向かう。

「教会かな……」

 独り言を漏らしたことには、彼女は気付いていないようだった。

 ふふっ、と受付嬢は、小さく笑ってしまう。

 すぐに気を引き締め直して、顔に笑みを貼り付ける。

「次の方、どうぞ‼︎」

 受付嬢は左手を挙げて、元の業務に戻る。

『あいつらは、運が良い』

 受付嬢お気に入りの、彼の言葉を思い出す。

 冒険の報告を終え、寡黙な彼が、一言だけ付け足した言葉。

(あれは、褒めてる、かな?)

 彼との付き合いも、もう長い。

 だから、極端に無口な彼の考えも少しだけ分かってきた。

 無意識に上がりかける口角を、無理やり抑える。

「期待してますよ」

 小さく、呟く。

 彼らは、初の冒険で、想定外に遭いながらも、5体満足で帰って来た。

 一党全員ではなかったが、冒険者に『それ』は、付きものだ。

 ーーー生きて帰って来た、それだけで、充分すぎる。

(少しなら、贔屓しても良いですよね)

 心の中だけで、呟く。

 また口角が上がり始めた。

 抑えるのを諦めて、少しだけ笑う。

 柔らかな風が、彼女の首元をくすぐった。

             

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 こつ、こつ、とブーツが石の床材を叩く。

 盾鉱人が視線を横にやると、日差しを受けた加密列の花が目にはいる。

 立ち止まって、優しげで涼しげな香りを、肺いっぱいに取り込んだ。

 数秒息を止めて、長く、鼻から吐き出す。

「良い香りだ」

 少し、肩の力が抜けた。

 抜けたついでに、肩を回し、右手で斧柄に手をかける。

 直前で、教会だったことを思い出し、空中で止めた。

 右手が、浮く。

 そのまま、だらりと垂れ下がらせた。

「……」

 何事もなかったかのように歩き出す。

 盾鉱人が、冒険から帰ってきて、一番最初にやったことは、教会に青年戦士を連れて行くことだった。

 彼の心は壊れていたし、武闘家の遺体についても相談したかったからだ。

 女神官が口添えをしてくれたこともあり、諸々の手続きは驚くほど早く進んだ。

『白鬼の弟子か』

 盾鉱人の顔と盾を見た瞬間、牧師は眩しいものを見たかのように、目を細めていた。

 彼が便宜を図ってくれたのかもしれない。

 盾鉱人が、青年戦士を教会に連れてくる頃には、術の効果も切れ、また全てが抜け落ちたように、動かなくなっていた。

 武闘家に縋り続ける彼を引き剥がすのに、ずいぶんと体力を使った。

 何かが喉につっかかり、咳払いをする。

 角を曲がった。

 トネリコでできた扉が見えてきた。

 扉の前で、止まる。

 ここからだと、中の様子は確認できないが、少なくとも、暴れてはいないようだ。

 ドアノブに手をかける。

 回して、押す。

 何の音もせずに、扉が開いた。

「起きていたか」

 青年戦士は、そこにいた。

 着替えさせられたであろう、簡素な服と、くまのひどい顔。

 ベッドで上半身だけ起こし、毛布を軽く握っている。

 それでも一番気になるのは、火が消えた松明のような、何も写していない瞳だ。

「調子はどうだ」

「俺のせいだ」

 近くにあった椅子に、盾鉱人が腰をかけた瞬間、青年戦士は声をもらした。

 盾鉱人の右手が、ぎこちなく髭をいじる。

 少しだけ、息を吐いた。

「……あまり良くないようだな」

 盾鉱人は鉄兜を外す。

 日に焼けた土のような、赤銅色の髭に覆われた、傷だらけの無骨な顔があらわになる。

「そんな顔してたんだな」

 ちらりと顔を見た青年戦士が、鼻で笑った。

 一瞬だけ上がった口の端が、歪に引き攣り、重く垂れ下がる。

「最初から、お前に任せておけばよかった」

 小さく、うなるように、青年戦士が零した。

 盾鉱人は、髪をかきあげる。

 かきあげながら、目を閉じて、鼻から息を吐く。

「俺の責任、でもある」

 青年戦士の顔が、勢いよく、盾鉱人を振り向いた。

 光のない視線が、じっと盾鉱人を見詰める。

「いや俺のせいだ」

「俺をかばったせいで、あいつは」

 シーツに皺が寄った。

 青年戦士の指が、白く変色する。

 盾鉱人は、小さく息を吐く。

(かばった、か)

