放出系転生者ワイ氏、かめはめ波を再現しようとして絶望する 作:アホ面オムライス
骨が完全に治るまで、三週間かかった。
念による自己治癒は通常の回復速度を大きく上回る。それでも三週間だった。両手の複雑骨折というのは、そういうものだった。手首から先が使えない日々は、思っていたより長かった。食事も、移動も、すべてが不自由になる。山の中で一人、最低限の生活を維持しながら、自分の選択の重さを体で理解した。
それでも後悔はなかった。
青白いビームが山の斜面を抉った瞬間の感触は、三週間経っても両手のひらに残っていた。あれは本物だった。前世の記憶の中にしか存在しなかったものが、この世界の物理として現実に顕現した瞬間だった。
動けない時間に、考え続けた。
かめはめ波は決め技だ。手のひらに凝を集中させ、圧縮し、詠唱し、放つ。その代償として発射部位が焼け、体幹に負荷がかかる。連発はできない。ここぞという一撃に絞るべき技だ。
ならば、それ以外の戦い方を磨く必要がある。
拳。肘。膝。蹴り。オーラを纏わせた打撃。それに加えて、凝を必須としない簡易的なオーラ弾。手のひらから放つだけの、代償のない射撃。威力はかめはめ波に遠く及ばないが、牽制にはなる。
かめはめ波は切り札。通常戦闘は近接と簡易弾で組み立てる。
骨が治った翌日、ヨークシンに向かった。
*
廃倉庫の一角で、標的の位置情報を確認していた。
貸し倉庫が並ぶ地区の外れ。人通りは少なく、壁伝いに身を隠すには悪くない場所だった。夕暮れが近く、傾いた光が鉄骨の影を長く伸ばしている。
気配に気がつくのが、一瞬遅れた。
正確には、気配がなかった。オーラの乱れも、足音も、呼吸の気配も、何も。振り返ったときには、男がそこに立っていた。まるで最初からその場所に存在していたかのように、自然に、当然のように。
道化師の衣装。トランプのマークを散りばめた鮮やかなスーツ。長い前髪の隙間から覗く、熟れた果実のような淡い金色の瞳。
ヒソカ=モロウ。
Aランク指名手配犯。変化系の念能力者。近接戦闘において、現役最高峰と評される男。
全身に、静かな電流が走った。
恐怖というより、もっと原始的な何か。皮膚の表面が粟立ち、心臓が不規則に跳ね、視野が細く鋭くなる。生き物としての本能が、目の前の存在を「捕食者」として認識した信号だった。
逃げられるか。
答えは、考えるまでもなかった。逃げても無駄だ。背中を向けた瞬間に、この男との距離は詰まる。
正面から戦うしかなかった。
「やっ♡」
「面白いものを見たよ♤」
ヒソカが言った。声音は穏やかだった。しかしその言葉の奥に、獲物を観察する視線の冷たさが確かに存在していた。
「両手から出す放出系か。珍しい形だね♧」
その声を聞きながら、重心を静かに落とした。同時に、相手との距離を計測する。
約三十メートル。まずは牽制だ。
手のひらを前に向ける。凝は集中させない。圧縮もしない。ただオーラを放出するだけの、簡易的な弾。代償のない射撃。
放った。
ヒソカは右に半歩ずれただけで躱した。足首から先だけを動かすような、最小限の動作。オーラ弾が通過した空気が微かに揺れたが、男の表情は微動だにしなかった。
「それが牽制かい?♤」
ヒソカが呟いた。
「本命は別にある、と♧」
見抜かれた。だが、それでいい。牽制は牽制だ。本命を温存するための布石。
ヒソカが動いた。
速い。走るという言葉が追いつかないほど、その動きは洗練されていた。足音がない。着地の衝撃がない。重心の揺れすらない。まるで地面に縫い付けられた糸を引くように、ただ滑らかに、しかし圧倒的な速度で距離が縮まってくる。
後退しながら、簡易弾を連射する。三発。四発。すべて躱される。だが、ヒソカの進路はわずかに逸れる。その分だけ、距離が保てる。
十メートルを切った。
近接の間合いだ。簡易弾では追いつかない。手のひらを引く。拳を握る。オーラを纏わせる。
ヒソカの右手が伸びてきた。バンジーガム。指先から放たれたオーラの塊が、こちらの左手首に絡みつく。
引かれる。バランスが崩れる。ヒソカの左拳が顔面に飛んでくる。
両腕を交差させて防御。オーラを集中。重い。骨に響く衝撃。体が後方に吹き飛ばされ、壁に背中を打ち付けた。
肺から空気が絞り出される。だが、立つ。膝を伸ばして、床に足をつける。
ヒソカが追ってくる。バンジーガムを壁に張り、その反動で横殴りに飛んでいる。
壁から壁へ、天井から床へ。三次元の機動。糸を引くように移動するその姿は、もはや人間の動きではなかった。
走った。横方向へ。倉庫の内壁に沿って。簡易弾を撃ちながら。一発、二発、三発。ヒソカの軌道を塞ぐ。だが、ヒソカはバンジーガムの伸縮だけでそれをすり抜ける。
ならば、近接だ。
踏み込んだ。ヒソカの着地点を読んで、先回りする。右のフックを振るう。ヒソカが左手で受け流す。触れた瞬間、軽く弾かれる感触。バンジーガムが拳と手のひらの間に一瞬だけ生まれて、その弾力で体勢を崩そうとしている。
読んだ。
拳を引くと同時に、左の肘を内側から跳ね上げた。ヒソカの顎に向かって。不意を突いた軌道だったが、ヒソカは上体を反らすだけで避けた。だが、その反らした分だけ、右側面に隙ができる。
