未来の地球で大企業の社長となったある火星人の計画の顛末。

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双月を夢見て

「……つまらん。」

 超高層オフィスビルの1000階で1000万円する1000年物のヴィンテージワインを傾けながら、そう独りごつ。

「私の故郷は良かった……」

 隣に座る秘書のルナが僅かに息を漏らした。仕事中に酒を入れた事を責めているのではないだろう。このくらい、いつものことだ。

「ここの言葉で、何だったかな?私の故郷の名は。」

「火星、でございます。」

 バカみたいに上着を着込んだ彼女がマフラーの下で口を動かし、籠もった声で告げる。特注のエアコンをガンガンに効かせてワインがギリギリ凍らない室温マイナス10℃の環境を維持してはいるが、私にとってはまだ暑すぎるくらいだ。

 それでもルナ達……人類にとってはかえって寒すぎるようで、彼女が仕事中にこんなカッコをしていて、かつ相応の手当を与えねばならない理由の一つとなっていた。

 見た目は似たようなものなのに、産まれた星が違うだけで随分と難儀なものだ。

 この星……地球の基準で10年程前だったか、私ことフーガ・ダ・フーラは故郷に遥々向かって来た連中に知的好奇心から着いて向かい、株式会社マタリアンの社長として火星の知識と技術を売り捌き、世界有数の大企業にした所までは良かったが。

 なんか色々と雁字搦めになって、金はあるがそれ以外の自由という自由を失ってしまったように思う。

 かと言って会社を潰せば、それはルナを始め今や百万は下らない従業員達を路頭に迷わせる事他ならない。

 故郷で同族から距離を取って研究に没頭していた頃は、身の振り方に悩む事など無かったのに。薄暗い空にポツンと浮かぶ、一つの衛星が羨ましく思えた。

「あの衛星は、何と言うんだ?」

「月、でございます。」

 ルナは防寒手袋を嵌めた手で器用にタイピングを続けながらも、慇懃に答える。

「そうか。私の故郷の衛星は、もっと風流で、優美だったものだ。小さくも明るく、美しかった……」

 あそこに居た頃はそれが当たり前だと思っていたが、失って初めてその有り難さに気が付いた。

「また見たいけど……帰れないだろうな。」

 私は得過ぎたし、関わり過ぎた。最早私の身柄は、実質的に私のものでは無い。

 金など、いっそ捨ててしまいたいくらいだ。節税も兼ねて適当な団体に寄付した事もあるが、却って面倒が増えるばかりだった。

 何かいい金の使い方はないだろうか。パーッと金を注ぎ込めて、私の心を満たし、煩わしい縁が増えない使い方が。

「また何か、余計なことをお考えですね。」

 秘書の冷たい言葉が刺さる。いいだろ、社長の仕事は真面目にやってんだからさ。

 嗚呼、何もかもが懐かしい。せめて気持ちだけでも、故郷へ帰れないだろうか。

 そう月を見上げて、はたと閃く。

「そうだ、そうしよう。」

 ワイングラスを片付け、滅多に使わない机上のノートPCを開き電源を点ける。パスワード何だったっけな。

「おいルナ、そろそろ休憩時間だろ、席を外していいぞ。というか外せ、一人になりたい。」

 せっかく今まで金を稼いだんだ、金の掛かる趣味を楽しませて貰おう。

「……何をなさるお積もりですか?」

 今度はげんなりとした声。秘書なんだから、社長にくらいもっといい顔しろ。

「ロケット作る。」

「はい!?」

 ルナの抜けた声を背に受け、視線はパソコンを向けたま返事をする。

「業務命令だ。今日はもう上がって、熱い風呂にでも入って来い。ありがとうな、来週からまた頼むぞ!」

 その言葉を受けた彼女は無言で会釈し、執務室を後にした。こういう所は、よくできた秘書である。 

 

 そして、この星が太陽の周りをまた一回転した頃。

 株式会社マタリアンの退勤時刻も迫る、夕暮れ時。

「大変です、社長!」

 タブレット一つ抱えてノックもせず執務室に押し入って来たルナは一瞬嘔吐くと、一息に告げた。

「去年社長が買い上げた宇宙基地局が、地球に接近する巨大隕石を発見しました……」

 革張りの椅子をクルリと回し、彼女の顔を見やる。 

「まだ公表はされていませんが、98%の確率で地球に衝突し、その場合大気汚染や海面変動により人類の98%が死滅するという計算結果が出ています……」

 青ざめた表情は、この室温のせいでは無いらしい。その言葉がタチの悪い冗談では無いと判断する。

「……衝突までどのくらいだ。」

「あっ、5分です。」

「5分!?それ最初に言えよ!」

 めんどくさいから私への全ての連絡を秘書に中継させていたのが裏目に出たな。

 今直ぐに各国首脳に鬼電を仕掛けて核ミサイルを注文しても、とても間に合わない。

 それどころか最後の晩餐に、カップうどんすら食えないとは。人類もあっけないものだ。故郷の同族たちは同情してくれるだろうか。

「はぁ……」

 やむを得ん。こういうタイミングでの決断力もあって、私は成功を手にして来たのだと自負している。

「タブレット貸せ。基地局と繋がってるな?」

「はい……ですが。」

「大丈夫だ、休んでろ。よくやった、ありがとう。」

 アプリ越しの基地局長にも焦燥が見えたが、どこか覚悟を感じるツラだ。

 これから私が告げる言葉を、期待しているな。ああ、分かってるさ。

「例のロケットを全部、その隕石にぶち当てろ。テストは全部飛ばして飛ばせ。」

「はっ!」

 いい返事だ。今年の査定を楽しみにしているといい。

 

