月が綺麗な夜。
店から離れた街の名所である女神像の噴水広場。
無数の屋台が立ち並び、観光客や地元の人間相手に商売をしていた。
俺もその内の一人で、お手製の屋台を引いて来て客が来るのを待っていた。
「「「――! ――?」」」
「……」
――が、来ない!!
一人も寄ってこない。
何故だ、何がいけないんだ。
そんな事を考えながらも……理由は思いつく。
以前に貴重な常連客の一人が言っていた。
『いやぁ看板の名前読めねぇし。そもそも、ラーメン? って言われても得たいが知れなくて客なんて来ねぇでしょ?』
「……でもなぁ」
この看板は態々、おやっさんが俺の為に作ってくれたものだ。
内装だって一緒になって考えてくれて。
この屋台の製作だっておやっさんと二人でやった。
だからこそ、いじったり変えたりするなんて死んでもご免だ……でも。
「……?」
「――いらっしゃい! どうぞ!」
「え、あ、いや、ま、また今度! はは」
「……はぁぁ」
これで何度目になるのか。
興味がありそうに見て来る客はいた。
が、足を止めるだけであり、声を掛けても逃げられる。
食べてくれなきゃそもそもが意味が無い。
宣伝したところで、食べてくれないんだからな。
最初は匂いでつればなんとかなるなんて思っていたが……周りがなぁ。
焼き鳥屋に肉串屋。
揚げ物であったり……俺のラーメンの匂いがかき消されちまう。
別の場所で営業する事も考えたさ。
が、営業が出来るのはこのエリアだけで。
他で営業するには地主であったり、貴族様に頼みに行かねぇといけねぇ。
それだけは勘弁であり、色々と面倒な事になるのは目に見えている。
店を開くときもそうで……はぁ。
『おおおオウマ!? あああああの邪龍を一刀で切り伏せたあのぉぉ!!?』
『……店を出したいんだ。良い場所は』
『はぃぃぃいい!! あります!! ありますとも!! オウマ様にこそ相応しい場所が!!』
「……」
何時もこれだ。
正体がバレれば騒がれる。
あの店を開くときにも、随分とサービスさせてしまった。
家賃は恐らく金貨二十枚以上であるところを金貨三枚だし。
他の店で使われなくなった道具などをただで提供してもらった。
至れりつくせりであり、流石にデカい貸しだからと何か出来る事はないかと聞いて……。
「ワイバーンの巣の駆除だったか……ま、それだけでいいのなら、いいけどよ」
不動産のオーナーの息子夫婦が暮らしている村の近く。
そこに住み着いた三十体はいたワイバーンの駆除だ。
適当にぶった切って、素材などはその息子夫婦に渡して後は帰った。
結果、泣いて感謝されて……めちゃくちゃにサービスされた。
ここの営業許可も取り付けてくれたのは彼らで。
足を向けて寝られねぇと本気で感謝したが。
結局、その好意を俺は活かしきれていなかった。
「……今月分の家賃……払えるのか?」
俺は震える。
魔王の残党軍と戦った時以上の恐怖だ。
俺は手に持つ丼をカタカタと揺らし――
「んあぁ? 何だぁこのちんけな店はぁ? 看板に落書きかぁ? けけけ」
「……あぁ?」
顔を上げれば、酒瓶片手に顔を真っ赤にした飲んだくれのおっさんがいた。
身なりは良いが、明らかに品が無い。
ふっくらとした顔に体。
ちょび髭を生やして、髪はオールバックだが白髪が混じっている。
恐らくは五十代後半から六十代くらいか。
身長は小柄であり、160もないだろう。
ちびデブだ。
手にはデカい宝石がついた指輪をつけているからこそ金はあるんだろう。
傍には執事らしきナイスミドルが立っていた。
小馬鹿にしてくる酔っぱらいにムッとする。
が、我慢して心の中でさっさと去れと念じ――
「よっこいせっと」
「え?」
「んぁ? なぁにを呆けている。さっさと酒を出さんか!」
「え、いや、え?」
