──“議員”といえども、その実態はほとんど便利屋のようなものだ。
表面上はにこやかに、だが瞳の奥にこちらを探る剣呑な光を隠ぬままこちらを出迎えたターン市統治議会代表と握手をかわしながら、アイアコン元老院議員ショックウェーブは胸の内で苦く笑った。
今回のターン市訪問も“便利屋”の雑用の一つだ。「近年軍備拡大の傾向にあるターンをアイアコンの政治中枢たる元老院の議員が視察した」という事実を作れば、軍都の暴走を危険視する周辺都市に対しては「直々に議員が足を運んで監査を行った」というアピールになる。対するターンには「アイアコンは決して黙認しているわけではない」という無言の牽制となるわけだ。
その体裁を保ちつつも相手を刺激しすぎない役者として選出されたのが、かつて同地にて生を受けたショックウェーブだった。
急峻な山々の合間、荒涼とした谷を強引に切り拓いて築かれた要塞都市、ターン。アイアコンに対しほぼセイバートロン星の反対側、南半球に位置するこの都市では陽光は高く聳える頂きの連なりに遮られ、昼は短く夜は長い。
久方ぶりの“故郷”にショックウェーブが到着したのも、アイアコンであれば朝まだき、空が白み陽光が高層建築群の輪郭を金色に照らし始める時間帯であった。しかし、降り立ったターン市辺縁の市街地は、まだひんやりと青めいた宵闇の名残の中にその影を沈めていた。
ともすれば陰鬱な印象をもたらす土地の風土にその住民たちも似るのか、ショックウェーブの記憶する限りではターン市民の気風も良く言えば用心深く、悪く言えば排他的であった。その警戒心を映したかのように、市の中枢を何重にも囲む防壁と入り組んだ都市構造は冷たく余所者の闖入を拒む。市外とを繋ぐ唯一の陸路たる高速道路も入市検問所にて一旦途切れ、市庁及び議事堂がある市内中心へは入り組んだ道路を進んで幾度も検問を抜けなければならない。
その固き門を開くため、此度も幾度とないやり取りが交わされた。根気強い交渉の末『ターンのショックウェーブ』を送るとの打診でようやくターン市議からの合意を引き出したのだが……そのショックウェーブすら、こうして出迎えを建前に足止めされずには入市を許されなかった。
……まぁ、無理もない。
生まれはこことはいえ、その城壁を離れた遠く若き日から幾星霜。そのほとんどはアイアコンにて過ごしており、仮にも己が名に冠する地だというのにターンに対する個人的愛着は無きに等しい。“外部の思想にどっぷりと染められた、身内面の中央の手先”として警戒されたとて、無理からぬことだった。
親交を深めるというよりは互いの器を推し量るかのように握り合った手を離し、ショックウェーブは浮かべた笑顔はそのままで、市議代表の背後に黙して立ち並ぶ警備隊の顔触れを視界の端で捉えた。
軽装だが火器を装備した重装甲車型が三〜四人、加えて小回りの利く二輪型が見える範囲だけでも五人前後。おそらく検問所の隔壁の向こう、ターン市側にもそれなりの数が控えているはずだ。併せて二十人はくだらないだろう。隔壁の上にも、気配こそ感じられないが銃火器型が配備されていると見て良い。表向きは外部からの要人警護として説明のつく頭数だが……その配置は、歓迎というよりも襲撃を想定したものだった。
この様子ではヴォスやテサルス、スタニックスなどの近隣都市がナーバスになるのも大いに頷ける。近頃急激に軍拡の傾向にある、というのも単なる風聞ではなさそうだ。
「……随分と手厚い歓迎ですね」
検問所を抜け、用意されていた要人用トランスポート──外賓を乗せるに相応しい優雅な設えでこそあったが、窓ガラスには外が窺えぬようスモーク加工が施されその実は護送車のようだ──の後部座席に座した議員に皮肉めいた口調で囁きつつ、するりと隣に滑り込んだ小さな黒い影があった。随伴の秘書、ナイトストーカーは猫のようなその機体を座席の上でくるりと丸め、金の瞳をちかちかと瞬いた。