「社長……何を……?」

 私は執務室の絨毯に身を預けながら、フーガ社長の言葉を待った。本当に久々に走ったので、身体が言う事を聞かない。寒いし。

「すまないな。」

 社長はそう言って部屋の冷房を切ると、ソファから毛布を引っ張って来て私にそっと掛けた。

「お前には詳しく伝えてなかったが、あの宇宙基地局絡みで去年から進行中だったプロジェクトがあってさ。」

 そのまま床に座り込むと、滔々と語り出す。

「ロケット作ってたんだよ、この星の衛星を2つにする為に。民間の人工衛星積んでるってことにして、月まで届くヤツをな。」

 いつの間にかワイン瓶とグラスまで用意していた。ゆっくりと桑の実色の液体が注がれる。

「あー見えたぞ。アレが隕石だな?ぐんぐんデカくなってる。はは、ヤバ。」

 夕暮れ空には太陽と、月と、隕石。

 そして、それらの光に向かって立ち昇る煙があった。あれが。

「例のロケット、ですか。」

 社長は何も言わずに、その行く末を見守る。

 一筋の白煙は高く、高く昇ると、やがて隕石と重なり――

 一瞬、青空が広がった。

 ロケットの爆発が、夕空を照らしたのだ。遅れて窓ガラスがガタガタと揺れ、思わず床に伏せる。

「大丈夫だ。」

 その言葉を信じて、顔を上げる。再び空がオレンジに染まると、隕石は幾つかに砕けながらも、輝きを増しますます大きくなっていた。

 まるで数多の太陽だ。

「社長……」

 ひどい声が出た。社長は眉一つ動かさない。

「まだだ。あれは"破壊用"の1基目だ。」

「1基目……」

 もう何も考えられなくて、うわ言の様に社長の言葉を繰り返した。社長はまるでいつも通りに言葉を溢す。

「私の故郷の衛星はあんなつまらない光り方してなくてね。ただ今あるのにもう一つ追加するだけじゃあ全然別物だから、まずあれで月をぶっ壊す算段だったのさ。」

 月を壊す。そんな何罪で裁けばいいのかも分からない暴挙を、彼女はさもちょっとした悪戯のように語る。 

「だから、もう2基ある。ガスの星に成るよう水素をたっぷり詰めた、私の故郷の衛星のレプリカになる筈だったのがな。こういう使い方は想定外だけど、トドメ刺すくらいの爆発は起きるだろ。」

 その言葉通りに、今度は二筋の煙が打ち上がって行く。

「よく見とけ、多分この星で一番金の掛かった花火だ。」

 また、青空が広がる。ガラスが揺れる。そして、隕石は――

 仄暗くなった世界に、幾つもの炎を撒いて、やがて消えた。

「……どうやら、勝利の美酒になったな。最後の晩餐が空きっ腹に酒にならなくて良かったよ。」

 私はその残光を、いつまでも眺めていた。

 

「しかし、益々金持ちになってしまったな。」

 超高層オフィスビルの2000階で2000万円する2000年もののヴィンテージワインを飲み干して、そう独りごちる社長。

 あれからまた一年が過ぎ、今や株式会社マタリアンは並ぶ者なしの世界トップ企業。

「まあ、地球を救った訳ですから。今度はどうお金をお使いになりますか?」

 ようやくあの隕石騒ぎの熱りも冷めたが、忙しい日々を過ごしたものだ。

「私の勝手さ。君の給料も十分上げたじゃあないか。」

「法律は守って頂けますか。せっかく昇給した働き口を失いたくはありませんので。」

 うげ、と口を歪める我らが社長。相変わらず呑気なものだ。

「あの計画は、ちゃんと会社畳んでから実行するつもりだったんだってば。従業員も斡旋してさ。」

「そうでしたか。でしたら少しは、あの隕石に感謝しなければなりませんね。」

「煽てても給料はもう上げんぞ。」

 フフ、と声が重なる。こんな風に笑い合って、窓の外を眺める度にあの日を思い出す。

「改めて、ありがとうございました、社長。」

「うん?感謝の言葉なんて、もう何度言われたかわからんぞ。」

 社長はそうなんの気なしに呟くと、またグラスに酒を満たし始める。

「まあ、どういたしまして。もう隠居とか、帰省するつもりは無いから心配すんなよ、最近はここも悪くないと感じてる。」

 ガラス窓を指で小突いてそう語る社長。眼下に広がる高層ビル群も、殆ど我が社のものだ。それ以外も、社長が守ったものでもある。

「優秀な秘書もいるしな。火星人の寿命は長いんだ、付き合って貰うぞ。」

 社長ははにかんで、私にグラスを差し出す。普段なら突き返す所だが、まあ、たまには良いだろう。

 無言で受け取ると、社長が注いだのはグレープジュースだった。みるみるうちに凍っていくが、私は社長のこういう所が好きなのだ。

「はぁ……私の故郷からは、あんな風に環のある星も良く観えたんだ。」

 顔を上げると、視線の先には昼間に浮かぶ白い月をぐるりと囲む、それよりもずっとずっと大きな環。太陽光を反射して輝く月の光を更に反射して、青い空に消えない飛行機雲を描いている。

「ここの言葉で、何だったかな?」

「土星、でございます……綺麗ですね。」

 3発のロケットの直撃を受けて砕け散った隕石。その破片は大部分が大気圏で燃え尽きたが、残った一部は月の重力に導かれ、地球を見守る輝きの仲間入りを果たしていた。

「綺麗、か。ああ、そうだな。二つの月を齎す計画は成らなかったが……まあ、これはこれで懐かしい。」

 地球を救った火星人は、そう言って笑った。


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