「え、も、いや、でもないわ! 金ならある! さっさとしろ!」
てっきり他の屋台に行くと思えば、どかりと目の前に座りやがった。
高慢な態度であり、嫌味ったらしいが……まぁ客か。
俺は言われた通りに酒を出そうとした。
すると、俺が持った酒瓶を見てクソ客は舌を鳴らす。
「安酒か……まぁいいか」
「……はは」
マジでぶっ殺す三秒前だ。
が、俺は営業スマイルを心掛けながらコップに酒を注ごうとし――酒瓶を寄越せと言われた。
「ちびちびとこのアダム様が安酒を飲む訳ないだろう!? 貧乏人が! 頭を使え!」
「へ、へへ、す、すいやせんねぇ」
「……」
血管がびきびきと浮き出るのが分かる。
俺はどんと酒瓶をちびデブの前に置く。
すると、奴はごくごくと酒をラッパ飲みする。
「はぁぁぁ……水じゃないかぁ。たく、まぁいい……ほれ、何か作れ」
「……うちはラーメン屋なんでね。あてにするなら、チャーシューくらいっすよ」
「あぁ? ちゃーしゅー? ふざけた名前だなぁ。まずかったらただじゃおかんぞ?」
奴のあざけりの言葉に血管がぶちぶちと千切れる。
歯を食いしばりながら怒りを堪えて。
おれば下の小型の保存ボックスの中からチャーシューを出す。
そうして、まな板の上に置き果物ナイフで輪切りにした。
クソ客であるが、客は客だ。
ちゃんとつまみように七枚切る。
それを皿に盛りつけてから、奴へと差し出せば――奴はぶんどるように皿を取っていった。
「んー? 見たところ、たれにつけただけの肉……それも、これは豚バラだなぁ? けっ、妙ちくりんな名前の癖にものは普通とは……大したことないなぁ」
「う、へ、うきき」
「「「――!?」」」
体から殺気が溢れ出す。
瞬間、広場中が一瞬で鎮まり返る。
俺はハッとして殺気を抑え込んだ。
すると、広場の人間たちはざわざわとしながらも普通に会話を始めた。
「……」
ナイスミドルが細めた目で俺を見つめる。
酔っぱらいは論外だが、この執事は相当に出来る。
今の殺気で、俺が何かしていれば動いていただろう。
面倒だからこそこれ以上は何もしないが……何だ?
「…………」
「……?」
ちびでぶは固まっていた。
見ればチャーシューが一枚無くなっている。
食べたんだろうと思っていれば、奴は無言でチャーシューを食べていた。
そうして、酒も飲まずにあっという間にチャーシューを平らげて――皿を差し出してきた。
「……え?」
「……早く出せ」
「え、おかわりって事か?」
「そう言っている。出せ……いや、全部出せ」
「は、はぁ? いやいや、つまみの量じゃ」
「いいから出せ!! 金なら払う!!」
奴はそう言って懐から金が入っているであろう袋を置く。
俺は変わった奴だと思いつつ、言われた通りにチャーシューを出す。
そうして、一瞬で全部を輪切りにし。
それを皿にこんもりと盛りつけて奴へと出してやった。
すると、奴は目を血走らせながらチャーシューをがつがつと食べて行く……こえぇ。
数分足らずでちびでぶは――完食した。
俺は勘定かと思ってそろばんを出そうとした。
が、奴はげっぷをし――
「足りん」
「ふぁ?」
「これでは足りん。これと同じ、いや、それ以上に美味いものを出せ!」
「え、えぇぇ、いや、アンタ、いくらなんでも食べすぎじゃ」
「――この儂を誰だと思っている? もしも、満足させられたのなら……望むものをくれてやろう」
ちびでぶはにやりと笑う……いや、口拭けよ。
俺はため息を吐き――にやりと笑う。
「より美味いもんだな――承った!」
俺は袖を捲る。
そうして、待ってましたといわんばかりにラーメンを作る。
保温した丼を出し、その中にかえしを入れる。
ぐつぐつと煮えたぎる熱湯の中にいれたざるに自家製麺を投入。
流れるような何時もの工程だ。
何千何万とした作業であり――完成!!