「ああ、覚悟はしていたがこれほどとはな」
「……やはりヴォスですか」
ショックウェーブは頷いた。
「航空型が多い都市だ、ターンの地形防御に対する数少ない“抜け道”を持っている。出身者といえどこの機体で来た以上は同類と見做されるわけだ── 無論、私が警戒の対象となる理由は、単に“航空型”であること以外にもあるだろうがね」
含みあるその言に耳を傾けつつ、忠実なる秘書は隣に並んだ主人の優美な機影を改めて見やる。己の黒い機体とは対照的な純白の装甲に、鮮やかなシアンとライトグリーンが映えて目に清々しい。洒落者で知られた議員のことだ、今回の訪問の前にも機体の隅々まで磨き上げてきたはずだ。だがその背に備わるジェット機構と前腕から鋭角に伸びる両翼は、彼が紛うことなく航空型のサイバトロニアンであることを示していた。
「……なるほど。では今回の訪問は」
「対外的なアピールだけではない。ターンがどこまで疑心暗鬼に陥っているかを見るためのものだ。同市出身者でありながら航空型、私の存在そのものが試験紙となる。無論、ヴォス市を宥める意図もあるだろうがな」
ターンの軍拡の影響は市内に留まらず、既に周辺都市に波紋を広げている。最もそれが顕著なのが『空の楼閣』とも称され、航空型のサイバトロニアンを多く擁する航空都市ヴォスだ。
近年、ヴォスはターンに競うかのように航空戦力の拡充を進めている。長距離攻撃を明確に意識した兵器の開発、大型航空機の空中給油機・大型爆撃機への改装転換──今はまだ互いに軍事パレードや領域内での演習に留まっているが、それが境界近くでの示威行為に変わる日はそう遠くないだろう。前回行われた選挙にて新たに戦闘機型の議員が当選したとの話もあり、ヴォス市議会の右傾化も憂慮される。
政治においては一挙一動が暗黙のメッセージとして意味を持つ。だからこそアイアコン元老院は“ターン出身の航空型”を送るという選択を取った。ヴォスには抑止の意思を見せ、ターンに対しては緊張の度合いを測るための一手となる。ヴォスとターンの摩擦が南半球の火薬庫と化す前に、手を打たねばならない。
「こうして入れてもらえただけでも、良しとしなければな……」
そう独りごちつつも、ショックウェーブの意識は既に“もう一つ”の目的へと向けられつつあった。元老院に任ぜられた公的なものではない。どちらかといえば私的寄りなそれは、アイアコン近郊に自身の肝煎りで設立されたとある施設に関係していた。
──『ジアクサス先進技術学園』。
表向きには歴史に名高きノヴァ・プライム側近の科学者であった師の名を冠する教育機関。だが、その真の姿は『アウトライヤー』達──生まれ持ったオルトモードの形とは無関係の特殊能力を有する、類稀なるギフテッド達──の保護及び能力制御の習熟機関であった。
“良き市民は神が与えたもうた己が
そんな彼らを秘匿する最後の楽園たれと設立されたのがその学園なのだが……多忙な公務の合間を縫い、信頼に足る知人の伝を辿ってそれらしき者の情報を掻き集めて尚、アイアコン近郊或いはその周辺都市までしか手が及ばないのが現状だ。最後に学園の新顔が加わったのはもう六ヶ月近く前になるだろうか。
──せっかく星のはるばる裏側、それも堅牢と名高きターンの城壁の内部に潜りおおせたのだ。行き掛けの駄賃だ、何か良い収穫を得て帰れると良いのだが。
そう思いを馳せつ、ショックウェーブは車窓越しにターンの市街地を睨む。暗く濁ったガラス越し、ようやく陽光が差し始めたらしい街並みはやはり杳として見通せぬままだった。