 青年戦士が、歯を食いしばった。

 眼球は赤く腫れて、瞳も潤むが、涙は一向に流れていない。

 白く突っ張った涙の跡が、痛々しく光っている。

「……」

 盾鉱人は、何度か口を開きかけた。

 だか、言葉は出てこなかった。

 自身の、硬い髭を撫でる。

「俺は、口が上手くない」

 盾鉱人は、おもむろに喋り出した。

「だからよく誤解される」

「何を考えているか分からん、とな」

 似合わぬ調子で、肩をすくめる。

 息を大きく、吸い、吐き出した。

「そういう奴とは、長く組めない」

 手を組んで、少し俯く。

「……何の話だよ」

 青年戦士は盾鉱人を睨みつける。

 盾鉱人は手で制した。

「だから、仲間を選ぶようになった」

「お前みたいな奴をな」

 青年戦士の吐く息が、一瞬詰まった。

 太陽の日光を反射して、一時的に瞳に光が戻る。

 しかし、太陽は雲に隠れた。

「だから、何だってんだよ」

「俺が信用してるんだから、元気だせってか?」

 青年戦士は鼻で嗤う。

「意味わかんねえこと言うんじゃねえよ」

「いや」

 盾鉱人は、青年戦士をしっかりと見詰める。

 口の中で、言葉を組み立てる。

「お前を信用してたのは、俺だけじゃなかったはずだ」

 彼は目を逸らした。

 ふっと、鼻から冷たい笑いが漏れる。

「だから、あいつは死んだんだろうが」

 低く、地の底から響くような声で、青年戦士がうなる。

「だがお前は生きている」

 空気が少しだけ、沈んだ。

 青年戦士は口を開きかけたが、盾鉱人がすぐに言葉を続けた。

「俺は、死んだ者の遺志を尊重する」

 盾鉱人は、左手を握りしめる。

「彼女は、お前に生きて欲しくて、死んだ」

 盾鉱人は椅子から立ち上がる。

 左手を無意識のうちに、握った。

 傷が突っ張って、少しだけ違和感がある。

「……こんなに話す気はなかった」

 ポケットから、木箱を取り出す。

 それを青年戦士へと差し出した。

「俺はお前に、これを届けに来ただけだ」

 青年戦士は、両手で木箱を受け取った。

 盾鉱人が、顎で開けるように促す。

 そっと、青年戦士は蓋をとった。

 大きく、目が、見開かれる。

「こ、れ」

 彼女の、スカーフが入っていた。

 血に濡れて泥に塗れたはずの、あの洞窟に置いてきたはずの、黄色いスカーフ。

「女神官と魔術師が、拾って、綺麗にしてくれたんだ」

 盾鉱人の言葉が、彼に届いたかどうか分からない。

 彼は、じっと手元のスカーフを眺め続けている。

「俺はもう行く」

 盾鉱人は鉄兜を手に取り、被る。

 目の位置に穴を穿っただけの無骨な兜だ。

 穴から、青年戦士を覗いた。

 大きな瞳が、段々と潤んできている。

 乾いた白さが、周りの肌と、馴染む。

 背を向けて、ドアノブに手をかけた。

 何かを言いかけて、そのまま、ドアを引いた。

 振り返らずに、後ろ手で扉を閉める。

(これで、よかったのだろうか)

 石でできた床を、歩き出す。

 部屋から漏れる嗚咽は、聞こえなかったことにした。

 息を深く吐く。

 斧の柄を、軽く握った。

 これが正しいかどうかは、また後々わかることだろう。

 だが今は、彼の瞳に、小さくだが火が灯ったことが大切だ。

(そういえば、魔術師どのに何も言わずに来てしまった)