今回のラーメンは屋台様にカスタムしてある。
「ほぉ、これかぁ……なんと香ばしい、上品な香りだ……鳥の出汁、そして塩を使っているのか」
酒を飲んだ後用に味付けは塩だ。
塩ベースのかえしであり、スープ自体も色味は透明に近い。
隠し味にほんの僅かに酒を混ぜているが、それは企業秘密だ。
トッピングは至ってシンプル。
輪切りのネギに、煮卵ともやしだ。
クソ客に対して、俺はフォークとれんげを渡す。
箸を使える人間はほとんどいないからな。
俺がそれを渡せば、おっさんは静かに受け取る。
そうして、麺をフォークに巻き付けてゆっくりと食べ始めた。
「んん! こ、これはぁぁ……塩味をベースにしながら、鳥の旨味も感じられる。てらてらと輝く油は……そうか、鳥の油か。余すことなく鳥を使い、ちゃんと存在感を出しながらも、胃に優しく。あっさりとした味わい……ふ、ふぉぉ♡」
「……夜の営業だ。酒を飲む奴も、酒を飲んできた奴も多い。そんな人間たちに対して、味が濃厚で脂ぎったものを出すのは、健康的にも良くはねぇ。チャーシューはあくまでつまみ。本命はこの塩ラーメンさ」
「しお、ラーメン……おぉぉ♡」
クソ客は顔を破顔させる。
そうして、はふはふとさせながら豪快に食べて行く。
たらふく酒を飲めば、自然と尿意を催す。
出した後は、体は水分を失った状態だ。
塩ラーメンは体に必要な塩分を補ってくれる。
その上、脂っこさも無ければ、口当たりも優しい。
胃を酷使してきた後の塩ラーメンほど、格別な一杯はねぇだろうよ。
おっさんはずるずると食べる。
麺の一本も残さず、トッピングも平らげて。
そのまま両手でどんぶりを持ち――完飲。
「はぁぁぁぁ……美味かった」
「満足できたか?」
「あぁ、絶品だった……約束だ。望みを言え」
おっさんは最初の時の悪い顔は消え。
柔和な笑みを浮かべながら俺に問いかけて来る。
俺はそれならばと望みを伝えてやる。
「――また、来てくれよ」
「……それだけか? 本当にそれでいいのか?」
「あぁ、俺はラーメンを客に食わせてやりたいんだ。それ以上の望み何てねぇよ」
「……そうか。ならば、必ずまた来よう……それと、これは代金だ」
おっさんはそう言って有り金全てを渡して来る……ま、またかよ。
「い、いやさ。多いって! こんなに貰ったら!」
「黙って受け取れ! お前の料理にはそれだけの価値がある! それと、これも持っておけ」
「え、な、なにこれ?」
おっさんは何故か。
自分が身に着けていた指輪の一つを渡してきた。
その指輪は宝石はついていない。
何かの刻印が施されていた。
おっさんは何故か、俺の質問に満足し……そのまま去っていった。
「えちょ、説明しろよ!」
「何れ分かる。じゃあな」
おっさんはご機嫌で去っていった。
執事のナイスミドルは優雅に一礼し主の後をついていく。
俺は指輪を見つめて、変わった客だったと思った。
そうして、再び屋台の奥へと戻り――無数の視線を感じた。
見れば、通行人たちがジッと見ている。
俺はチャンスだと考えて――渾身の笑みを浮かべた。
「「「ひぃ!」」」
「えちょ、待って、行かないで!?」
客たちが足早に去っていく。
まるで、殺人鬼から逃げるような速さで……っ。
俺はがっくりと肩を落とす……まぁいいさ。
また一人、貴重な客との縁が出来た。
今日はそれで十分だ。
俺は片づけをする為に、あのおっさん……確かアダムって言ってたな。
「……最高だな」
空の丼を掲げてうっとりする。
これだけで一日の疲れが取れる。
そんな気持ちになりながら、まだまだ頑張ろうと俺は気持ちを切り替えた。