踏み込んだ。間合いの内側に入る。ヒソカの右脇腹に膝を叩き込む。オーラを纏わせた膝は、ヒソカの纏をわずかに削った。確かな手応え。
「近接もできるんだね♡」
ヒソカが笑った。
その笑みを見た瞬間、背筋が凍った。バンジーガムが膝に張り付いている。引く。バンジーガムが伸びる。その伸縮の反動が、こちらを前方に引き寄せる。ヒソカの拳が、顔面に向かって飛んでくる。
両腕を交差させて防御。重い。骨に響く衝撃。体が後方に吹き飛ばされ、壁に背中を打ち付けた。
立つ。膝を伸ばして、床に足をつける。
ヒソカが壁に張り付いたまま、こちらを見ていた。金色の瞳に、初めて明確な興味の色があった。
「今の動き、悪くないよ♧」
*
ヒソカの動きが一段階上がった。
バンジーガムの使い方が変わった。移動のための手段から、攻撃の手段へ。壁と床に複数のバンジーガムを張り巡らせ、そのすべてを同時に伸縮させることで、空間そのものを支配し始めた。
移動経路が読めない。どの方向から来るか、予測できない。
それでも、拳を振るう。肘を打ち込む。膝を叩き込む。簡易弾を撃ちながら距離を調整し、近接の間合いに入っては打撃を加える。ヒソカはそれをすべて受け流し、躱し、時にはバンジーガムでカウンターを返してくる。
数十合の打ち合い。互いに決定打を欠いたまま、時間だけが過ぎる。
だが、確実にダメージは蓄積していた。ヒソカの腕に、脚に、脇腹に、こちらの打撃が届いている。オーラの纏が薄くなった部位がある。呼吸も、わずかに荒くなっている。
こちらの体も、限界に近づいている。膝は笑い、肺は焼けるように痛い。拳の皮膚は裂け、血が滲んでいる。
ここだ。
間合いが開いた。ヒソカが壁に張り付き、次の動きを準備している。その一瞬。
手のひらに凝を集中させる。長く。深く。圧縮する。山を抉ったあの感触を、今、この一瞬に。
「かめはめ波!」
フルチャージ。倉庫の空気が震えた。青白い光の奔流が、空間を塗り替える。轟音が鼓膜を叩き、衝撃波が床のコンクリートを砕いて粉塵を巻き上げた。
ヒソカはバンジーガムを四方の壁に張り巡らせていた。ビームの軌道を読み、そのすべてを同時に伸縮させて、体を斜め上に弾き飛ばす。
ビームは空を切った。
倉庫の壁を貫通し、外壁のコンクリートが爆ぜ、鉄骨が剥き出しになり、壁の向こうで連鎖的に何かが崩れ落ちる。
その音が収まる前に、崩れ落ちていた。
両手が、終わっていた。
手首から先に感覚がない。熱い。焼けるように熱い。皮膚と骨の間で何かが壊れている感触。膝が地面につく。体が前に倒れようとするのを、かろうじて堪えた。
立てない。
*
砂埃と粉塵が、ゆっくりと落ちていった。
煙が晴れた先に、ヒソカが着地していた。衣装の袖が乱れ、脇腹と腕に無数の打撃痕と焦げ跡が残っている。口元の血を、親指で拭った。
ヒソカはゆっくりと近づいてきた。足音が響く。
終わった。両手が使えない。立てない。次の一撃が来たとき、何もできない。
それでも視線を外さなかった。震えている膝を叱りつけながら、ただ前を見続けた。
ヒソカは、目の前で立ち止まった。
見下ろすその視線に、侮蔑はなかった。ただ静かに、値踏みするように見ていた。
「近接でここまでやるとは思ってなかったよ♤」
ヒソカが言った。
「牽制で距離を作って、近接で削って、最後に本命。組み立てがしっかりしていた♤」
しゃがんだ。目線を合わせた。
「かめはめ波、だったね。あれは決め技だ。連発しない。ここぞというときだけ使う。その判断も正しい♧」
その瞳に、静かな金色の光があった。
「惜しかったね♤」
ヒソカは一度間を置いた。
「もう少し熟れたら、また来るよ♡」
立ち上がった。背を向けた。
出口に向かって、ゆっくりと歩き始める。一度も振り返らなかった。傾いた日差しの中へ、その背中は溶けていった。
足音が遠くなった。やがて消えた。
*
しばらく、動けなかった。
両手の痛みは、波のように押しては引いた。それでも頭の中は、奇妙なほど静かだった。
近接で戦い、簡易弾で距離を作り、最後にかめはめ波を放った。当たらなかった。それでも、確かな手応えはあった。ヒソカの体に、こちらの攻撃は届いていた。
自分の両手を見た。ひどい状態だった。皮膚が赤黒く腫れ上がり、裂けて血が滲んでいる。
この手で撃った。ここぞという一撃を、この手で放った。
*
制約は、動き方を縛るものではなかった。
手のひらに凝を集中させる。詠唱する。それは変わらない。だが、それはただ「その行為を行わなければならない」というだけのことだった。「立ち止まって行わなければならない」などとは、どこにも書いていない。
走りながらでも、跳びながらでも、倒れながらでも。手のひらに凝を集中させて、声を出して、圧縮して放つ。その一点だけ守れれば、どんな状況でも撃てる。
かめはめ波は、決め技だ。
ここぞという一撃にこそ、ふさわしい。
形ではなく、思想だった。
一応終わり
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