覚醒都市   作:じょせ

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第2章

【ターン市公式訪問・初日行程記録】

 

 午前9時00分、中央区ターン市庁到着。

 市長及び市政要職を交え、市内統治及びエネルギー資源の採掘・配分に関しての形式的会談を実施。周辺都市との均衡に関する言及は慎重に行い、特にヴォス市に関する話題は最小限に留める。

 

 午前11時10分、市軍関連施設の視察。

 市軍総司令本部を表敬訪問後、地上戦力を主体とした市軍訓練区画を見学。戦車型・重装甲型を中核とする師団はいずれも機体表面に損耗は見られず、整備状態は極めて良好。訓練内容からも高い統率と練度が確認された。

 一方、配備兵装は事前資料より一〜二世代旧式のモデルが散見され、留意事項とする。

 

 午後13時00分、中央区に帰還、迎賓館にて公式昼食会。

 会談は概ね和やかな雰囲気にて進行。

 ただし、この度の軍拡に対する『中央(アイアコン)』の認識範囲に加え現時点での他都市との関係・連携に関する探りを含む発言を複数確認。情報収集及び元老院の意図確認を目的とした場である可能性が高い。

 

 

 

「……いかがでしょうか」

 キュル、と微かな音を立てて記録を巻き戻すと、秘書官はカセット型のオルトモードを解除し再び猫型の姿を取った。金色の眼差しを受け、迎賓館の瀟洒な肘掛け椅子にその身を預けていた議員は白皙に笑みを浮かべて頷いた。

「ああ、問題ない。中央には一旦それで送っておいてくれ──本日の“公式日程”はここまでだからな」

 時刻は既に昼下がりを過ぎようとしていた。

 公式の訪問スケジュールには含まれていないが、この後は既に市政に掛け合い、非公式の市内視察を予定している。市内に住んでいた頃、知人が多く住み、よく訪れていた第三居住区画周辺を見て回りたい──そう伝えてあった。

 無論、これを言葉通りに受け取る相手ではない。懐古を装った市内の内情視察であることは、互いに承知の上での打診だった。

 これまでの行程において、兵器開発や生産を行う工廠に関してはさりげなさを装い視察スケジュール及び移動ルートからも外されていた。ターンにとって軍備はよほど探られたくない腹だとみえる。おそらくだが都市間条約に抵触する兵器の開発・生産が行われていると想定して良いだろう。

 しかし、工廠そのものを見ずとも軍拡の程度を推し量る術はいくらでもある。軍備の大幅増強が事実行われているとなれば、相当の資金が産業へと流れるだろう。その影響が最も如実に現れるのは、軍需に直接携わる人員の生活圏となる。

 ──そこで、第三区画である。

 この区域はターンにおける中流層の居住区であり、主に軍需産業従事者が暮らす。かつての記憶では、活気を保ちながらも治安は安定していた。第三区の振興度合いを見れば市が軍備に割いている予算も概ね推し量れる。そう睨んでの提案だった。

 そして、物が集まれば当然人も集まる。まだ見ぬアウトライヤーに関する情報も掴むことができるかもしれない。

 移動の手筈が整った、と告げる案内役の声に応えて議員は腰を上げる。歩み出した足元、秘書官の黒い機体が影のように寄り添った。

 

 ……しかして、ショックウェーブの予想は、ある意味では的中した。

 トランスポートに再び乗車し訪れた第三区画中心部、長き時を経ての再訪である以上、景観の変化は想像の範疇。だが、かつての『ターンのショックウェーブ』を瞠目させたのは、人々の纏う落ち着きのない緊張感だった。

 確かに、街は栄えている。夕刻も間近に近づいた時刻、一足先に仕事を終えたと思しき市民で中心部は賑わっていた。ターン市らしく色彩の抑えられた質素な店構えに立ち寄る者。家路を急ぐのか、その横を通り過ぎる者。アイアコンでも見かける、ごく一般的な日常の風景。だが、ショックウェーブが違和感を覚えたのは、彼らの“動き”だった。

 仕事帰り。本来であればある程度は緊張から解放され、気の緩みが出るはずの時間帯だ。しかし、彼らの動きにはあまりにも“無駄”がなかった。

 ショックウェーブの視線の先、一人の中型機が店に入り、迷いなく商品を手に取った。素早く会計を済ませ、そのまま通りへ出て歩き去っていく。一連の動作に、一瞬の逡巡も見られない。だが──“迷いがなさすぎる”。

 歩行のペースも不自然だった。本来ならば機体格だけでなく、それぞれ不規則なはずの歩行のリズム。それが、皆ひどく均一に揃っている。遅すぎもせず、速すぎもしない。風景に溶け込もうとするような、或いは目立つのを極力避けるため、意図的に抑制された歩調。

 ターン市には珍しい鮮やかな色調の機体のショックウェーブに対しても、周囲の視線は不自然なまでに送られない。稀に目があったとしても、即座に逸らされる。見ないようにしている、と言った方が正しいだろう。

 徹底された、不干渉と無関心──まるで、何者からの監視を恐れているかのように。それが“何者”であるかについては最早問うまでもない。

 ……ここまで、病んでいるのか。この都市は。

 思考を片隅に押しやると、ショックウェーブはわずかに息を吐き、通りの脇に設けられたベンチへと腰を下ろした。これまた、一人として人影がない。ベンチの下にナイトストーカーがするりと潜んだのが感覚だけで窺えた。その傍ら、距離は保ちつつも市政側がつけた身辺警護要員が周囲を警戒する。