 軽くなった肩を回す。

 先ほどより明るい中庭を、こつ、こつ、と、盾鉱人は歩く。

「いい天気だ」

 左手の盾が、すこしだけ軋んだ。

 

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「いた」

 凛とした、聞き覚えのある声。

 盾鉱人は、鍛冶屋に入ろうとしていた足を止めて、振り返る。

「魔術師どの」

 今日は休みのはずだ、と言葉を続けた。

 魔術師の片眉が上がった。

 わざとらしく、指を盾鉱人に向ける。

「それは、あんたも」

 一歩、盾鉱人に詰め寄る。

 盾鉱人は少しのけぞった。

「左手、大丈夫?」

 下から覗き込まれて、何となく目を逸らす。

 横目で、彼女がむっとしたのが見えた。

「毒はもう無い」

 盾鉱人は一歩下がる。

 むっとした表情のまま、魔術師は身体を揺らす。

 薄葡萄色の髪が、サラサラとなびいた。

「痕が残るって、聞いたわ」

 魔術師が彼の左手を見る。盾鉱人も釣られた。

 盾帯の感触を、確かめる。

 治りかけで、皮膚の突っ張った感覚はあるが、問題ない。

「……教会、行ったのね」

 左手をゆっくりと握り込み、また静かに開いた。

 魔術師に視線を合わせる。

 負けん気の強い、翠玉色の瞳と目が合った。

「あのスカーフを渡してきた」

 ふっと、魔術師はわずかに笑う。

 彼女の肩から、力が抜けた。

「そう」

 切長の目がわずかに緩む。

 すぐに元に戻った。

 魔術師は大きく息を吸う。

 これ見よがしに、大きく、ため息を吐く。

「大変だったものね」

「最低限装備を補充して、作戦を立てて、それでも受付のお姉さんが渋ったからゴブリンスレイヤーに相談して」

 一度、言葉を切る。

「あの娘、結構頑固よね」

 見かけによらず、と魔術師は穏やかな笑みを浮かべる。

 盾鉱人は、神官服の金髪の少女を思い出し、頷いた。

『危険だ』

『分かってます』

 ゴブリンスレイヤーからきっぱり断られようと、彼女は譲らなかった。

 蒼い瞳で、まっすぐに見つめながら。

 結局ゴブリンスレイヤーが折れて、依頼のついでに、盾鉱人達と合流する話になるまで、話し合っていた。

「神官どのは、ゴブリンスレイヤーどのについて行くのか」

「『お誘いを断ってごめんなさい』って謝られたわよ」

 彼女は彼女で、ゴブリンスレイヤーに何かを感じ取ったのだろう。

 肩をすくめながら、シニカルに笑う魔術師も何となく分かっていたのかもしれない。

「これからしばらくは、二人ね」

 彼女が薄葡萄色の髪をいじる。

 杖を胸の前で、両手で握った。

 表情は、深くかぶった帽子で、見えなかった。

「そういうことになる」

 盾鉱人は応えながら、空を見上げる。

 雲ひとつない、澄んだ青空だ。

 春の、切なく暖かい空気が、肺を満たしていく。

「まずは、武具の見直しからだな」

 盾鉱人は、鍛冶屋へ向き直る。

 そして、ドアノブに手をかけようとして、固まった。

「魔術師どの」

 兜だけ、魔術師に向ける。

 小首を傾げて、彼女がこちらを見つめた。

「後ろは頼む」

 翠玉色の瞳が、一瞬見開かれて、次に切長の眼が細められた。

「ええ。背中は任せて」

 魔術師は白い歯を見せて、年相応に笑う。

 静かにうなづいた盾鉱人の口元は、髭で隠れている。

 けれど、低く漏れた、暖かな声は、確かに笑っていた。

 盾鉱人は無骨な手で、鍛冶屋のドアノブに手をかけた。

 今度は、迷わずに押し開ける。

「いらっしゃい」

 店主の声と、鉄の叩く熱い匂いが、二人を包み込んだ。




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