 その時、

 ──ショックウェーブのセンサーは奇妙な振動を捉えた。

 ベンチに腰掛けた足元、地面の下から伝わるその小さな律動は……足音に近い。

 周辺の警護員に変化はない。検知している様子も見られなかった。元より空気の流れや振動の感知能力は航空型が大きく勝る。ショックウェーブは再び地面へと意識を向けた。

 地下、或いはその向こうの空間を何者かが進んでいる。小動物の類いにしては大きい。ナイトストーカーのような小型機だろうか。だが、第三区に住む機体の多くは管理者層の中型機や大型の工業機体などの軍需産業関係者で、小型機は少ない。

 その所在を辿り、視線を巡らせる。ほど近い建物の土台部、排気口の鉄格子の奥に橙色の閃きが走った。

 ──あえて地上を進まず、人目を盗んで地下を通る必要がある者、か。

 お仕着せの社会科見学よりはよほど興味が持てそうだ。

 そう考えつつ、議員は片足の踵を軽く持ち上げた。間をおいて二度、地面に打ちつける。ベンチの下に控えていた気配が消失するのを待ち、ゆっくりと腰を上げた。

 と、同時に、シューッと空気の抜けるような音が鋭く響き渡った。街角の向こうでどよめきが起こる。ショックウェーブにほど近い警護員が、顔を顰めながら首を伸ばして様子を窺った。横路の一つから、わずかに白煙が漂い出している。

「……様子を見て参ります」

「ああ。この辺りを見ていて構わないかね」

「はい。あまり遠くには行かれませぬよう」

 警護員は一人を残し、仲間を促して件の路地へと向かっていく。残された一名はその場にとどまりつつも、意識の大半を異音の方へと向けていた。その僅かな隙を縫うように、ショックウェーブは何気なさを装いゆっくりと歩き出した。店々を物色する素振りで通りの脇へと歩み寄り、残された警護員の死角へと回り込む。

 そのままするりと路地裏へと姿を消した航空型を、見咎める者はいなかった。

 

 人々で賑わっていた表通りとは裏腹に、路地裏は寒々しい風景だった。汚れた外壁を剥き出しの配管が這い、欠けた舗装が所々で大小の水溜まりを作っている。

 ……明らかにインフラが行き届いていない。中央に程近い地域でも一歩分け入ればこの有様か。取り繕われた表向きの薄皮一枚、それも存外脆いと見える。

 分析をそこで保留し、ショックウェーブは再び前方へと注意を向けた。先ほどまで地下を進んでいた気配が途切れている。

 すわ見失ったかと危ぶんだ瞬間、ガタガタと側溝を覆う金属板が揺れた。隙間から突き出された小さな指先がそれを脇へと押しのける。物陰に身を潜めたままの議員の前、地上へと這い出てきたそれは──橙色の小型機だった。

 ナイトストーカーよりは一、二回り大きい程度だろうか。丸みを帯びた背中のボンネット構造、そして両手両脚に備えたタイヤからして何らかの小型車に分類されるだろう。頭部には汚れたボロ布を目深に被っていて、その顔は窺えない。

 登ってきた四つ這いの姿勢のまま、小型機は隙間へと手を伸ばし、半分ほど中身の詰まったくたびれた布袋を引き上げた。中に収められたものが、袋の中でじゃらりと金属質な音を立てる。そして、そっと側溝の蓋を押し戻してから立ち上がる。軽く膝の埃を払うとくるりと踵を返し、歩き出した。

 距離を保ちつつ、ショックウェーブもその後に続く。脇道を曲がり込む数回、橙色の背中がようやく足を止めたのは、フェンスと鉄条網で封鎖された区画の前だった。針金で固定された注意書きを見るに、産業廃棄物の保管所のようだ。フェンスには扉が設けられているが、電子錠でロックがかけられている。

 ──なるほど、ジャンク漁りで生計を立てる下層民か。

 小型機の目的にようやく思い至る。しかし、封鎖された扉を如何にして突破するつもりなのか。よじ登ろうにもフェンスの上部は凶悪な棘を持つ鉄条網がとぐろを巻き、無理に突破しようとすれば絡め取られて身動き取れぬ事態になりかねない。

 見守る中、小型機はおもむろに片手を電子錠へと小さく触れさせた。

 瞬間。

 ──うらぶれた路地裏に、カチリ、と音が響きわたった。

 目を見張るショックウェーブの前、金属音と共にあっけなく扉が開く。すかさず小型機は中へと滑り込み、姿を消した。

 開いたままの扉から目を離せぬまま、ショックウェーブはしばし呆然と、今見たものの意味を咀嚼した。

 ハッキングか。いや、何か細工をしているようには見えなかった。時間もあまりに短すぎる。ごく軽く、手を錠に触れただけ。

 ……触れただけで、電子錠があっけなく開いた。

 ということは、つまり。

「アウトライヤー……」

 我知れず、口を突いて言葉が溢れた。

 長く探し求めた、異能の存在。やはりいたのだ、この都市にも。

 その結論が思考の底に沈むよりも早く、

「議員」

 するりと寄り添うような感覚と共に、足元から小さく声が響いた。見下ろした視線は陽動を終え戻ってきたナイトストーカーの金色の眼差しとかち合う。

 どこか訝しげな秘書官に対し、議員は大きく破顔してみせた。

「ナイトストーカー。……どうやら、私は大当たりを引いたらしいぞ」

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